全力疾走
アズナイル公国南部、イズリナ要塞。殺人的な日光を浴びないようにとモーザン率いる小隊は、隊長であるモーザン以外の2人が日陰で涼んでいた。マトイール軍の侵攻は止まっているが、それは兵力をゲリラ掃討に割いたマトイールの侵攻部隊をアズナイル公国軍がうまく防いでいるからであり、決して戦闘が無いのではない。
一昨日も戦闘があったために、要塞の木陰でのんびり座る2人の前を慌ただしく兵士達が通る。副隊長であるメニア・リガートはお湯の入った水筒に菓子を持って完全にお茶会気分。同じモーザン隊であるシュリ・ガルパンダに茶葉を持ってくるように命じていた。
「シュリさん遅いですね」
まだ3分も経っていないが、アリナは側にある備蓄庫を見ながら呟いた。要塞がパーティー会場になったりするので、きっとあるはずだ。すぐ近くにあるので時間はかからないはずなのだが…。
「あぁ、違う方の備蓄庫よ」
とメニア。 アリナの思っていたのは一般の備蓄庫。メニアが言っていたのは特殊の備蓄庫らしい。公王が来たときのために使う食材やらなんやらが備蓄されている。警備兵が守っており一般兵は立ち入ることができないはずだ。
そんな場所から最高級の茶葉をとったことが分かればたちまち除隊だろうが、シュリが素直に言うことを聞いたあたりで2人の上下関係が伺える。
今年で34になるメニアだが、外見は20前半にも見える。白い獣耳が髪からひょっこり顔を出し、白く長い尻尾は腰から首の辺りまで伸びている。胸がキツいと言って軍服のボタンを2つ外していた。
二児の母で、夫は衛生兵として後方で寝る間を惜しんで治療に専念しているとか。戦うお母さんは部下をこき使ってぐうたらしているというのに。
「姐さーん。とってきましたけど」
「あ、シュリ。早かったね~」
「いえいえ、楽勝でした」
「さっすがぁ」
黒髪の前頭部に黒い角。体格も良く、顔も悪くない。つり目で見た目ツンツンしたイメージを持つが実は人懐っこい。ただ、美青年ではなく美少年であるのが残念だ。
もう24歳であるために成長は見込めず、身長は154cmで止まったままだろう。よく牛乳を飲んでいるのは最後の足掻きだ。
ちなみにシュリ、かなり希少なペガサスの獣人。今はちょこんと生えているだけだが、獣化すれば立派な角になる。
「お湯も持ってきましたよ。あ、俺はミルクティーで」
どこにあったのかきちんと牛乳を持っていたシュリ。メニアはシュリから受け取ったお湯を使って紅茶をいれていく。
茶菓子もメニアの持参したものと、シュリが失敬してきたもの。茶葉も合わせて総額は鎧一式が買えるほどになるが、アリナはもちろんメニアとシュリさえ知らない。
「美味しい…」
「そりゃあ、シュリが首をかけて取ってきた王族用の紅茶だもの」
アリナのふさふさしたオレンジ色の耳を撫でながら優雅に紅茶を飲む。3人の目の前を慌ただしく兵士が走る。
「姐さん、もう一杯」
「もう無いわよ」
「そうですか…」
「あ、アリナちゃんお代わりいる?」
「はい、ありがとうございます」
「え?今無いって」
「あ?」
「なんでもないです…」
シュリは紅茶のなくなった器に、牛乳だけを注ぐ。その目には涙が滲んでいることかんてことは無い。
アリナは頭を撫でられて耳をピンと立てている、これは嬉しいという意志表示。アリナは顔に出るというのと同じような感覚で耳に出る。垂れているときは悲しいとか寂しいとか。
「そういえば次の任務は?」
「あら、アリナちゃんは真面目ねー」
来るときは来るし、来ないときは願っても来ないから、と笑ったメニア。
「今はモーザン隊長が呼ばれてたと思うけど……」
シュリが三杯目の牛乳を飲み干してから言う。メニアもそれは知らなかったらしく、なにそれという顔。
「隊長が直々に呼ばれたってことは…」
「重要な任務ですね」
メニアが何やら考えながら呟いて、シュリが補った。ちょっと考えればだいたいの任務内容は察しがつくのだとか。
「だから、準備しとくのよー。アリナちゃん。きっと残党兵の補給任務だろうから」
「はーい」
「姐さん、俺は暗殺任務かと思う」
「誰を?」
「マトイール遠征軍参謀長、とか?」
「あー…、アリナちゃん、一応準備しててね」
「はーい」
「モーザン小隊集合!!!」
要塞に響いたどら声。一緒にして3人の空気は張り詰めたものになった。