グラップリング・バトル(3)
『……ルダー……ワイルダー、聞こえるか』
ジェイクから私が昏倒してた間に決まった大隊の方針を聞いてるところに、連隊長が割り込んできた。聯隊が大隊指揮系回線に割り込める距離まで近づいてきたということは、単純に喜ばしい。ちなみに「大隊の方針」は割愛したい。
というのも、マイティ・サムが下した命令でそんなものは粉々になったからだ。
「はい、サム。大隊長解任ですか?」
朗らかな声でつい嫌味を言ってしまった。忙しい時にエライさんから話されるのは、そのなんだ、めんどくさい。
めんどくさいがしかたなかろ?
向こうにも立場があるし、私がさっきみたいにトンチキやらかすとも限らんのだし。
とは言ってもこっちのメンタル状況は知らせておきたい。
といったわけで嫌味だ。
やり過ぎるとキモデブバーコードみたいになるから気をつけような、みんな。
『お前は本当に昔から変わらんなぁ。普通ならそうなるが、』
おっと藪蛇ィ。
『今回に限っては逆だ逆。貴様じゃないとそこは任せられん。他の正面がヤバ過ぎる』
うあーやめてほしいなぁ、そうきたら下される命令なんてたった一つじゃないか。
『死守だ、ワイルダー。あと二時間その線を死守しろ』
「無理でーす☆帰ってもいいかにゃあ?」
《PRD3:うわぁ……》
《HML31:BBA無理すんなしwww》
『ダメだワイルダー。お前らが頼りだ。戦術情報マップに作戦機密情報転送した、三〇秒で理解しろ。解凍コードは(編注:軍機により削除)』
《PRD3:体張ったのに即スルーされる1萌え。抱きたい》
《HML31:すげえ可愛かった、神か》
《PRD3:流れ大事よな》
《HML31:ほんそれ》
誰と誰がテキストチャット垂れ流してきたかはあえて言うまい。
畜生おまえら覚えてろ。
外野は放っておいて、戦術情報マップの表示モードを作戦情報表示に切り替える。
受信したデータが自動的に解凍され、展開、表示された。
内容は至極簡単、三行に要約できる。
というかテキスト自体は三行だった。ホントに。
この丘から後方の予備陣地まで約一〇km。
後方の予備陣地から首都中枢まで八〇km。
ところで敵の新型自走砲が射程延伸弾使うと射程八〇km達成できるっぽいんだが、その新型自走砲の部隊(規模不明)がどうもお前ん所の正面に居るっぽい?
うーわー。
こっちがおとりかと思ってたら主攻正面だってオチか。冗談じゃないぞ。
《HML31:三行目ラノベか》
《PRD3:VRMMOからログアウトできない系だったりして》
《HML31:おいバカやめろwwwwww》
お前らマジ黙れって。まったくもう。
いやわかってるよ?
そうやって気を紛らわせないとやってらんなくなったか、逆にもう振りきれちゃったかのどっちかだってのはさ。
敵も使用している二五〇mmロケットだの戦術弾道弾だのは、基本的にはひとつのロケット本体から小型の弾頭をばらまく。いわゆる多弾頭てやつだな。
ロケットは射程が長い。標準でも七〇Km、弾頭やロケットのサイズによっちゃあ100km超えもあたりまえだ。
しかしサイズがでかい、飛翔速度が遅い、なにより発射総数が(多弾頭ゆえに)少ないということで、迎撃は大して難しい問題じゃない。
しかし砲弾や単弾頭ロケットはそうじゃない。どちらもサイズが小さく、発射数も多くなる。全弾迎撃するのは非常に困難だ。というか、当時は無理だった。
しかも敵の新型自走砲は一二年前から我が国との国際共同プロジェクトとして開発されていたものだ。五五口径一七五mm、最大射程八〇Km、発射速度は通常で分間四発、バースト射撃で分間一二発発射可能。
そんなものが一個大隊以上、いいやおそらく先ほど私達を射撃したのがそいつらのはずだから一個聯隊か、そんなのが首都を射程に収めてみろ。
非常にマズイ。
政治的には致命的だ。
少なくとも国民(と、そんなことになったら罷免されてしまう政治家ども)は私達を許してはくれないだろう。
「はー……わかりました。わかりましたが、死守は無理ですよ。消耗しすぎました。もういくらも持ちません」
頭をガリガリとかきながら言う。
『じゃあどうする。こっちも急いでるが、どうやってもあと二時間は稼いでもらわんとならんのだ』
信じがたいことにマイティ・サムが困り果てた声を出した。
あのマイティ・サムがだぞ?!あの人があんな声を出したのは、後にも先にもこの一回きりだ。奥さんにも聞いたから間違いない。
だからまぁ、自信たっぷりに言ってやったんだ。
「決まってますよ。一切合切殲滅してやります」
頭イカれてるんじゃないかって?
うんまぁ、自分でもそう思うよ。
でもその時はそれしかなかったんだ、修辞学的にも、現実的にもね。
「諸君。こんな事態になって誠に済まない。済まないついでにもう一つ言っておこう。死ぬ覚悟だけはしておいてくれ」
第三中隊とインディア288を無線に復帰させた上で、大隊指揮系回線の音声を部隊一般系にオーバーライドさせ、私は能書きを垂れた。
『何をいまさら』ジェイクが即座に混ぜっ返す。
兵隊たちがゲラゲラと笑う声がする。
いい兵どもだ。いまなら地平線の彼方まで突撃できそうだ。
「そう言うな。でまぁ、諸君に死ぬ覚悟を求めるからには、一つだけ約束をしておきたい。それは敵の意図を完膚なきまでに、こてんぱんに、バッキバキのくっしゃくしゃのボッコボコに、ぶち壊すってことだ」
皆が沈黙する。
しかし敵意は感じられない。諦観も。
そこにあるのはただ戦意のみ。
「奴らを、少なくとも見えてる範囲の連中を一人残らずぶっ飛ばす。シックル1とフレイルは敵機甲大隊に向け全速前進、一撃を加え陣前におびき寄せろ。グレナディア、まだ対装甲ミサイルは残ってるな?」
『はい、大隊長殿。重迫も一門残っとります。砲弾は煙幕一〇発と、いろいろ合わせて二〇発きりしかありませんが』
「いっとくが砲弾抱えて特攻ってのは無しだからな、曹長。シックル2、3は私が直率する。敵機甲部隊に突撃するふりをして、途中からチェルノボグに突っ込む。メイスはタイミング見て側背から突っ込め。メイスにつけてるグレナディア第三小隊は退路確保。あとはまぁ、流れだ。カノーネはちょいちょいシビアなタイミングで援護要請する。うまくついてきてくれ。パラディン3は現地点で電子戦。リッチーを警護につける。リッチー、すまんが貴様はミッシーの盾だ」
『そんなぁ、私も連れてってくださいよ、っていうとこですかね、ここは』
ミッシーが悔しそうに言った。だが彼女には任務がある。
「私もお前の戦いっぷりがみれないのは残念だよ。だがお前にはあいつらの戦術ネットワークを偵察し、擾乱してもらわなきゃならん。背中は預けた。敵の砲撃には気をつけろ」
『は、はい!』嬉しそうにミッシーが返信してきた。
『パラディン1』
ジェイクの騎が私の騎の傍らに立つ。
北西に敵機甲大隊。距離二八〇〇で突撃体制構築中。
北東にチェルノボグ。距離四九〇〇。ゆっくりとだが、確実に近づいてきている。
「よろしい。では諸君、参ろうか?」
全ての騎兵が立ち上がる。
敵にもその姿は見えたことだろう。
なんとなく、なんとなくだが、敵の動きにわずかに動揺が走ったように見えた。
口角が釣り上がる。
「パラディン1より各員。所定の行動を開始せよ」
騎兵たちがまずはゆっくり前進する。
規則正しく、一定のリズムで大地を踏みしめ、丘を敵に向かって下る。
その上空をカノーネが放った一五五mm砲弾七発が、チェルノボグめがけて飛んでゆく。
再びチェルノボグが主砲を放った。
「行け!」
その瞬間、全騎兵がダッシュを掛ける。
同時に生き残った一二〇mm重迫が、煙幕をチェルノボグと私達の間に全力で打ち込む。
敵機甲部隊に対して左翼からシックル1の二騎が、右翼からフレイルの三騎が行進間射撃を行う。距離はあっという間に二三〇〇まで縮まっている。
命中弾一、撃破〇。応射はなし。MDにしろADにしろ、行進間射撃での初弾命中率は七〇%がいいところだ。これまではそれでいいと思っていたが。
次弾発射。距離一八〇〇。命中弾二、撃破二。アルベルトが重戦車の先頭車を、ジョーダンが歩兵戦闘車の中の一両を喰った。敵はまだ動かない。
シックル1とフレイルが合流するかのような動きを見せ、敵はついにしびれを切らした。敵機甲部隊が前進を開始。すかさずシックル1とフレイルは後退を開始。
敵先頭集団が発砲、ジョーダンが被弾し防盾が立て続けに貫通される。予備弾倉が誘爆するも騎体本体は健在。
「よくやったジョーダン、さっさと逃げろ。サカイ、アルベルト、あとは頼む」
『ヤーヴォール!』
「シックル2、3、ついて来い!」
私達は右手に旋回、煙幕帯を突き抜ける。敵味方の位置はフンメル31が観測し続けているから見失うことはない。ただ、先程から通信エラーによるパケット抜けが頻発している。だいたいチェルノボグの射撃の前後だ。
《HML31:チェル公の観測情報いる?>PRD3》
《PRD3:はよ》
まぁその辺はフンメル31とミッシーがなんか考えてくれそうだ。
進路を(後方になった)敵機甲集団の動きに合わせ、もう少し右に振る。森林が途切れ、チェルノボグの全容が見えた。
実は、私もその姿をしっかりと確認したのはその時が初めてだった。
巨大。
わかってはいたが、あまりにも巨大すぎた。
頭頂高二四m。振動データから予想される戦闘基準重量は二〇〇トン以上。バブルユニットの重量軽減効果を使ってこれだ。エンジン切ったら地面に埋まるんじゃないか。
あまりの重量に四足をついた状態で動いている。
全体的なシルエットは前足の長いゾウガメというか、類人猿のように見えなくもない。
熱線画像だと、長い首の先端にある頭部の温度がやたらと高い。頭部のように見えて主砲の砲口のようだ。と思ったら頭部がこっちを向いた。同時にXバンド波検知。距離三九〇〇。
「散開!散開しろ!」
とっさに左右に別れる。
私とシックル2の三騎が左で、ジェイクとシックル3の二騎が右。
チェルノボグが発砲するかと思われたが、思いとどまったかのように頭を振る。
そうだよ、私達の後ろにはお前の友軍が居るんだよ、忘れちゃあいけないね。と、ニヤついたのもつかの間、代わりに肩の後ろのほうから白煙が打ち上げられた。
数は一二。垂直発射型の対装甲ミサイルか。こういうのはだいたい打ちっぱなしで、標的の概略包囲を母機から伝えられたあとある程度飛翔し、自分で標的を探して突入してくる。
こりゃダメかなぁ、あのミサイル思ったよりスピード速いし、と思ったが、半数以上が軌道を乱して爆発する。
『いよっしゃあ!』ミッシーが叫んだ。
「パラディン3、お前か?」タイミングを見てペダルを操作、着弾〇.五秒前にミサイルを危うく躱す。今どきの対装甲ミサイルは直撃せずに、上空や正面数mで爆発して自己鍛造弾の侵徹体を飛ばしてくる。爆炎で視界が悪くなる。シックル2-2が太ももに被弾、脱落。パイロットは生きている。
『チェルノのセキュリティを一部突破、補助兵装管理システムに侵入成功!偽データ突っ込んだのが間に合ったみたいですね!』
部隊一般系回線からやんやの喝采。
「でかした!あとでヴェストプラティーン、デァ・グリルのステーキおごってやる!」
『キタコレやたー!!もっと頑張ったらどうなります?!』
「肉の量が増えたり特級選べたりできるようになる!」
『マジすか!おっしゃあ!』
言葉遣いがだんだん崩れてきた。これがあいつの素なんだろうな。
ちなみに当時のデァ・グリルで一番高い限定特級熟成サーロイン五〇〇グラムをコースで頼むと中尉の一ヶ月の棒給すっ飛ぶわ、そもそも店の予約が八ヶ月待ちだったと言えば、私のその時の気持ちが伝わると思う。
「お前らも!手柄立てろ!なんかしらくれてやる!」
部隊一般系からさらなる歓声。私の棒給でおっつくのかって?
おっつくおっつかないじゃなくて、おっつかせるんだよ。
それにだいたい、ベルティ兄ちゃんまで一緒になって声を上げてるのに、財布の心配なんてできないって。
チェルノボグまで距離三二〇〇。ランダム蛇行開始。
敵機甲部隊は完全にサカイたちに喰い付いた。頑張れよ。
「シックル2、3、弾種HEF、打ち方よーい……」ジェイクたちと必要以上に接近しないように砲撃を指示する。目標は頭部。
「停止!撃てッ!」私の率いる五騎が尻餅をついて急停止、滑走が止まった瞬間に即座に発砲、慣性で前方に流れようとする上体が主砲発射の反動を強引に抑えこむ。それでもまだ前方へ流れようとする上体を活かして、すぐさま立ち上がり前進を再開する。
着弾、せずに対空レーザーに一掃される。
それが狙いだ。
頭部以外にもごちゃまんとセンサーは付いているのだろうが、頭部にセンサーが集中しているのは先程のXバンドレーダーの照射を受けてはっきりしたことだ。
爆炎と加熱した破片がいい煙幕になる。破片でセンサーが傷つくならなお良い。
「メイス!インディア288!仕事の時間だ!」
『ヤーヴォール、ヘル・コマンダン!』
『了解ィ!』
メイスが潜んでいたのは東の森林、要はチェルノボグの真南だ。
その樹木線から見て北西を歩くチェルノボグに対して、メイスが持ってきたありとあらゆる、いいか、ありとあらゆる火力が投げつけられた。
一〇五mm騎兵砲は言うに及ばず、大型対装甲ミサイル、運動エネルギーミサイル、二八〇mm騎兵臼砲、マンティスの腕には固定できない五五口径一二〇mm電磁アシスト滑腔砲を、そのまんまでっかい小銃にした奴もあったな。随伴歩兵たちも対装甲ミサイル撃ってたよ。
そのとき、メイスとチェルノボグの距離は三〇〇〇もなかった。二五〇〇ぐらいじゃないか?私が指定した線より一Kmも北だ。
よくぞまぁそこまで近づけたもんだ。
あいつらも並みの兵隊じゃなかったってわけだな。
砲弾の迎撃:
と、上記のような理由で非常に困難のある「砲弾自体の迎撃」ですが、我々の世界では現実として可能な技術となりつつあります。
迫撃砲、榴弾砲、単弾頭ロケット弾に対してはイスラエルの「アイアンドーム」システムが存在し、相当の戦果をあげています。




