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グラップリング・バトル(4)

 火力。

 ただ一個中隊から放たれたにしては圧倒的にすぎる火力がチェルノボグの左側面に集中した。

『いいぞ!じゃんじゃん撃て!データ取り忘れるな!録画もバッチリ残しとけ!』

 ホワイト大尉が自らも一〇五mm騎兵砲を連射しながら叫んだ。

 じきにチェルノボグを覆うほどの爆煙が発生し、それを見てメイスに付き添っていたグレナディア第三小隊は南下し始めた。


『パラディン1、ハマー43だ』

 小鳥のさえずりのあと、ゲイツ少佐が交信を求めてきた。

 憔悴しきった声。

 そりゃそうだろう、なにせ聯隊兵力が一瞬にして壊滅してしまったのだから。

「ハマー43、パラディン1」

『…ああ、こっちの状況は見ての通りだ。だから、その、すまんが、』

「ええ、構いません。あちらでは将校が不足しているでしょう」

 自分としては気を使ったつもりだったが、裏目に出た。

 なんというんだろうか、私は今でも不思議でならないんだが、我が国の将兵には不思議な習性があるように思う。


 すなわち、

『……お前は何を言っているんだ?』


 窮地になればなるほど戦意が湧いて、


『1個中隊、一五五mmが一個中隊だ。五斉射、同時着弾射撃なら一回こっきり。使ってくれ』


 しかもそれは果断にすぎる決意をもたらすのだ。


「本気か、ハマー43。第五砲兵聯隊は」

『ああ、文字通り壊滅したよ。連隊長戦死、今は聯隊の戦務参謀が指揮を取ってる。こいつがな、俺の後輩なんだが』

 ゲイツ少佐は一旦言葉を切る。

『敵を討ってくれっていうんだよ』

 震える声。

「……わかった、ハマー43。一緒に仇を討とう。私はアルファ・ノベンバーの、あなたは聯隊の」

『そう言ってもらえるとありがたい』

「弾種を教えてくれ。座標とタイミングはこっちから送る」

『宜しく頼む』


 馬鹿げてる?

 ああ、もちろんそうだ。あれほどの火力と射程を持つ連中が相手だ、生き残りの中隊だって、射撃したら確実に敵の対砲迫射撃にさらされてしまう。

 しかしそれを分かっていながら、仇討ちに手を貸せというのだ。

 仲間がそう言うならそうしてやるのが戦友ってもんだろうが。




 そのころ、サカイとアルベルトたちはどうしていたかというと、やはり窮地に立たされたままだった。

 何しろ頭数が足りない。圧倒的に足りない。

 減耗しているとはいえ、一個大隊以上の敵戦力に対してわずか一個小隊程度の戦力を立ち向かわせるとか、我ながらどうかしてた。

 どうかしてたが、そうでもしなくちゃいけなかったんだ。


 おまけに敵重戦車の行進間射撃能力は半端ないものだった。

 あとでホワイトから聞いた話だが、装備開発実験団で鹵獲した敵重戦車をテストしてみたら、不整地の行進間射撃で、静止目標に対する初弾命中率が八七%に達していたそうだ。

 集弾性に至っては、静止射撃、二〇〇〇mで四〇cmだったとか。


 ただ、あっちの状況がどうだったのか、私も戦術情報ストリームのログと、戦友たちから聞いた話でしかわからない。

 私にわかるのは、サカイたちは敵機甲部隊の誘引に成功したけれど、陣前に到着した時のMD戦力はサカイとジョーダン、アルベルトしかいなかったってことだ。


 少なくとも、その時点においては。



『射撃やめ!射撃やめ!』

 チェルノボグを覆っていた爆煙が晴れる。

 着弾し始めてから一〇分にも永遠にも感じたが、実際には二~三分ほどの事だったのじゃなかろうか。

 空もだいぶ青くなってきて、北の山々を覆う雪が白く眩しく輝いていた。


 一陣の風が渓谷を通り抜ける。


『フンメル31よりパラディン、マズイぞ……』

 静まり返った騎体の中に、たった一言フンメル31のつぶやきが響き渡る。

 戦術情報マップから標的情報が消えていない。


 煙が晴れる。


 チェルノボグがそこに居た。

 どう見ても無傷で。


『パラディン2より各騎。何でもいい……撃て!!』

 ジェイクの号令でシックル2、3とメイスは乱射を再開した。

 徹甲弾、対装甲弾、ミサイルに榴弾、重機関銃弾と何でもありだ。

チェルノボグはそんなことはどうでもいいとばかりに前進を継続、我が方に迫ってくる。


 化け物。

 まさしく文字通りの化け物だ。

 呆然とするうちに、何か妙な感触を覚えた。

 少なくとも熱線視界じゃわからん。

 光学視界最大ズーム。録画を開始。

 騎体を手近な林に隠し、しばらく見ているうちに理解した。

 理解して、背筋と顔面にどっと汗が溢れでた。


 あの野郎に弾は届いていない。



 気づいたのは至近弾が巻き上げた土砂、それに妙に歪んだ奴の姿がきっかけだった。

 普通なら巻き上がった土砂が降りかかり、騎体上のどこかに残るもの。

 それが一切ない。

 ただそれだけなら気づかなかったかもしれない。


 決め手は徹甲弾(APDSFS)だ。

 通常、APDSFSの着速域――秒速一三〇〇m前後より上――では跳弾は発生しない。

 着弾した侵徹体(ペネトレーター)はその膨大な運動エネルギーを圧力衝撃波に変換、自分自身の先端と装甲板を少しずつ固体から流体へと相転移させる。ユゴニオ弾性限界と塑性変形ってやつだな。このせいで装甲板の多少の傾きは余り意味を成さなくなる。

 流体化した装甲板は侵徹体の圧力衝撃波と流体化した侵徹体の余剰運動エネルギーにより、クレーターを形成する。流体化した装甲板と侵徹体はクレーターの縁から液状化金属の飛沫として排出される。

 侵徹体は細長いからこのクレーターはどんどん深くなっていき、ついには装甲板に穴が空くというわけだ。

 それを阻止するには圧力衝撃波の伝播(衝撃インピーダンス)を遮断する、遮断は無理でも伝播速度を変えてやる、あるいは塑性変形しないものを挟み込むのが良い。塑性変形で流体化した装甲材と侵徹体の排出を阻害してもいい。

 というところで、セラミック装甲や高密度三次元織カーボンブロック、耐衝撃プラスチック等など衝撃インピーダンス特性の違う複数の素材を高性能防弾鋼板で挟みこむのが一般的な複合装甲。

 で、いずれにしろこの装甲は「APDSFSを受け止める(・・・・・)」ことで機能を発揮するものだし、APDSFS自体が装甲材と自分自身を溶かしながら食い破る、「多少の角度なら跳弾せずに粘着しながら侵徹(・・・・・・・・)する」ことで機能する砲弾なわけだ。

 ようは敵重戦車の正面装甲に対して命中させた時のように、APDSFSは「装甲板に吸い込まれる」といえば、現象面の要約になるだろうか。まぁ誤解されるのは百も承知だが。


 しかし、何発もの跳弾が発生している。なぜだ?なかには折損して空中で砕け散るものもある。

 APDSFSでも跳弾が発生しないわけではないが、それは面に対して三度以下という猛烈に浅い角度のときだけだ。そしていまだ二〇〇〇m以上距離があるとはいえ、頭頂高二四mもあるデカイ標的のシルエット中央部に砲弾を送り込めないほど、我々は訓練不足ではない。


 光学視界および熱線視界、フレームレート同調。マルチスペクトラム視界とする。光学マスクおよび各チャンネルのローパス/ハイパスフィルター解除。超高速・高感度撮影モード指定、セントラルコンピュータの空き領域が確保された。

 ジェイクがまた撃った。撮影開始。一秒少々で砲弾が目標に到達し、あさっての方向に跳ね飛ばされ――あいや、捻じ曲げられた?撮影終了、視界を通常モードへ。

 ともかく動画データを圧縮開始。一二〇〇万画素一〇〇〇fps八チャンネルの生データは猛烈にデカイが(たったの三秒で六GBを超えた)、その気になれば騎体の他のすべてのコンピュータを一台で代替できるセントラルコンピュータは二秒少々で三〇〇MBの圧縮ファイルへと変換してしまった。

「パラディン3、フンメル31。この動画データを解析しろ」といってファイルをアップロード。大隊指揮系回線が圧迫され、各中隊長の音声にバリバリとノイズが交じる。

 おかしい、普段はもっとすんなりファイル共有できるのに、この重さ――パケット抜けとエラー訂正による伝送遅延――は一体何だ?

 通信パネルを操作し、音声変換入力をオン。テキストチャットに参加する。


《PRD1:ファイル共有遅いけど、まさか敵に侵食されてる?》

《PRD3:ないないそれはない。ウチらの交信が侵食されたら敵の交信を通じて検出できるように地雷とデコイ設置したけど一ビットも検出してないです》

《HML31:フレイルの方じゃパケット抜け起きてないっぽい》

 なんだそりゃ、どういう――ちょっと待て。

《PRD1:そういえば奴が主砲打つ前後って、電波状況極端に悪くねーか?》

《PRD3:あ》

《HML31:あー?! そ れ だ 。 ちょーっと待てよ》

《system:HML31がファイル共有を求めています。受信しますか?(y/n)m_wave_guidance.tsv》

 ファイルを受信する。容量の少ない非圧縮テキストファイルだったから即座に展開された。

《HML31:そいつはここ二〇分ばかりの敵衛星の活動状況と、この地域に降り注いでるマイクロ波の状況だ》

 と言われても数字の羅列じゃ私にゃさっぱりわからん。が、ミッシーには分かった。

《PRD3:電波発信源、つまり衛星は減ってない、けど、走査範囲は減ってる?》

《HML31:チェルノの周囲、というかチェルノばかり走査してるように見えないか?》

 マイクロ波。それもエネルギーの強いXバンド。

 複数電波源。

 一点集中。

 パケット抜け。

《PRD1:マイクロ波のソリトン干渉か》

《HML31:状況的にはそれだな》


 電波などの波動エネルギーはうまく周波数を同調させると振幅幅、ようはパルス一つあたりのエネルギーが極大化することがある。これがソリトン干渉というやつだ。

 それを応用し、複数の比較的低エネルギー発信源からの電波を一点に集中して極大化させる技術がある。といっても兵器ではない。ケータイやらシェーバーやらの汎用無接点充電器や、マイクロ波溶接機がそれに当たる。

 そしてソリトン干渉で発生した極大波は、他の電波を打ち消すことがある。


《PRD1:つまりヤツの主砲発射エネルギーは衛星からマイクロ波で供給されてると》

《HML31:地表探査衛星の電波エネルギーは一点集中させると結構エグい。理屈じゃありえる》

《PRD3:主砲発射後の電波状況は主砲発射の影響によるもの、発射前のはマイクロ波給電によるものってことスか》

《PRD1:APDSFSが軌道ねじ曲げられてるのもマイクロ波かな?》

《HML31:そんな出力を生み出せるなら俺達を直で焼いたほうがはやい。別の何かだ》

 と、なると。

《PRD1:奴にマイクロ波を受信させないようにしよう。どうしたらいい?》

《PRD3:それこそホワイト大尉とハルス大尉が詳しいかと。呼びます》

《system:MCE1,MDG1 が ログインしました》

《MCE1:はいはいもしもし―ッ》

 ホワイトってチャットだとテンションくそ高いなぁ。

 もうちょっとおとなしいかと思ってた。

《MDG1:なんだおミッちゃんwwwデートしてくれる気になったのかにゃーーー??》

 うわキモ。自重しろや四〇すぎ。

《PRD3:キモいからミッちゃん言うなし。それともちろんデートもなし》

《MDG1:デュフッwww誠に失礼wwwつかまつりwww拙者ついつい大興奮www》

《MCE1:地味に韻踏んでるのが芸能壁サーと、そのストーカーの実力っぽいよな》

《PRD3:ところでチェル公がどうも衛星からマイクロ波で給電されてるっぽい?》

《MCE1:mjdk》

《MDG1:kwsk》

《HML31:ほい m_wave_guidance.tsv》

《MCE1:はーはーへーへーほーほーふーん》

《MDG1:ああこれ確定。アカン奴。すごいなー分解したいなー鹵獲してくんないかな―チラッチラッ》

 気楽に言ってくれる。

《PRD1:ならお前も前に来い、ハルス》

《MDG1:なんだお なんでそんなふうに言うんだお これだからマッチョ女は嫌だお》

 あ。

 だめ。

 無理無理ムリムリやっぱ無理。

 ハルスのおっさんまじムカつく。

《PRD1:ああ?てめぇ今なんつったコラ》

《PRD3:まま、だいたいちょーおさえておさえて》

《PRD1:馬鹿野郎!いい加減こんなくちゃべってる場合じゃないんだ、どうすりゃいいかとっとと教えろ!!》

《MCE1:あああ大隊長、そんなふうに言ったら》

《system:MDG1 が ログアウトしました》

 あああああ!!!!

 死ね!!!!!!もう死ね!!!!!!!!!

 ピザ喉につまらせて死ね!!!!!!!!


 と思った一〇秒後、ハルスから直通プライベート回線の通信要求が来た。といっても音声ではなくファイル共有。

 一応ウィルスチェックと、ついでに個人的にインストールしといたグロ画像チェッカーで中身を確認する。

 いや時々いるんだよ、性器とか死体の画像送りつけて喜ぶ奴とか。

 まぁすぐに所属と階級と実名を突き止めて、憲兵にタレ込むんだけど。

 中身はそんなのじゃなかった。


 これまで受信した衛星画像や熱線画像から作り出したチェルノボグのワイヤーフレーム画像と、その外見上の機能予測がファイルの中身だった。

 マイクロ波受信用のレシーピングアンテナはパラボラ式ではなく、騎体各部からつきだした角のようなものがそれである。

 主砲はこれまで受信した電波状況から、おそらくは荷電粒子砲。物理的防護手段は今のところ無い。

 外見上の大きさと密度の予測から総重量は約四五〇トン。誤差は五〇トン以上。

 謎の不可視障壁は、技術研究本部が実験中の泡沫(B)量子(Q)効果(E)によるもの。かいつまんで言うと、バブルユニットがマイナスの質量を持つ効果を発展的かつ柔軟に応用し、空間を歪めたり密度を変化させることだそうだ。つまりバリヤー。

 BQEバリヤーは衛星給電が基本となると思われるが、昨晩からの稼働状況を見ると内蔵電源だけでも起動可能。

 対空レーザーは砲弾に対してレベル二破壊を短時間で達成できる出力。

 主砲はADを蒸発させるほど。

 副武装は対装甲ミサイル複数にリモート機関砲、対空レーザー。

 早い話が格闘戦以外に打つ手なし。マンガかよ。

 でも実在してるんだ、この阿呆な設定の化け物は。

 歯噛みしながらテキストをスクロールさせると、最後の一行が目に入った。


「バリヤーは武装使用時に数秒解除される」

 

 まるっきりマンガかよ!

 しかしまぁ、お陰で攻略の糸口がつかめた。

 あのデブ、やっぱ仕事できるんじゃねぇか。

 ハルスにテキストメールを打つ。


「さっきは済まなかった。ありがとう」

 存在自体がムカつく野郎だが、感謝するにやぶさかじゃない。

 でもムカつく。

ソリトン波の理解は間違ってるかもなので鵜呑みにしないでくだしあ><


なお途中のチャット合戦にはちゃんと元ネタがありまして。

なんでもイラク戦争の際、地上軍データリンクシステムであるIVISシステムの投稿内容はこれを百倍汚くして、タブ区切りテキストファイルじゃなくパワーポイントファイルが飛び交って回線圧迫しまくってたとゆー噂がございます。

多分本当。


レーザーによるレベル2破壊:

レーザーによる物理破壊には何段階かありまして、レベル1からレベル5までが学術的に確認されています。

レベル1は表面溶融(熱せられて溶ける)

レベル2が溶融穿孔(溶けて穴が開く。一般的なレーザー兵器のイメージ)

レベル3は溶けた標的の表面がガス化し、レーザーを弱めます

レベル4はそのガスが一瞬で生成されるため衝撃波を形成、標的に物理的被害をもたらします。

レベル5はガスの圧力が高まりすぎ、中心で核融合が起きます。ジッサイコワイ。


なお兵器としてはレベル1にも達していなくともよく、ミサイルや砲弾の誘導シーカーの受光部や赤外線受信部を電気的に損傷させるレベルのものが(現時点では)一般的です。

米軍やイスラエルが開発に邁進しているレーザー迎撃システムはレベル2破壊が目標です。

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