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38話:黒い火花、あるいは真ん中の受難

◆◆◇◇◆◆

1. 芳香の監獄、そして並び順の罠


 ゲーミングギャラクシーの騒乱を後にした四人は、ステーション内の落ち着いた喫茶店「銀河の止まり木」へと場所を移していた。

 だが、その座席の並びは、シュティアにとって控えめに言って「地獄」の構成だった。


 窓側の席に、レデアとアスフィが仲睦まじく並んで座る。

 通路側の席には、シュティアと、その肩に当然のように頭を預けているカノア。


「――ええ、あの時のアスフィさんのひったくり撃退、本当にお見事でした。無駄のない動き、まさに理想的です」

「うふふ、お恥ずかしいわ。レデアちゃんにそんな風に言ってもらえるなんて。あの時はつい、体が動いてしまっただけなのよ?」


 目の前で、大好きな姉が年上の美女と和やかに談笑している。

(……お姉ちゃん、ダメだよ! そんなにニコニコしちゃ! 浮気……浮気はダメ、絶対!)

 シュティアは内心で絶叫していた。だが、それを声に出す勇気はない。なぜなら、自分もまた「身に覚えのない浮気疑惑」の渦中にいたからだ。


(っていうか、なんでこの並びなの!? お姉ちゃんの隣は私の指定席なのに……! それにこの匂い、あの時のお姉ちゃんから感じた匂い、アスフィさんのだったのかぁ……)


 思考を巡らせるシュティアの肩に、カノアがぐりぐりと頭を押し付けてくる。

「……お姉さん、いい匂い。落ち着く」

「あ、あはは……カノアちゃん、ちょっと近いかな? お姉さん、今すごく集中したいことがあるんだけど……」

「……だめ。離さない」

 カノアの細い腕が、シュティアの右腕をがっちりとホールドする。逃げ場はない。シュティアは引き攣った笑みを浮かべたまま、冷汗を流した。


◆◆◇◇◆◆

2. 身長の地雷原、あるいは「ちんちくりん」の衝撃


 会話が一段落したところで、アスフィが小首を傾げて問いかけた。

「ところで……ずっと気になっていたのだけれど。レデアさんが、シュティアさんのお姉様……なのですよね?」

「はい、そうです」

 レデアは、待ってましたと言わんばかりに少しだけ胸を張った。

「私が姉で、シュティアが妹です。何か、不思議なことでも?」


 アスフィが答えるより早く、シュティアの腕に縋り付いていたカノアが、無表情な瞳をレデアに向けた。

「……納得いかない」

「何がですか?」

 レデアの眉がぴくりと動く。


「……シュティアさんの方が、ずっとお姉さんに見える。頼もしいし、大きいし……。レデアさんは、その……」

 カノアは一度レデアを頭の先からつま先までスキャンし、残酷なまでの真理を口にした。

「……ちんまりしてて、ちんちくりん。マスコットみたい」


「…………へぇ」

 レデアの周囲の気温が、一気に下がった。

 ピキピキ、と音がしそうなほど、レデアの額に青筋が浮かぶ。

「カノアさん。……それは、聞き捨てなりませんね。外見的な体積と、姉としての威厳は比例しないということを、まだご存知ないのですか?」


「お、お姉ちゃん! 落ち着いて! 彼女はまだ子供だから、その、悪気はないっていうか……!」

 シュティアは慌ててレデアの味方をしようとしたが、カノアが「……お姉さん、動かないで」とさらに腕を強く掴んでくるため、身動きが取れない。

「まあまあ、シュティアさん。仲良しさんですねぇ、お二人とも」

 アスフィだけが、この凍りつく空気の中で一人だけ「あらあら」とにこにこ笑っていた。


◆◆◇◇◆◆

3. 漆黒の虚勢、大人の苦み


 レデアはカノアに対する対抗心を隠そうともせず、運ばれてきたコーヒーに手を伸ばした。

「いいですか、カノアさん。私はあなたよりもずっと長く、この過酷な宇宙で生きてきたのです。……例えば、このコーヒー。私は『大人』ですから、ブラックで嗜むことができます」


 そう言って、レデアは湯気の立つブラックコーヒーを、優雅に一口啜った。

「………………。…………っ」

 一瞬、レデアの頬がピクリと震え、瞳が潤んだのをシュティアは見逃さなかった。

(今、絶対お姉ちゃん『苦っ!』って思ったよね!?)


 だが、レデアは震える手でカップを置き、涼しい顔で言い切った。

 

「……ふぅ。やはり、豆の深みが違いますね。大人の休息には、この苦味こそが相応しい」

「……お姉ちゃん、無理しなくていいんだよ? ほら、角砂糖、三つくらい入れようか?」

「入れません。私は、大人ですから」


 その様子を隣で見ていたアスフィが、ふふっと楽しそうに笑う。

「レデアちゃん、本当に可愛らしいわねぇ」

「可愛い……」

 シュティアもつい、内心の言葉が漏れ出した。


 すると、それを見ていたカノアが、対抗するように自分の前に置かれたコーヒーに手を伸ばした。

「……それくらい、私にもできる。……大人の味」

「あら、カノアちゃん? あなたにはまだ早いんじゃ……」


 アスフィの制止を聞かず、カノアはレデアを真似てブラックコーヒーを口に含んだ。

 ――三秒後。

「……!!」

 カノアは顔を真っ赤にして、べーっと舌を出した。無表情キャラが完全に崩壊している。

「……泥水。こんなの、飲み物じゃない」

「あらあら、やっぱり無理でしょう? ほら、クリームとシロップをたっぷり入れてあげますからね」

 アスフィが手慣れた様子で、カノアのカップに白いクリームを注いでいく。カノアは屈辱に震えながらも、甘くなったコーヒーを大人しく飲み始めた。


◆◆◇◇◆◆

4. 狭まる包囲網、身の潔白


 クリームまみれのコーヒーを飲むカノアの姿を、シュティアはついつい微笑ましく眺めてしまった。

(なんだかんだ言って、やっぱり可愛いなあ、この子。お姉ちゃんとはまた違う、手のかかる小動物みたいで……)


「……シュティア」

 その瞬間、正面から鋭い視線の矢が飛んできた。レデアだ。

「……そんなに、カノアさんが可愛いですか?」


「ひぇっ!? い、いや、それは……その、子供らしくて微笑ましいなと思っただけで……!」

「ふーん。私を『ちんちくりん』と呼んだ相手を、『可愛い』と。……あなたは、私という姉がありながら、そんなに新しい『妹』が欲しいのですか?」

「違うよお姉ちゃん! お姉ちゃんが世界で、いや宇宙で一番可愛いよ! お姉ちゃん、ナンバーワン! お姉ちゃん、オンリーワン!」


 シュティアは必死で取り繕うが、隣ではカノアが「……お姉さん、嘘つき。私の方が可愛いって、さっき目で言ってた」とガソリンを注いでくる。

「言ってない! 私の目はそんな高度な言語機能持ってないよ!」


「あらあら、レデアちゃん、そんなに焼きもちを焼かなくても。シュティアさんはとっても一途そうですもの」

 アスフィが援護射撃をしてくれるが、それがかえってレデアの独占欲を刺激する。

「焼きもちは焼いていません。アスフィさん。シュティアは一途ですが、それ以上に『可愛いもの』に弱いのです。……このままでは、私の知らない間に彼女の周りが『妹』だらけになってしまいます」


「お姉ちゃん、私のことなんだと思ってるの!? 私の聖域はお姉ちゃんだけなんだってば!」

「……ふーん」


 レデアは、苦いブラックコーヒーをもう一口、今度は意地で飲み干した。

 カノアはシュティアの腕を離さず、アスフィは楽しそうにケーキを追加注文し、シュティアは挟まれたまま、自分の胃に穴が開く音を聞いたような気がした。


「……お姉ちゃん、帰ったら、あの……プレゼン大会しよう? 今夜は三時間、お姉ちゃんの魅力について語るから……」

「それはしなくてもいいです」

「五時間でもいいよ!」


 平和なはずの喫茶店。

 だが、シュティア・メイスにとっては、どの戦場よりも「肩身が狭い」戦いの日々。

 それはこれからも訪れるかもしれない。


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