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大江戸・百鬼夜行  作者: 塚本 仁
2/23

第二話

 大江戸・百鬼夜行というゲームがある。

 HVRMMORPG=ハーフ・ヴァーチャル・リアリティ・マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム。そう称されるジャンルの中の、数あるタイトルの一つだ。

 MMORPGは直訳すれば多人数参加型通信役割演技遊戯。特定の世界観を背景に多くのプレイヤーが自身の演じるべきその世界の住人・PCプレイヤー・キャラクターを作り、通信回線でつながれたサーバ内に構築されたフィールドで互いに協力したり、競ったりして遊ぶゲームだ。

 VR、仮想現実というのも昨今では知られた言葉だろう。五感に情報を投影し、現実さながらの疑似環境を体験する技術だ。では、ハーフとは?

 ハーフ=半とわざわざ分けるからには対応するフル=完全型のVRシステムも存在する。本来は最悪死亡までありうる危険な訓練を安全におこなうために確立された軍用技術が民生に降りてきたものなのだが、FVRを家庭用ゲーム機、いわゆるコンシューマーで展開することには、色々と無理があった。

 中でも最大の問題は、感覚投影時の身体の保全である。発汗・排泄・脱水症状といった普遍的な問題以外にも、地震や火事といった事故発生時の対応の遅れ、虫垂炎などの突発的な発症など、感覚を完全に切り替えてしまうことは致命的な事態を招く可能性が多々ある。痛みは危険を知らせる信号なのだ。

 このため、一般の利用では特に触覚の変換を半分程度に抑える方式が主流となった。触覚が分かれる違和感になじめない者も皆無ではないが、片方が座ったり寝転がったりで変化が少ない場合、変化の多い方へ集中していると、やがて気にならなくなる。

ゲームをしていてBGMが意識から抜け落ちていても、不意の物音には気づくようなものだ。

 また、そもそもゲーム内の事象から想定される痛覚を100%再現などしていたら、ダメージを受けるタイプのゲームすべてでPTSDだのショック死だのが発生しかねない。これについては半分でも問題だとして、防具の上から竹刀で軽く叩かれるていどの衝撃を上限としていた。

 この「半感覚」をスタンダードとすることによって、全身を覆うカプセル型の大型筐体ではなく、神経情報伝達機構と骨伝導マイク&イヤホンなどをつめこんだヘッドセットを装着すればすむ構造、家庭用ゲーム機として十分に通用する価格、コントローラー入力を併用できる操作性などが実現した。キャラクターの手足で定型以外の動きをしたい場合には「キャラクターの手足を動かす」と意識すればよいため、現実の手足を固定する必要もない。

 このようなHVRMMORPGのタイトルの一つである「大江戸・百鬼夜行」は、一目見て分かるほどマイナー受け狙いであった。

 中世西洋ファンタジーが全盛の中で、舞台となるのはかつての日本の首都、百万都市・江戸をモデルにした、実物よりさらに巨大な仮想都市・大江戸を中心とする倭の国。

メインの遊び方はこれも全盛の「狩り(ハンティング)」型ではなく、「物語体験シナリオクリア」型。

 MMORPGが協力してモンスターを倒す狩り型を主流としているのは、固定されたストーリーでは展開が限られるからだ。

 それなりのパターンを用意するだけで参加メンバーの違いや操作の綾が異なった展開を作り出してくれると狩りに対し、同じ展開の物語は一度見てしまえばよほど気にいらない限り、何度もくりかえそうとは思わない。

 普通のMMORPGは世界観紹介や一応の主軸としてストーリーモードが存在しても、遊び要素の大半は狩りや、その獲物を使った製造など


になるのが一般的だ。

大江戸・百鬼夜行に狩りの要素がないわけではない。しかしながら、用意されたシナリオの圧倒的な「数」が、こちらをメインと言い張らせ


た。

 それも、連作のいわゆるメインストーリーではなく、個々に独立した事件であるサイドストーリーが、圧倒的に多い。

 なぜそれだけのものを用意することが可能であったのかと問えば、答えは簡単。日本が誇る知的財産、時代劇・怪談・歌舞伎などの膨大なシナリオが存在したからである。

 VR技術が進歩したことにより、本物の役者の動きをモーションキャプチャーしたNPCノンプレイヤー・キャラクターの演技・声優の声当て・香りや味のデータといった要素が投入され、鑑賞することが十分に娯楽たりえるレベルへ達していたことも大きい。

 美麗な花鳥風月を背景に、圧倒的なリアリティで迫る人情の機微。揺り動かされる感情に乗って悪を討つ爽快感。安心・安定、くりかえし

 見ても飽きのこない時代劇の楽しみをVRMMOに持って来たスタイルは、高齢者のプレイヤーを獲得することにも成功した。

 ゲーム要素のはいった疑似体験時代劇村とでもいえばいいだろうか。

 また、大江戸・百鬼夜行には明確なレベルというものが存在しない。あるのは霊格と技能修練度の上昇だ。

 物語を体験するごとに行動選択や難易度などに応じて経験値のように上がってゆく隠しパラメータ・霊格の影響は、特定の物語への参加や特殊装備品の所有時に最低限の値が必要となるといったていどに留まる。影響が大きくなるのは階梯の上昇による昇化。

 霊格が一定値に達したところで専用の物語を体験すると霊的な階梯があがり、より強大な存在へと昇化することができるのだが、これは上位種族への転生に近い。昇化によって本性(存在)が変わると基本値や上昇修正など、能力に関わる部分が軒並み強化される。さらに専用の特殊能力まで得られるとなれば、最終的な戦闘能力がどうなるかは想像に難くあるまい。

 ただこれも、大きなイベントなどで大集団が同時に戦闘をおこなう時でもなければ、差を実感することはあまりない。シナリオクリアに能力が必要な場合に難易度が変わるから楽がしたければあげておこうというていどだ。あるいは、種族によって変わる展開を見たい時か。

 技能については生業メインクラス手妻サブクラスが絡んでくる。基本的な技能は物語を体験すれば習得することができ、使い続いけることで修練度があがる。

 必須技能の必要修練度を揃えて就職用の物語を体験すれば特定の職に就くことができ、各職専用技能の習得や指定技能の修練度上昇補正、能力値補正などが得られる。条件が厳しい上級職の方が強力な技能や高い修正・補正が得られるため、なりたい職を目指して切磋琢磨するのが成長の常道だ。

 使うことで技能修練度が上がるのはスキル制のゲームではおなじみの構造だが、これも文字どおり武道の修練に近い感覚で、無機的な印象は薄い。実際、師匠について素振りをすることでも剣術系の修練度を上げることができるため、大道場にPCがまとまってつめているなどということもある。

 手妻は本来和風手品のことだが、この場合は手慰み・余技といった意味で使われており、基本は非戦闘職となる。生業の職を手妻とすることも不可能ではないが、その場合は戦闘用技能が省かれることでもそれは明らかだろう。手妻は表向きの仕事、生業は本職だが裏稼業といえば時代劇的に分かりやすいだろうか。

 長々と書いたが、要は全てにおいて雰囲気を重視した作りになっているということだ。数値的につきつめることもできるが、主眼はそこにない、ということ。


 酒乃井文昭さかのい・ふみあきは高校二年生。そこそこ整った容貌で、左目尻の下に小さな泣き黒子があること以外は、同年代の現代日本人と比べて特に目立つところのない、まぁ普通の男であった。小学生くらいまでは祖父母が中心になって面倒を見ていたためか、和菓子・お茶・時代劇と和テイストを好むというのも、個人の趣味の範疇だろう。

 そんな彼が数少ない和物タイトルで、やたらと雰囲気にこだわり、プレイヤーキャラクターになりきって会話するのが主流という大江戸・百鬼夜行に興味を持ったのは、当然といえば当然であった。現代日本の高校生、ゲームの一つや二つはやるし、選択肢の中に別の趣味と合致するものがあれば、マイナー受けという評判に目をつぶってそちらを選ぶのも、さほど不思議なことではない。

 そして、一キャラクターをデータ的には最強クラスになるまで育てることも、なんとか可能であった。複数種の強装備をそろえるだの、多数のキャラ育成だのと、やりこむ人間にとってはそこから先が長いわけだが、あるていどのストーリーを楽しむ能力を持った一キャラを育てるていどなら、現実の生活を捨てて廃人と呼ばれるほどのめりこむ必要も、莫大な金額を課金する必要もなかった。

 アップデートで多少の資金があれば郊外に独自の村を作ることができるという要素が追加された時も、さほど間をおかず海辺に近い山中へ小さな村を作ったりなどした。

 その際たまたま目にとまった近所の御地蔵様とよくにたオブジェクトを敷地入り口の脇へおいたことに、特別な意味はない。ただなんとなく気が向いただけである。

 それ自体は、日常に埋没する小さな出来事。

新しい御地蔵様へ手を打ってお参りしてから大江戸へ向かったのも、小さい頃に教えられた習慣を身体が覚えていただけのことだ。

 しかし間違いなく、それが始まり。


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