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47話:不屈の双翼、あるいは激闘

◆◆◇◇◆◆

1. 蒼炎の包囲網、あるいは加重の牢獄


 ビザルデ兵器管理局直属の最新鋭軍用迎撃機――通称『ヴァルハイト』。その三機から放たれた高出力レーザーの雨が、暗黒の宇宙空間を幾千もの閃光で切り裂き、ルナ・ガイストの退路を完全に断たんとしていた。


「くっ……! どこまでも、しつこい……!」


 シュティアは激しい警告音が鳴り響くコックピットの中で、操縦桿を限界まで引き絞っていた。機体は物理法則を無視したかのような超高速のバレルロールを敢行し、熱線の網を紙一重で掻い潜っていく。

 急激な機動に伴い、コックピット内には人間の肉体を容易に押し潰すほどの凄まじい慣性重力(G)が発生した。


『警告、船体加重が限界値を突破。――慣性制御システム【グラビティ・クッション・フォース】、最大展開』


 人工知能の無機質なアナウンスと共に、コックピット全体が微かに青白いジェル状の重力緩和電磁場に包まれる。シートから突出した分子レベルの衝撃吸収ホールドが二人の身体を固定するが、それでも完全に殺しきれなかった重圧が、容赦なくその身にのしかかった。


「……っ、あ、ぐ……っ……!」


 助手席に座るルミエ・アルニラムが、苦しそうな声を漏らして瞳を強く閉じた。大企業の令嬢としてそれなりの宇宙航行には慣れているはずの彼女だったが、軍用迎撃機による極限状態のドッグファイト、そして肉体を容赦なく押し潰す強烈なGの負荷は、彼女の華奢な精神と肉体の許容量を遥かに超えていた。


「ルミエさん、大丈夫ですか!? 無理に呼吸をしようとしないで、シートに身体を預けてください!」

「は、はい……っ! わたくしなら、まだ……っ、耐えられます……!」


 ルミエは真っ白になった指先でシートの端を強く握り締めながら、必死に意識を保とうと前を見据えていた。その瞳には、恐怖だけでなく、シュティアの力になりたいという強い意志が宿っている。


 シュティアは一瞬だけルミエに視線を向けた後、すぐにメインモニターの熱源反応へと意識を集中させた。

 ルナ・ガイストの性能を熟知している彼女は、直線的な逃走では最新鋭機に追いつかれると判断。あえて大きく円を描くように小惑星の残骸の周囲を旋回し、三機との距離を一定に保ちながら反撃の機会を窺う。


「これなら……! ――連装高密度光粒子砲【ミーティア・バースト】、斉射!」


 シュティアの指先がトリガーを叩き、ルナ・ガイストの機首から放たれた二条の青白い光弾が宇宙の闇を切り裂いた。

 狙いは正確無比だった。一撃は追走する『ヴァルハイト』の先頭車両の左舷推進翼へと直撃し、激しい火花を散らせて小破させることに成功する。しかし、残る二機はシュティアの反撃を完全に予期していたかのように、最新型の重力偏向シールドを機首前面に展開。光弾のエネルギーを霧散させ、何事もなかったかのように追撃の速度を上げてきた。


「やっぱり、一筋縄ではいかないか……っ!」


 シュティアの対処は冷静だった。シールドに阻まれた二機を無視し、推進翼を損傷してわずかに機動が鈍った一機に照準を固定する。数の優位を崩さなければ、このジリ貧の戦況を覆すことはできない。確実に一機を沈めるため、シュティアは追撃の射撃シークエンスを開始した。


◆◆◇◇◆◆

2. 破壊の爪痕、迫る崩壊


 だが、必殺の連続射撃を行おうとしたまさにその瞬間――。


 ドォォォン!!!


 ルナ・ガイストの機体に、これまでとは比較にならないほどの激しい衝撃が走った。

 コックピット内の計器類が一斉に火花を散らし、メインモニターの右半分が完全にノイズで埋め尽くされる。


『警告、右舷武装マウントに直撃を感知。連装高密度光粒子砲、大破。使用不能』


「しまっ……!?」


 敵機の鋭いクロスファイアが、ルナ・ガイストの主兵装の砲身を正確に捉えていたのだ。

 今、シュティアが相手にしているのは、スバル・ステーションの周辺をうろつく有象無象のレイダー(宇宙海賊)や、民間の武装集団ではない。一国の軍隊として鍛え上げられ、最新の戦術データリンクを共有した『ビザルデ』の正規軍用艦だった。一瞬の隙も、一つの戦術的ミスも許されない。


 ルナ・ガイストは、かつてメイル・ノアとして暗躍していた頃の「旧式」の船だ。しかし、シュティアがこれまでレデアに内緒で少しずつ、血の滲むようなメンテナンスと独自の近代化改修を施してきた機体でもある。その性能は、現在ギルドで流通している最新型の戦闘艦にも決して劣らない。

 それに、シュティア自身の天才的な操縦技術が合わされば、一対一の状況でこの船に追従できる艦など、この星系にはそうそう存在しないはずだった。


 だが――三対一という圧倒的な数的劣勢は、あまりにも分が悪すぎた。


 主兵装を失ったルナ・ガイストは、次第に防戦一方となり、じりじりと岩礁宙域の隅へと追い詰められていく。船体を掠めるレーザーの熱波が、コックピットの隔壁を通じて内部の温度を急速に上昇させていた。


「シュティアさん……! 船のシールドが……!」

 ルミエが悲痛な声を上げる。コンソールのホログラムに表示されたシールド残量は、既に安全圏を大きく割り込み、赤く点滅していた。


「せめて、この船に緊急脱出艇があれば……」

 シュティアは操縦桿を握り締めたまま、奥歯を噛み締めた。

 いや、仮に脱出艇があったとしても、あの冷酷な軍用機たちが逃がしてくれるはずがなかった。自分ひとりが囮になり、ルミエたちを脱出艇で逃がしたところで、彼女たちがどうなってしまうかなど、想像するまでもなかった。


 どちらにしても、逃げ道はなかった。

 船体の装甲ダメージは限界に達し、ついにはシールドが完全に消失したことを告げる電子音が、虚しくコックピットに響き渡った。


『防御フィールド、完全消失。次発の直撃による損害予測――艦体崩壊確率、九十八パーセント』


 直撃をもう一発でも貰えば、その瞬間にこの船は堕ちる。


◆◆◇◇◆◆

3. 灯火の記憶、あるいは覚悟の火花


(……やっと、取り戻したのに)


 押し寄せる死の予感を前に、シュティアの脳裏に、シルバーアンカーのあの温かいリビングの光景が浮かび上がった。

 追い続けた光から再会し、「お姉ちゃん」として生活していたレデア・メイス。朝になれば自分の不法侵入に怒り、頬をつねってきて、何でも屋としての仕事を真面目にこなす、世界で一番愛おしい、最愛の姉。


(お姉ちゃんを遺して行くのは、つらいな……。でも、お姉ちゃんさえ無事であれば、私は――)


 自分が身代わりになり、過去の因縁をすべてこの宇宙の塵として消し去れば、レデアの平穏は永遠に守られるかもしれない。一瞬だけ、そんな自己犠牲の思考が頭を過った。

 だが、シュティアはすぐにその弱音を、激しい拒絶と共に脳内から叩き出した。


「――違う。そんなの、絶対に嫌だ!」

「え……? シュティアさん……?」


 突然叫んだシュティアに、ルミエが驚いたように目を見開く。


「お姉ちゃんとの生活こそが、今の私には絶対に、何よりも必要なの! お姉ちゃんの隣にいて、一緒にご飯を食べて、文句を言われながら髪を梳かす……そのために、私は過去を捨てたんだから!」


 それだけではない。

 天真爛漫で頼りになる整備士のサティ。

 いつも突っかかってくるけれど、どこか憎めないカトリーヌ。

 腕に絡みついてくるカノアや、それをあらあらと笑って見守るアスフィ。

 スバル・ステーションのギルドで関わってきた、たくさんの、騒々しくて温かい人たち。

 それこそが、メイル・ノアだった自身が新しく手に入れた、魂の底から生きたいと願う世界だった。


 その時、頭にツンとした鋭い痛みが走った。

 激しい戦闘の回避機動の中で、いつの間にかコンソールに頭を強く打ち付けていたらしい。額に触れると、粘り気のある熱い液体――血が指先を赤く染めた。

 だが、それを気にする余裕も、恐怖を感じる時間も、今の彼女には一分も残されていなかった。


「差し違えるつもりなんて、最初からないよ……! 私は、絶対に生きてお姉ちゃんのところに帰るんだから!」


 シュティアの瞳が、かつての冷徹さではなく、今を生きる守護者としての猛烈な意志で黄金色に爆発した。


「ルミエさん、これが本当の最後の勝負です。……舌を噛まないように、しっかり捕まっていて!」

「はい、っ……! お願いします、シュティアさん!」


 シュティアは、ルナ・ガイストに残された最後の兵装の起動スイッチを押し下げた。


『――近接用高出力【プラズマ・カッター】、展開』


 ルナ・ガイストの両翼の先端から、眩いばかりの純白のプラズマの刃が文字通り「牙」のように伸長する。それは射撃武器ではない。敵の懐へと超至近距離で飛び込み、すれ違い様にその巨体を一刀両断するための、文字通りの特攻兵器だった。


「来なさい、ビザルデの犬ども……っ!!」


◆◆◇◇◆◆

4. 雷光の介入、あるいは逆転の錨


 ルナ・ガイストがプラズマの刃を閃かせながら反転突撃を開始したのを視認し、ヴァルハイトの三機は一斉に距離を取ろうとスラスターを噴射した。接近させまいと、残された砲身のすべてから、最大出力の光条が一点へと集中される。


 凄まじい砲撃の雨。空間そのものが沸騰するかのような光の渦の中を、シュティアは寸前のところで回避していく。機体各所の装甲が熱線で削れ、火花を散らしながらも、彼女の視線は標的の機首だけを捉えていた。


 しかし。

 ヴァルハイトの一機が、死角から回り込むようにして、ルナ・ガイストの完全にコントロールを失った一瞬の隙を突いた。


 敵機の砲身が、不気味なエネルギーの輝きを放ちながら、シュティアのコックピットの正面を完璧にロックオンする。

 トリガーが引かれれば、今度こそすべてが終わる――その、刹那の瞬間だった。


 ルナ・ガイストを捉えていたはずのヴァルハイトの機体が、まるで巨大な見えない怪物に真横から殴りつけられたかのように、衝撃を受けたように大きく揺れ、その姿勢を激しく崩した。


「え……っ!?」


 シュティアが驚愕に目を見開いたモニターの先。

 姿勢を崩した敵機の右舷装甲には、深い宇宙の闇の中でもなお、眩いばかりの銀色の輝きを放つ、見紛うはずもない「一本の巨大な錨」が、深く、深く突き刺さっていた。


 ワイヤーが強烈な力で巻き取られ、引きずられるようにして敵機が激突を始める。

 通信回線のノイズが激しく弾け、そして――シュティアの耳に、世界で一番厳しくて、世界で一番大好きな、あの凛とした声が飛び込んできた。


『――通信繋がりましたね、シュティア。……本当に、随分と騒々しいお買い物をしているようではありませんか』


 漆黒の煙を突き抜け、小惑星の影から滑り出すように現れたのは、銀色の船体に力強い銀の錨を持つ彼女たちの我が家。


 何でも屋メイス姉妹の愛機――『シルバーアンカー』号だった。

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