防御(2)
一五分ほどで敵の攻勢準備砲撃が終了した。
既に敵機甲部隊は、こちらの守備線まで四kmの距離に近づいている。防御射撃開始線まではこちらの陣地から約三km。
兵力の内訳は、新型”重”戦車一個中隊、四号戦車改二個小隊、歩兵戦闘車に搭乗した機動歩兵が二個小隊。いずれも暗視カメラ画像ではっきり分かる程度に増加装甲を搭載しているが、速度が速い。不整地走行性能はかなり良いようだ。
敵の砲撃によるこちらの損害は、騎兵一大破(運悪く直撃、パイロットは重傷)、歩兵が四人重傷を負った。
時間はともかく、結構な密度の砲弾を浴びたが意外に損耗が少ない。敵が誘導砲弾を使わなかったおかげだ。
とは言え残存兵力はシックルが一一騎、フレイルが八騎、歩兵隊が一個小隊半四八名へそれぞれ減耗している。本来ならば後方へ下がって増援を受け取るとともに部隊再編を行いたいところだが、そんな贅沢は言っていられない。
「フンメル31、パラディンだ。敵の重砲の位置は観測できたか?」私がフンメルへ通信する間に、サカイの中隊のMDが砲列を敷き直す。
《HML31:既にこちらで管制している各砲兵に座標送信済み。修正可能。特に調整の取れた砲撃を行った部隊は熱線カメラが最大ズームで追尾中。軍一般情報受信、緊急報。転送する》
戦術情報ストリームに簡潔なテキストメッセージがアップロードされ、戦術マップに重ねあわせ表示される。
”中央戦区全域にて帝国軍の大規模攻勢開始さる。攻勢中心は中央戦区南端、敵主戦力は一個騎兵師団、二個装甲化狙撃兵師団”
大隊参謀、中隊長たちの押し殺したうめき声が大隊指揮系音声無線に満ちた。
中央戦区全域に配備された敵部隊数は一四個師団、五一万名を超える。
これに対して我が方の陸上戦力は、再編中・訓練中のものや後方任務のものまですべて合算していいとこ三一万。うち、中央戦区に配備されているものは約一1万、六個師団にすぎない。訓練中、再編中の兵力は約四万、残り一四万名のうち三万名が北部の第二師団と南部の第九師団。近衛の一万五千名、三個近衛騎兵”師団”を機動予備に用い、残りは方面軍砲兵や兵站部隊、地域防衛部隊、情報軍、比較的小規模な独立部隊に振り分けられている。このうち最も多く人員が割かれているのは兵站部隊一〇万名だ。
要するに、我が方に予備兵力など存在しない。
中央戦区南端は第八師団二万五千が張り付いていたが、これに三倍以上の兵力が襲いかかったわけだ。帝国の師団の兵力定数は、我軍よりも多い。
隣接する部隊は第一二師団と第九師団だが、どちらもそうおいそれと救援に向かうことはできない。第一二師団正面にも二個騎兵師団が集中している。
第九師団正面は南部連合の定数割れした歩兵師団が居るだけだが、この方面も気が抜けない。南部連合と我が国は領土紛争を抱えているが、今はお互い帝国との戦争で忙しく、この方面の南部連合軍は彼らの主攻正面へ兵力を引きぬかれて弱体化している。帝国の機動予備兵力が迂回突破するにはちょうどよい。
つまるところ、第八師団正面の敵の突破を許すようなら、我が国の東部地方は全て帝国のものとなりかねない。
しかし今回の規模の攻勢は少なくとも一昨日までは予期されていなかったし、大規模な兵站活動の徴候もなかったはず。
となればこれは、
「全員聞け。中央戦区のことは気にするな。敵の攻勢は数日内、ヘタすれば今日中に終わる。どのみち我々に手出しできる事態ではない。目の前の状況に集中しろ。それ以外にできることはない」
『しかし』誰かが言った。
「しかしも案山子もあるか馬鹿野郎」私は激した。「眼前の状況以上に大事なことなんてあるものか。ここでうろたえて私らが全滅したら国がなくなるぞ」敵機甲部隊が守備線へ侵入。
「ハマー43、事前標定地域へ射撃要請。濃いのを頼むぞ。修正可能」
『わかった。任せろ』
約四〇秒後、無数の砲弾が敵機甲部隊へ降り注いだ。一瞬にして敵部隊が視界から隠れる。この砲撃を乗り越えられるものなど存在しない、という幻想に囚われかける。
しかし幻想は幻想にすぎない。
誤射を避けるための安全距離ギリギリまで約七分間、何度か修正を加えながら砲撃誘導を行ったが、敵の損害はわずかに二両。四号改と歩兵戦闘車の増加装甲にははっきりと損耗が見て取れるが、行動を中止するほどの損害ではないようだ。敵戦車の砲塔がこちらを向く。
よろしい。大いによろしい。
それほどまでに欲するならば、分け与えて差し上げようではないか。
「パラディンよりフレイル。打ち方はじめ」
『フレイル、射撃開始』防盾の下から突き出された八本の一〇五ミリ砲が火を噴く。目標はセオリー通り、先頭を突き進む敵新型”重”戦車。射距離二八〇〇m。
八発のAPDSFSが秒速一四九六mで突進し、そのすべてが敵戦車の砲塔へ吸い込まれるように命中し――何の効果ももたらさなかった。
我々の主砲が敵に通じないだと?
その様子を見ていた全員が、あまりの衝撃に言葉を失う。
いや、ただ一人その衝撃を自身の判断力にまでは影響させない人物が居た。
『おっとそうきたか』
サカイ特務大尉の声が無線に響く。
『フレイル全騎。見たか?敵新型戦車の砲塔装甲は厚い。ADの胸部装甲並みかそれ以上じゃろう。距離もチト遠かった。次はもうちょっと引きつけて撃つぞ。車体や砲塔の側面を狙え。データリンクオンライン、小隊統制射でいくぞ』
サカイの声に、我々若造どもはおおいに落ち着いたものだ。
しかし対AD先頭を主眼において開発された我がYMD-21Aが、戦車ごときに通用しないとは。
ホワイトのやつ、今頃顔面蒼白になってるんじゃなかろうか。
いや、それは私も同様なんだが。
さて、敵新型戦車一三両は距離二六〇〇で陣形を変更。路外へ横隊で展開する。
四号改と歩兵の盾になるつもりのようだ。まだ発砲はしてこないが、砲身はピタリとこちらを指向したままだ。
前進してくる。
あっという間に距離が詰まる。距離二二〇〇。
『フレイル、小隊統制射、弾種徹甲、打ち方用意、照準』
サカイがつぶやく。
『撃てッ!』
サカイが射撃命令を出すのと、中隊が発砲するのと、敵戦車の発砲はほぼ同時だった。
敵重戦車二両につき四発ずつの徹甲弾(APDSFS)が飛翔する。
着弾は敵重戦車の射撃のほうが、コンマ一秒ほど早かった。
『ええぞ、敵戦車二両撃破!続けて撃て!』
サカイの声と同時に、戦術情報マップに表示された味方騎の幾つかにダメージレポートを意味するアイコンが附加された。
第二中隊残存八騎のうち、実に五騎がなんらかの損害を被った。中でも二騎が、タコ壺に空けた銃眼から飛び込んできた敵弾でメインカメラか砲身をやられていた。
行進間射撃とは思えないほどの技量の発揮。
それを行ったのがこちらではなくあちらがわ。
くそめ。
再度の射撃。今度は三騎で一両ずつ敵戦車を狙う。
着弾。
敵戦車二両撃破。相変わらず砲塔正面は抜けないが、車体や砲塔の側面にうまく当てている。
こちらには損害なし。しかし、
『おやっさん、マズイですぜ。奴ら射撃が上手すぎる。防盾に命中弾多数、バブルユニットが過負荷で損傷!』
『タコ壺の胸壁が吹き飛んじまう!距離一八〇〇!』
『畜生め、やつらいつの間に戦車に一二〇ミリなんて積みやがったんだ!』
部隊一般系回線からは騎兵たちの悲鳴が流れ込んでくる。
『落ち着けバカモン。ここからは分隊射撃。側面を狙える標的を撃て』
再度の射撃。今度は一挙に3両を撃破。しかしサカイの中隊も1騎が砲身をやられ、火力喪失。
このままじゃ持たない。
「グレナディア714、応答せよ」
歩兵中隊に呼びかける。
『こちらグレナディア714、ハートマン上級曹長です』
無線に応じたのはふてぶてしい声の下士官。士官学校一年目、体力づくりに明け暮れた営庭でのしごきを思い出して背筋が震える。
しかし敵より味方の下士官のほうがこわいなど、まだまだ余裕じゃないかと思い、安堵した。
「グレナディア、迫撃砲持ってきてたよな?誘導砲弾あったか?」
『ヤー、一二〇ミリ重迫は四門とも健在。誘導砲弾はレーザー誘導のM854、各門五発ずつあります。無誘導の対装甲弾は各門一五発、通常弾は各門三〇発』
察しのいいやつだ。これだからベテランと仕事するのはたまらんね。
「フレイル、センサーの生きてる奴にレーザー照準させろ。重迫の誘導砲弾を誘導させる」
『承知!』
敵重戦車中隊との距離は一五〇〇。敵もこの距離ではさすがに危険と考え、地形や残骸を利用しはじめた。
「グレナディア、対装甲戦闘用意。上級曹長、貴様の判断で始めてよし」
『ヤーヴォール』
一方、その後ろの四号改と歩兵戦闘車は、丘を回り込もうとしているところだった。
「シックル打ち方用意」
『打ち方はじめ!』
即座にアルベルトが吠え、シックル各騎が砲撃でそれに応える。
射距離二四〇〇。分隊統制射撃、二騎で一両を狙う。
シックルは一挙に六両を撃破した。
四号改相手ならイケる。中遠距離でも対等以上に戦える。
バカな奴らだ、重戦車中隊といっしょに突っ込んでくれば、我々を排除できたのに、と批判するのは容易いが、彼らとて新型重戦車相手に我々がここまで粘るのも意外だったかもしれない。
実際、我が大隊の危機が去ったわけではないのだ。
と、その時、グレナディアが迫撃砲射撃と対装甲戦闘を開始した。
敵重戦車が砲塔上面に誘導砲弾をくらい、爆発四散。
歩兵からミサイル集中射を受けた敵重戦車はその全てを砲塔正面で受け止めたが、さすがに一〇発以上も同時に食らってはただでは済まなかった。大破、炎上する。
これを受けて敵装甲集団は煙幕を張りつつ後退を開始。
追撃はしない。
シックルは健在だが、フレイルは危険なまでにその戦力を減耗してしまった。
シックル、一一騎健在。
フレイル、八騎から五騎へ減耗。メインカメラをやられた騎の主砲を、奇跡的に砲身だけがやられた騎へ移し、戦闘可能は六騎となる。
損傷した二騎は後方へ戻し、整備させることとした。
こちらの歩兵には損害なし。
敵装甲集団は重戦車八両、四号改を六両、歩兵戦闘車を二両失った。
ミッシーの通信傍受によれば、この敵装甲集団はケリー大尉の二八八中隊を追い詰めた敵先鋒集団の生き残りだったようだ。