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攻勢(3)

 敵陣右翼に閃光がいくつか走る。

 シックルに対する応射だ。

 初速が速い。射距離は二五〇〇mを切っている。

 最前列を進むシックル1、つまり第一中隊第一小隊に射撃が集中し、うち一騎が被弾する。

「シックル1-1、大丈夫か」

『パラディン1、シックル1-3が被弾。右膝を抜かれました。射撃および移動は可能。歩兵の援護に当たらせます。危険であれば脱出させます。自分も防盾に着弾あり。防盾、騎体共に機能に障害は発生していません』

「わかった。無茶はするなよ」

 私達大隊指揮班は、大隊の中央をゆっくり前進しながら、敵情観測と指揮に努めていた。

 だらだらしているように見えて案外忙しい。

 だいたい参謀組織がたった三人(しかもサカイは作戦参謀だが、第二中隊長だ)じゃあ、面倒が起きた時が大変だ。

 まぁ、もともと、大隊本営はいずれかの中隊に付随して行動する、というのが我軍の伝統だし、そのうえ我が聯隊は装備実験部隊あつかいだから仕方ない部分はある。


「敵戦車の標本がほしいな。報告は聞いていたが、思ったより高性能なようだ」

『そうですね。攻撃力のわりには案外脆い気がします。敵陣前衛からの応射は最初の段階で六発、第一中隊の再度の射撃で今や二発まで減っています。他は恐らく残骸かと。動きがまったくありません。というか、』

 ミッシーの騎は偵察用に装備が変更され、電波・光学ともにセンサー類が充実している。

 今も最大ズームにすれば、夜間ではあっても敵戦車の外見は細かいところまで見えるんじゃないかな?

『やっぱりそうだ。大隊長殿、ジェイク、画像転送します。見てください』

『こいつぁ……』

「四号戦車を徹底的に改修してあるのか」

 帝国軍四号戦車は、その名の通り帝国軍が開発した四番目の戦車だ。

 AD以外の装甲目標を確実に撃破しつつ、友軍歩兵の援護を行うことを主眼に開発された。

 なめらかな丸みを帯びた砲塔と、いささか野暮ったい印象の船型の車体が外見上の特徴となる。

 砲は先代の二五口径七五ミリ砲から七八口径七五ミリ砲へと強化され、装甲も自身が発射した七五ミリ徹甲弾に耐えられる。

 重量約三一トン。戦場機動力は軽快の一言に尽きる。数mの障害物を踏み越えられるADには及びもつかないが、ADでは足が埋まってしまうような泥濘地でも踏破することが可能なのだ。

 実際、私がまだ士官候補生だった頃に駆り出された南方での共同作戦では、何度も助けられた覚えがある。

 しかし、現在私が見ている画像は、更に長い太い砲身とくさび形の砲塔装甲を持った戦車が炎上しているものだ。

 私が南方で援護してもらった四号戦車の面影は殆ど無い。

 ただ、砲塔右側の増加装甲らしいくさび形装甲が被弾の衝撃で吹き飛ばされむき出しになった砲塔そのものの形状で、ようやく四号戦車と判別が付く程度だ。

 車体は土砂に埋まっていて、どの程度改造されているのか判らない。

 我が方のMDの一〇五ミリ砲の砲威力は段違いだし、それ以前に徹底した砲撃に晒したから増加装甲もろとも貫徹することができたようだが、これはまずい。

 敵がダックイン(戦車用に深く大きく掘った壕に入り防御力向上と隠蔽を同時に行う行動)していて自ら身動きを取らなかったから逆に苦もなく倒せたが、お互いに積極的な機動戦闘を行う意志があった場合はどうだったのか。

『それだけじゃありません、大隊長。ホワイト大尉のおっしゃっていた”軽重二種の戦車”の”軽”がもしこれだとすると、なおさらヤバイですよ』

 いつの間にか考えを口に出していたのか、ミッシーが私の懸念をさらに補強した。

 まったくもってその通り。

 もし敵の”重戦車”がこちらの主砲よりも強く命中精度にも優れている主砲と制御システムを搭載していたら?

 こちらの主砲で敵”重戦車”の装甲を貫けなかったら?そのうえ機動力も高かったら?

 苦戦するどころじゃない。

 的のデカイADよりも厄介に決まっている。

 だが。

「その対策は考えておく。が、まだコイツが”軽戦車”と決まったわけじゃない。まずは陣地制圧、話はそれからだ」

 回線を大隊指揮系に切り替える。

「パラディン1だ。シックルより各隊、状況知らせ」

『シックル、パラディン1。敵前衛機甲中隊を制圧。陣地掃討戦へ移行します』

「いいぞシックル、うまく敵と混交して、敵に重砲支援をさせるなよ」

『フレイル、敵陣地本営と交戦中。敵ミサイルで後続の歩兵に損害発生。重傷1、軽傷2。軽傷者は戦闘可能』

「そっちは多少急いだほうがいいな」

『判っとります。隊列を横隊に変更、突撃します』

『メイスです。所定の行動を実行中。進行は予定通りです』

「気づかれたと思うか?」

『自分はなんとも』

「そうだな、すまん。行動を続けろ」

『インディア288、同じく所定の行動を実行中です。問題ありません』

「了解した。電波と熱線の漏洩に注意しろ。復唱はいらん。急いでくれ」

『カノーネは暇です、どうぞ』

「まだもう少し大人しくしててください、姐さん」

『はぁい』

『エレファントです。意見具申』

「言え」

『衛星とフンメル31からの画像では、標的に動きがありません。今ならプリプログラミング誘導で標的へ当ててみせますが』

「まだ早い。チェルノボグは確実に戦闘力を奪いたい。精密誘導できるようになるまで待て」

『フンメル31だ。パラディン1、ちょっとまずい事になってる』

「どうした、フンメル31」

『敵ネットワークおよび衛星への電脳攻撃を中止する。敵の反撃で防壁が突破されかけてる。このままじゃ我々のネットワーク自体が危ない。フンメル31は敵ネットワークへの接続を物理的に遮断することにした。要は一部の無線機と端末の配線を引き抜くってことだ。それにともなって大多数の通信を一時的に遮断する。各種電波情報および音声交信、戦術情報ストリーミング、軍一般情報ストリーミングは遮断する。ライブ映像はもってのほかだ。どれも高圧縮パケットで送受信してるからな、ウィルスやスパイウェアが混入するおそれがある。ウィルスチェック済みの静止画なら30秒おきにアップロードできるが、状況によっては静止画アップロードも遮断する。大隊指揮系回線のテキストストリーミングなら交信は可能だが、ウィルスチェックを厳重に行うからタイムラグがそれなりに発生する。最悪の場合は全ての無線機とアンテナを物理的に破壊して撤退する』

「わかった。多少時間はかかって構わん、確実に安全を確保しろ」

『了解した。メインイベントには間に合わせる』

「頼む。ハマー43、聞こえましたか」

『聴いてるよパラディン1。こちらは戦闘に加入している全中隊が射耗したところだ。敵の仕返しもぼちぼち降ってきてる。損害はないがね。再び第五聯隊が戦闘加入するのは早くて一〇分後、現実的なところで三〇分後というところだ。戦闘未加入の中隊も陣地転換の最中なんだ』

「承知しました。どのみち現在の状況では支援していただくにしても難しい間合いですからね。またのちほどお願い致します。あるいはカノーネの誘導支援をお願いするかも」

『了解した』

 よぉし。

 攻勢発起よりすでに一五分。状況は概ね順調に進行している。

 敵陣がもぬけの殻になっていることが一番恐ろしかったが、この丘を保持していたということは、彼らもやはりこの北部渓谷回廊の打通、あるいは保持自体を意図しているということだ。

 それがわかっただけでも、予測しうる(そして対処しなければならない)選択肢の数を大幅に絞り込める。

 さて肝心なのはここからだ。

 サカイは友軍歩兵を敵陣に流しこむことに成功し、丘の頂上付近は屍山血河の地獄絵図、血みどろの白兵戦が展開されつつある。

 だが、敵歩兵に粘りがない。

 圧倒的な重砲制圧によって腑抜けた状態になっているとしても、いいかげんもう少ししゃっきりしているはずだ。

 戦術情報ストリーミングからの情報を確認すると、サカイの援護する歩兵小隊は、白兵戦を展開しているにしては意外なほど損害を出していない。

 いやいや、と私は思い直した。

 大昔ならともかく、陣地など死守するものではない。打通なり保持することが作戦の要諦であっても、今どき野戦陣地の一つや二つ、適当な時期に放棄して、あとで取り戻すか迂回すればよいのだ。

 それよりも問題は、あまりに陣地制圧が早く完了してしまうと我が方の作戦行動に支障が出るということだ。敵歩兵がもうあと少しは抵抗することを前提に、部隊行動を命じていたのだが。

 ひとまずインディア288とメイスの行動を急がせることにしよう。


共和国軍の戦場ITシステム:

基本的にはP2Pストリーミングを中心にした中域無線ネットワークです。

プロトコルごとに使用回線としての呼称が割り振られており、また、各プロトコルをまたいでの情報の共有はできません。また、各情報を乗せるべきプロトコルも厳密に定められています(判別はコンピュータで半自動的に行います)


○○指揮系回線はテキストベースのデータと音声/映像用スモールパケットを同じコンテナパケットに載せて送受信するプロトコルで、管理者は上位/下位/並列別回線のユーザーを任意にログイン/ログアウトさせることができます。

テキスト情報は音声通話が不可能なときにはチャットとしても利用可能です。


戦術情報ストリームは各種座標情報(自分、味方、敵、不明機、目立つ地形障害など)を高圧縮バイナリデータとして送受信し、戦術エリアマップ情報にオーバーレイ表示させるものです。

○○指揮系回線とは暗号化方式が異なり、使用する周波数帯も異なります。

基本的に音声/映像/画像パケットはやりとりできない仕様ですが、一般系回線に放流したファイルのメタデータを座標情報にリンクさせ、戦術情報端末で合成表示させることは可能です。

戦術情報ストリームでの情報のやりとりだけで指揮をする指揮官も居るようですが、大隊級指揮官にはほとんどいません。

こちらのテキストストリーミングは1行掲示板的な使用方法となるので、チャットは行えません。

上位には機密性の低い情報を扱う軍一般情報回線、機密性の高い作戦情報回線/戦略秘匿回線があり、一般にはハブ回線から上位の、有線限定の回線となります。

下位には各部隊系での一般音声/データ回線や、同種兵器同士でしか扱えない標的射撃データ回線があり、これらは狭域無線ネットワーク上のプロトコルとして運用されています。


これらの戦場/戦域IT網と作戦/戦略級IT網のハブおよびバックアップサーバとして、成層圏偵察飛行船やAWACS、任務群旗艦や空中艦艇が用いられます。

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