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大江戸・百鬼夜行  作者: 塚本 仁
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第一話 だんご喰おうか人とって喰おか 馬鹿の喧嘩じゃ華がない

 投稿初心者であるため入力などにミスがある可能性があります。ご容赦のほどを。

 同理由により感想返しなどは難しいものとお考えください。

 大江戸東郊は田畑のつらなる片田舎の風情といえども名のある寺社前には出店の類が多く、春の日中には人通りがひきもきらない。

 薫風に雑踏の音。暖かな日差しが降りそそぐなか、穏やかな空気にそぐわぬ悲鳴があがった。

 幅三間(約5m半)ほどの通りは、両側から茶店の座椅子・看板がわりの旗指物などが出張って、さらに狭い。その真ん中で浪人体の男が二人、一足の間をおいてにらみあっていた。すでに、刀の柄へ手がかかっている。

 戦国の終わりより二百有余年。天下はおおむね平らかとはいえ、それがゆえにあぶれる者もある。士農工商の最上とうそぶく武家とて次男三男ともなると、どこからか養子の口でもかからねば、部屋住みとして長男が継いだ家のおこぼれにあずかるしかなく、家そのものが左前ともなれば、邪魔者あつかいされてしまう。

 追い出されても手に職があるわけでなく、仮にも武家という矜持が町人に混じるをよしとせず、裏町の賭場にたむろして脅しゆすりにあけくれ、身を落とす。郊外の廃屋を寝床に火にもことかく荒れた生活を続けていれば頭に血も上りやすくなり、そんなやからが得物を手にしていれば、ちょいとしたことですぐ抜いてしまう。昨今さして珍しくもない話ではあるが、諸人にはいい迷惑だ。

 普通、市中で抜き合わせたとあれば番所から町方が飛び出してこようものだが、大江戸もはずれの方となると司直の目も届きにくい。報せを聞いてかけつけたとしても、逃げ足の方が早かろう。それがよけいに、刀の鯉口を軽くする。

 ぎらりと、振り上げた刃がきらめいた。

 周囲の人垣が巻き添えを恐れて数歩さがる。

 このまま斬り合いかという空気の中、人の壁を抜けてのそりと割りこむ影が一つ。

 その場の視線が、いっそゆうゆうとした動きで殺刀の間に乗りこむその男へ集まった。

 大きい。

 倭国に住む人の九割をしめる倭人。働き盛りの男共を並べてみれば、その身の丈はおよそ五尺三寸(約1m60cm)がまぁ中ほどとなる。一方、いま衆人の視線を集めるその男は七尺(約2m)ゆたかな長身を誇っていた。身が締まっているために一見は細いが、肩幅は十分で腕の筋骨も太い。

 はっきりとした顔立ちは、まず端整といってよい。金の瞳をいただく双眸の左下にある小さな泣き黒子が、浮かべた物憂げな表情とあいまって、どこか艶っぽい雰囲気をただよわせる。年の頃は二十になるならずだろうか。肌が若い。

 装いもまたその立ち姿に似て、白地に紗の縦縞・裾に黒波をあしらった着流しに角帯を締め、これへ太刀ではなく二本の大脇差を落としこみ、桜花朱杯を散らした女物とおぼしき白の小袖をはおる、剛と艶を合わせたものであった。

 一方で、赤い髪を短くザンバラにした若さゆえのかまわなさが少年の稚気をおもわせ、歌舞いていながら嫌味を感じさせない。

 一つため息をつき、男は無造作に歩を進めた。

 そこは、刃と刃の間。

 だというのに、その動きにはなんの気負いもない。

 ゆえに、何気もなく刀をにぎる手を取られても、その瞬間まで浪人達は気づけなかった。

 はっとして力をこめ、ふりほどこうと試みるが、刀の柄ごと上から握り締められた手は微動だにしない。顔を真っ赤にしている浪人二人の渾身の力が、完全に抑えられている。

「天下の往来でなにやってんだ、おまえら」

 よく通る声。少年の域は脱しているが、怒鳴り枯らした低音でもない。すべらかで、どこか品があるようにさえ感じる。

 耳に優しいその声でしかし、心底あきれたという意をたっぷりとこめて吐き出された一言。

 これを聞き、面体の朱をさらに濃くした浪人達は、さらに強く押しこむため、重心をいったん後ろへ引いた右足へ動かそうとする。

 それを読んでいた男は、手をつかんでいた腕を勢いよく引き上げたうえで、押した。

 体重が後ろへかかったところを無理やり伸び上がらされた体が、先端を突きのけられたのだからたまらない。浪人どもは右足のかかとを軸にふらりとよろめき、そのまま受身をとることもできず、戸板のごとく地へ倒れる。

 背を打って苦鳴あげる浪人の片方へすばやく踏みこんだ男は、裾を割って伸びた白い足で、そのみぞおちを踏みつけるように蹴った。もう一方の浪人は、その隙になんとか立ちあがろうとしたものの、二歩で間合いをつめた男に、やはり容赦なく蹴られる。

 力一杯、というほどではない。強めに打ったていどの勢いであったのだが、二人ともに目を回している。

 みぞおちには肺腑へまわる経絡が集中しており、的確に打つと力をこめずとも呼吸を奪い、卒倒させることができる。だた、この的確というやつが曲者で、なまなかの腕でできることではない。

 見る者が見れば、男がただ力があるだけではないことが分かったであろう。

 手もなく二人の浪人の意識を奪った男は、路上に転がった二振りの刀を取り、切っ先を地に当て、峰に足をかけると、へし折る。

「余計なもの持ってっから無駄に暴れるんだ」

 しょうこともないと呟くそれは、無頼の力が制されたことを分かりやすく示す絵であった。

 ワッと盛り上がる周囲を尻目に、男は飄々とした風情で周囲を見回す。

 さほど待つこともなく、十手片手の御用聞きが手下を一人連れて現れた。

「おう、ちょいと通してくんな。っとやっぱりぶんさんか」

「よ、親分。お疲れ」

 相手を認めると同時に一礼した三十がらみの恰幅のよい男・木屋町の留蔵は、この近辺を縄張りとしているが、家業の造り酒屋もおろそかにはしていない。早々と出てこられたのは、たまたま近くを見回ってでもいたのだろう。

 いまは留蔵の父が切りまわしている泉州屋は古くからこの土地に根を張った名代の店で、代々長男が御世辞にも顕職とはいえない十手持ちを勤めるという、変わったしきたりを持っていた。なにせ奉行所の与力・同心が犯罪者を探索のための手先としたのが始まりの制度なのだ。賃金も申し訳ていどであり、正業とはいいがたい。

 しかし、もともと立場のある者がこれを勤めれば、ともすればうさんくさい目で見られがちな役目が正しく所の親分として尊敬され、店も金もあり・街の裏表を知り尽くし・奉行所にも顔がきく、押しも押されぬ地元の名士ができあがる。

 その留蔵、以前に押しこみ強盗をやった浪人者を探っていた際に気づかれて囲まれ、危ういところを文こと大江仙十郎文久に助けられたことがあった。以来、見た目は年少の相手でも命の恩人として敬い、決してその態度を変えない。

 いかに大恩ありとはいえ、ひとかどの男がただ近江浪人とだけ名乗った若年の文久を対等以上の相手として遇し続けるなどは、なかなかできることではない。

 儒教による長幼の序があり、裕福な町人が力をつけている昨今、士分とはいえ無役の男が軽くあつかわれるのは、ある意味当然である。建前からすれば恩義の重さがひっくり返すわけだがそこはそれ、目下の者にためらうことなく礼をつくせるかというと、それなりに人間が練れていなければ難しい。無駄に歳を重ねただけでは不可能だ。

 文久の方もそれを理解しているため、丁重なあつかいに慣れることなく、なにかあれば手を貸したりしている。

無頼浪人がやぶれかぶれで長いのを振り回すのへ、十手と突く棒で渡り合わなければならぬのが御用聞きだ。都合さえつけば手伝ってくれる腕利きは、正直ありがたい。自然、付き合いも良好なものとなる。言葉が荒いのはご愛嬌だ。

 最初にやっぱりといったのは、人垣から突き出した赤い頭を遠目に見て、騒ぎをおさめてくれたものとあたりをつけていたのだろう。

「後は任せていいかい?」

「もちろんですとも。また暇がある時にでもうちに顔出してくんなさい。いいを用意しとくから」

「ありがてぇ。じゃ、また」

 いいおいて、歩き出す文久。本当なら辻番所で話の一つも聞くところだが、そこは気心の知れた仲、あっさりと融通をきかせる。ついてきた手下も一礼してから浪人どもを捕縛する方へまわり、とがめだてはしない。

 本来、罪人に縄をかけるのは将軍直参の同心でなければならないが、特に信用のある御用聞きは専用の鑑札を与えられてる。手下が関節をとって抑えた浪人を留蔵が縛りあげているのはそういうことだ。

 それへ背を向け、人の流れを割って去る紅毛金眼の大男。目立つことこの上ないものの、奇異の視線は少ない。

 近辺で名物と化している感もあるが、それだけではない。倭人には稀にこうした異形ともいえる色・形を持つ者が生まれ、これを偉人・英傑の相と考えている。

 なんとなれば大江戸幕府の開祖・神君家康公からして正邪を見抜く金眼の持ち主であり、その家臣として剛勇無双を誇った本多忠勝は赤銅の肌に身の丈八尺(約2m40cm)の巨漢と伝えられ、近年の幕臣・大名にも異相を持つ者が少なくないからだ。

 人は異なるを排するか、祀る。下手な誹謗は首が飛ぶとなれば、自然後者となる。

(まぁ、そうである理由は他にもあるわけだけどなぁ)

 異相に加えて力。周囲の驚きつつも受けいれる、という雰囲気に内心で一人ごちた文久は、ちらほらと黒以外の頭が見受けられる参拝客や商家の旦那、丁稚に人足、まれに子供がゆきかう往来を見るともなくながめ、あの時も通りの様子はこんなだったなと、小さく息を吐いた。

 ゲームがゲームでなくなった、自分にとっての現実が二つになった時のことを思い出して。


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