第三話:家と少女
この物語はフィクションです。実在する人物・団体・事件などには、一切関係ありません。なお、この作品は一部同性愛的な表現を含みます。嫌悪感を抱かれる方はご注意ください。
「やっぱり泊まれない。」
ミヅキの家に行く途中、シオリはぽつりと呟いた。
振り返れば五歩ほど離れた場所で魔法使いの少女は俯いていた。
「気にしなくていいんだよ。ね?」
ミヅキはシオリの傍まで寄り、手をひいた。
ミヅキはもともと他人との接触は苦手な方だ。しかしこの少女のことが気になって仕方なかった。
繋いだ手はとても少し冷たかった。二人とも体温が低いが、暖め合うと暖かい気がした。
「うん…。」
シオリは繋いだ手を握りかえし、微笑んだ。
(まただ……。)
なぜか苦しいと思った。シオリの笑顔を見る度にミヅキは胸が痛くなった気がした。
それでもこの笑顔を見たいと思った。
会ったばかりの他人のはずなのに、ミヅキは自分の感情についていけなかった。
「せめて今日だけでも泊まっていってよ?」
「そうする。」
自然と繋いでいた手は離れた。
家のすぐ手前で、シオリは自分の制服姿がここでは異様なのだと思い出した。
あいにく変えの服はなかったが、少女は魔法使いだった。
手に持っている黒い杖でなにやら唱えている。
今度も別の早口言葉のようだが、明らかに噛んでいる。
それでも確実に魔法が掛かっているのか、一瞬光り、シオリの服はこの時代のものになっていた。
それからまた何か唱えている。今度は早口言葉ではなく、英語に近い言葉だった。
閃光はなかったが、空から何かが降ってきた。道の真ん中にどしんと音を立てて、バックがそこにあった。
ミヅキは中のものは大丈夫なのかと思ったが、何も言わなかった。
シオリは黒地の何かのキャラクターが描かれているバックを肩に担いだ。黄色の熊だった。
それから二人は赤い屋根の家に辿り着いた。
この住宅街には赤い屋根の家はたくさんあったが、桃色の椿の木が植えられているのがミヅキの家だった。
横スライドの戸を開け、この家に住まう少女はシオリを手招きした。
「ただいまー。」
「…お邪魔します。」
台所から顔を出した母親がおかえり、というとシオリを見てこんばんはと言った。
「はじめまして。瀬口シオリといいます。」
「お母さん、この子私の学校の友達でね。今日泊まってもいいでしょ?」
「いいけど…親御さんにはちゃんと言った?」
「はい。それは大丈夫です。」
緊張しきった顔をしてシオリは答えた。心なしか顔が赤かった。
その様子にミヅキの母親は苦笑し、どうぞと言った。
それからミヅキの父親と姉が帰宅し、その度にシオリは緊張しながら自己紹介をした。
ミヅキの部屋は玄関からすぐのところに扉がある。
部屋に入ってすぐ見える壁にはミヅキが好きなロックバンドのポスターが二枚ほど貼られている。
シオリも実はこのバンドが好きだが、部屋主の少女には何も言わなかった。
ベッドの下にもう一つ布団が敷かれている。その布団が今日のミヅキの寝床で、反対にシオリはベッドを借りた。
「ミヅキちゃん、なんかごめんね。床だと痛くない?」
「平気、気にしないでよ。」
シオリがすまなそうな顔をして、すぐ何かひらめいたというように頭の上に電灯を灯したように見えた。
「じゃあさ、一緒のベッドで寝ようよ!」
突然のシオリの発言にミヅキも驚いた。何故だか顔が火照るような気がした。
「いいから…本当に気にしないで。」
ミヅキは部屋の明かりを消すことで何とか赤くなった顔をばれないようにした。
「ほら、もう寝よう?」
「うん…おやすみなさい。」
「おやすみ。」
部屋は暗くてシオリの顔は見えないが、ミヅキには微笑んでいる気がした。
そして心の中では明日にはこの少女はどこかに行ってしまうのかと思うと、淋しい気がした。
ミヅキは気がついていない。いや、気付かないふりをし、それから目を伏せた。
第三話、読んでくださりありがとうございます。
次からはミヅキの学校あたりがメインだと思います。
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