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空から異世界がまるごと降ってきた。  作者: 稲荷竜
二章 魔王城はなぜ暮らすのに不便な仕掛けばかりなのか?
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崩れゆく魔王の思い出

「あー、しまったなあ……」



 ワーズワースさんがなにか意味深なつぶやきをこぼした。

 彼女の視線は正面方向の壁にそそがれている――例の粘土みたいな素材でできた、壁だ。ただし、他の場所と違って、杖を持ったガイコツのレリーフが彫りこまれていた。

 そのレリーフは妙にリアリティがあり、今にも動き出しそうだ。

 我が家のお化け屋敷化がとどまるところを知らない。


 さて、そのレリーフを見ながら、ワーズワースさんが頭を掻いている。

 一瞬だけ足で頭を掻こうとしたけれど、一応、自分が二足歩行の動物であることを思い出したらしく、今は手でボリボリやっていた。


 ワーズワースさんはそんな風に「しまったなあ、しまったぞ」と話しかけてほしそうにしていた。

 僕は、別にこちらが対応する前に本題に入ってくれてもいいのにと思いながらも、彼女の期待に応えるべく声をかける。



「どうしたんですか?」

「うん? いやな、この奧が、我が謁見の間に続いているのだが……」

「ああこれ、扉なんですか」

「うむ。しかしすっかり忘れておったが、このレリーフの杖部分に宝石をはめないと、扉が開かない仕組みになっているのだ」

「家に帰るの面倒くさくなってきますね。なんですかその謎仕掛けは……」

「まあロードの城は総じてそういうものだ。侵入者を阻むという意味では万全と言えよう」

「そうとも言えるかもしれませんが……ちなみに、その杖部分にはめる宝石っていうのはどこにあるんですか?」

「城入口から左に曲がって、最奥にある」

「反対方向じゃないですか……うざったいぐらいの回り道を要求してきますね……そのくせ、セキュリティは『合い鍵、植木鉢の下に置いておくね』と同レベルという……」

「なんだかよくわからんが、ロードの城は総じてそういうものだ」

「……それで、僕らはまたその『宝石』を取りに戻らなきゃいけないんですか?」

「それなのだがな……我らは元いた世界から装備を持ち越せないという話はしたであろう?」「はい」

「ということは、宝石を入れた宝箱もない可能性が……」

「……じゃあどうやったら開くんですか、この扉は」

「出る時は問題なく開くので、内部にいる誰かが向こう側から近付けば……」

「ほのか、母さんに電話してくれ」



 僕はガイコツのレリーフとにらめっこしているオークに声をかけた。

 そいつは僕を見ると、半笑いみたいな顔をして、首を横に振った。



「無理無理。あたしのスマホもさっき壊れちゃったもん」

「闇魔法でか?」

「うーん、たぶん落とし穴にあったトゲにぶつかったっぽい」

「ああ……そういえば僕らの服もたいがいズタズタだもんな……爆発で本当に怖ろしいのは、爆風以上に爆発によって飛び散る色々な破片だ――とか聞いた気がするけど、まさか体感するとはなあ」

「ねー」

「しかし困ったな……電話もできないんじゃ、鍵をなくした鍵っ子よろしく、誰かが来るまで体育座りで待つしかないぞ……」

「別に姿勢は自由でいいと思うけど」

「それまで暇だな。しりとりでもするか」

「暇な時の最終兵器だね……じゃあ、最初は……りんご!」

「ごくごく一般的な価値観から疑問を投げかけさせていただくけど、ここで本当にしりとりを始めるのはおかしいと、疑問に思ったりはしないの?」

「のんびり待っててもいいと思うけど……お父さんかお母さんが、さすがにそろそろ心配して様子を見に来るだろうし」

「仕方ない足止めを食ってるのは実際そうだから、待つのもたしかに選択肢の一つではあるんだけれど、さすがに僕もそろそろ帰ってのんびりしたいっていうか……このあとワーズワースさんをどうするかとか、通報するかとか、なにより状況の確認とかやることもあるし、待っている時間があるんなら、駄目もとで宝石を取りに行くとか、現状を打開するための努力をするべきだと僕は考えるけど」

「どっちでもいいよー。お兄ちゃんに任せた」

「他力本願がすぎるというか……お前の側になにかアイディアはないのか?」

「壁、壊す?」

「……すごいこと言い出したな……発想が化け物のそれだ」

「だって、開ける方法ないんでしょ? だったら壊すしかなくない?」

「言う通りではあるんだけどさあ……」

「あたしにできること、それぐらいしかないと思うし。壊していいならやるけど、どう? 魔王ちゃん?」



 僕らは同時に視線を転じた。

 ワーズワースさんは「えっ」と嫌そうな声をあげる。



「あの……ここ……我の墓標……静謐なるアンデッドの聖地……」

「でもこれから先、あたしたちはここで暮らすわけだし……家に入るのにいちいち電話しなきゃいけないの面倒くさいし……それに、誰か一人は絶対いなきゃいけないっていうのも、ちょっとねえ?」

「でもほら、ロードの城は総じてそんなもんっていうか」

「ロードの常識言われても、あたしたちロードじゃないし……」

「そうだけど……そうだけど……!」



 なにか言いたいけど言葉にならない、という様子だった。

 手の甲を舐め始めている。

 犬がストレスを感じると前足を舐めるアレなのかもしれない。


 ……その様子を見ていると、古い記憶が甦ってきた。

 昔、僕がまだ戦隊ヒーローに憧れを持っていたころ、父に『将来はブルーになりたい!』と言ったら『スーツアクターの方? それとも俳優の方?』と質問されたことを思い出す。


 当時は言い知れぬ悔しさを覚えるだけだったが、今は、その悔しさの理由がわかる。

 そうじゃないんだ。

 僕はヒーローになりたかったんだ。

 ヒーローの中の人になりたいっていう意味じゃないんだ……!


 当時のことを思い出して「だー!」と意味もなく叫び出したくなるような猛りを思い出す。

 今のワーズワースさんの心情はまさにこんな感じだろう。

 あと、僕がなにごとにもマジレスするような夢のない少年に育ってしまった原因として、父の教育がかなりの割合を占めているような気がしてきた。


 彼女の気持ちがわかってしまった。

 だから今回は、彼女の肩を持とうじゃないか。



「ほのか、あんまり夢のないことを言ってやるなよ」

「えっ……お兄ちゃん、どうしたの? まさか精神を魔王に乗っ取られた? なんだかすごくまともなこと言い出してるけど……」



 普段の僕より、異世界の魔王の方がまともなこと言いそうなのか……

 ほのかの中で僕の評価がどうなっているか、かなり気になるところだった。


 ……まあ、今はそっちに突っこむべき時じゃない。

 この話はあとで、寝る時にでも聞こう。

 今はワーズワースさんの弁護だ。



「ワーズワースさんにとって、この城は滅んでしまった異世界の名残なんだよ。ほのか、想像してごらん? たとえば僕らのいる世界が滅んで、この世界での物質的な思い出がスマホだけになったとしよう。そのスマホを『ちょっと中身見せて』とか言われて解体されたら、嫌だろう? それと同じだよ。ワーズワースさんの故郷はもう滅んでしまったんだから、思い出の詰まったお城ぐらいは可能な限り綺麗に残しておいてあげないと、あんまりにもかわいそうだ」



 ね、ワーズワースさん。

 僕は弁護をやりきった顔で、彼女を見た。


 ワーズワースさんはぶるぶると震えていた。

 そして、僕をにらみつけて言う。



「滅びておらんわ!」

「え?」

「我の世界、滅びておらんわ! ただちょっと滅びがほぼ確定っていうだけで、まだ決定はしておらん! なのに何度も何度も『滅びた』『滅びた』言いおって! 滅んでおらん!」

「いや、でも、お話をうかがう限り、どう考えても滅んでますけど」

「だから滅びておらん! 滅びた可能性が九割ぐらいっていうだけだ!」

「それもう滅びてますよね?」

「……もういい! ほのかさん! 壊していいぞ! 我の世界は滅びておらんからな! こんな扉程度、元の世界に戻ったら綺麗に直す!」

「なにか意地になってませんか? あの、思い出は大事にした方がいいですよ……」

「思い出はまた我の世界で作るからいい! 壊せ! ひと思いにやれ!」



 彼女の意思はかたくなだった。

 ほのかは「いいの?」という顔でワーズワースさんを見る。

 城の主たる彼女は、目を閉じてレリーフの方向から顔を背けていた。


 次いで、ほのかは僕の方を見た。

 本当にいいのかどうか、決めかねているようだ。

 僕は困惑して、ワーズワースさんに最後の質問をした。



「……あの、本当にいいんですか?」

「やれ!」



 ということらしい。

 僕は肩をすくめ、ほのかを見た。

 妹はうなずき、壁に向けて、大人の顔面より大きい拳を繰り出した。


 交通事故のような音が響く。

 僕らの行く手を阻んでいた壁は、杖を持ったガイコツのレリーフごと、粉々に砕け散る。



「あああ……」



 切ないあえぎが聞こえた。

 その声はワーズワースさんのものだ。


 僕とほのかは顔を見合わせ、微妙な表情を浮かべる。

 そして、しばしのアイコンタクトのあと――



「ワーズワースさん、あとでオヤツをあげるから、元気出して」

「そうだよ魔王ちゃん! このレリーフの思い出にも負けないぐらい、この世界で楽しく遊ぼうよ!」



 フォローに回った。

 たぶん罪の意識から逃れるための、極めて保身的な行動だったと思う。

 それでもワーズワースさんは――



「……うん。わかった。我、元気出すよ」



 まだまだ沈んだ様子ではあるけれど、そう言ってくれた。

 僕らはこのひとりぼっちの魔王様の力になっていこうと心から決めた。

 これは、とてもいい話なのである。

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