なぜ個人が世界の命運をたくされるのか?
テレビなどの『実際にあった事件特集』みたいなもので、ケンカをした夫婦がヒステリーに任せて食器やら家具やら灰皿やらを投げるという話を見たことがある。
たしかにカッとなって後先考えられなくなった時に、その場にあるものを手当たり次第投げてしまうというのは、人間の心理から考えてありえないことではないのだろう。
けれど、それにしたっていかにもぶつかったら死にそうな灰皿などを投げるほどカッとなること自体がそもそもありえないだろうと僕は思っていた。
甘かった。
僕は今、カッとなって爆発物を妹に投げつけている。
「だいたい、どう聞いても世界の命運かかってるじゃないか! なんでお前個人がそんなもの背負う必要があるんだよ!? 個人には個人、集団には集団、世界には世界をもってあたるのが当然だろ!?」
派手な、そのくせこの城と人体にしかダメージが及ばない『闇の爆発』を繰り出しながらたずねる。
頭は冷静だし、口だってまだまだ達者だ。
それなのに、いくら大声を張り上げて叫んでも相手に想いが全部伝わる気がしなくて、僕は言葉にこもった意思を示すために、爆発物を投げ続ける。
一方で妹もさるものだ。
魔法こそ使えないようだが、その頑強さは魔王の力でも簡単に傷つかないほどであり、爆発に巻きこまれておきながら『痛い腰打った』で済ます人外さを見せつけている。
だからこそ安心してぶっ殺すつもりで攻撃できるのだけれど、ことケンカになると分が悪いなんていうものじゃない。
つかまったら終わりだ。
頸椎やら腕骨やら脊髄やらをひねって行動不能にされるだろう。
まあ、実際にそこまでさせるのも気がとがめるので、つまるところ、この勝負は、距離をとって魔法をぶつけつつ、接近前に妹の説得を終えれば僕の勝ちであり、近付かれたら素直に負けを認めると、そういうことなのだった。
僕が傷つかない見事な勝負である。
暴力を伴う説得。
だからこそ、ほのかもまた、僕に反論する。
「少ない犠牲でたくさんの人を助けられるなら、それはいいことでしょ!?」
ガツン! と腕を振って魔法をはじき返すオーク妹。
はじき返された魔法が僕の横に落ち、その衝撃で吹き飛ばされそうになる。
僕が傷つかない見事な勝負だと思ったが、そうでもないらしい。
というか腕で爆発物をバックホームするとか、まぎれもなく人じゃねーよあいつ(魔法を放ちながら)。
「っていうか! 立派なこと言ってるけどさあ! 身長元に戻したくないだけじゃねーか!」
「それが第一だけど、ついでに異世界が助かるならいいことでしょ!?」
「『ついで』で異世界を救おうとするんじゃねーよ!」
「できちゃうんだから仕方ないでしょ!?」
そうだけどさあ!
同意しそうになり、慌てて言葉を引っ込める。
救うものの大きさで勝負するのは、僕にとって分が悪い。
そもそも、個人で世界を救えるならば、それは非常に効率がよく、素晴らしいことというのは間違いがないのだ。
ただ、やらせる側が尋常じゃないというだけの話だ。
世界救ってこい。
ひのきの棒と百円やるから。
頭がおかしい。
今回妹が神からもらうはずのものは、ひのきの棒と百円よりはよっぽどマシなのだけれど、それでも世界の命運をそのへんで出会った背が低いだけの女子中学生に任せるという判断は非難されるべきもののはずである。
「だいたい、裏を疑ったりはしねーのかよ! どう考えたって話がうますぎるだろ!? きっと失敗する確率が高くて、人海戦術でどんどん生贄を送りこもうとか、そういうことに決まってるって絶対!」
「そのへんは神様に聞いたらいいでしょ!?」
「そうだな! どうなんですか神様!」
僕らは戦いをやめ、同時に神様の方を見た。
神様は鳥を思わせる動作で首をかしげ、
「……わたくしは神である」
「それはもういい! どうなんですか!? 世界創造は失敗する確率高いんでしょう!?」
「……失敗? 神が保証するのに失敗する要素などあるものか」
「そんな馬鹿な」
「だから別にこの世界の人間なら誰がやってもいい」
しばし沈黙。
そして、ほのかが口を開く。
「ほらあ!」
「ほ、ほらじゃねーよ! まあ、その、ええと……」
「あたしの勝ち! あたしの勝ちでしょ!?」
「待て! まだ僕は負けていない。兄は妹に負けない」
「普段から負けてるって! 友達の数とか!」
「友達の多さで勝負してどうする。友達は数じゃない。質だ」
「一人もいないんだから質もなにもないでしょ!?」
「いや、そうじゃない。話が逸れ始めてる。話を戻そう。今はお前の異世界行きについてだ」
「なんにも問題ないから、あたし、行くからね!」
どう話題展開しても僕が不利だった。
おかしい……僕はまともなことを言っているつもりなのに、どうして劣勢なんだ……
人は正論だけで生きているわけではない。
そのことはとうに知っているけれど、客観的に見て『神様が言うから死んで異世界に行きます』と言う中学生と、『やめとけ』と言う高校生、どちらが正しいかと言えば、僕の方が正しいに決まっているのに!
だって――
……そうだ。
まだ、僕が否定する理由を、明確にしていなかった。
「お前が死んで、異世界に行ったら、遺された僕らはどうなるんだよ」
異世界に行く。
転生する。
まあ、なんだっていいけれど、それは『今の人生を捨てる』ということだ。
「お前は覚悟してるかもしれないけど、僕にはお前を失う覚悟は、できねーよ。お前の友達だってきっとそうだ。魔王を救う前に、勇者を救う前に、神様を救う前に、僕らが救われない。お前がいなくなるっていうのは、そういうことなんだって、わかってるか?」
「……それは」
「お前がやろうとしてることは、出会ったばかりの魔王と、今まで一緒に過ごしてきた僕らを秤にかけて、魔王の方を選ぼうとしてるって、そういうことなんだぞ?」
「……」
「それとも、お前には、母さんや、父さんや、お前を好きな人たちを悲しませて、犠牲にしてまで異世界を守る覚悟まであるのか? だとしたら僕はもう、なにも言えねーけどさ」
「……それは……」
妹の足は止まった。
僕は、妹に近付いて、肩――は無理なので、腰のあたりを叩いた。
「異世界を助けるのはすごく立派だと思うけど、その前に、僕らを助けてくれよ。僕から、たった一人のかわいい妹を奪わないでくれ。お願いだ」
ほのかは沈黙した。
……まだ負けを認めてはいないが、もう、時間の問題だろう。
かくして兄と妹のケンカは収束へ向かう。
ワーズワースさんたちをどう助けるかは、別な手段か……生贄を選ぶようで申し訳ないが、別な人を探すこととなるだろう。
長い、沈黙があった。
その静けさを打ち破ったのは。
「わたくしは神である」
金とも銀ともつかない色の髪の、自称神様。
彼女は焦点の定まらない瞳でこちらの方向をながめ、鳥を思わせる動作で首をかしげた。
「……カワイイイモウトヲウバワナイデクレ」
「あの、すいません、そのセリフを繰り返さないでいただけませんか? 恥ずかしいから」
「わたくし、困惑。お前の妹は誰かに奪われるのか? 彼氏か?」
「こいつに彼氏はいません」
僕は断言した。
神様は首を反対方向にかしげる。
「では誰に?」
「それは、異世界にでしょう。あるいはあなたに」
「なぜ?」
「……あの、はぐらかすのはやめてください。死んで、異世界に行ったら、こっちの世界とはお別れになるでしょう?」
「……世界創造が落ち着いたら顔を出せばいいのでは?」
「はあ?」
「別に戻れないとは一言も言ってない……言ってない……記憶にある中では言ってない」
「あなたの記憶は長くはもたないですからね……えっ? でも、それは本当ですか? 戻ってくることができるの?」
「できる。最近は異世界とこの世界を行き来する転生者も珍しくない」
「うさんくさい……嘘ついてたりしませんか?」
「では、わたくしはお前に嘘をつかないと、わたくしの、神の名において宣誓しよう。呪われよわたくし……この者に嘘をついたらわたくしの命脈は尽きるであろう……」
「で、あなたの世界と僕らの世界を行き来できないんでしょう?」
「できる」
神は死ななかった。
つまり、嘘ではないという可能性は、非常に高い。
まあ、この神自体、呪いまで含めて疑いは完全に晴れたわけではないのだけれど……
今重要なのは、僕がこの神を信じるかどうかではなかった。
「お兄ちゃん」
がっしりと僕の頭骨をつかむオーク妹。
そいつは僕を見下ろして微笑む。
「もうこれで問題ないよね?」
問題は、ないわけではない。
……だが、反論が思いつかない。
そしてもうこの距離である。
ここから説得を開始する前に、色々ひねられて行動不能にされる方が早そうだった。
僕は。
大きく大きく、ため息をついた。
「……わかった。お前の意見を尊重する……」
「やった! お兄ちゃんに勝った!」
「ただし! いくつか、確認はさせてもらうぞ。本当に神の言葉に嘘はないのか、呪いは機能しているのか、また記憶違いじゃないか、色々だ。命を懸けるならそのぐらいは呑んでくれ」
「……めんどくさい」
「さもなくばここでお前と心中するぞ……」
「お兄ちゃんと心中はやだなあ……わかったよ」
最終的に、僕の意見を通すことには成功した。
つまりこれはもう、僕が勝利したと言い換えてもいい。
かくして、兄妹ケンカは本当に終わる。
その結果、妹は異世界を創造することになったのだった。




