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空から異世界がまるごと降ってきた。  作者: 稲荷竜
三章   魔王と勇者は敵対しなければいけないのか?
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裸Tシャツの神様が首の上からどいてくれない

「とにかくまずい」



 神は、現状を端的に述べる。

 あまり知性や具体性を感じる表現ではなかったけれど、それだけに事態の切迫感が伝わってくるという見方もあった。

 というか、犬になりゆく魔王やら、おばさんになりゆく女勇者を見ているだけでも、僕はすでに状況のヤバさを察しているつもりだ。


 まあ。

 察しているからどうするという話でもない。

 なにせ僕は無力な一般人でしかないのだ。たしかに愛犬や母親の肉体を半ば乗っ取られている現状は危惧すべきことだけれど、だんだん精神が同一化しているということは、このまま待っていれば愛犬や母親の精神が帰ってくるということである。


 もっとも、それは異世界人であるワーズワースさんやアイリンさんの精神が消滅、あるいは統合されていくということでもあった。

 もちろん、人として彼女らの精神をどうにか保たせてあげたいという思いもある。

 誰かの肉体的、あるいは精神的な死を見過ごすというのが倫理的にいけないというのは、僕にだって理解できるのだ。


 じゃあ具体的に僕がなにをできるのか?

 思考をそこまで進めたうえで、僕は断言できる。

 なにもできない。


 というか、できうる限りでならば、すでに手を貸しているつもりである。

 ネット検索という大したことのない手段だけれど、通常一般の高校生男子が『世界が滅びてこの世界に落とされ、精神が消えようとしている魔王や勇者』に対し、他になにができるというのだろうか? 

 少なくとも僕はなにも思いつかない。

 だから、『できうる限り』が大したことはなくとも、全力で協力はした。

 そして大したことない手段によって、『神を呼び出す』というところまでこぎつけたのである。

 この功績は素直に誇っていいと、自分では思う。


 さて、そのように考えている僕は、神から『とにかくまずい』と現状を再確認されたところで『はあそうですか。お茶飲みます?』というぐらいしか言うことがないのだけれど。

 神は無表情、抑揚のない声で続ける。



「このままでは、わたくしの創造した世界が滅ぶ」



 ……それは、僕にとって意外な言葉だった。

 世界が滅ぶ。

 とりもなおさず、その言葉の意味するところとは。



「まだ滅んでおらんのか!?」



 ワーズワースさんが、おどろいたように叫んだ。

 やっぱりあなたも滅びていたと考えていたんじゃないか――というのをいちいち突っこんだらまた泣かれそうなので、僕は黙って成り行きを見守ることにした。

 神は鳥を思わせる動作で首を動かし、魔王の方向へ視線を向ける。



「滅んでいない。大きな穴が空いてしまったけれど、まだ空は落ちていない」



 たしかに、僕が骨格標本になる前に見た空からは色々落ちてきていたけれど、空だけは落ちていなかったように見える。

 でも『空が落ちていない』というのはようするに『空以外は落ちている』という意味にもとれるわけで、そうなるともう九割九分滅亡しているっていうことなんじゃないかと、夢も希望もない意見を僕なんかは抱いてしまうのだけれど……



「そこで、誰でもいいから、この世界の人間の力が必要だ」



 神は言う。

 その発言に真っ先に反応したのは、ワーズワースさんだった。



「人間の協力があれば帰れるのか!?」

「帰れる。協力した人間が望めばだけど」

「ご主人様!」



 もう僕をご主人様と呼ぶことに一切のためらいがなかった。

 いよいよヤバいと思えばいいのか、僕の力が必要そうだから媚びを売り始めたのか、判断に困るところだ。

 僕は『そろそろ神様の方で気付いて僕の上からどいてくれないかな』と思いつつ、たずねる。



「僕はいったいどういう協力をすればいいんですか?」

「ユニークスキルをやるから、それで世界を創造して欲しい」



 なるほど。

 そこで先ほど『友達招待の特典がほしいからソシャゲ始めない?』みたいなテンションで言われた『世界創造』とやらにつながっていくのか。

 しかし、一口に世界を創造して欲しいと言われても、困る。



「そのユニークスキルとやらの内容とか、世界創造がなんなのかとか、具体的には?」

「ユニークスキルは好きな建物や設備を望めば一瞬で建てられるようになるものだ。世界創造っていうのは、その力で世界の底に空いた穴をふさいで、あとは好きにするがよい」



 わかるような、わからないような。

 まあ、今の説明だけなら『やってみてもいいかな』と思う程度には興味が湧いた。

 というか聞くだにすさまじい力であり、まだ精神も成熟していないようなただの高校生にそんな力を持たせていいのか、僕の方が心配になるぐらいだ。


 間違いなく埒外な能力。

 こんなものを授けられようとしている僕は、きっと幸運なのだろう。


 しかし、僕は幸運というものをどうにも手放しにお出迎えできないタイプの人間だった。

 とはいえこれは、僕だけが特別ひねくれているというわけではなく、誰だってそうだろう。

 道ばたに『拾ってください』と書かれた百万円が落ちていたら、裏を疑わない人はいないはずだ。今の状況はそれに近い。世界を創るという過ぎたる能力をただの高校生に渡すからにはなんらかの代償や制限、または選考基準があると考える方が自然なのだ。


 往々にして美味しい話には裏があるものであり、そういった『裏』は契約を受諾したあとで『実は……』とか、契約書の隅の方に小さな文字で書いてあったりするものなのだ。

 だから僕は、慎重にたずねる。



「代償や制限などは、ないんですか? あるいは僕がその能力を持つのに選ばれるに足る理由などは」

「……?」



 神様は首をかしげた。

 なるほど、とぼけるつもりなのだろう。

 よほど都合の悪い『裏』が隠れているのだなと、僕は至極当然の判断をせざるを得ない。


 それとも、この神は『世界を創造する力をあげましょう。代償も制限もありません』などという美味しい話になんの裏も疑わない人物だと、僕のことを判断したのだろうか?

 だとしたら、さすがに侮られすぎだというように憤慨せざるを得ない。

 僕は人の裏を疑うことにかけては、そんじょそこらの人間とは一線を画すのだ。

 小学校の時、クラスメイトがガムをよこそうとした時だって『わかったよ。なにが目的?』と聞くような存在が僕なのである。

 見た感じ脳味噌空っぽだから(骨なので)といって、甘く見られたものだ。



「しかし、僕みたいなただの高校生男子に能力を持たせるからには、なにかあるはずでしょう。代償や制限までふくめたすべての条件を紙面でいただくまで、僕は絶対に首を縦には振りませんよ」

「…………?」



 神様が首を横にかしげた。

 ワーズワースさんが、慌てたように叫ぶ。



「なに言ってるんだ!? 代償があるなら我が肩代わりするから! ご主人様はさっさと世界創造してくれ!」

「しかしワーズワースさん、こんな美味しい話、絶対にエグい裏があるに決まってますよ。あなたも軽々しく『なんでもするから』なんて言わない方がいいですよ」

「いや、なんでもするとは言ってないぞ!?」

「第一に、まあ、能力自体がかなりのものという気もしますが、別に、僕はその能力をいただかなくても普通に暮らしてはいけるわけです。制限や代償が不明瞭でメリットは聞かされていないそんな話、どうして僕が乗らなければいけないんですか」

「いや、骨になってるじゃん! 我の体、普通の人と比較するとちょっと透けすぎだと思うんだけど!」

「別に骨でもさほど問題はないですし……とにかく、気乗りしません」

「でも協力してくれるって言わなかったか!? 我の肉体が飼い犬だから、できる限り協力するって!」

「できる限りはしますよ。こちらに損害が出ない範囲で」

「…………」

「手間は惜しみませんけど、身は切りません。それが『できる限りの協力』です」

「もうちょっと……もうちょっとさあ……!」

「だいたい、つい先ほど知り合った得体の知れない犬耳少女に対する協力として、すでに僕はかなりのことをしていると思うんですが……」

「でも、我ら魔王とか勇者だよ!? もっとなんか、こう、憧れとか、そういう……」

「あの、なぜか僕がひどいこと言ってるような空気が醸成されている気がしますけど、僕の言ってること、そんなにおかしくないですからね? 出会ったばっかりの自称魔王のために、どんな裏があるかもわからない契約を結ぶ人なんか普通いませんよ」

「そうかもしれないけど……そうかもしれないけど……!」



 納得いかなさそうだった。

 一方でこちらは釈然としない。

 僕、おかしなこと言ってるかなあ……?


 まあ、それも神様がメリットデメリットを素直に公開してくれれば済む話なのだ。

 神様は、沈黙していた。

 しかしようやくなにかに気付いたように、ハッとして、



「わたくしは神である」

「あの、それはもう聞きました」

「託宣……」

「それももう聞きました。今知りたいのは、世界創造を引き受ける時のデメリットです」

「……?」

「だから、はぐらかさず答えてください」

「ないけど」

「……まさかそんな」

「いや、神に、わたくしの名に誓って、損失のないことを宣誓しよう」

「命懸ける?」

「わかった。あなたに損失があったら、わたくしは死ぬ。呪われよ、わたくし。この者に損失を与えた時、わたくしの命脈は尽きるであろう……」



 意外な展開である。

 損失もなしに、そのへんで偶然捕まえた高校生男子に『世界創造』なんていう能力を与えようというのか……?

 その世界のセキュリティ大丈夫?

 僕なら住みたくないけどなあ、その世界……


 まあ、とにかく、ここまではっきり明言するのだ。

 損失はないと考えて話を進めてもいいかもしれない。

 まだまだ首を縦には振らないけれど……



「わかりました。それで、手順みたいなものは? なんだかすさまじい能力をさずけるおつもりでしたら、研修とか、そういうのがあるんでしょう?」

「特には思い出せない……」

「ええ……? 研修もなく、選考基準も『偶然目が合ったから』レベルで、代償や制限もつけず、どんな相手かもわからない、二十歳にもなっていない男子に、世界創造なんていう能力を与えちゃうんですか……?」

「……? わたくしはそうする。問題はない」

「問題はないのかもしれませんが、間違いはある感じがしますけど……」

「やるのかやらないのか言ってほしい。わたくしの記憶がもつうちに……」

「記憶が消えてしまう悲劇のヒロインみたいなこと言ってますけど、鳥頭なだけですよね……だから決定前に、手順を教えていただきたいんですが。研修がないにしたって、『能力授ける』『はい授かった』みたいに簡単にはいかないでしょう?」

「いくけど……」

「えええ……」

「わたくしなにかおかしなこと言っているのか? お前がなにを疑問に思っているのか、さっぱりわからない」

「どうにも重いカルチャーギャップを感じますね……そんな採用条件で御社は大丈夫なのですか?」

「…………オンシャハダイジョウブナノデスカ?」

「オウム要素はもういいですから」

「お前がなにを言っているのか、言いたいのか、わからない。わたくし、困惑」

「あなたと会話を重ねれば重ねるほど溝が深まる気がしますね……」

「世界が崩壊しかけているというのは、わたくしにとっても大事件なのだ。だから、わたくしは早く誰かに協力してもらって、世界を元通りにしてほしい。それだけだ」

「あの、あなたが自分でやってはいけないんですか? 能力を与えるなんていうまどろっこしいまねしないで、ご自身でやっては駄目なんですか?」

「……ゴジシンデヤッテハダメナンデスカ?」

「オウム返しはもういいですから」

「わたくし、お前の言っている意味がわからない。自分でやる? 神が? そういう考えがなぜ生まれるのか、お前の育った環境に興味がある。端的に言うと親の顔が見たい」

「そこにいます」



 僕は未だに固まっているアイリンさんを指さした。

 神様はそちらを一瞥し、再び僕へ視線、というか視界を向けた。



「美人だ」

「まあ、本来はもっと普通のおばさんなんですけどね……今は異世界勇者のアイリンさんが入っていまして」

「……ハッ、そうだった。今、わたくしの世界が大変なのだ。わたくしは託宣を下しに……」

「あの、鳥頭ももういいので……」

「引き受けてくれるのか」

「……わかりました。じゃあ、能力を授けてください。さっき言った『僕に損失があったら死ぬ』っていうの、忘れないでくださいよ」

「……そういえばなぜか、そういうたぐいの呪いがかけられている。神を呪うなど、神にしかできない……いったい誰が」

「あのすいません、乱暴な言葉を使いますけど、お前が自分でやったんだよ」

「なんと……わたくし、驚愕。それで、託宣を……」

「わかりました。もうしゃべらなくていいので能力をください」

「やってくれるか。わたくし、この世界の人間の優しさに感謝……では手順を説明する」

「手順があるんですか?」

「それはもちろん、偉大なる能力を手に入れるのだから、それなりの手順はある。『能力授けた』『はい授かった』みたいに簡単にはいかない」

「今までの会話を全部無駄にするような発言ですね……」

「まずは、そうだな、どんな方法でもいいので死ね」

「死ね?」

「お前はオウムなのか? わたくしの発言を繰り返さないでくれ」

「すいません、僕、普段はこんなこと口に出さないんですけど、今、ぶっ殺してやろうかって思いました」

「人心がすさんでいる……わたくし、恐怖」

「神のせいだよ!」

「しかしこの世界から弾かれないことには、向こうの世界で使う能力は与えられない。まずは死ぬべきだ。そうしたらわたくしがお前の魂を拾い上げる。トラックに轢かれてくれると魂がいい放物線を描いて飛ぶので、とても拾いやすい。よろしく」



 無表情のまま抑揚のない声で言い切った。

 僕はうなずく。

 それから、ワーズワースさんに向けて発言する。



「少しいいですか?」

「ご主人様、ありがとう。我らのために世界創造をよろしく」

「無理です」

「……」

「あの、今からすごくまともなこと言いますから、よく聞いてくださいね」

「う、うむ……」

「死にたくないです」

「……」

「だからすいませんが、他を当たってください」



 きっと百人いたら九十人以上に共感していただける理由で、僕は異世界人たちの救出をあきらめた。

 この、異世界人視点では血も涙もないと思われるであろう発言。

 それに対して、異世界魔王ワーズワースは、深くうなずき、



「……まあ、そうだよなあ」



 意外なことに。

 苦笑して、認めた。

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