2話:軌道上の仮面、あるいは侵食する熱
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1. 暁のハッキング
人工太陽の光が、居住区の遮光カーテンの隙間から差し込む。
レデア・メイスは、意識の浮上と共に奇妙な「重み」と「熱」を感じて目を覚ました。
自身の華奢な体が、自分よりも一回り大きな温もりに包まれている。背中から回された長い腕、首筋に感じる規則正しい吐息。
「……シュティア」
レデアが静かに名を呼ぶと、抱きしめる力が一段と強まった。
「ん……おはよう、お姉ちゃん。今日も世界で一番可愛いね」
寝ぼけ眼ながらも、シュティアは愛おしそうにレデアの項に鼻を寄せ、その匂いを深く吸い込んだ。
「おはようございます、シュティア。……確か、部屋の電子ロックのパスワード、少し前に変えたはずなのですが。なぜここに?」
レデアが冷ややかに、けれど慣れっこだという風に問いかける。シュティアは悪びれる様子もなく、ふふ、と喉を鳴らして笑った。
「ん……三日もかかっちゃった。今回はちょっと複雑だったから大変だったよ。でも、お姉ちゃんの隣で寝るためだもん。これくらい、なんてことないよ」
セキュリティを破ることを「努力」と呼ぶ妹に、レデアは小さく溜息をついた。
「……呆れた人ですね。ここにこうして居座っているということは、もう朝食の用意は済んでいるのでしょう? 一緒に食べましょう。飲み物は私が淹れますから、早く離してください」
「はーい、お姉ちゃん! 今日のオムレツは自信作だよ」
弾むような声で離れる妹を見送りながら、レデアは指先でこっそり、さらに複雑なパスワードの構想を練り始めるのだった。
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2. 宇宙ステーションの交通整理
場面は変わり、二人は愛船のコックピットにいた。
今日の依頼は、辺境の交易ステーション『コメットセンター』付近の交通整理だ。
「……右舷、商船団が入港します。シュティア、シグナルを。第3ゲートへ誘導してください」
「了解。……ったく、ドローンでも飛ばせばいいのに。お姉ちゃんの手を煩わせるなんて、このステーションの管理官は無能なのかな」
シュティアが不満げに、けれど手慣れた操作で誘導レーザーを放つ。
「ドローンを維持する予算すら惜しいのでしょう。私たちのような『何でも屋』を雇う方が、彼らにとっては安上がりなんですよ」
レデアは淡々と操舵桿を操り、迷い込んだ小型艇を牽引アンカーで優しく、かつ強制的に正規のルートへと戻していく。
「安いお姉ちゃん、なんて私以外には許せないんだけどな……」
シュティアの毒づくような独り言は、エンジンの低音に紛れて消えた。
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3. 淑やかなる調停
その時、ステーション管制室から緊急の通信が入った。
『メイス姉妹、至急セクター11へ向かってくれ! 利用者同士の接触事故から、激しい言い争いに発展している。このままだと物理的な衝突になりかねん!』
「……やれやれ。シュティア、急行します」
「はーい。お姉ちゃんの仕事の邪魔をする不届き者は、私が優しく諭してあげる」
現場では、二隻の無骨な採掘船が鼻先を突き合わせ、外部スピーカーと広域帯域通信で罵声を飛ばし合っていた。
『どけと言ってるだろうが! 俺の荷積みが先だ!』
『うるせえ! 割り込んできたのはテメエだろうが!』
レデアはあえて二隻の間に割って入るように船を寄せ、通信を開いた。
「……双方、落ち着いてください。これ以上の停滞は罰金対象になります」
だが、血気盛んな荒くれ者たちは、幼いレデアの声など聞き入れない。
『あぁん!? ガキが口出しするんじゃねえ!』
その瞬間、シュティアが通信画面に割り込んだ。
わざとらしく長い髪を整え、おっとりとした、慈愛に満ちた微笑を浮かべる。
「……失礼いたします。少々お時間をよろしいでしょうか」
甘く澄んだ声。荒くれ者たちは一瞬で毒気を抜かれ、言葉を失った。
「そんなに素敵な船を傷つけ合って、私も悲しいですわ。……一度深呼吸をして、航路を空けていただけませんか?」
『……あ、ああ。すぐどくよ、お姉さん』
あっさりと解決した現場を見届け、レデアは通信を切った。
「……お見事でしたね。演技とは思えないほど淑女でしたよ、シュティア」
「え? 演技だなんて失礼だなあ。私はいつもこうだよ」
シュティアはふい、と横を向き、レデアの肩に頭を預けて甘え始めた。
「お姉ちゃん以外の前では、私はただの『綺麗な置物』でいいの。中身は全部、お姉ちゃんにしか見せないんだから」
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4. 静かな夜の準備
仕事が終わり、二人は自宅へと戻った。
レデアはすぐにデスクに向かい、次の仕事の航路計算や今日の報酬の整理を始める。
「……次の仕事は少し遠出になりますね。エネルギーパックの補充と、シュティアの射撃システムのメンテナンスも必要です」
ホログラムの数字を見つめ、真剣な表情でペンを走らせるレデア。
その横で、シュティアは計算の邪魔にならないよう静かに座り、ただひたすらに、働く姉の横顔を眺めていた。
「……何ですか、シュティア。集中できません」
「ううん、何でもない。お姉ちゃんが頑張ってるのを見てるだけで、私は幸せなんだ」
ニコニコと、まるで世界で一番価値のあるものを見ているような、蕩けるような笑顔。
その視線の熱に、レデアは耳の裏が少し熱くなるのを感じた。
「……変な人ですね」
「お姉ちゃん限定だよ」
少しの沈黙。シュティアがペンを走らせる姉の手元をぼんやりと眺めながら、ぽつりと言った。
「……ねえ、お姉ちゃん。今日ので思ったんだけど」
「何ですか」
「あの人たち、私の顔を見てすごく嬉しそうにしてたでしょ」
「……そうでしたね。助かりました」
「うん」
シュティアはそこで一度、ふわりと微笑んだ。
「でも、ああいう顔をしていい人は、本当はお姉ちゃんだけなんだよね」
レデアはペンを止めなかった。
止めなかったが、次の数字を書くまでに、少しだけ間があいた。
シュティアのいつもの言葉を聞き流し、姉妹の夜は更けていく。




