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それぞれの戦闘

今回は登場人物視点です。誰の視点かはあえて書いてませんので、そのあたりも読み解いていただければ幸いです。

 弾種徹甲、距離一〇〇〇、撃て。

 何度目になるかもわからん号令を自らに下し、儂はトリガーを引いた。

 レーザー測距を省いた戦闘照準じゃが、この程度の距離で外すほど訓練に手を抜いたつもりは儂にはない。

 期待通りに敵重戦車に着弾。砲塔正面の数少ない弱点部位である増加装甲底辺部の切り欠き部分に徹甲弾が飛び込み、敵戦車はしゃっくりを起こしたかのように一度大きく震えると活動を停止した。車体後部のエンジングリルから黒煙が上がる。

 敵重戦車の増加装甲、その底辺部は車体側運転手ハッチと干渉するのを防ぐためか切り欠き部分が設けられておった。そこを狙うと、まぁ距離にもよるんじゃが、こちらの主砲との高度差の関係で操縦手ハッチや砲塔リング、車体上面装甲を貫くことができたんじゃ。もっとも、そこを見つけたのは儂じゃなかったが。

 あ?見つけたやつか?確かシックル1-2、ソヨン・アンジェラ・キム中尉じゃなかったか。シックル1は最初の陽動攻撃後の撤退中に、一度距離三〇〇まで近づかれたことがあったからの。彼女の人生に幸あれ。キム中尉は陣前戦闘で乗騎を撃破されたが、上手くタイミングを見て脱出して無事じゃった。今は地元で主婦やっとるらしい。今でも戦友会で会うことがあるが、会うたびに子供が増えとる。

 そうそう、YMD-21Aの装甲配置じゃがな、あれはよく出来ておったよ。乗員保護に関しては額面性能以上の性能を持っておった。他の部位はともかく、コックピットブロック内部だけは一二〇mmAPDSFSに対して、正面上下左右六〇度の範囲で乗員を保護できておった。それ以上の角度からでの攻撃でも乗員が無事だったことは多くての。あのあと思ったより多くのパイロットが生きとったのが単純に嬉しかったのを、今でもよう覚えとる。

 ともあれ儂は戦車を何両も撃破したが、そんなことで敵の勢いは止まりゃせん。

 敵が必死じゃったのも、儂らの数が少なすぎたのも原因じゃが、兵器としての質が違いすぎた。

 ADやMDはパワードスーツの延長の技術と概念の兵器じゃ。如何に巨大で重武装、高度な電子制御技術を用いようとも、ヒトが鎧着込んで戦うのと変わりはない。

 戦車は違う。

 あれこそが本当の戦闘機械の姿じゃ。

 騎兵のワシがこういうことを言うのも何じゃがの。

 まぁ詳しいことはホワイトかハルスにでも聞いたらエエが、当時のADやMDが搭載しておった火砲、火器管制、姿勢制御の技術をもっと単純な形状の機械に持ち込んだらどれほどのことができるか、その実証試験に付き合わされたっちゅうことじゃな。

 大隊長殿は自分のことをモルモットと自嘲しておったが、その点では独立第七聯隊第一騎兵大隊の全員がまさしくモルモットではあったに違いないわな。

 何しろこっちが半数外す距離で向こうは九割がた、それも不整地を高速で走行しながら当ててくる。

 こっちは地形で隠れようにも、そもそも頭頂高七m。ちょっとやそっとの地面のうねりじゃあ身を隠せん。おまけに反動を制御しやすく最も命中率の高い腰だめの構えじゃと、頭部から二m以上も下に主砲があることになる。身を隠せという方が無理な話じゃ。

 その点、敵の重戦車はよく洗練されておった。高さは三mもないし、砲塔上面から主砲までの高低差は一mもない。車体も低いし、ほんの二mほどの地形のうねりや障害物があれば、車体を隠しながら敵を攻撃することが出来る。

 事実、儂らはいい的になっておったよ。戦闘不能になった騎体のすべてに、ええか、すべてにじゃ、胸部装甲への着弾があったことがその証拠じゃ。


 それでも儂らがあれほど敢闘できたのは、MDが戦車に対して持っておった数少ないアドバンテージを活かせたからじゃ。

 つまりはその大きさじゃ。腰だめで主砲を構えた時の主砲は地上から四m半の高さにある。肩の高さで構えれば五m半じゃ。その高低差を利用して、敵重戦車の上面装甲を狙ったのよ。

 騎兵であろうが戦艦であろうが、全体を均一に装甲することはできん。そんなことをしたら重すぎて兵器として運用できんようになる。よって最も大事な部位を、もっとも被弾しやすい角度からの攻撃から守るように装甲することになる。

 さっきも言うたがMDであればパイロットとエンジンと電子機器を、前方上下左右六〇度以内の攻撃から守るように装甲しておる。つまりそれ以外の部位については意図的に装甲を薄くしておるんじゃ。

 それは戦車も同じこと。遠距離からADを撃破しうる性能を持つことが要求されるということは、正面、側面、上面の順で装甲の厚み、というか防御性能を持たされることになる。後面と下面は後回しじゃ。オイ、君、まさか三角関数はわからんとか言うんじゃなかろうな?

 距離が開いておるときは上面を狙っても当たるもんじゃないが、距離八〇〇ぐらいにもなると敵上面装甲を狙うことが可能になった。上面じゃったら一〇五mmAPDSFSでも敵戦車を撃破できることは大隊長殿が示しておったろ?

 戦車の上面装甲ちゅうもんは騎兵のそれに比べるとえらく広い。距離が詰まればこっちの命中率の低さも緩和されて、これがまた面白いように当たるんじゃ。ま、それは相手もそうじゃがの。

 それともう一点、MDは姿勢の自由度と機動性が高い。質量の大きいADじゃと上体を揺らすと大きく姿勢を崩すことになるが、MDはそれほどでもなかった。

 儂らが見つけた回避行動は、武術でいうところの体捌きそのものじゃ。敵照準レーザーを検知するとまず状態を左右どちらかに揺らし、半歩踏み込みながら体をひねる。それから踏み込んだ脚とは逆の脚をひねった方向へ回しながら引く。これを〇.五秒以内に行うことで一二〇〇mまでの距離であれば敵弾を八割がたかわすことが出来た。

 戦闘終了後、敵戦車部隊の生き残りの将校と話す機会があったが、そうそう、あいつじゃよ、グレイゴリィ・ショスタコーヴィチ・ダヴィドフ。今あいつは少将閣下じゃが、当時はあいつァまだケツっぺたの青っちろい少尉じゃった。奴はいくら「ここだ」と思って発射しても、まるで踊るようにして儂らがかわすもんじゃから母ちゃんに泣きつきたくなったと言うておったよ。

 儂らからすれば、やたらとすばしこいくて小さいくせに、装甲も砲威力もADなみの戦車が次から次へと向かってくるなんてのは、まさに悪夢以外の何物でなかったんじゃが。


 敵機甲集団に補足されたのは陣前一五〇〇ほどであったか。

 そこで敵を数十秒でいいから足止めし、歩兵の対装甲ミサイル攻撃第一波を与えるというのが、儂らとハートマンたちの方針じゃった。

 しかし止まらん。

 こちらがいくら命中弾を与えても、敵重戦車はどれほど損害を被ろうとも何事もないかのように前進してくる。

 おまけにすばしこいもんじゃから、こちらの照準が間に合わないこともしばしば起きたし、ちょっとしたくぼみや盛り上がり、林や茂みに隠れられて射撃機会を失うことも多かった。

 前夜の戦闘のように側面を狙えれば良かったんじゃが、いかんせん数の差がありすぎた。いいように翻弄され、気がつけば戦闘可能は儂とアルベルト、”幸運の(ザ・ラッキィ)”ジョーダン少尉しかおらなんだ。

 ジョーダンは防盾を失っておったが、そこで不幸を使い果たしたのか、槍衾のように襲いかかる敵弾をひょいひょいと避けては敵車両に命中弾を与えておった。弾倉は防盾からもぎ取った二つきり、陣地に逃げ込んだ時には全弾射耗して機銃と銃剣しか残しておらなんだが、それでもあの後退戦では戦車と歩兵戦闘車を合わせてきっちり一〇両ほど食っておった。

 陣前八〇〇までにハートマンたちは対装甲ミサイル攻撃を二度行い、それなりの戦果を上げた。そこでようやく敵の行き足が止まり、儂らは陣地に逃げこむことができた。

 アルベルトが左翼、儂が右翼、ジョーダンが中央に位置した。

 儂らは撃破された友軍騎の防盾を集めて重ね、タコ壺の胸壁とした。弾倉も装甲も手に入ったが、歩兵を合わせても一個中隊にも満たない数しかない儂らにとって、なんのかんのと一個大隊近い余力を残す敵を相手にするのはチト荷が重かった。



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《PRD3:HML31、敵聯隊級戦術ネットの中枢に辿り着いた。……随分あっさり入れたっぽい?》

《HML31:さっきは敵のパワーと数で押されたからな。いきなり作戦(Op)戦域(Ar)管理(C)システム(S)を破壊しようとしたのは無謀すぎたな。先月はシステム中核まで侵入できたんだが、今回は外縁部で叩き返されちまった》

《PRD3:それたぶん相手もわざとだよ、侵入させたの。それにしてもこっちも相当手薄いね。こいつら見捨てられたのかな?》

《HML31:囮になったかもだな。そもそもこのネットはさっき第五砲兵聯隊が叩き潰した敵聯隊の残骸だし。敵は旅団ごとに有線と無線を組み合わせた旅団(Bri)指揮(C)システム(S)を中核に、聯隊指揮システムを複数接続して運用している。旅団指揮システムの上位が作戦戦域管理システムだ。聯隊システム内の各大隊指揮システムは対等の存在だが、帝国の作戦ドクトリンと政治体制が原因で、上位システムから下位システムへ進入するのは極めて容易だ。さて、どうする?》

《PRD3:この聯隊が接続してる上位のネットを破壊するのはムリだね―免疫系と自己修復系充実してるわ―。やっぱりチェルノ狙いで行こう。こっちもヤバイしねぇ》

《HML31:お前さんの腕なら行けるんじゃないか?》

《PRD3:ヤバイのは物理レイヤーの話》

《HML31:あ、ああ。そうだったな。七〇秒経過。マズイぞ、こっちがチェルノ狙いなのがバレた。接続ノードが急激に増えた。さっきこっちを追い詰めた野郎も来てる。タイムリミット繰り上げ、あと六〇秒で撤退を完了してくれ》

《PRD3:危険だけどこっちの回線を囮にして、直接チェルノにアクセスしてる回線から再度アタックする。だーいじょぶだいじょぶ、合鍵はさっき入手したもんね……よしよしよしよし、環境センサーシステムに侵入、ここからセントラルシステムへっと》

《HML31:はやくしてくれ。あと四八秒》

《PRD3:わーかってるって……やっぱり副武装管理システムはシャットダウンされたままか……なんだこれ、火器管制(FCS)と姿勢制御に随分たくさんパッチ当ててある……全部外したろ。通信量維持よろ》

《HML31:あと三七秒》

《PRD3:だいじょーぶだいじょーぶイケるいける!》

《HML31:こっちの防壁がヤバイ、あと二〇秒しか持たん!》

《PRD3:ああっくそっ》

《HML31:どうした、あと一五秒!》

《PRD3:こっちも補足された、ポート検索すげー来てる、撤退開始ヤバイヤバイヤバイヤバイ》

《HML31:あと一〇秒!カウントダウン!八、七、》

《PRD3:はよはよはよはよ……作業完了!撤退!切って!今すぐ切って!》

《HML31:接続遮断!》


《PRD3:はーやばかった》

《HML31:お前無茶すんなよ、こっちもまた乗っ取られそうになったぞ》

《PRD3:やーサーセーンwwwおかげでいいとこまで攻め込めたよ。ありがと》

《HML31:随分楽しんでたが?》

《PRD3:まぁね。チェルノ、見た目より案外脆いよ。触った感じバグの山をそれらしく見せてるだけだもん。パッチ外しまくったのはすぐに影響出るはずだよ。置き土産もしといたし》

《HML31:そっちは大丈夫なのか?》

《PRD3:今日はもう無理かな―。敵無線傍受用の無線とコンピュータ一式焼かれちゃった。アンテナも物理投棄したし。ま、焼け死んだのが小うるさい空中サーバじゃなくて、まさか地べた這いずってるコンピュータ一匹たぁ造物主様でも思うめぇ、って感じ?》

《HML31:そんなんで動けるのか?救護要請しておくか?》

《PRD3:ハック用のコンピュータは完全独立してるって言ったじゃん。でもまぁあとちょっと遅れたら、アンテナ制御回路から騎体中枢に侵入されてたかも。てゆーかこういう時に甘やかしてくる男、あんまり好きじゃないんだよね。じゃ、あたし野郎どもを助けに行くから、だいたいちょーによろしく言っといて》


(陸軍戦闘情報データバンクs8480829/d02040288/78f交信記録より抜粋)


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「いいぞ貴様ら、よくやった。白兵来るぞ。総員着剣」

『グレナディア、シックル、フレイル。だれか応答しろ。こちらホテル・チャーリー3』

「ホテル・チャーリー3。グレナディア、ハートマン上級曹長だ。何用だ。官姓名、所属を明らかにしろ」

『グレナディア。ホテル・チャーリー3、サンチェス上級曹長。フンメル31の火力誘導オペレーターだ。カノーネの砲撃誘導を受け持ってやる。認証コードを確認しろ』

「確認したぞサンチェス。任せられるのか?こっちはあとしばらくで地獄行きだ」

『舐めるなよハートマン。俺はエル・サントスの生き残りだぞ』

「貴様もと第九師団か。すまない、よろしく頼む。俺は部隊指揮で、騎兵連中は対装甲戦闘で手が離せん」

『だと思ったぜ、任せろ。しかし……見る限りじゃ俺にも覚悟が必要だな?』

「わかるか、サンチェス」

『なに、相身互いだ。俺にも経験があるからな』

「すまん。しばらく夢見を悪くさせる。ホテル・チャーリー3。緊急砲撃支援要請。俺達の上に(ブロークン)クソを垂れろ(アロー)繰り返す(アイセイアゲイン)。ブロークン・アロー」

『グレナディア、緊急砲撃支援要請受領。ブロークン・アロー確認した。たっぷりとクソを垂れて』

『ちょっと待って!グレナディア!』

「何ですかカノーネ」

『ブロークンアローだと!?本気か曹長、死ぬつもり?!』

「はい、ランス大尉殿。ことここに至っては死中に活を求めます」

『私はお前らを殺すために砲兵やってんじゃないのよ、くそ』

「承知しております。しかし他に方法がありません。我々自身で敵を誘引、拘束し、砲撃でかたをつけていただきます」

『……わかったわよ、畜生。覚悟しなさいよ、強烈なのをくれてやるわ』

「ありがたくあります。手荒く楽しみであります、大尉殿」

『ホテル・チャーリー3。こちらカノーネ。砲撃座標ちょうだい。共和国砲兵の真髄、見せてやるわ』

『カノーネ、ホテル・チャーリー3。承知しました。座標送信済み。タイミングはこちらにお任せください』


(陸軍戦闘情報データバンクs8480829/d02040288/79a交信記録より抜粋)


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 乱戦。

 全くの乱戦だった。

 陣地に逃げ込んでからしばらく行っていた統制射撃は、敵歩兵が突撃を開始してから不可能になった。


 陣地左翼に向けて三〇mm機関砲を乱射していた歩兵戦闘車に、俺が撃った成形炸薬弾が命中した。

 もともと対AD用の弾頭だ、軽装甲目標に対しては弾頭が目標内部に侵入してから爆発するようにセッティングされている。砲塔側面の対装甲ミサイルのコンテナごと砲塔を吹き飛ばした。

 しかし見入っている暇はない。レーザー警告装置が敵の照準レーザーを検知、警告音が響き渡ると同時に騎体が狭いタコ壺の中で旋回を開始する。 

 レーザーを検知した方角に頭を振ると、敵重戦車の一二〇mm滑腔砲がこちらを向くのが見えた。距離二〇〇。ヘルメットのバイザーに仕込まれた網膜投影装置が表示する画像は実に鮮明だ。敵の砲塔正面に穿たれた弾着痕が生々しい。あれで貫通してないと言うのは今ひとつ信じがたい。

 騎体制御システムは騎体の旋回と合わせて防盾を敵戦車に向けて構えようとするが、敵弾にバブルユニットを貫かれた防盾は約一〇トンというその重さを取り戻している。騎体の旋回は、おそらく敵の発砲には間に合わないだろう。

 サカイさんは右翼で戦っているし、ジョーダンは敵に取り囲まれかけている。歩兵たちは左腕から飛び出させた銃剣や装甲服用に強化された万能歩兵戦闘具(ショベル)を使って、陣地に乗り込んできた敵歩兵と血で血を洗う白兵戦を行っている。

 誰もが自分のことで精一杯だ。


 視界の端に筋雲の走る青空が見えた。

 死ぬにはいい日だ。

 戦術マップを見る限り、ボブはチェルノボグとまだまだ元気にやりあっているらしい。ジェイクも今のところは大丈夫だ。

 ジェイク。

 ああそうだ。

 ボブにはああいう男こそふさわしい。

 戦場での能力も、娑婆での生活能力も、もちろん女の扱いも申し分のないような男こそが。

 ジェイクならば戦が終わって軍を放り出されても、うまくあいつを食わせてやれるだろう。

 ちょっと情けない気もするが、ジェイクならあいつを幸せにしてやれるんじゃなかろうか。俺なんかよりきっとよっぽど適任だ。

 あいつもジェイクのことは気に入ったようだし、俺が死んでもうまく立ち直ってくれるんじゃないか。


 すまんなぁ。幸せにしてやりたかったよ。


 数瞬の間にそこまで物思いにふけってみたが、敵が発砲するかと思われた瞬間、陣地に突入していた敵歩兵の頭上で一五五mm榴弾が数十発炸裂した。

 陣地前縁中央から敵歩兵の後列にかけて、白煙と飛び交う破片に包まれる。

 俺を狙っていた敵戦車も衝撃波と土煙に覆われ、数秒の間見えなくなる。

 俺ははっと我に返り、おちついて敵を照準。

 この騎体には前方三〇度、距離五〇〇〇mまでに限って索敵・照準できるXバンドレーダーが装備されている。土煙で敵が見えなかろうが関係ない。

 光学素子に換算して二四〇〇万画素の解像度を持つXバンドレーダーは、鮮明なモノクロ画像で敵の姿を提示した。

 砲塔と車体の隙間に徹甲弾を送り込む。瞬きする間もなく着弾、数秒で敵戦車のエンジングリルから炎と煙が溢れだした。

 陣地中央に目をやると、先ほどの砲撃で体制の崩れた敵歩兵が後退を開始、いや、陣地から叩き出されていた。サカイもジョーダンも無事なようだ。

 ほっとしかけたその瞬間、

『どぉおりゃああああああ!』

 パラディン3、エリオット中尉騎が雄叫びとともに”降って”きた。

 敵兵の後衛となった敵重戦車の砲塔に飛び蹴りを食らわして着地、砲塔がひしゃげる。

 脚を曲げて着地のショックを吸収すると、すぐさま飛び跳ねて次の目標に向かう。飛び蹴りを食らった戦車は、黒煙を上げ始めたと思ったら爆発した。

 数歩で五〇m西の敵歩兵戦闘車に向かい、今度は砲塔をサッカーボールキック。

 砲塔が陣地左翼を預かる俺の騎をかすめてすっ飛んでいった。

 むちゃくちゃだ。

 気づくと、敵兵は”統制のとれた後退”ではなく”壊走”に陥っていた。

 彼らの後ろ姿にむかって、エリオット中尉は高笑いを上げながら主砲と同軸機銃を乱射している。

 たしかにまぁ、YMD-21Aはオプションとして騎体外部との連絡用にラウドスピーカーを装備できるが、あの使い方はないんじゃないのか。

 ハートマン曹長やクロカワ特務少尉の指揮下の兵たち(戦闘可能人員は二十名をやや上回る程度)も、最初こそ重機関銃などで追撃をしていたが、今やあっけにとられて眼前の戯画的情景に見入っていた。

 東方の表意文字で書けば「呆緩」、ぽかーんってやつだ。

 逃げていく敵兵は四〇名ちょっと。車両はいまや戦車と歩兵戦闘車が一台ずつ。

 俺達も随分と頑張ったつもりだったが、うまいところを全部持って行かれた気がしてならない。

『おとといきやがれ、このドテチン!お家に帰ってママのおっぱい吸いながら股間のエアガンしごいてもらってろ!ばーかばーか!』

 止めとばかりに成形炸薬弾を敵集団のどまんなかにぶち込むエリオット中尉。

 敵兵が三人ばかりまとめて吹き飛ばされる。

 うん、アレだ、ボブも相当むちゃくちゃだが、ここまではやらないぞ。

『はースッキリした。みんな~無事ですか~?』

 エリオット中尉騎がこちらを振り返りながらのんきにしゃべる。

 あっけにとられていた歩兵たちが、一拍置いて歓声を上げた。

 間の抜けた発音と、あまりに戯画的な演出に俺は釈然としないものを感じた。

 確かに陣地の危機は去った。

 去ったな、たしかに。

 だが。

 ううむ。

 視線を感じたような気がしたので、陣地右翼に陣取るサカイ特務大尉のほうを見やると、彼もこちらを見ていた。

 プライベート回線を開く。

「サカイさん」

『……なんじゃい』

「なんとかこっちはしのぎましたね」

『凌いだな、ああ、凌いだとも』

 憮然とした声音でサカイさんがつぶやく。

 そうなのだ。サカイの親父さんも俺と同意見なのだ。

 なんというかその、危地を脱した直後に、敵の戦意にとどめを刺したであろうエリオット中尉の行動が、命を失った仲間たちの戦いを愚弄する、というのは言い過ぎか、軽んじてしまっているような気がしたのだ。

『まぁ、ええんじゃないのか。なんとか敵は叩き返した。敵に再度攻勢に出る余力はあるまい。少なくとも午後までは、じゃが』

「そうですね。そうなんでしょう。……しかしやられすぎました」

『敵を甘く見過ぎたの。ああまで必死になるとは思いもよらなんだ。なんぞあっちの政治に異変が、それも軍の末端まで巻き込まれるようなドデカイ異変があるんじゃろうかの。ま、今の儂らにゃ関係ないわい』

 そこまで言うとサカイさんはプライベート回線から離脱し、部隊一般系で残存兵員に呼びかけた。

『ハートマン、クロカワ、生きとるか』

『はい、大尉殿。なんとか生きとります』ハートマンが真っ先に返答した。

『こっちはそろそろお迎えがきそうです、殿』と、これはクロカワ特務少尉。

『ばかこけ、貴様は全身サイボーグじゃろうが。しばらく寝とれ。衛生兵!負傷者の救護急げ!総員点呼確認!』

 サカイさんは陣地の復旧作業指揮に乗り出した。ジョーダンにも負傷者の救護を命じている。

 俺には、警戒という名の休息が与えられた。


 ぼんやり敵兵が逃げ去った方向を見ていると、エリオット中尉騎が近づいてきた。

 プライベート回線の通信要求。

 応答する。

『シュナウファー大尉殿』

「なんだ、エリオット中尉」

『あなた、さっき自殺しようとしましたね』

「なんのことだ」

『見てましたよ。敵戦車に照準されてからのことを。普段のあなたはもっと反応が早かったじゃないですか』

「防盾が重かったんだ」

『ちっ。バカなことを』

「なんだと?」

『どうせジェイクがボブねーさんと仲良くなりかけてるから油断したんでしょ』

 図星を指されて絶句した。

 何だこいつは、なぜそこまで

『なぜそこまでわかるんだって思ったでしょ』

「……ああ」

『ボブねーさんが大隊に合流してからこっち、あなたジェイクとねーさんくっつけようとしてたでしょ。サカイのおじいちゃんに手回しまでして。どうせボブねーさんは自分の手に余るとか、責任を持てないとかそんなしょうもないこと考えてたんだ。ダッセーよ、マジでだっせぇ』

「エリオット中尉、お前誰に向かって」

『ボーイ―スーローグーはー録ーってまーすー!ふざけんじゃないですよこの唐変木。アタシが吐く暴言は助言、責任持って発言するから、あとはどうでも好きしてどうぞ?あんないい人見殺しにして、自分一人楽になろうとかマジ舐めんなって言ってんだって、いい加減わかれよデコスケ野郎!あんたみたいな小理屈野郎をアタシら女はこう呼ぶのさ、男の腐ったようなやつ、タマないほうが役に立つ、ってな。いいからねーさん助けてこいや、童貞の発酵したようなやつ!』

 気圧された。

 というか、圧倒された。

 まともに考えればエリオット少尉は(戦場で適用されることがなくなって久しい)上官侮辱罪で逮捕拘禁、不名誉除隊となりかねない。

 だがそんな軍制上の建前はどうでも良い。

 彼女の俺に関する指摘はすべて当たっていたからだ。

 ここまで言われるとぐうの音もない。

 実際、自殺しかけたのは事実だし、アドレナリンはその時に全て中和されていたから、怒る気にもならなかった。

『というかですね、実際ヤバイのは戦術情報マップ見たらわかるじゃないですか。こっちを保持できても、チェルノに突破されたら無意味なんですよ。それをねーさんは必死で支えてる。いや、実際は復讐心だけで動いてるのかもしれないけれど、だとしたらなおさら良くないですよ。あの人が戦闘神経症になりかけてるの、わかってるでしょ?』

「……ああ、でもジェイクが」いるからなんとかなるだろう、とは最後まで言わせてもらえなかった。

『ジェイクが何だっつ―んですか、あのぼんくら!今更純情ぶりやがって、こっちの気も知らないで!ああーもういい。チンコついてる生き物と話ししてても不毛だわ!じゃあアタシがねーさん助けてきますから!身も心も頂きます!!あとで文句言わんでくださいよ!!』

「待て!」

 言うだけ言うとエリオット中尉騎はボブたちが戦っている方角へと向けて、全速力で走りだした。


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