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スティル・スタンディング、アイアム

『パラディン1、パラディン1、こちらメカドッグ1』

 小鳥のさえずるような呼び出し音の後に、聞きたくない声がヘッドセットを通じてこちらを呼び出してきた。

 耳と言うか頭頂部と言うか、とにかく頭全体がヘルメットとヘッドセットのおかげでひどく蒸し暑い。

 抜け毛が気になるが仕方が無い。

「メカドッグ1、こちらは急がしい。報告なら聞いてやるから勝手に話せ」

 言いながらペダルを操作、ゆっくりとジェイクの騎体から離れる。

 チェルノボグはこちらを睨みつけながら、ゆっくりと頭をめぐらせた。いいぞ、ついてこい。

『チェルノボグの推定スペックに変更があります。そいつの搭載してる荷電粒子砲は粒子加速器だけで一二〇トンを軽く超える。兵器としての砲システム全体を考えれば二〇〇トンを超えることが予想されます。そして送っていただいた画像を検証したところ、そいつの重さの三分の一が荷電粒子砲、残りが筋肉と骨格と装甲、エンジンであると予想されます。つまるところ素の重量は六〇〇トンほどもあろうかと』

 聞きながら左回りに円弧を書きつつ移動する。ゆっくりと、ゆっくりと。

 それにしてもせわしないしゃべり方をする野郎だ。内面の余裕のなさがにじみ出てやがる。年も年なんだから、もうちっとゆったり構えとけってんだ。チャットの口調よりかはなんぼかマシだが。

「ミーシャ、ジェイクを頼む」

『ヤー、ヘル・コマンダン』

 主砲をチェルノボグに向けつつ、左手を振る。

 防盾支持アームの基部から銃剣が飛び出した。銃剣とは名ばかりで、砲に装着できるものではない。基本的には重さと硬さで敵を貫く道具だが、一丁前に耐衝撃刃物鋼と防弾鋼のハイブリッド、鍛造づくりとなっている。何たるマニアック。

 ようやく谷底にまで届くようになった朝日を銃剣に反射させ、チェルノボグの注意をさらに引く。少しずつ間合いを狭める。

 そうこうする間にミーシャがジェイクの騎体の残骸ににじり寄り、腕をとって引っ張り始めた。頼むぞ、ミーシャ。

『よろしいですか、つまりチェルノボグの装甲はやたらと薄い。バリヤーはそれを補うためのものでした。』

「やつが榴弾や成形炸薬弾を迎撃した理由は?」

『バリヤーはバブル・ユニットの質量軽減効果を転用したものです。タイミングにもよりますが、バリヤーを使えば使うほど素の質量が骨格に悪影響を及ぼします。動くのもしんどくなりますし、骨格が自重で折れかねない』

 ちょっとした優越感をにじませながら、ハルスは言った。私が質問したのが嬉しいのだろう。肥満体特有の呼吸音が耳障りだ。無線が(・・・)臭ってきそうですらある。

『本来なら徹甲弾も含めて、できるだけ迎撃したいはずです。榴弾系を迎撃するのは、バリヤーの効果が榴弾系に対しては弱いか、単純に飛翔速度が遅いからのどちらか。だがどうやら、今はバブルユニットの本来の使用方法すらままならない様子』

 しかし私は期待していた。今この時、このなんとも生理的嫌悪感を拭えない男が、私のなすべきことの背中を押してくれるのだと、期待していたのだ。

「簡潔に言え」

 ちょっとした間を置いて、デブ野郎は芝居っ気たっぷりにこう言った。


『今なら勝てます』


 その言葉を待っていた。


「全隊!撃てぇ!!」

 私の号令一下、第三中隊(メイス)が射撃を再開した。残弾を気にしない全力射撃。戦術情報マップ上のメイスの残存一〇騎のアイコンに付加された残弾表示が見る見る間に減少していく。

 なにしろ距離が近い上に的がでかい。どこにだって当たる上に敵の装甲は薄い。私の動きに合わせてちょっとばかり旋回していたチェルノボグの左側面が、あっという間に爆炎に包まれ始める。幾らかはバリヤーが発動して阻止しているようだが、騎体に着弾するほうが多い。

 チェルノボグの頭が巡り、メイスへと向けて主砲を発射する。はためにもビームが細い。それでも一騎が爆散した。メイスの残存は八騎。ホワイトは隊をふた手に分け機動戦闘を開始。

 その隙にミーシャの元へと駆け寄り、ジェイクの騎体を南西に三〇〇mばかり離れた手近な沢、というか谷川に隠した。周りは背の高い灌木が生い茂り、大きな岩も転がっているから、多少は地形による防御効果が見込めるだろう。

 ミーシャに騎体を支えさせ、背面、コックピットブロックのメインハッチ付近をロックオン。左手の通信系制御パネルに備えられたスイッチを操作し、接触通信をオン。

 左手グリップ先端付近に備えられた汎用トリガーを引くと騎体の左手人差し指から通信ワイヤーが発射され、メインハッチに張り付いた。

 ワイヤーが引き込まれ、ピンと張る。いわば糸電話のお化けだな。

「ヘイ、ジェイク。生きてるか」

 

 応答がない。


「ジェイク」


 暫く待つ。

 応答はない。

 冷や汗が出た。

 まさか。そんな。

 ここへ来てそれはないだろう?


「ジェーイク!」 

『聞こえてますって、がなりなさんな』

 か細いがしっかりした声が返ってきた。安堵の溜息が漏れた。

「ジェイク、よかった、死んだかと」

『まぁ実際は死にかけてますけどね。っげほ。畜生、アバラが折れた。内蔵もちょっとやったかも』

「脱出できるか」

『いや、自力じゃちょっと無理です。力が入りません。お姫様に助けてもらわんと』

 思わず口元がほころんだ。このバカ。ベルティ兄ちゃんの真似でもしてんのかしら。

「それだけ軽口が叩けりゃ上等だ。ちょっと待ってろ、ミーシャに救出させる」

『大隊長殿は助けてくれないので?』

 ちょっと残念そうな声をだすジェイク。

「お姫様にはな、まだお仕事が残ってるんだよ」

 自分でも意外なほど甘い声が出た。

 ううん、良くないなぁ。こんな気分になっちまうなんて。

 まぁ、仕方ないか。吊り橋効果もあるだろうし。面倒くさいことはあとだ、あと。

『了解。じゃあ自分はもうちょっと気を失っときます』

「ああ、養生してろ」

『ボブ』

「なんだ」

『ご無事で』

「任せろ。なんせ甘えん坊の王子様が二人に増えたんだ。あの糞野郎とっちめて鼻歌交じりに帰ってこなけりゃ格好もつかん」

『ふふっ。お姫様っていうより女勇者ってかんじですね』

「言ってろ、バーカ。……それとさ、ありがとな」

『はい』

 通信ワイヤーを切断。

 ミーシャから徹甲弾の弾倉を一つ受け取り、チェルノボグへ向かって私は再び走りだした。


「メカドッグ!フンメル31!聞こえてるか!」

 騎体をまっすぐ走らせながら無線に呼びかける。

『ヤーヴォール』

『おう』

 即座に返信がある。通信状態は良好だ。

「敵のマイクロ波が降ってきてないように思うが、どうだ?敵が音を上げてチェルノを見殺しにするんならともかく、罠だと面倒くさい」

『衛星はまだいるな、電波自体は降ってきてるが、走査密度は荒い』

 とフンメル31。

『ミっちゃんがなんかしたんでしょう、こっちからはなんもわからんです』

 とはハルスの弁。まぁそりゃあな。

『ただ、妙だな。敵の通信が増大してる。それも意味のないピンとよくわからないデータだ』フンメル31が不審げな声を出した

「砲撃データか?」

『いや、全部平文だし座標コードも見当たらない。暗号化されてすらいない。すごいぞ、どんどん増えてる』

『ログくれお』

「ハルス、チャット口調はやめろ」

『ヤダぴょん』

 こいつめぇええええ!

『ああ、それアタシです、アタシ。ハルさん、大隊長のこと気に入りましたね?』

 突如ミッシーが割り込んできた。声がハツラツとしている。

「無事だったか、ミッシー!あっちはどうだ」

『やぁもう散々ですよ、蹴散らしましたけど。もう一度来られたら逃げ散るしかないですよ』

 ずいぶんあっさり言ってくれる。

『ただまぁ、あいつらにもうそんな余裕ないですけどね』

「何を根拠に」

『ひとつは敵のネットに潜ったときに集めた敵兵站情報。やっぱりあいつら相当無理して今回の攻勢に出てますね。全作戦域で燃料、弾薬が不足しています。ここも例外じゃありません、ま、後方の砲兵聯隊とチェルノボグを前進させないとならなかったのももちろんですが、彼らは燃料が不足するがゆえにあれほど攻勢を継続したんです』

「そいつは朗報だ」

『もう一つはウィルスです』

『ああ!』合点がいったかのようなフンメル31。

『おお?』単純に関心を示すハルス。

「うん?」わけがわからない私。

『チェルノに潜り直して、火器管制と姿勢制御プログラムに付けられてたパッチを全部引剥がしてる最中に、ウィルス仕込んでやったんです。ネットを介して自己増殖するやつ。まぁネットに落ちてたやつを改造したんですけど、持っててよかった。あちらの暗号プロトコルを使用する機器には問答無用で感染します。今流れてるデータはこの子の増殖データです。あ、フンメル31、敵の通信傍受するのやめたほうがいいよ。ってもう遅いかもだけど』

「それってつまり敵のデータやハードを破壊するのか?」

『いえいえ、敵のデータやハードに何かをするわけじゃありません。ただ単純に、感染した機器の内部でも自己増殖を繰り返し、感染先を求めて通信するので、信号帯域と無線機の処理能力を圧迫するだけです。指数級的に増えていくんで厄介ですよ』

 どうでもいいようなデータに圧迫されて通信不能に陥るネットとかどこの、

「くっそ重い時の動画サイトかよ!」

『それそれ、そんな感じです』

 心底楽しそうな声を出すミッシー。邪悪さすら感じるその声に私は怖気を振るった。

『まぁわりと速攻で対策されちゃうでしょうけど、最低でもあと一日ぐらいはこのへんの敵ネットは役立たずです。無線も、衛星も。抗体はウィルスのソースと一緒に参本、情報軍に送ってますから、こちらも半日程度で全軍に支給されるんじゃないかと』

『ヤダ何この子こわい』

『それでこそボクのミッちゃんだお、ぶひゅー、ぶひゅー、』

 男どもの反応に呆れて声も出ない。

 いやまぁそんなことより、今はチェルノだ。

 北西に回りこむ。

 チェルノボグが東に向けて主砲を放った。今度は被害なし。

 もう少し回りこんで北面を占位したい。

『まぁそんなわけで今助けに行きますんで、ちょっと待っててね、ねーさん。そちらまであと六〇〇〇です』

「ねーさんて。そうだ、アルベルトは?」

 陣地の連中はサカイやハートマンがよろしくやってくれるだろう。そうなるとベルティ兄ちゃんのことが気にかかる。

『さぁ?気が向いたら勝手にくるんじゃないですか?あたし知んないですよ』

 途端に憮然とした声を出すミッシー。何だ?なにがあった?

「とりあえずは無事なんだな?」

『ええ、まぁ』

「それなら、」

 チェルノボグの北面、二〇〇に占位完了。あの野郎はこっちに尻を向けてやがる。間抜けめ。

「まぁ心配はいらんわな!」

 私は主砲を発射した。


 私の放った徹甲弾は、背中の正中線を狙ったが、狙った点より二mも左にそれた。主砲が歪んだ影響がモロに出ているが、逸れる方向は悪くない。

 二〇〇mで二m横、となれば一〇〇mで一m、一〇mなら一cm横に逸れるわけだ。なんとも単純でありがたい。

 これが上下にも逸れるようなら、照準が面倒で仕方ない。

 ホワイトたちは今も力戦奮闘を続けている。

 活発に部隊を活動させ、損害を抑えながら二〇〇m程度の距離を保ちながら打撃を与え続けている。

 いまやチェルノボグの体表に着弾痕が存在しない部位は存在しない。

 それでも奴は倒れない。

 まったくなんて野郎だ。

『大隊長、いいですか?』やや興奮した調子でハルスが話しかけてきた。

「なんだデブ」もう面倒だ、呼びたいように呼ぼう。

『ブフッ。じゃあそれで。奴の装甲は薄いのに、なんで倒れないか気になったんデブ?』

「まぁな」

『簡単デブ。あいつは筋肉の量が多い。最近のADは筋肉同士は絶縁してるから、運良く神経系にEMPを通さないと機能不全にはさせられないデブ。まぁヘビー級レスラーがちょっとやそっとの打撃じゃダメージ受けないのと同じデブね』

「お前の腹に果物ナイフ刺しても腹膜にすら届かないのと同じデブか。私のあの射撃はまぐれあたりってわけだ」

『そうデブそうデブ』

 なんだこいつ、嫌がるどころかどんどん喜んでるんだが。

 ああもう。

 さらに前進して一五〇mから射撃。残弾八。

「で?弱点は?どうせ外観から弱点部位検証してるんだろう、マニアめ」

 ヤバイ、こっちに気づかれた。

 横っ飛びに避け、すんでのところで被弾を避ける。

 右脚筋肉群がビームの輻射熱に悲鳴を上げる。あと一瞬遅かったら焼き切れてるところだ。

 メイスの特殊火器班の運動エネルギーミサイルがチェルノの右肩に突き刺さる。

 たまらずチェルノはたたらを踏んだ。

 だがまだ倒れない。

 直ちにチェルノが反撃、対空レーザーでミサイル発射源周辺を掃射する。戦術情報マップから味方の表示が一つ消えた。

『コックピットはおそらく奴の尻のあたり、股関節周辺にあるデブ。でも周りの筋肉と装甲に守られてパイロットは狙えないデブ。エンジンと粒子加速器は腹の中デブね』

 距離一〇〇。徹甲弾三発連続射撃。最終弾はEMP。残弾五。腹を狙ったがまともに動いていないはずの左腕に遮られた。畜生め。

『頭部装甲は見ての通り。頸部はよく動く上に筋肉もたくさんついてるから、狙うだけ無駄デブ』

「じゃあどうすんだ!」

『転ばせるデブ』

「は?」

 弾倉交換。

『チェルノが脅威足りうるのは、あの出力の荷電粒子砲がそれなりの機動力で移動して、おまけにそれなりの装甲に守られてるからデブ。なら動けなくすれば存在意義を奪えるデブ。あのダメージじゃ最高出力は出せないから、衛星や高高度飛行船は狙えないデブ。そうなれば煮るなり焼くなり好きにできるデブ』

「……おまえ、私よりよっぽど頭いいな」

『ぶひー!ほほほ褒められたデブぅ!』

「でもその口調うざいからすぐやめろ、このデブ」

『どうしましょう!大隊長殿にご褒美頂いちゃいましたぁ!』

 このころになるとハルスの口調も何かどうでも良くなってきて、私のツッコミもだいぶいいかげんになってたと思う。いやまぁ鬱陶しいのは鬱陶しかったんだが。

 しかし、それなら切り損ねた切り札を切る機会があろうってものだ。


 煙幕展開。火器管制を白兵モードへ。

 左右のスティックに備えられたレバーを握りこむと、スティックが固定位置から自由になった。完全マスタースレーブ開始。

 コックピット内装が変形、自動車のシートに座ったような姿勢から、馬にまたがったような姿勢になりペダルの自由度が倍増する。これで騎体に用意されたプリセット姿勢データによらない姿勢を取ることが出来る。

 ここからは昔ながらのパワードスーツと同じとなる。自らの腕と足で歩き、撃ち、叩くのだ。

「ホワイト!突撃する!合わせろ!奴の足を止めるぞ!」

『ヤー!』

 高速蛇行、ほんの数秒で距離一〇mまで詰め寄る。ホワイトたちも突撃を開始。

 しかしその動きは読まれていた。

 横薙ぎに右腕を振り回すチェルノボグ、すんでのところでしゃがみこんで回避する。

 環境センサーがへし折れる。

 メイスの残存八騎が右足の、私が左足のくるぶしを狙って射撃、命中。見事に右脚がへし折れた。この距離なら関節狙いの攻撃も外すほうが難しい。

 しかし右腕となかばへし折れた左腕を使って、チェルノボグは踏みとどまる。


 ここだ!


「インディア288!エレファント!射撃開始!メイス!引け!」

『待ってました!』

『エレファント初弾発射、次弾発射まで一〇秒!初弾到達まで一五秒!』

 ここでチェルノの気を引き、移動させないようにしなくてはならない。

 先ほど狙った左足首に向けて射撃、砲口から目標までは一〇mも離れていない。

 徹甲弾発射、残弾三。やはりこの距離なら外しようがない。

 もののついでに銃剣の切れ味を試すことにする。射撃の反動を利用しその場で急転回、遠心力を使って左腕を一気に加速し、銃剣をチェルノボグの横っ腹に突き立てた。

 が、しかし通らない。切っ先がいくらか食い込んだだけで、筋肉には到達させられない。いくら軽装甲とはいえ、一五五mm榴弾の破片ぐらいには耐えるように作ってあるはずだ。やはり装甲の隙間を狙わなくては。

 行き掛けの駄賃とばかりにもう一発、チェルノボグの土手っ腹にブチ込みながら間合いを取る。相変わらず効果が薄そうだ。

 だがまぁそれならそれでいい。あと一五、いや一〇秒もてば。

 その瞬間背筋に悪寒が走った。

 しゃがみ込む。

 対空レーザーの照射を受け、左肩の発煙弾発射機が吹き飛んだ。

 危なかった。もししゃがまなかったら、少なく見積もっても胸部装甲を貫通されていた。

 見上げた途端に、私は動けなくなった。

 蛇に睨まれた蛙、というのだろうか。

 私はチェルノボグの、それを操るパイロットの殺意に射すくめられ、身動きがとれなくなった。

 チェルノボグの頭部装甲が開き、荷電粒子砲の発射口が私に向けられる。

 その中は漆黒の闇だ。

 その闇に、私は魅入られてしまった。

 あ、こりゃダメだ。

 ここまで来たってのに。

 畜生め。


 諦めかけたその瞬間、西南西から一発の徹甲弾が飛来し、チェルノボグの頭部に命中した。

 それが合図であったかのように南方から四本の炎の槍が飛来し、チェルノボグの右腕肘関節と右脚に突き刺さる。

『命中!命中!』

『ロックオン継続しろ!』

 無線にケリー大尉とヘンドリクス中尉の声が響き渡る。

 間に合った。

 ヘンドリクス中尉率いるエレファント小隊が放ったのは、初速二〇〇〇m/秒、射程二〇Km以上を誇るレーザー誘導ラムジェット徹甲弾。大質量の大型徹甲弾だが、砲身の電磁アシストと砲弾に仕込まれた固体燃料ラムジェットエンジンによる加速で、この距離でも着速は秒速一八〇〇mを下回ることはない。

 インディア288、二八八歩兵中隊から抽出した特殊行動部隊は、東方にそびえる崖の上から誘導レーザーをチェルノボグへ照射する役目を持っていた。

 何時間も前に命じていた私の仕掛けが、今ようやく機能したのだ。

 これが最初の切り札。

 切り札はまだもう一枚ある。



 すべての支えを失って崩折れるチェルノボグに、南方から再び飛来したラムジェット誘導徹甲弾が突き刺さる。今度は右肩と右腰付近に着弾。

 通常の一二〇mm徹甲弾より一回り大きな侵徹体がチェルノボグの体内奥深くへ突き刺さる。一発はチェルノボグの肩関節を砕き貫通、のしかかる質量と相まって右腕は完全に粉砕された。

 私を右腕で潰そうとした時とはケタ違いの猛烈な地響きとともに、ついにチェルノボグはその身を大地に横たえる。

 我がYMD-21Aよりも大きな胴体が横倒しになり、その巨体を覆い隠すほどの土煙が舞い上がった。

 第二中隊(メイス)のパイロットたちが歓声をあげかける。

 しかし奴はまだ動いている。

 対空レーザーでメイスの展開地域を掃射、畜生、また一騎沈黙した。

 大地が揺れ、折れた左腕と両脚で地面をひっかきながら土煙の中からチェルノボグが姿を現す。

 できればこのカードは切りたくなかったが、仕方ない。

「まだだ!全員引け!ハマー43!私の現在地の三〇m南だ!同時着弾で来い!」

『ハマー43了解。遅延信管、落達まで六〇秒』

 一分。あと一分間は奴を足止めしなくてはならない。

 一五五mm榴弾の危害半径は一発あたり空中爆破で一五〇m、遅延信管だと地面に多少突き刺さってから爆発するため危害半径は三〇mまで落ちる。砲兵の仕事はある程度の面積を砲撃でもって耕すことだから、指定した座標を中心にある程度の広がりを持って着弾するはずだ。

 しかしチェルノボグ自身は這いずって、先ほど倒れた位置から離れようとしている。このままでは危害半径の外に出られてしまいかねない。

 チェルノボグがメイスに向かって主砲発砲。

 直接の被害はなかったが、EMPの影響で半数以上の騎が行動を停止した。

 マズイマズイマズイ。

 慎重に狙いを定めて撃つ。狙いは敵の左足付け根。命中するが効果が無いうえに、さらに砲身が歪んで思ったよりも下に着弾した。

「畜生め!」

 残弾一。

 このままでは奴を取り逃してしまう。

 ここでとどめを刺さなければ、ヤツを止める手立てを失ってしまう。

 最終弾を撃ってもいいが、ヤツの動きを止めるにはどうにも威力不足だ。神経系への着弾はまぐれあたりに期待するしかないとなれば、なおさらだ。

『離れてください、ボブ』

 馴染みのある声が響いたのはその時だった。

 立て続けに成形炸薬弾が敵の右脚付け根部分に着弾し、わずかに残っていた太もも部分を股関節から引き剥がす。ちょうど体重を支えていたところに、この被害はたまらない。チェルノボグはどうとばかりに転がった。再び舞い上がる土煙。

「アルベルト!」

『すみません、大隊長殿。お待たせしました』

 戦術情報マップを確認すると、ミッシーではなくベルティ兄ちゃんが追いついてきていた。距離三二〇〇。カタログ数値的には射程外だが、よく当てられたものだ。

 プライベート回線を開き、交信を求める。

「兄ちゃん、ミッシーとなんかあったの?」

『あとで話す。いまはチェルノボグだ』

 声が硬い。やっぱり何かあったんだ。でも、言っていることは正しい。

 仰向けになりつつも未だにもがくチェルノボグ。一五五mm砲弾落達まであと二〇秒。

 チェルノボグも身動きがとれなくなったことだし、とっとと逃げよう。

 砲撃から逃れるべく、チェルノボグから距離を取る。

「パラディン1よりチェルノボグ周囲の各員へ。半径三〇〇m以上の距離をとれ。砲撃が来る」

 言いながらチェルノボグを振り返る。

 奴の主砲はこっちを指向している。

 相手の複合センサーと、というより、相手のパイロットと目が合ったような気がした。


「いいだろう」


『ボブ?!』兄ちゃんが声を上げるが気にしない。そんなことより今はチェルノボグだ。

 足を止めて振り返る。

 あと一〇秒。


「貴様の戦争を」


 戦闘照準。距離二〇〇。先ほどのずれ具合から推測し、右に二.五m、上に一mずらして照準。

 あと五秒。


「終わらせてやる」


 トリガーを引く。

 瞬きする間もなく着弾が発生。

 私が放った最後の一〇五mm徹甲電磁パルス弾は敵主砲の砲口より飛び込み砲身内部の粒子加速電磁石に着弾、砲身内部に流体化したコイルや自分自身の飛沫をまき散らした。

 その後、各種電路の集中する脊椎ユニットに到達すると同時に弾頭尾部の電磁パルス発生器が作動。むき出しとなったチェルノボグの中枢神経系に電磁パルスが流れ込み、チェルノボグの制御は失われた。

 着弾を確認し、踵を返す。いまさら走っても安全圏まで間に合わない。ならばせいぜい格好つけるとしよう。

 ことさらゆっくりと私は歩みだした。

 三。

 二。

 一。

 着弾。

 三五発の遅延信管付榴弾が一斉に降り注ぎ、地面に、チェルノボグの騎体に突き刺さり、爆発した。

 

 さらばだ、化け物(チェルノボグ)

 私はまだ立っているぞ。


私のケツを舐めろ!って入れようと思ったけど、ハルスとミッシーが(ただでさえシリアスブレイカーなのに)「ヨロコンデー!」とか言いそうなのでやめました。


ラムジェット徹甲誘導弾:

 攻勢初期段階で書きました「レーザー誘導ラムジェット徹甲弾」と同じです。

 20年前のことじゃった、M1A1戦車の遠距離射撃能力強化案として、APDSFSをレーザーで誘導する案と、APDSFSを固体燃料ロケットで加速させつつ加速度センサーを使って弾道を維持させる案が提出されたんじゃ……まだKEM、LOSAT計画が元気いっぱいの頃じゃった……当然計画は統合されたんじゃが、技術的にも予算的にも無理となってのう、東西冷戦の終結とともになくなってしもうたんじゃ……

 とかそういうアレ。要は戦車砲から撃てるミサイルですね。

 ラムジェットの搭載はともかく、レーザーで誘導して地平線外や遮蔽物の陰にいる目標を徹甲弾で攻撃しようという計画は今なお各国で研究が進められています。

 一方ロシアは正直に普通のミサイルを砲から撃てるようにした。


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