エピローグ ~その後~
どこまで話したかな。
そうそう、ひとまず戦闘が終了したところまでだったな。
そんなわけで私個人に関してはひどくしまりのない終わり方をした二八八中隊救援作戦――知らない間に北部山岳中央回廊防衛戦となっていた一連の戦闘は、その後膠着状態へ陥った。
私の七一大隊は損傷した騎体を共食い整備で復活させても一個中隊にも足りない有り様となっていたが、そのあとはマイティ・サムが直率してきた七二大隊が戦線を支えることになった。
敵にまるまる一個聯隊以上の損害を与えていたとはいえ、敵もまじめに再編していればなんとかかんとか一個聯隊か、少なく見ても二個大隊は頭数が揃うはず。敵の新型砲兵聯隊は無傷で残っていたし、敵の戦車が強力なことはわかりきっていた。これでは一個大隊で戦線を押し上げるのはやはり難しい。
その辺りはマイティ・サムもよく承知していて、ひとまず私達が奪還した丘を中心に、一個聯隊で殴りかかられても容易には抜けない複線陣地を構築すると、私に例の放送をさせたわけだ。
正直、敵はちゃんと受信できるのかなぁと訝しんだものだが、陣地線から一kmのところで四輪駆動車に白旗掲げて待っていると、はたして敵の軍使も同じように四輪駆動車でやってきた。
そこで私が敵、というか、今は帝国正統政府軍なんだけども、とにかくその将校と話した内容は話せない。君がこのことに興味を持っているのは知っているけどね。
私に言えることは多数の噂についてだけだ。
敵の政権内部、特に帝家の内部抗争が原因で、あの攻勢が企画・実行されたという噂がある。
ミハイル王子殿下はアナスタシア王女殿下を慕っており、王女殿下が帝位継承権を得るためならばなんでもしたであろうという噂がある。
そもそも王女殿下が第一王子殿下――いまは帝国を不法占拠した自称第二帝国軍なる反乱軍を率い、第二帝国初代皇帝を僭称している不届き者――と対立したのは帝家の戦争指導に不満を持つ内務省と軍、親衛軍の一部に担ぎあげられたからという噂もある。
あの敵の旅団は第一王子の子飼いの部隊であったという噂もあったし、チェルノボグを企画したのはミハイル王子殿下だったという噂もある。
のちに共和国に亡命してきた帝国正統政府の首班となったアナスタシア王女殿下と再会した私が、ミハイル王子のことで王女殿下に大変に厳しいお言葉を頂いたという噂もあったな。
まぁ、すべては噂にすぎないよ。
噂と言えば、私が戦後、というか、あれから二ヶ月ほどで前線に復帰したという話があるだろう。
アレは本当だ。
これは秘密でもなんでもないから言ってしまうが、私は帝国でクーデターが発生して以後、ある作戦に従事することとなった。
チェルノボグを見てもわかるように、当時の帝国の科学技術は世界的に見ても飛び抜けて高いレベルにあった。オーバーテクノロジーと言っていいほどだ。
クーデターと帝国崩壊の混乱に乗じ、それらの技術を回収して回るついでに、帝国内の人脈を構築し直すというのが作戦の目標だった。チェルノボグの残骸あさりと、敵新型戦車を鹵獲したことがその始まりだ。
その作戦はペーパークリップ作戦。聴いたことはあるだろう?あれはそう、二年ほども続いたかな。
参加部隊はNグルッペと呼ばれ、仲間内ではカンプフグルッペ・ニンジャと呼んでいた。実際はただのNだ。ニンジャでもなければ夜でもない。
私の経歴にそんな記録はない?そりゃそうだろう、あの時私は軍大学で参謀課程と大隊指揮課程、最後の方になると上級参謀課程を受講しているという建前になっていたからな。だがよくよくチェックすれば、私の班が頻繁に参謀旅行や、まだ小競り合いの続いていたあたりへ火消しに出向いたことになっているがわかるはずだ。
同じようなやり方で作戦部隊に所属した将兵はたくさん居たね。
荒っぽいこともたくさんやったよ。
当時の帝国が如何に混乱しきっていたとはいえそこは敵地、どんな手段で侵入しても一合戦やりあうことになる。時々は南部連合や、北や東の独立派ともやりあった。正統政府軍の一部と放火を交わしたことさえある。
侵入の方法はいろいろあった。
一番簡単だったのが、正統政府派の難民を救助する部隊に同行して越境、目的地への行き帰りは正当政府軍に護衛してもらうというものだ。こいつは些か効率が悪かった。
目的地についてみると施設が破壊されていたり、戦闘中だったり、そもそも正統政府軍が迎えに来なかったり。
最悪なのは目的地についた瞬間に寝返られたり、内通者によって敵軍が強襲してきたりすることかな。
そりゃあ彼らにしてみりゃ、ついこの間まで敵対していた相手に自分たちの最新技術を渡してやれなんて上から言われても、ハイそうですかとはイカンもの。当然だよな。
そんなわけで、侵入の規模と方法はどんどんバリエーションが増えていった。
特殊部隊が装甲服すら着ないで徒歩で潜入するものから、私達ドールパイロットにちょっとした特殊部隊訓練を積ませて高高度落下傘降下侵入させたり、近衛の空中機動艦隊総動員してADとMD、特殊部隊の混成戦闘団で強襲をかけるものまで、ありとあらゆる方法が試された。
しまいにゃ弾頭の代わりにMDを無理やり大陸間弾道弾に入れて飛ばして強襲降下、目的地を制圧してデータや物資を強奪したあと大気スキップ航法ですっ飛んできた空中強襲揚陸艦で回収させようなんて話もあったほどだ。私はそんな目には遭わなかったが、実際にやってたらどれほどの犠牲が出たことか。なにしろそんなことをやる研究なんて、それまで誰もやってなかったからな!だいたい、弾道弾なんて飛ばしたら、まわりじゅうから核弾頭のプレゼントが来るに決まってる。
とはいえ、ペーパークリップ作戦や、成果を得るための努力は実を結んだよ。
さっき言った空中強襲揚陸艦の大気スキップ航法はその最たるものだな。水切り遊びはわかるか?比較的静かな水面へ平らな小石を浅い角度かつ高速で投げ込むと、水面を小石が跳ねていくってやつ。それを大気圏上層部、具体的に言うと中間圏と成層圏の境界面でやろうという話だ。
がんらい空中強襲揚陸艦には、大気スキップ航法を実施するために必要な高度へ駆け上がるための推力がない。それを可能にしたのは、まさしくチェルノボグの残骸から得られた知見、具体的に言えばバリアーへ転換可能なバブルユニットと荷電粒子制御技術、従来とは桁の違う出力のエンジンだ。
あれだけで敵地内奥への侵入はずっと簡単になったし、MDやADのバブルユニットの能力も飛躍的に上がった。
弾道弾で敵地上空へ強襲降下するなんてとこまではいかなかったが、帝国崩壊戦争の中期には大気スキップ航法で目的地上空へ侵入した強襲揚陸艦からMDを降下させることは一応出来るようになったから、大したもんだといえるだろう。
考えてもみろ、あんな馬鹿でかい、何千トンもあるものが空へ上がるのだけでも脅威なのに、さらに何百トン何千トンも荷物を積んで、宇宙空間へ極超音速ですっとんじまうんだぞ?一〇年前には、国際協同宇宙ステーションの補給往還機にもこの技術は使われだした。多元方向重力制御技術、つまりは慣性制御技術も近々実用化するというし、宇宙植民までもうちょっとだな。楽しみだよ。
他にもペーパークリップ作戦由来の技術は色いろあるんだよ。
シェーバーや電動歯ブラシの微振動リニアモーターとかも帝国の技術で数段以上の効率化を果たしたし、重量物輸送トレーラーの燃費が劇的に向上したのもそうだ。マイクロ波給電システムは、社会インフラ用として既に導入されているから君もよく知っているだろう?
あとコメや小麦なんかの穀物だ。ここ二〇年の穀物相場は追ったか?追ってない?二〇年前と現在じゃとんでもない価格の差が発生してるだろ?そんなことも知らんのか?
あのなぁ君、いくら元は純文作家かしらんけどな、戦争のことや国家の歴史を調べるときは、経済の動きも調べとかんと意味ないぞ?ほぼすべての政治的摩擦は”集団の経済”の観点から説明できうる。軍事は政治の取りうるオプションの一つにしかすぎんのだ。よく覚えて実践しろ。
ま、要はな、ペーパークリップ作戦で得たのは何も兵器や工学技術だけじゃなくて、農業生産技術やバイオ関連、インフラ整備・運用関連にまで及ぶってことさ。
話がいきなり飛んだから、少し巻き戻してから順をおって話そうか。
戦闘が終わりミハイル王子殿下の遺体を渡したあと、一応の再編作業を終えた我が七一大隊はマイティ・サム直率の七二大隊の予備戦力として一週間渓谷に駐屯した。当時はまだ中央戦区や北部沿岸回廊の状況がやばくて、我軍の予備兵力はかなり逼迫した状況にあったからな。仕方ないといえば仕方ない。
二八八中隊を始め、二八七、二八九の両中隊も同様だ。さすがに砲兵第五聯隊は稼働可能な車両とともに、首都近郊の駐屯地まで戻っていった。その後砲兵第五聯隊は再編ののち、名誉称号として「突撃」の名を冠せられた。
ゲイツ少佐は、今は私と同じく少将だが、「突撃って、天国にかよ」って苦笑してたな。私はすぐに「いやぁ、敵を天国に突撃させるんじゃないですか?」ってフォローしてみたけどな。あの時のゲイツ少佐の苦虫を噛み潰したような顔は忘れられないよ。胸の一つも揉ませてやろうかとすら思ったが、あいにく同性愛者なんだよな、彼。もったいない。
まぁそんなことより、彼らと彼らの遺族にちゃんと年金が出てる事のほうが重要だな。
うん。
で、戦闘終了後の次の日ぐらいには参謀本部の情報部と兵站部、公安警察、外務省のお役人やらなんやら、ついでに兵器開発局の技官やら技術将校がやってきて、いろいろと尋問された。が、ミハイル王子殿下の事では特に何も問題はなかったかなぁ。
国際法や大陸貴族の通念に反したことはしてないし、軍規に違反するところがあったかといえば、そこはそれ、マイティ・サムが裏から手を回して有耶無耶にしてしまった。
ああもちろん、いろいろと守秘義務を課せられたのは事実だよ。内容については言及できないが。
結局のところ、彼らもマイティ・サムや私と同じように、どうにもこじれそうなことからはさっさと足抜けしたかったのだろうなとは思うよ。その点については、当時の関係者に裏を取る必要があるがね。たぶん情報課や公安、外務省の連中は、あの時点ですでにクーデターの兆候を嗅ぎ取ってたんじゃないかなぁ。
そんなわけで私やマイティ・サムが危惧したほど政治的にまずい状況には追い込まれなかったが、兵站局と兵器開発局、あと彼らに関係の深い軍人や政治家たちの一部にはどうしようもないほど恨まれたね。なにしろ次期主力陸戦兵器の一翼を担うMDが、登場した瞬間に進化の袋小路に陥っていたのをこの私が詳らかにしてしまったんだもの。
MDは原則的に一個小隊でADを狩るもの、故に数を揃えなければならない。つまりメーカーは安上がりなMDをガンガン作ってがっぽり丸儲け、とされていたのに、それよりも戦車の方がよほど役に立つなんて、皆知らないほうが幸せに暮らしていけたに決まっている。
それでまぁ、現在では騎兵は廃れて戦車ばかりになってるわけさ。
ADは博物館送り、かろうじてMDが特殊部隊や戦闘工兵、山岳部隊で使用されている程度だな。
どうにかこうにか予備の部隊(編注:中央戦区で損害を受け後方で再編作業を行っていた第四三聯隊の第二大隊および第三大隊。北部戦区派遣時は充足率八割)がやってきたところで、我が大隊に後退命令が届いたのが一週間後。辞表と退役願いを提出して蹴られたのも同じ日なんだが、いや、実際あの時は私事もあって参ってたんだよ。だからアレは結構本気だった。今思うとどうかしてたがね。
さっきも言ったが、工作云々のうわさ話がある事自体は否定しないよ。まぁ、危なくない程度に好きに漁ってみるといい。私の知らない話も出てくるかもだ。
ちなみにそれまで戦闘らしい戦闘は起きていない。二~三度、気の抜けた砲撃があっただけだ。
その次の日には帝国内部でクーデターが発生して、政府も軍も四分五裂となった。
そのころには例のウィルスも対策されてあちらの通信状態もだいぶ回復していたし、帝国の民間放送が体を張って報道していたから、リアルタイムで状況は掴めていた。
まぁ、びっくりしたよね。
おまけに後退命令も取り消しになるし。
仕方がないから様子を見ていると、そのまた次の日の夕方には私らの前方の敵からまた軍使がやってきた。
誰かと思えば、先日ミハイル王子殿下のご遺体と一緒にあちらに帰っていただいた戦車将校のダヴィドフ少尉だった。敬礼してみると貴族の礼を返してくるもんだから訝しんだところ、なんとまぁ帝国軍人ではなく帝国準辺境伯子息として、共和国貴族の最上位者に取り次いでくれとの仰せだよ。
もちろん爵位持ちはこちらにもいろいろ居たが、最年長のサカイの御大ですら準男爵どまり。その場においてまともに立って歩いて喋れる貴族将校でサカイより上のものは、女伯爵の私しかいなかった。
で、ダヴィドフ準辺境伯子息殿がおっしゃるにはだ、前線のあちら側で何があっても、明後日の正午まで手を出さないでほしいと言うじゃないか。
おいおい待て待て準辺境伯子息殿、君はこちらをタコ殴りにしたいのかというと、そうではありません女伯爵、あなた方には絶対に手を出さないし出させません、という。
なんだよ内輪もめか、それは良いが何をもって約束の担保とするのだ、と聞けば、なんと少尉閣下自らが人質になるときたもんだ。
いやはや流石は帝国貴族将校、なんとも時代がかった芝居ですが、よもや自爆テロではありますまいな?と聞いたところ、蛇と三頭龍に誓ってありません、申し訳ないが理由はその時まで伏せさせてくださいと抜かしやがる。
帝家の名誉を担保とするなんざ、ここ二〇〇年ばかり聞いたことがない話だ。もし約束を破れば、本人はもちろん一族郎党皆殺しも免れ得ない。
こいつは尋常な話じゃないってんで不承不承に承知して、ひとまず秘密協定としてお受けするが、破ればただでは済まないぞと釘を刺した。
しかしてその二日後、戦車に護衛されながら戦火の中を突っ走ってきた四輪駆動車から降り立ったのは、埃まみれの煤まみれ、野戦服姿のアナスタシア王女殿下だった。
その時に私は、どうにも甘さの抜けない顔をしたダヴィドフくんをちょっとばかり見なおしたね。本当に来られるのどうかもわからないのに、命を張って王女殿下の到着駅を確保したわけだ。今では正統政府軍の戦車師団長してるが、ありゃああと二〇年もすればあちらの陸軍総監も夢じゃなかろうな。
そのあと半月ほどで帝国正当政府との和平および避難の受け入れ、租借地の貸与とトントン拍子に現在の大陸情勢へつながる決定がなされていった。
私は、そう、王女殿下が到着した次の日に、大隊とともに首都へ帰還した。
まぁ格好としては護衛としてだが、大隊が王女殿下を護衛したのは首都中心部の手前三〇Kmにある陸軍大演習場までだった。
私達はそこに一時駐屯し、三日間の休養後、一ヶ月の休暇が与えられた。休暇の終了後に大隊は解散させられることも、その時に聞かされた。
寂しくはあったが、役目を果たすことはできたのだという達成感は多少なりともあったかな。
そこからはまたドタバタだ。
例の私のテレビ演説は、君も知っているように和平発表の前座として行われた。マイティ・サムが企画した内容とは少し違ったが、まぁ似たようなもんだ。
この戦争のこと、それがどんなに大陸に甚大な被害をもたらしたかということ、どれほど多くの命が散っていったかということ、それからまぁ、帝国が四分五裂になった以上、この戦争が終わることは無いということ。
結論として、再び帝国を統一させることが大陸情勢を安定化させることになり、結果として我が国の安定を取り戻す近道になるということを述べ、締めくくりに私は議会栄誉勲章と共和国騎士称号を賜った。
その事自体は、単純に誇らしかったよ。
議会栄誉賞は私に与えられたものではなく、大隊に与えられたものだからな。
私の大隊。
私が戦下手だったばっかりに、あの渓谷で文字通り全滅した私の大隊。
そのかいあって、首都は無傷でこの戦争を切り抜けることができ、それが正当に評価された。
戦じゃあ人が死ぬ。その意味はあまりにも軽い。
流れ弾どころか、砲弾が巻き上げた石ころにあたって死ぬことだって、珍しくもなんともないんだ。
数々の無意味な死と、ほんの一握りの意味ある死。
その差を作るのが我々将校の仕事だとしたら、私はそれに失敗していた。
その差を作ったのは他でもない、大隊の将兵たちだ。
私ではない。
そして彼らは正当に評価された。
彼らの献身が、犠牲が意味のあるものとなったのだ。
それがどんなに嬉しかったことか!
今思い出しても涙が出そうだ。
翻って共和国騎士称号は、これは英雄的行為を評して私個人に贈られたものだ。
私はウチのご先祖様の話を聞いて育ったからさ、騎士様ってのにものすごく憧れててな。軍人になったのもそれが原因だよ。
だからこれは単純に嬉しかった。
独立直後や領土拡張期でもあるまいし、別に領土や年金がもらえるわけではないが、名誉称号としての騎士号と国民からの敬意が与えられる。が、授与されたものがその恩恵に与ることは少ない。なぜってそれは、授与される人間がだいたい”英雄的行為”の結果死んでしまっているからだ。
私はその貴重な例外になったのだけど、私を政治的に利用したがる奴のなんとまぁ多いこと!
軍大学入学までのあいだの事務処理期間中に、しらないお偉いさんから電話や手紙やメールがどっさり来てもううんざり、おまけにしょっちゅう王女殿下やマイティ・サム、参謀本部やら近衛総監部からの呼び出しがかかるもんだから、あの一ヶ月ほどは本当に疲れたよね。休暇もらってたはずなんだけどな。騎士称号もらった当初の嬉しさは急速に萎えていったよ。
あれなら旧式ADで編成した騎兵率いて敵に包囲されてるほうがまだマシだ。
でもまぁ、大隊を全滅させたくせに軍縮でクビになることもなく、軍大学入学と同時に新たな実戦任務にも就かせてもらえたし、そのあたりのゴタゴタは私の現状に対する前払いの災厄だと思うことにしているよ。その時はまさか、もののついでに特殊部隊訓練コースに叩き込まれるとは思っても居なかったがね。
戦闘終了後一ヶ月ほどで、大隊は解散式を行った。
陸軍大演習場で、他の解散する部隊と一緒に。
やっぱりちょっとさみしかったけれど、それでもなんとか生きて戻れたことや、他の部隊に転属していた戦友と再会したことを喜ぶ空気が、演習場にあふれていた。
戦後の不景気で皆苦労したけれど、あの空気、戦争は終わったんだっていう空気、その瞬間は大事にしたいよな。
そのあと、サカイは昇進して軍士官学校の教官職へ戻っていった。ハートマンとクロカワも同様。みんな立派に定年まで務め上げた。リタイヤする人も多かったけど、見習いたいよね。
ジェイクはまだ入院していたけれど、経過は順調だった。ある日見舞いに行ったらちょっとかわいい看護師口説いてて、こいつやっぱりちっとやそっとじゃ死なねーなーって妙に関心したのを覚えてる。ただ背骨もやられていたらしく、しばらく騎兵には乗れないことを嘆いていたよ。その後は参謀本部勤務になったけど、やっぱりペーパークリップ作戦に駆り出されてた。
ミッシーは大隊に解散を命じたその場で、陸軍や情報軍のエライさんにかこまれて引っ張られていった。まるで公安に引きずられる宇宙人みたいで、なんだか面白かったよ。ああ、別に死んじゃいないし、今でも数少ない飲み友達だ。なによりミッシーとはその後もペーパークリップ作戦でよくロッテを組んだもんだ。あいつも今や情報軍中将閣下だっていうのは、なんとも出来過ぎた話だよな。
ホワイトとハルスとも、ペーパークリップ作戦では世話になったな。ミッシー、ホワイト、ハルスについては、今思い出すと面白いばかみたいな話がいっぱいあるよ。今までの話で、いろいろと察してやってくれるとありがたい。
他の連中も昇進して他の部隊に異動した連中がほとんどだった。もっとも、装甲擲弾兵たちは除隊申請する奴が多かったけど。
もちろん彼らを悪く言うつもりは一切ない。彼らは本当に地獄を見たんだ。彼らを腰抜けだなんて言う奴は、ケツに徹甲弾ぶち込んでやる。
で、私を国民の偶像に仕立てあげたマイティ・サムはというと、ちゃっかり参謀本部や議会、外務省や国務省にまでコネクションを築いていたな。一〇年ほどして参謀本部付の少将になったと思ったら軍やめて、国会議員になってたのには参ったね。
マイティ・サムにはもちろん自分の権力を強化したいという思いはあったんだろう。
けれど、彼が軍に居た頃と政治家になってからの行動によって、我が共和国軍がパラダイム転換のカオスに巻き込まれることなく戦車やMD、無人兵器などなどを効率的に運用できる体制にスムーズに移行できたのも事実だ。大隊レベルの参謀組織を拡充して大隊の能力を強化するように、っていう私の進言を陸軍すべての部隊に適用させたのも彼だしね。ありゃちょっと強引だったけど。
そんな彼も今や国防大臣様だ。あんまり悪く言うとバチが当たるよ。
私個人については、結局この歳になるまで現役を貫くことができた。ありがたいことだ。
田舎貴族のおてんば娘が共和国騎士にして陸軍少将にまでなり、特殊作戦における騎兵運用の第一人者、騎兵による対戦車戦術のエキスパートと評されるようになったんだ。
我ながらまぁ頑張ったほうだろう。
と言っても、もう来週には予備役編入を申請するんだけどね。
さすがに体がついてこなくなったってのは、もちろんある。もう五〇歳だもの。
それに、ジェイクが癌になってしまってね。悪性リンパ腫。全身に転移してて、余命はあと一年半ほどだそうだ。
蓄えはあるし、年金だってもらえるから、しばらくは家族だけでのんびりしたいかな。
ジェイクは本当に良くしてくれた。
本当に私を愛してくれたよ。
なんていうのかな、私の性分をちゃんと理解してくれてて、デートのプランでも私が口出しする隙間を作ってくれたり、気分の変化に合わせた代替案を持ってたり。完璧なんだけど完璧だと思わせない、バランス感覚が心地よくてな。最初のデートなんか動物園だぞ動物園。
正式に付き合いだしたのは和平成立後、半年ほどたってからかな。結婚したのはそのすぐ後。結婚式でケーキ食い散らかした次の日に、夫婦揃って高高度空挺降下したのには、我ながら笑ったよ。
ペーパークリップ作戦参加時に一緒になると、普段会えないもんだから、一〇代のガキみたいにくっついたりしてなぁ。ミッシーに散々からかわれたもんだ。彼女にしてみりゃ、思い出の初恋の相手を寝とられたようなもんなのに、随分気前よく私達二人の世話を焼いてくれたよ。
というのも、ジェイクは女とみると声をかけずには居られない性分でな。ほら、我が国は未だに男女の比率が女性優位だろ?簡単に引っかかっちゃうんだ、これが。私は違った、といえば、嘘になるかもしれないな。
で、浮気を注意すると、真剣に私のことが一番だーとか言い出して毎回言いくるめられてなぁ。実際いくら浮気しても、ちゃんと私のところに戻ってきたし、最初の頃はミッシーがフォローというか、まぁ、サカイも連れだして二人で説教してくれてたみたいだ。
それでもあんまり回数が多いもんだから、五人目が発覚したあたりでもうあったまきちゃってな。
そんなに浮気したけりゃ相手を一人残らずきちんと紹介しろって、ナイフ持って詰め寄ってみたら、本当に連れてきやがるんだよ。これがまたみんないちいち可愛いお嬢さんばっかりでな!私は異性愛者なんだけど、ちょっと、変な気起こしたことも、あいや、今の無し。
ともかくどっかしらちょっと抜けてる子が多かったかな。
元気が有り余ってるけどちょっと世間を知らないとか、頭も見た目もいいけど性格にちょっと難があるとか。
なんでそんな子ばっかり集めるんだって言ったら、あいつめ、ベルティに聞いた子供の頃のボブに似てそうな子が好みになって、とか抜かしやがる。
仕方ないってんで、その子らに色々教えたよ。私の処世は大してうまくないから、私でも教えられるようなマナーとか社会常識とか、あと軍人には指揮官の心得や考え方とかも叩き込んでやった。男の扱いはミッシーと一緒に教えてやったけど、少なくとも浮気症の男とどう付き合うかはわかったんじゃないかな。
で、気がついたら彼女らの教祖みたいに扱われてて、おっかしーなーって思ってたら公安と情報部からお呼び出し。
大佐殿、オタクちょっとおかしなことを考えてやしてないでしょうね?だってさ。
冗談じゃないよな、全く。わたしゃ花嫁修業つけてやってただけだっての。
子供もたくさん出来た。私は息子一人に娘二人。高齢出産だが頑張ったよな。
嫁に行かずについてきた愛人たちは五人ほど、その子供たちは合わせて一三人ほども。大家族にも程があるが、この国はほら、男が少ないからさ、そういうのに社会が寛容でありがたいよ。愛人たちも働いてるから、養育費については心配ない。
ウチの実家や戦友たちも子育てに協力してくれて、みんなとてもいい子に育ったよ。
意外なことにハルスがこども好きで、ウチの子たちはよく懐いてた。特殊な趣味を教えてなかったかって?いいや、せいぜい模型作りまでだね。男の子たちとはよくサッカーや野球をしてくれてたよ。ありゃあ自分が特殊な趣味に傾倒してるのはよくわかってて、あえて立派な大人を振る舞ってたんだと思う。
ただミッシーにしろ私にしろ、ちょっと親切にした女にすぐまとわりつく癖があってね。みっともないからジェイクの愛人のなかでこれまた特殊な趣味の子を紹介してやったら、次の月にはもう結婚してたよ。その熱々ぶりときたら、もう。
そのことでからかったら、嫁さんにこっぴどく叱られてな!でもまぁ、それであのおじさんもようやく一人前の男になったってわけだ。
私の身の回りで言えば、そんな感じかな。
だからさ、私をこんなに幸せにしてくれたジェイクに、最後まで付き合いたいんだよ。
でまぁ、君も気にはなっているんだろうが、結局ベルティ兄ちゃんとは別れたよ。
私もこの歳になってようやく、あのことに整理がついてな。これについて赤の他人に話すのは、これが初めてだ。
ベルティ兄ちゃんと別れたのは、私が一度辞表を出した前の日だ。
大隊の再編作業も一段落して、ちょっと気を抜いてたら夕食の後でベルティに呼び出された。
何事かとおもいきや、なんとまぁ軍を辞めるとさ。西の大陸にでも渡って傭兵をやるんだと、妙にサバサバした表情で言いやがる。
その頃には「アルベルト・シュナウファー大尉を参謀本部兵站部装備課付とする」、ようはテストパイロット兼部隊運用検討作業員としての内示が出てたんだ。娑婆の人間にはピンと来ないだろうが、五~六年で連隊長クラスにまで昇進できるのは確実という線だ。
もちろん私はそれからもずっとベルティ、アルベルトと一緒に居るつもりだったから、ついていくって言ったんだが、あいつめ、すっと微笑んでな。断られたよ。
曰く、俺じゃお前を幸せにできないとさ。
冗談じゃない、私は今でも充分幸せだよ、だってちゃんと私を愛してくれてるじゃない、って言ったけどね、本当はわかってた。
兄ちゃんが愛してたのは私なんかじゃない。
私を愛そうとする彼自身だったんだ。
そのことにようやく気づいたんだと、いい顔で言うもんだから胸が詰まっちゃてな。
なにも、何も言えなかったよ。
その時気がついたんだ。
ああ、もうこの人とは会えなくなるんだなって。
------------------------
共和国軍を正式にやめたのは、大隊が首都についてすぐだったかな。
情報部と公安にはちょいと腹を探られたが、俺が持ち出せる情報はそんなに多くない。軍の外に知り合いも居ないから、出国するのは簡単だった。
その後はお決まりの傭兵コースだ。一つの戦場には長くても二年ほどしか居なかったな。
いくつかの国では正規軍入りを打診されたが、ついぞ気が向くことはなかったな。
そんな俺も、この年で五体満足なまま、傭兵会社の社長様だ。
俺みたいな奴の人生としては、まぁ上等な方だろう。
ボブと別れたことは後悔していない。
もし後悔していることがあるとすれば、それはあいつを愛そうとしたことではなく、あいつを愛しているのだと勘違いしたことについてだ。
ああ、好きじゃなかったわけじゃないんだ。
ただ、本当はあいつに負けたくなかっただけなんだろうと思う。
他の連中なら、こんなことをくよくよ考えずにもっと簡単に自分に折り合いをつけるもんなんだろうがな。
でもまぁ、そんなことはいいんだ。
俺は戦争が好きだ。大好きだ。
他のものは何もいらない。
だから俺は満足だ。
もし俺が君から見て普通の人間に見えているのなら、それはきっとあいつとの思い出のおかげだ。
あいつは随分と俺を人間らしくしてくれたよ。
寂しくないわけじゃないが、それはまぁ自己責任てやつだろう。
だから、もしあいつに会うことがあったら、宜しく言っといてくれ。
ありがとう、ってな。
これにて本編は終了です。長らくのお付き合い、まことにありがとうございました。
番外編は12月中頃の投稿を予定しています。
もしよろしければそちらもよろしくお願い致します。




