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9話:銀の仮面、あるいは執着の証明

 ◆◆◇◇◆◆

 1. 突如として引き裂かれる日常


「お疲れ様です、お姉ちゃん。今回のデブリ回収、規定時間の20%短縮。さすがだね」

「ありがとうございます。シュティアの索敵精度が上がったおかげですよ」


 依頼を完遂し、中継ステーションの管理局で報酬手続きを終えたばかりの二人。安堵の溜息をつき、自船へと戻ろうとしたその時だった。


「……レデア・メイスだな。動くな」


 背後から響いた冷徹な声。振り返れば、重装備を固めた管理局の警備兵たちが、半円を描くように二人を包囲していた。


「えっ……? はい、そうですが……何か?」

 レデアの声が上擦る。

「貴女には、先月の軍事セクターにおけるデータ窃取の嫌疑がかかっている。任意同行願おうか」


「データ窃取!? 何かの間違いです! 姉がそんなことするわけありません!」

 シュティアが前に出ようとするが、警備兵たちの銃口が一斉に跳ね上がった。


「下がれ。貴女に嫌疑はないが、公務執行妨害を働くなら、この場での拘留、あるいは射殺許可も下りている。……大人しくしろ」


「シュティア……大丈夫、です。きっと何かの誤解ですから。すぐ戻ります、から……」

 連行されていくレデアの顔は、驚きと不安で青ざめ、今にも泣き出しそうに弱々しい。


 その背中が角を曲がり、見えなくなった瞬間。

 シュティアの瞳から、すべての感情が消え、冷たい絶対零度の光が宿った。


 ◆◆◇◇◆◆


 2. 変貌:鏡の中の「不在」




 ドックへ戻ったシュティアは、迷うことなく秘匿コンテナを開いた。

「……お姉ちゃん。二度と、私の目の前から消えさせないって決めたのに」


 彼女は特殊なジェル状のデバイスを顔に塗布した。『光屈折型・生体偽装スキン』。

 数秒後、鏡の中にいた「シュティア」の顔は消えた。そこには、どこか冷徹で高貴な、しかし誰でもない「銀髪のウェーブヘアーの女性」が立っていた。


 彼女は普段使わない、軍事規格の暗号化端末を手に取る。

「……お姉ちゃんを、あんな汚い連中の手に一秒でも長く置かせておくなんて、耐えられない」


 彼女がポケットに忍ばせたのは、偽名――『メイル・ノア』を名乗るための、正規ルートでは決して手に入らない「特級不介入権限証」だった。


 ◆◆◇◇◆◆


 3. 越権行為の交渉




 管理局の重厚なデスクを、メイル(シュティア)は無造作に叩いた。


「この少女、レデア・メイスの身柄を引き取りに来ました。今すぐに」


「……何者だ、貴様。ここは一般人の立ち入りは――」

 局員が不快げに顔を上げたが、彼女が提示したホログラムの身分証を見た瞬間、その言葉は喉に詰まった。


「こ、これは……中央監査局の、特例権限……!? なぜ、こんな末端のステーションに……」


「理由は貴方の権限では閲覧不可能です。嫌疑? 調査の結果、彼女は無実です。私の管轄で『処理』しますので、鍵を開けなさい。それとも、私が直接当局に『貴公の不手際』を報告した方がいいですか?」


 圧倒的な威圧感。変装したシュティアの言葉には、一切の迷いがない。局員は額に汗を流しながら、震える手でロックを解除した。


「は、はい……ただいま。彼女は特に厳しい取り調べも受けておらず、明日には釈放予定ではあったのですが……」


「『明日』では遅すぎるんです。今、この瞬間に」


 ◆◆◇◇◆◆


 4. 救出と、拭いきれない疑念




 独房のような待機室で震えていたレデアは、ドアが開いた音に顔を上げた。

「……あ……」


 入ってきたのは、見知らぬ銀髪の女性。鋭い美貌と、どこか軍人を思わせる冷ややかな空気を纏っている。


「……貴女は?」

 困惑するレデア。銀髪の女性は、レデアの腕を乱暴に、けれどどこか壊れ物を扱うような繊細さで掴んだ。


「……行きましょう。貴女は自由です」


 そのまま管理局を強引に連れ出されたレデアは、ステーションの喧騒から離れた安全な資材置き場でようやく解放された。


「待っていてください。ここで、じっとして」


 銀髪の女性はそれだけ言い残し、人気のない物陰へと消えた。




 数分後。


「お姉ちゃん!! お姉ちゃあああああんっ!!」


 全速力で駆けてきたのは、いつもの、愛すべき愛の重い妹、シュティアだった。


「シュティア! 無事だったんですね!」


「お姉ちゃん! 私、どうしようかと思った! 怖かった、すごく怖かったんだからぁ!」


 泣きじゃくりながらレデアに抱きつくシュティア。その姿は、先ほどまで管理局を震え上がらせていた冷酷な「メイル」とは似ても似つかない。


 だが。

 シュティアの腕に抱かれながら、レデアはふと考えた。

(あの女の人……姿も声も全然違うのに、どうして……)


「お姉ちゃん、もう大丈夫だよ。私がいるもん。お姉ちゃんを傷つけるものは、私が全部、銀河の果てまで掃除してあげるからね……」


 耳元で囁かれる、甘く、狂おしいほどに深い庇護の言葉。

 シュティアの瞳には、愛ゆえの狂気が光っていた。


 レデアは、その温もりの中に、得体の知れない安堵と、それ以上の「底知れぬ何か」を感じていた。

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