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第一話『人形1』


今日もまた電話が鳴る。

リリリリリと鳴り響く電子音が、まるで相手の怒りを表しているように聞こえるのは気のせいなのだろうか。

最初に言っておくが電話の相手は別に借金取りなどではない。

そりゃ両親のいない孤児ではあったが、バイトしながらちゃんと学校にも通い、それなりに順調な人生を歩んできた。

何が狂ってしまったかはわかっている。何が狂わせてしまったかはわかっている。

狂ってしまったのは私の日常で、狂わせたのはあの人形だ。


私には孤児院の頃から大切にしていた人形があった。

それは院長先生が私に買ってくれた当事売れていた着せ替え人形だ。

金色のブロンドに栗色の大きな瞳をした、私の人形。

私はそれにマリーと名前をつけてそれはもうたいそう可愛がった。


それを私は捨ててしまった。


きっかけは些細な事だった。

押入れを整理していたら見つかった懐かしい人形。

だがそれは長い年月をかけてボロボロに汚れていた。

手入れをすれば以前の輝きを取り戻しただかもしれない、それに思い出深かったものがあったのだが、さすがにもう自分には必要ないと思って、捨ててしまったのだ。


マリーを捨てたその翌日の夜の十二時。

一本の電話がかかってきた。

最初は同じ学校の彼氏かと思った。

この春に告白して、生まれて初めて好きになった異性だ。

こんな時間に何かと思いながら受話器を取って耳に当てるとそこからは彼の声とはかけ離れた、まるで怨嗟を押し殺して、喉奥から声を引きずり出しているようなそんな擦れた声が聞こえてきた。


『こん ば。んわ、わた、しマリー、よ』


最初は彼氏の冗談かと思った。

マリーのことは彼氏にも話した事があったし、私の彼はこの手の冗談が大好物なのだ。

どうせ今回もどこかで聞いた事のある怪談のマネだろう。

私は笑いを堪えながら「いつからマリーなんて名前になったの?」と冗談の一つでも言おうと頭で考えたとき、ふとある考えが頭をよぎったのである。


私はマリーの話はしたけど、マリーを捨てた等と言った覚えは一度もないのだ。


もちろんマリーを捨ててから彼と話した覚えもない。

冷や汗が顔を伝った。

今すぐ受話器をおきたい。だが、体全体が凍ったように動かなくなり、受話器を耳から放せないのだ。


『今、ゴ。ミ焼却じょ、うに居るわ。すご、く熱かったわよ…ミノリち。ゃん』


そう電話の主が言い終わったと、抑えきれなかった怒りを受話器にぶつけたような大きな音ともに電話は切れた。


そして今日、また十二時を時計の針が示すとともに、電話の音が鳴り響いたのだ。

それに対して私が取れるのは、電話に出ない、という簡単な方法だけだった。

だが、その電話に対する恐怖は昨日のうちに心の芯に植えつけられてしまい、今私はベッドの上から動く事が出来ないというなんとも情けない状況にあった。


それにしてもこの待機音はいつまで続くのだろうか、もしかしたら朝まで続いたり、一生止まなかったりするかもしれないが、せめて昼に何か対策を取ろう、そう考えていたそのとき。


『ピ―――、ただいま電話に出ることが出来ません。ピ―――っと言う発信音の後にメッセージをお願いします』


しまった! そのとき私は恐怖のあまり留守番電話の存在を忘れていたのだ。電話には触れたくなかったが、もうこうなっては取る手段は一つしかない。


そう決意し、私はベッドから飛び出て電話のコンセントとケーブルを引き抜いた。

これで電話は機能しなくなる。文明の利器は電気というエネルギーと切り離されると途端にガラクタへとランクダウンするのである。

だが、留守番電話の音は止まる事がなかった。


『ピ―――』


「なっ…なんで!?」

電源もケーブルも全て抜いた。なのに電話からは発信音とボタンの光が消えていなかった。


『こん―ばんわ、私マリー、よ。今、○×交番。の前に居るわ』


そこから発せられたのは昨日よりも流暢で、そして静かに憎しみのこめられた声だった。



次の日、私は彼氏にその事を相談しようとした。

だがその日、彼は学校を休んでいた。

いや、それで良かったのかもしれない。

最愛の人をこんな事に巻き込んではいけない。

そう思うと、今日彼が学校に来てくれなくて良かったと思った。

たぶんその顔を見たら泣きついてしまうだろうから。


私はその日の夜になる前、私は家の中から音を出す機械を全て捨てた。

電話はもちろん、ラジオを聞く事もできるオーディオプレイヤーから、テレビまで。重労働ではあったが、電話の恐怖に比べればまだマシだった。

だけどその時、私にはもしかしたらわかっていたのかもしれない。


そんなことをしても無駄だと。



その日の夜も十二時はやってくる。

もう電話はかかってこない。音を出すものは全て処分したのだから。そう思っていてもなぜか安心する事はできなかった。

頭の中を廻るのは「かかってくるな」という祈りだけ。

だが、その祈りは十二時とともに砕け散ってしまった。


音を出す壁掛け時計や目覚まし時計は捨てたので、今この部屋の中で時間を示すのは小さな安物の腕時計だけとなった。

そして、腕時計の針が十二時に達した瞬間、


音をたてて窓ガラスが割れた。


「!」

最初は何かと思ったが、周囲を見渡して、状況を把握してみると、

窓ガラスの破片の散らばる床に、赤くて丸い何かがあった。

おそらく石か何か、重くて硬いものを包んだ赤い紙球が、窓の外から投げ込まれたのである。

だが、ここはマンションの七階である。よほどの強肩でないかぎり、ここまで石を投げ込める人間など居はしない。

赤い紙は、よく見てみると手紙の入った封筒だった。

いや、よく見ていたら石から紙が、まるで自分の意思を持つように離れ、皺一つない新品同様の手紙の形を取り戻したのである。

私はそれから反射的に後ろへ後退した。

後退といっても腰が抜けて立てず、手と足を使って必死に這いずっただけなのだが、それでも、今は1cmでも良いから、あの赤い手紙から離れたかった。

手紙は、元の形を取り戻したと思ったら今度は自動的に封が解かれ、ノイズ交じりの音が流れてきた。

よくバースデーカードなどに使われる、開くと音楽の流れる手紙だったのだろうが、その時動揺していた私には、手紙が意思を持って話しかけてきてるように聞こえたのだ。


『こんばんは、私マリーよ。今、あなたの家の近くのコンビニに着いたわ。もうすぐ会えるわね、ミノリちゃん』


今度はノイズが混じっていたが前回前々回と比べても明らかに声の枯れが無くなっていた。

声だけ聞いたならば、透き通った綺麗な少女の声に聞こえたかもしれない。だが、やはりその言葉からは押さえきれない怒気が滲み出ていた。


用件が済んだのか、赤いメッセージカードはマジシャンの使う一瞬で燃えるトランプのように、その燃えカスを一切残さず、その場から消滅した。


恐怖ももう限界だった。叶う事なら狂ってしまいたいとまで思った。

明日の十二時、まず間違いなくあの人形はここまでやってくるだろう。

そして、私を殺すのであろう。

方法など想像がつかない。残酷に、残虐に殺されるのか、それとも一瞬で、気づいたら殺されているのか。

だが、どんな方法であろうと、明日の十二時までに何とかしなければ私はまず殺されてしまうだろう。

どこか別の場所に逃げるか?

だめだ、恐らくあの人形は何処までも追ってくる。

それこそ地の果て海の果てまでも、そして、毎日十二時に恐怖の先刻が届く。

こんな調子では逃げることは出来ても先に精神がやられてしまう。

やっと、やっと楽しみを見出してきた人生。この歳で死にたくない。


次の日、私はふらっと街へ出た。

その日はちょうど日曜日で、学校は休みだった。というか、おそらく日曜日でなくてもその日は学校に行く気力など無かっただろう。

街へ出た理由は…わからない。

気分転換に、とでも思って出たのか、人生最後の買い物を楽しもうと思ったのか、

はたまた自分でもわからない他の理由か、とにかく私は何かに導かれるように街へ出たのだ。

いつもは鬱陶しい人ごみも、自分以外の人がいるというだけで安心する事ができた。


街に出て別段何かしたわけではない。

ただ適当な店に入って小さなストラップを買ったり、喫茶店で軽い昼食を取っただけ。

もっと高級なかばんを買ったり、中華のフルコースとかを食えばよかったのかもしれないが、なんとなくそんな気に離れなかった。人生最後になるかもしれない日を楽しむ余裕は今の私には無かった。

たいした気力も無く、まるで亡霊のように街を彷徨い歩き、公園のベンチから噴水を眺めていたら、なぜか眼から涙がこぼれた。


その時私は、生まれて初めて日常の尊さを知ったのだ。


生を、命を、日常を失う事の喪失感は、まるで自分の心臓が欠けたかのような虚しさで、眼からこぼれる涙は止まらなかった。


痛みが恐ろしいのでなく、日常を失うのが恐ろしかった。


死ぬ事が悲しいのでなく、もう他の人に合えないことが悲しかった。


無知だった事が怖いのでなく、今まで麻痺していた日常の価値を、ちゃんと理解する事が怖かった。


十数分。私は涙を流し続けた。夏場の地面は零れ落ちる私の涙を受け止め、跡形も無く消し去ってくれた。

まだ日も高く、やろうと思えば恐らくたいていのことは出来るかもしれない。

今からでも貯金をおろして、贅沢三昧スゴすのも悪くない。

だけど、それをしようという気力は体に残っていない。

ほんの数日間。死の予告が近づいてくるだけで、人は今までの日常の尊さを知り、自分の弱さを知り、そして生きるための気力を削ぎ落とされる。

私は重い腰を上げ、公園を後にした。


そのあと私は自分が何処を歩いたか良く覚えていない。

ただ足を動かし、歩くという行為を行っていただけ。

だから、そこにどうやってたどり着いたかはわからない。

そこは、古そうな三階建てのビルで、その二階の同じく古びた看板にはこう書かれていた。


『犬神怪異探偵事務所』


ホラー+アクションで書いていきたいと思っています。

執筆スピードがそんなに早いわけではありませんが、よろしくお願いしますw

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