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45話:亡霊と岩礁、あるいは陰謀の影

◆◆◇◇◆◆

1. 鋼鉄の駿馬、あるいは冷徹なる制圧


 スバル・ステーションの外縁部。漆黒の宇宙空間を、重装甲の移動船が猛烈な速度で駆けていた。

 『アルニラム重工』所有の移動船――「アイロンホース」。

 先日の誘拐事件の教訓からだろう、その船体にはおよそ民間船のものとは思えない、軍用一歩手前の最新鋭対空砲塔がこれでもかと増設されていた。


 そのアイロンホースのレーダーに、異常な速度で接近する一筋の光が捕捉される。

 月光の亡霊――『ルナ・ガイスト』。


『警告。本船はアルニラム重工の直轄公船である。即座に針路を変更せよ。これ以上の接近は敵対行為とみなし、あらゆる武力行使を辞さない。繰り返す――』


 通信回線から流れる厳格な警告メッセージを、メイル・ノアは一瞥もくれずに遮断した。指先が、流れるような手際でコックピットの戦闘トリガーへと掛けられる。


 直後、アイロンホースの砲塔が一斉に火を噴いた。

 高出力レーザーの閃光、空間を埋め尽くすミサイルの群れ、網の目のように展開される対空機関砲の弾幕。アイロンホースは凄まじい推進力で退避機動を取りながら、ルナ・ガイストを圧殺せんとする圧倒的な暴力を放つ。


 しかし、メイルの銀色の瞳は、その地獄のような弾幕の「隙間」を完全に予見していた。

 ルナ・ガイストは物理法則を無視したかのような急制動と鋭角旋回を繰り返し、すべての攻撃を紙一重で悉く回避していく。爆炎を突き抜け、逃げるアイロンホースの直上へと一瞬で肉薄した。


 メイルがトリガーを引く。放たれたのは、破壊のための実弾ではない。船体に傷をつけず、高周波の電磁パルスを内部に直接叩き込んで回路を完全麻痺させる、軍用の特殊電磁ジャミング弾だ。

 正確無比な一撃がアイロンホースの主機を捉えた瞬間、大企業の誇る移動船はすべての光を失い、宇宙の海へと停止した。


◆◆◇◇◆◆

2. 閉ざされた箱、あるいは麻酔の弾丸


 ルナ・ガイストから船外へ飛び出したメイルは、アイロンホースのハッチへと張り付いた。携帯用のハッキングデバイスを接続し、わずか数秒で電子ロックを強制解除する。

 プシュー、と気密が抜ける音と共に扉が開いた瞬間、内部から無数の銃弾が飛び出してきた。


 メイルは左腕に装備した小型電磁シールドを展開し、火花を散らしながらすべての弾丸を弾く。

「――そこ」


 視線を動かすと同時に、右手のハンドガンが火を噴いた。放たれた特殊麻酔弾が、防護服の隙間を縫って的確に護衛の首筋へと突き刺さる。物陰に隠れていた別の護衛が不意打ちを仕掛けようと動くが、メイルの超人的な空間把握能力はその動きすら完全に先んじていた。振り返ることなく放たれた第二射が、護衛を沈黙させる。


 硝煙の立ち込める通路を静かに進み、最奥のVIPルームへと踏み込む。

 そこには、恐怖に身を震わせるルミエ・アルニラムと、彼女をかばうように立ちはだかる大柄なパイロットの姿があった。


「お嬢様に手出しはさせん……っ!」

 パイロットは猛然と殴りかかってきた。大企業の令嬢の命を預かるだけあり、その体術はプロの格闘家を遥かに凌駕する速度と重さを持っていた。

 だが、メイルは正面からの肉弾戦に付き合うつもりは毛頭なかった。組み伏せようと伸びてきた巨体のわずかな隙間、その脇下へと潜り込みながら、至近距離で小型麻酔弾を撃ち込む。

「……ガ、っ……」

 プロのガードマンは、その巨体を崩して床へと昏倒した。


 静まり返った部屋で、メイルは銀色の瞳をルミエへと向ける。

「ルミエ・アルニラム……あなたに用があります。私と共に来てください」

 ルミエはおびえた表情のまま、逆らうこともできずに頷くしかなかった。


◆◆◇◇◆◆

3. 亡霊の岩礁、あるいはビザルデの影


 場面は変わり、群青色の小惑星が幾重にも重なる、レーダーの効かない岩礁宙域。

 その一角にある、独自に魔改造が施された秘密の潜伏拠点へと、ルナ・ガイストが滑り込んだ。


 薄暗いドックに船が着艦し、ハッチからメイルと、手を縛られたルミエが降り立つ。

 二人は施設の中をしばらく進み、扉の中へと入った。

 そこには、メイルに仕事を依頼した隻眼の男――コードネーム『テンパランス』が待っていた。彼はルミエの姿を確認すると、満足そうな表情をした。


「上出来だ、メイル・ノア。やはり君の腕は衰えていないな」


 その時、拠点の奥から、コツ、コツと不自然なほど静かな足音が響いた。

 現れたのは、豪奢な毛皮のコートを纏った、深く皺の刻まれた老女だった。その冷酷な眼光から、只者ではないことが分かる。


「ふん……この小娘が、アルニラムの……」

「そうです、エッセル様。ご希望の品です」


 テンパランスが恭しく頭を垂れる。

 メイルはその様子を冷ややかに見つめながら、自身の生体偽装スキンに内蔵された補助用センサーアイを密かに起動。老女の網膜パターンと骨格データを、かつて組織から盗み出した秘匿データベースと照合した。


『照合完了:ビザルデ兵器管理局局長、エッセル・ボウラー』


 通常のネットワーク検索では絶対に出現しない名前。中央監査局の超特級機密データと直接照合しなければ判明しない、隣接する連合国家『ビザルデ』の闇の重鎮。

(……ビザルデの兵器管理局長が、なぜこんな場所に)

 しかし、口を開くことはしなかった。


「素晴らしいわ、テンパランス。その娘を、こちらへ渡してもらおうか」

 満足そうに笑うエッセル。


 メイルは無言のまま、ルミエの背中を小さく押した。おびえた表情で、一歩、また一歩と老女の方へ歩いていく少女。

 その背中を見送りながら、メイルはテンパランスへと視線を戻した。


「これで私の依頼は達成されました。『どういう形であれ』、彼女をここに連れてきた。文句はありませんね」

「ああ、素晴らしい手前だ」


 テンパランスは表情を変えなかった。

「残念だな、私たちの付き合いもここまでだ。契約は完了した。……さようならだ、メイル・ノア。二度と会うこともないだろう」


 ――その言葉が、ドックに響き渡った、まさにその瞬間だった。


 鼓膜を破らんばかりの凄まじい爆発音と共に、小惑星の拠点全体が、天地が引っくり返るほどの激しい揺れに襲われた。

 天井から金属片や岩塊が激しく降り注ぎ、ドックの非常警報が狂ったように鳴り響き始めた。



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