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夕空に啼く烏【リメイク版】  作者: マナ'
第一章:花は枯れ、大地に落つ
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第一節:雨飛沫 -IN RAINY DAY

 東の立角川、北の黒武山があり自然豊かであるこの支丞市。人口は八万と少し。西部は開発が進み、近辺の市町村の中でも最も活気にあふれている。その上、この地には古くから霊力が満ちているとされ、今でも神秘的な伝説が数多く語り継がれている歴史の街でもある。この街の中央、やや北西よりの場所には小さな団地がある。同じようなアパートが建ち並ぶさまはまるでドミノのようだ。この団地は近くにある私立大学のせいか、学生が多く住まう。そして、彼、蒼河隆希あおかわりゅうきもその一人だった。

 遠く親元を離れ、彼は一人暮らしをしている……いや、正確には二人。大学の友人が一人居候していた。

 隆希は別にこの街の大学に入る予定はなかったのだが、父親から強く勧められ入らざるを得なかったのだ。別段頭のいい大学というわけでもなく入るのは容易だった。これといった特色もない普通の大学。本当に「大卒」という学歴が欲しいという人間

や、近いからとかそういう理由で入る人間が多いように思える。こんな大学を勧める人間など誰もいない。だが、隆希は父がこの大学を勧めた理由を知っている。

 知っているからこそ、断れなかったのだ。



 †



 時刻は午後一時を回っている。講義は午前に一限あっただけで終わり、隆希は自室へ帰ってきていた。本当は三限もあったのだが、急遽休講となっていた。昼食を簡単に済ませ、ノートパソコンを扱っていた隆希はもう何度目かのため息を吐く。

 物が乱雑に置かれた狭苦しい小さな机の上で遠慮がちにマウスを動かす。そして、これまた乱雑に大量のアイコンで溢れかえったデスクトップから一つの画像ファイルを選択肢、画面に表示させた。それは写真。田んぼに囲まれたどこかの風景を切り取

ったものだ。左右を田んぼに挟まれたあぜ道はずっと写真の奥の方へ伸びている。その中央付近には小さなお地蔵様も写っており、なんとも画に描いたような典型的な日本の田舎風景と言ったところだった。

 この写真は数日前、唐突に父親の元からメールに添付されて送られてきた。はじめ、メールを無視していた隆希は、なんとなく添付ファイルを開いてはじめてそのメールに興味を持った。本文は機械音痴の父らしい短文。この写真について調べてくれ、とのことだった。何をどう調べるかは別として、隆希はこの写真の場所を知っていた。いや、正確には知っているような気がしているだけだ。

 何度も画像を見直し、拡大してみたり、補正をかけてみたりしたがいまいち正確に思い出すことができない。

「どこだったかなあ、これ……」

 そんなことを一人つぶやいていると。玄関の開く音が聞こえた。

「よう、ただいま」

「あれ、銀埜ぎんや、おかえり。お前、今日は午後の講義もあるんじゃなかったっけ?」

「ああ、それならサボりだ」

 気だるそうな顔をしながら入ってきたのは隆希の部屋に勝手に居候をしている隆希の友人、西大路にしおおじ銀埜だ。すらっとした体格、黒縁メガネ。顔立ちも整っていて、彼を見た人ならその第一印象から彼を頭のいい人間と決めつけるだろう。そんなテンプレートな見た目だった。銀埜はそのまま安物のカーペットの上に寝転がった。

「サボりって、いつもお前サボってる気がするけど、出席足りてるのか?」

「問題はない。足りそうにないから代返をしてもらってる。試験の方も気にすることはあるまい」

 それもそうだ、と隆希は彼を心配することをやめた。銀埜は見た目通り頭がいい。なぜ同じ大学にいるのか、彼のことをよく知らないものからすると不思議でたまらないだろう。ついでに要領もよく面倒なことは一切したがらない。「面倒だ」と決めつけた講義にはほとんど出席していないようだ。それでも単位だけうまいこと取得していくのだから、あまり頭がいいと言えないことを自覚している隆希としては羨ましい限りだった。

 隆希は再びパソコンの画面を見つめる。

「なにか調べてるのか?」

 銀埜が興味を示したようで、寝転がったまま目を細めて隆希の方を見た。メガネをかけているのだが、どうも度があっていないらしくよく見えていないようだ。

「ん、まあ調べてる……といえば調べてる。親父から仕事を押し付けられた」

「あー、親父さんからか。ならやらないわけにも行かないか。お前の親父さん、柔和な顔つきだがおっかねえからなあ」

 隆希と銀埜はいわゆる幼なじみだ。もともと二人の実家、蒼河家と西大路家に付き合いがあり、自然その長男同士である二人は幼い頃から仲が良かった。とはいえ、二人の家はかなり離れているため、そうそう会えなかった。ただたまたま同じ大学に入学していた銀埜が一方的に隆希が一人暮らししている家に転がり込んできたのだ。

「そういえば、隆希。文墨あやずみ先輩からさっき連絡があったぞ」

「連絡? あの人からなんて珍しいな」

 文墨先輩こと、文墨玄恵(くろえ)は二人の共通の知り合いであり、先輩だ。

「うん、今日、美波のところにお見舞いに行くってさ。三時頃に迎えに来るって」

「そういえば、今日だっけ」

 隆希はパソコンの画面に表示されている日付に目をやった。美波というのは同じ学科の友人だ。年齢は一つ上なのだが、留年したらしく隆希たちと同年代である。彼女は病に冒され今は市内の総合病院に入院している。といってもそう重態なわけではなく、生まれつきの病気がたまたま悪化したためそのための検査入院なのらしい。

「三時まではまだ時間があるな。昼飯どうするよ」

「俺はもう食ってきた」

 銀埜は仮眠をとると言い、眠ったようだった。仕方なく隆希は数日前にまとめ買いしたものの中からカップ麺を選び食べることにした。


  †



 夏の強い日差しが部屋いっぱいに差し込んでいた。暖かさを超え、単なる熱光線とかした日差しに、眠っていた隆希は目を覚ました。昼食をとったあといつのまにやら寝てしまったらしい。隆希は顔に当たる日光を手で遮りながら、薄いカーテンをしめた。スマートフォンをとりだし、時間を確認してみると、三時まであと少しだった。

「あれ、銀埜は……」

 狭い室内に彼の姿はない。トイレかとも思ったがどうもいないようだった。寝ていたはずなのにどこにいったのだろうと考えていると、スマートフォンからSNSの通知音が聞こえてきた。銀埜からだった。


「もう文墨先輩、迎えに来てるぞ。はやく降りてこい」


 その文面を見て隆希は溜息をつく。迎えに来ているというなら直接起こしてくれればいいものを。

 隆希は、了解、と返すとスマホをポケットにしまい、すぐに部屋を出た。古びた階段を駆け下り、駐車場へとおりる。するとタイミングを合わせたように、ポツポツと雨が降り始めた。空を見てみるともくもくと育った入道雲とともに黒い雲が空を覆い


始めていた。夕立になるな、とまたため息をついているとクラクションの音が聞こえてきた。

 アパートの前の道路に白い軽自動車が止まっている。文墨先輩の車だ。隆希は濡れるのを気にしながら小走りで車に駆け寄り後部座席に乗り込んだ。

「おはよー、蒼河くん。よく眠れた?」

 運転席から振り向いてにやにや笑う彼女が文墨玄恵だ。助手席には銀埜が乗っている。

「んじゃ、行こっか」

 玄恵は、隆希が座ったのを確認すると、アクセルを勢いよく踏みこんだ。

「――――ちょっ、まっ! 文墨――ーっ」

 急発進、急加速。慣性の法則は当たり前のように働き、まだシートベルトもしていない隆希の体はシートに思い切り叩きつけられた。玄恵は隆希のことなどお構いなしで、なんとも気持ちよさそうに運転をしている。雨の中なのにも関わらずワイパーさえ動かしていないところに、隆希は身を震わせる。公道に出ても運転が優しくなることはなく、荒々しい。ひどいの一言につきる物だった。まったく、事故を起こさないのが不思議なくらいだった。

 出発して数分もしないうちに、隆希たちの乗る車はメインストリートで早速渋滞にはまってしまった。この通りは街で一番大きな県道であり、その道沿いには飲食店や大型の量販店などが並ぶ。街東側の畑やたんぼだらけの田舎の雰囲気とはまるで大違いである。美波の入院している朱雀総合病院もこの通りに面している。とても大きな病院で、評判もよくなかなか繁盛しているとか。病院が繁盛するということは、それだけ病人が多いということで、それが良いことかと問われれば何とも言えないが。そんな朱雀病院は、隆希たちの住むアパートからそう遠くない場所にある。車だとおそらく十分もかからないであろう。しかしこの付近の道はよく渋滞する。そうスムーズにはいかない。

 今も車は信号からはるか遠くの場所で立ち往生している。車内にはラジオの音が小さくあるだけで、会話は皆無だった。雨は激しさを増し、車に降り注ぐ。隆希は仕方なく外へ目をやった。土砂降りのせいで視界は良くない。街行く人々の姿がぼんやりと見えた。下校時間なのだろうか。ランドセルを背負った子供の姿が多く見られた。夏休みを前にして、こんな雨に振られ、彼らの気も沈んでいることだろうと隆希は思ったが、案外そうでもないらしく、子供たちは元気に走り回っていた。無邪気な心には雨すら玩具。次第にその使い方は忘れていくものだけれども。

 傘を差して歩いて行く老若男女様々な人影。隆希はその人の波の仲、一人の少女に目を奪われた。

人混みの中で一際目立つその少女は、これだけの雨の中で傘を差さず、しかし傘がないというわけではなく開いた状態でビニール傘を手に持っていた。またレインコートを着ているわけでもない。白いワンピースを着た、長い黒髪の少女。ずぶ濡れになりながら立っている。――そして。

 隆希には、なぜか彼女が自分のことを見ているように思えた。

「あ、」

 少女の姿が、どっと押し寄せた人の波に紛れて見えなくなる。人々が通り過ぎたときには、もう少女の姿はどこにもなかった。その代わりに、なぜかビニール傘が開いた状態で一本落ちていた。

「なんだ、今の……」

 車が少し前へ進む。

「どうしたんだ、隆希」

 銀埜がシートの隙間から不思議そうにこちらを見つめていた。

「いや…………なんでもないよ」



 やがて、車は進み始めた。

 残された傘も、雨の飛沫の中へ消えていった。



  †



 美波の入院している病室は朱雀総合病院の中央病棟、その六階にある。この朱雀病院はそれぞれ七階建ての五つの病棟を持つ。ほぼ真四角の中央病棟を取り囲むように、L字型の四つの病棟が四方にあり、それぞれが連絡通路でつながっている。真上から見れば、ちょうど、漢字の「回」のような形に見えることだろう。

 C611病室。ネームプレートには紅尾あかお美波の文字。

 隆希たちは軽くノックをして中へ入った。

 広めの個室。窓際のベッドに横になっていた美波は、隆希たちが入ってきたことに気づくと、体を起こした。

「久し振りだね、みんな」

 久々に聞く明るい声。年齢こそ、隆希より一つ上だが、その声も見た目も実年齢よりだいぶ幼く感じさせる。

「美波、久しぶり! 元気そうじゃんか」

 玄恵は真っ先に美波のもとへ寄り、頭を撫でた。美波も気持ちよさそうにされるがまま。

「よう、少し痩せたか? ほら、これ差し入れ」

 銀埜は持ってきていた紙袋を美波に差し出す。中身は隆希も知っている。

 目を輝かせながら袋に手を突っ込む美波。取り出される、ゲーム機。美波は大のゲーム好きである。しかし、主治医――隆希たちの間での通称はその容貌から仙人――から禁止令を出されていた。ゲームがないと生きていけません、と自称する美波は、禁止令が出された当初、隆希たちに頼み込んでゲームを持ってきてもらっていた。しかし、無駄に勘のいい仙人の手によりそれは阻止されたのだった。

 一応今回ゲーム機を持ってこれたのは、美波の体調も回復し、禁止令が解除されたからである。ゲームの使用を許可された美波はお気に入りのゲーム機を手にして満悦の様子だ。

「よくも、ゲーム無しで生きてたな。とっくに禁断症状で苦しんでるかと思ったよ」

 美波のわかりやすい反応に呆れた隆希はそんな嫌味を吐いたが、美波はぶんぶんと首を横に振る。

「ううん、そんなことないよー。たしかにゲームがなかったら死んじゃうかもだけど、脳内妄想で補完していたから、この通り元気だよ」

 美波はすでにゲームを起動していた。玄恵も銀埜も同じくゲーム機の電源をつけている。どうやら何かのゲームで通信対戦をするようだ。せっかくなら自分も混ざりたいと思った隆希だったが、ゲーム機は持ち合わせていなかった。

仕方なしに隆希はゲームをやっている美波に話しかけた。

「なあ、美波。お前、もう体は大丈夫なのか?」

「うーん、そうだね。見た目はまあこのとおりだし、気分もわりといいよ。でもまだ検査とか残ってる。今回出た症状が結構重かったからね。こればかりはどうしようもないね」

 美波が入院しているのはある病気のためだ。隆希はその病名を彼女本人から聞いていたのだが、とても長い名前だったため覚えてはいなかった。倒れたと聞いた時は心配していた隆希だったが、ゲームをやっている彼女の姿を見て一応ほっとしていた。


「うわ、まじかよ……。美波強すぎ。もうチートって言っていいレベルだよな、これ」

 銀埜が珍しく大きな声を上げている。どうも美波にこてんぱんにやられたようだ。美波のゲームの腕はなかなかのもので、実はゲーム界隈ではそれなりに名のしれた有名ゲーマーでもある。

玄恵も銀埜も美波の圧倒的強さを前にうなだれている。美波だけが一人で満足そうに笑っていた。

そのあともしばらく通信対戦をしていたようだが、なんどやっても結果が変わるはずはなく、ついに二人は諦めたようだった。玄恵がゲーム機をテーブルに置き、椅子から立ち上がった。

「ちょっとのどが渇いちゃったから、下の売店で買ってくるね。面会時間まだ余裕あるしね」

 そう言って部屋を出ていこうとすると、銀埜も同じくゲームを置いて立ち上がった。

「俺も行く。隆希、何か買ってこようか? お前も、喉渇いてないか?」

 珍しく気の利く銀埜に隆希は戸惑いながらも、炭酸飲料を頼んだ。

 二人が病室から出ていき、部屋には隆希と美波二人だけになった。

「ねえ、隆希」

 ふいに美波が口を開いた。

「ここに来る途中、それか、今日、誰かに会わなかった?」

 美波は隆希に話しかけながらも、依然としてゲーム機の画面から目を離さない。

隆希は美波の問いに、今日一日を振り返ってみた。大学に入ったが、これといって「会った」といえるような出来事はなかったような気がする。

「誰にもあってないと思うけど……」

「うーん……。じゃあ、誰かの視線を感じた、とかはない?」

「そんなことは……」

 ない……と言いかけ、隆希はふとここに来る途中のことを思い出した。たしかに、そういうことがあった。

「ないとはいえないな。たしかにあった気がする。でも、それがどうかしたか?」

「それ、女の子だったよね。どう、当たってる?」

 隆希はどきりとした。確かにそうだ。雨の中、傘もささずに濡れていた少女。しかし、隆希はあえて肯定も否定もしなかった。

「その子はあんまり見えていいものじゃなかったかもしれないよ」

「おいおい、やめてくれよ……。お前が言うと冗談も冗談に聞こえない」

「冗談じゃないよ」

 隆希は知っている。紅尾美波、彼女には普通の人間には見えないようなものが視えてしまう特別な眼がある。俗にいう、霊視能力者のたぐいだ。

「ゆ、幽霊か何かなのか?」

「んー、どうだろうね。近いものだとは思うけれど、いやちょっと違うかもね。幽霊というよりはもっと現実的な……、そう幽体離脱とかそちらのたぐいだね。まあ、大丈夫、心配しないで。呪われるとか、そういうものじゃないから。多分」

 多分、だけ余計だった。



雨飛沫の中、あの少女は確かにこちらを見ていた。



美波の言葉のせいであの少女のことを嫌でも意識してしまう。

十分ほどして、玄恵と銀埜は戻ってきた。隆希は玄恵の抱え持っているものを見て、目を丸くした。

「なにそれ……」

「何って。見ればわかるじゃん。朝顔だよ」

 たしかにそれは朝顔の鉢植えだった。清潔感のある白い植木鉢に植えてある朝顔は緑の支柱に蔦を絡ませ、幾つもの蕾を抱えている。

「いや、そうじゃなくて、なんで朝顔?」

「うん、美波の好きな花の一つだからね。持ってきてたんだけど、忘れてたから、飲み物買いに行くついでに車から持ってきたんだ。ちゃんと病院側の許可ももらってるから安心して」

 玄恵は朝顔の鉢をそっと窓際の棚の上に置いた。

「玄恵、ありがとう。やっぱりお花っていいよね」

 美波が玄恵に微笑んだ。

たしかに、花があると清々しい気分になれるものだ。それが小さな存在であったとしても、花があるだけで空気が良くなったようにも感じられる。それが花の持つ不思議な魔力といったところだろう。

「ほら、隆希。これ頼まれてた品」

 言って、銀埜は突然ジュースの缶を隆希に投げてよこした。隆希は慌てながらもなんとかそれを受け止める。見ると、缶コーラだった。隆希は一応、銀埜に礼を言ったものの、缶を開けるのはさすがにためらった。銀埜が缶を投げる時といい、受け止めた時といい、缶が振られていないはずがない。開けたらどうなるかは、言うまでもないだろう。心なしか、缶が少し膨らんでいるようにも見えた。

隆希は銀埜の方をちらと見た。銀埜は隆希のことなど気にする風もなく、自分用に買ってきたブラックのコーヒーを飲んでいた。隆希は仕方なく缶コーラをポケットにしまった。

それからは普通の雑談だった。美波だけは相変わらずゲームを指定たが、今度は視線を隆希たちの方へ向け、目隠しプレイという神業をしれっと実演していた。

雑談というものは他愛無い内容だとしても、むしろそれがゆえに時間が立つのを早く感じさせる。面会時間はあっという間にわずかになった。

仙人こと美波の主治医は、癖なのかいつもどおりその長いあごひげを手で撫でながら、女性の看護師を連れて部屋に現れた。仙人は、神業を披露し続けている美波を不思議そうに眺めながら、

「紅尾さん。いくら体調が戻ってきているとはいえ、長時間のゲームは控えてくださいよ。目にも悪いですし、短時間ならともかく、長時間のゲームはいろいろと体に毒です」

「ふわぁーい。気をつけますー」

 美波の返事は間の抜けたもの。空返事になることまちがいなしだ。

「さ、皆さんも、そろそろ時間ですので」

 仙人はそう言うと、看護師に薬ケースと水の入ったコップを置かせ、部屋から出ていこうとした。しかし、ふと立ち止まって振り返った。

「ん、その朝顔は? 午前中はなかったね」

「あ、それは私が持ってきたんです。美波の好きな花なんで」

「ほお、朝顔か。綺麗な花が咲くといいね」

 そうして仙人と看護師は病室から出て行った。その背中を見送り、隆希たちも帰るための準備をした。

「それじゃあ、俺達も帰るから」

「うん、また来てね」

 隆希たちは部屋から出ていく。最後に隆希が部屋を出ようとした時、美波がポツリと呟いた。

「気をつけてね」

 隆希は、何に……とは訊かず、そのまま部屋を出た。



  †



 一階のロビーまで降りてきた三人はそこでちょっとした異変に気づいた。

「なんかパトカーが来てるみたいだ」

 最初に気づいたのは銀埜だった。ロビー正面の入口から外にパトカーが二台止まっているのが見えた。

「何かあったのかな?」

「どうだろうな……。サイレンを鳴らしてた感じでもないし、緊急的なことじゃないんじゃないか?」

 言って銀埜は早く帰ろうと二人を急かした。

隆希としても別に警察なんかに興味はなかったので銀埜の言うとおりまた玄恵の車で病院をあとにした。

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