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14話:銀河を駆ける熱視線、あるいは不可視の防壁

 ◆◆◇◇◆◆

 1. 闘志とリボンの結び目



「……よし。推進器、オールグリーン。慣性制御、正常。今日こそは『シルバーアンカー』の、そして私の実力を証明してみせます」


 スバル・ステーションの第7格納庫。レデア・メイスは、いつになく気合の入った表情でコンソールを指差し確認していた。その頭上では、昨日シュティアが血眼になって選定した「勝負リボン(耐G仕様・深紅)」が、気合を反映するかのようにピンと撥ねている。


「お姉ちゃん、鼻の穴がちょっと膨らんでて最高に可愛いよ! 大丈夫、賞金を手に入れたら、キッチンを全自動・最高級モデルに改造して、お姉ちゃんの栄養管理を1ミリ単位で完璧にするからね!」


「……いえ、賞金は船体強化の費用に充てます。B級鉱石だけでは足りない装備も、このレースの優勝賞金があれば……」


「えー、お姉ちゃんの健康管理の方が大事だよぉ。あ、今の横顔、光の当たり方が神々しいから128Kで録画しとくね。はい、そのまま、ちょっと顎引いて!」


「……シュティア。録画よりアンカーの射出準備を。コース取りのサポート、頼みますよ」


「もちろんだよ、お姉ちゃん! 私のアンカー捌きで、お姉ちゃんを銀河の玉座までエスコートしちゃうんだから!」


 レデアは少し呆れつつも、内心では高揚していた。自分の操舵技術が、名だたるレーサーたちの中でどこまで通用するのか。15歳の少女という皮を被った「熟練の魂」が、静かに火を灯していた。


 ◆◆◇◇◆◆

 2. 金ピカの再会と、静かなる火花



 レース会場となるステーション外周のスタートラインには、多種多様な小型船が集結していた。流線型の最新鋭機から、今にも空中分解しそうなボロ船まで、その光景はさながら宇宙の闇にぶちまけられた宝石箱のようだ。


 レデアは緊張で少し指先を震わせていたが、隣のシュティアは相変わらず「お姉ちゃん観察日記」の更新に余念がない。


「……あ、あの船」


 レデアの視線の先に、一際目立つ、というより「目に痛い」ほど黄金に輝く機体があった。


「あー……。出たよ、成金趣味の極致。お姉ちゃんにオペレーターをやらせて、その神聖な声を汚した、あのおばさん……」


 シュティアが親の仇でも見るような目で睨みつける先には、豪華な装飾を施した宇宙船『ゴールデン・スター号』があった。


 ハッチが開き、中から派手なドレススーツに身を包んだカトリーヌが姿を現す。彼女はレデアたちに気づくと、扇子を取り出すような仕草(宇宙服越しなので実際にはできないが)で優雅に手を振った。


「あら、先日の可愛らしい操舵士さんじゃない! この銀河一のレーサー、カトリーヌ様が優勝を頂く姿を特等席で見せてあげますわよ!」


「あ、カトリーヌさん。こんにちは。……先日はありがとうございました」


 レデアが律儀に挨拶を返すと、カトリーヌはシュティアの方を向き、フンと鼻を鳴らした。


「そこの妹さんも、今日はせいぜい足を引っ張らないようにすることね。レデアさんの才能を無駄にしているのは、あなたのその『重すぎる愛』じゃないかしら?」


「……あんだってぇ? おばさん、今、なんて言った? お姉ちゃんへの愛は宇宙の質量より重いんだよ。その金ピカの船、スクラップにしてステーションの標識にしてやろうか?」


「シュティア、落ち着いてください。カトリーヌさんに手伝ってもらったのは、私が買って出たことですから」


 レデアが宥めるが、シュティアの瞳の奥にはドス黒い炎が宿っていた。

「いいよお姉ちゃん……。叩きのめして、あの金ピカを宇宙の塵にしてあげようね……ふふふ……」


 ◆◆◇◇◆◆

 3. 苛烈なるレーザー・ラン



『――カウントダウン開始。3、2、1……スタート!!』


 信号と共に、数十隻の小型船が一斉に加速した。

 コースは、ステーションの周囲に設置された「レーザートーチ」が示す光のラインの内側だ。ラインを一歩でも越えれば即座に失格。さらに、故意の接触は禁止されているが、コーナーでの競り合いによる不可抗力の接触は「レースの華」として許容されている。


「加速、最大! シュティア、第一カーブ、アンカーで支点を確保してください!」


「了解! お姉ちゃん、右30度、岩塊の裏に撃ち込むよ!」


 シルバーアンカーが唸りを上げる。シュティアが放った牽引アンカーが、コース上の障害物を的確に捉え、物理法則を無視するような急旋回を可能にする。


「……いい動きです、シュティア!」


「お姉ちゃんの指示が完璧だからだよぉ! はぁん、今のGのかかり方、お姉ちゃんに抱きしめられてるみたい……!」


「変なことを言わないでください!」


 次々と他船が脱落していく。強引なオーバーテイクを試みてラインアウトする船、エンジンのオーバーヒートで脱落する船。

 その中で、シルバーアンカーとゴールデン・スターは、文字通りデッドヒートを繰り広げていた。


「しつこいですわね! でも、直線スピードなら私の船が上よ!」


 カトリーヌの船が黄金の尾を引いて加速する。だが、レデアは冷静だった。コースの微細な歪み、慣性の残り香。それらすべてを読み取り、最短ルートを突き進む。


「……ここです!」


 最終コーナーの手前。レデアはカトリーヌの内側を突いた。シルバーアンカーの船体が、黄金の装甲と激しく火花を散らしながら擦れ合う。


「うおおおおお! お姉ちゃんが攻めてる! 攻めてるよぉ! その調子で踏み潰しちゃえ!」


 応援なのか呪いなのか分からないシュティアの叫びと共に、二隻は並んで最終ストレートへと突入した。


 ◆◆◇◇◆◆

 4. 蒸発する破片



 勝負は決したかに見えた。

 だが、その時。


「……えっ!? 出力が、止まらな……きゃああああ!?」


 カトリーヌの声が通信機に響く。

 勝利を焦った彼女が、安全リミッターを解除して無理な出力を出した結果、ゴールデン・スターのエンジンが悲鳴を上げた。

 負荷に耐えきれなくなった右舷の装甲が一気に剥がれ飛び、船体は激しくスピンしながらコース外へと弾き飛ばされていった。


「カトリーヌさん! ……っ、回避します!」


 レデアは咄嗟に舵を切ったが、カトリーヌの船から剥がれ落ちた巨大な装甲板が、弾丸のような速度でシルバーアンカーの正面へと飛来してきた。


(避けられない……! でも、強化したこの船なら、正面から受ければ耐えられるはず……!)


 レデアは衝撃に備えて身を固めた。

 だが。


 ――シュン。


 奇妙な音がした。

 レデアの目の前で、衝突するはずだった巨大な金属の塊が、まるで見えない炎に焼かれたかのように一瞬で「蒸発」したのだ。


「……えっ?」


 何が起きたのか分からなかった。シルバーアンカーの周囲に、一瞬だけ青白い幾何学模様の光が浮かび、消えた気がした。


「あっ!運がよかったねお姉ちゃん。溶接用レーザーの出力がたまたま最大になってて、上手く焼き切れたみたい!」


 隣でシュティアが、何事もなかったかのようにニコニコと笑っている。


「……え、あ、はい。そう、なのですか……?」


 納得がいかない。溶接用レーザーごときで、あの厚い装甲が一瞬で蒸発するものだろうか。それに、あの光は……。


 考えている間に、レデアは致命的なミスを犯していた。回避動作と今の混乱で、船体は大きくコースを逸れていたのだ。


『――シルバーアンカー号、ラインアウト。失格です』


 無情なアナウンスが響く。

 結局、優勝したのは、混乱を尻目に着実に走り抜けた地味な青い流線形の船だった。


 ◆◆◇◇◆◆

 5. 敗北の後の甘い毒



 ドックに戻ったレデアは、操縦席に座ったまま、がっくりと肩を落としていた。


「……悔しいです。私のミスです。せっかくの賞金が……。あそこで動揺しなければ……」


(でも……あの光は一体……)


 そんなレデアの頭を、シュティアが背後から包み込むようにして「なでなで」し始めた。


「いいんだよ、お姉ちゃん。あのおばさんが勝手に自爆しなきゃ、お姉ちゃんがダントツで1位だったんだから。私の中では、お姉ちゃんが宇宙一のレーサーだよ」


「……慰めはいいです。次は、もっと冷静に、どんな状況でも舵を離さないように頑張ります」


「うんうん、その意気だよ! 私も、もっともっとお姉ちゃんを完璧にサポートできるように頑張るからね」


 シュティアはレデアの銀髪に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。その表情は、慈愛に満ちている。


 だが、レデアが顔を上げた瞬間。

 シュティアの視線は、船のメインモニターの隅に表示された「秘匿ログ」へと向けられた。


『――対消滅型エネルギーフィールド:正常作動。対象:デブリを完全分解。ステルス維持完了』


 シュティアは口角をわずかに吊り上げた。


(……ふふ、やっぱり積んでおいて正解だった。お姉ちゃんは、あんな汚い破片に触れちゃダメだもんね。お姉ちゃんの船を傷つけるものは、私が全部、分子レベルで消してあげる)


「お姉ちゃん。次はもっと安全に、もっと楽しくドライブしようね?」


「……ドライブではなく、仕事です。……でも、そうですね。次は勝ちましょう、シュティア」


「うん! 大好きだよ、お姉ちゃん!」


 人工夕闇に包まれるドック。

 悔しさに唇を噛む可憐な姉と、その背後で、姉を守るためなら宇宙の法則さえ書き換えかねない狂気を孕んだ笑顔を浮かべる妹。


 二人のシルバーアンカーは、次の獲物(あるいは犠牲者)を求めて、静かにその翼を休めていた。

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