1話:年上の妹、年下の姉 前半
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1.夜明けの侵入者、あるいは愛の力
シルバーアンカーの寝室に、人工太陽の光が差し込む。
レデア・メイスがゆっくりと意識を浮上させた時、最初に気づいたのは、肌に触れる見慣れない感触だった。
寝る前に着ていたはずの、綿素材の簡素なパジャマではない。
フリルが幾重にも重なったリボン付きの何か。寝返りを打つたびに、上品な衣擦れの音が鳴る。
「……」
レデアは静かに目を閉じ、もう一度開いた。
変わらない。
深いため息をつき、ベッドを抜け出す。犯人を特定するための時間は、一秒も必要なかった。
リビングでは、既に朝食の準備が整っていた。
そしてキッチンの前に立つシュティアが、レデアの姿を見た瞬間、両目を輝かせた。
「お姉ちゃん……! 起きてきた……! 今日も宇宙で一番可愛い……!」
「……」
レデアは無言のまま、シュティアをひと睨みした。
「シュティア。私が寝ている間に、また部屋に入りましたね」
「うん!」
「何度目ですか」
「えーと……」
「答えなくていいです。……それより、このリボンは何ですか」
「お姉ちゃんの寝顔が可愛すぎて、つい……似合うでしょ?」
悪びれる様子が、欠片もない。
「……部屋の鍵を変えても、毎回入ってくるのはどういうことですか」
「愛の力があれば、どんな鍵でも開くよ」
満面の笑みで言い切るシュティアを、レデアはしばらく見つめた。
言い返す言葉はいくつもあった。
だが、この笑顔を前にして、そのどれも意味をなさないことも、もう分かっていた。
「……もう。着替えてきます。今日は仕事がありますから、準備をしなさい」
踵を返すレデアの背中に、シュティアの声が追いかけてくる。
「はーい。……ねえお姉ちゃん、次のパジャマはラベンダー色にしたんだけど、今夜も」
「しません」
即答。
メイス姉妹、そしてシルバーアンカー号の朝は、今日もこうして始まる。
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2.静寂を切り裂く警告
「お姉ちゃん、もし宇宙のどこかに、お姉ちゃんを奪おうとする人がいたらね」
静かなコックピットに、不意に落ちた声。
「……その時は、どうするつもりですか」
操舵桿を握ったまま、レデア・メイスは視線も動かさずに応じた。
15歳。140センチほどの小さな背中。華奢な肩。
その姿だけを見れば、どう見ても守られる側の少女だ。
「うん。簡単だよ」
後方の射撃管制席。
そこにいる“妹”は、その倍近い存在感で椅子に深く腰掛けている。
「その人ごと、星ごと、全部壊す」
軽い声。だが、揺らぎはない。
「……物騒なことを言いますね。あなたの方が年上なんですから、もう少し落ち着いてください、シュティア」
ぴくり、と空気が弾む。
――妹の方が、年上。
だがその言葉を向けるレデアの声音は、どこまでも冷静で、指導する側のそれだった。
「えー? 24歳に説教するなんて、普通は逆じゃない?」
くすくすと笑いながら、シュティアは頬杖をつく。
だがその視線はコンソールではなく、ただ一人――前方の小さな背中だけを捉えている。
「あなたの場合は、そうでもないでしょう」
短く言い切り、レデアは計器へと意識を戻した。
銀河の辺境、小惑星帯。
無数の岩塊が漂う宙域に、一隻の旧式作業船が静かに定位している。
「第4ブロックの剥離に入ります。これで最後です」
「はーい、お姉ちゃん。……終わったら休もうね。膝、貸してあげるから」
「結構です」
即答。
そのやり取りの間も、後方からの視線は一瞬も逸れない。
入力、確認――
そして。
――警告音が、静寂を切り裂いた。
「来ました。識別信号なし、三機。……レイダーですね」
空気が変わる。
通信が強引に割り込む。
『おい、ガキども。そのお宝を置いて失せな。運が良ければ命は助けてやる』
「……お断りします。正規の採掘権に基づく作業です。お引き取りください」
『ハッ、礼儀正しいガキだな!』
直後、衝撃。
船体が大きく揺れ、警告灯が赤く明滅する。
「っ……!」
小さな体が座席から浮く。
――だが、床に叩きつけられることはなかった。
「大丈夫!? お姉ちゃん!」
伸びてきた腕が、軽々とその体を抱き止める。
成人した女性の腕。
戦場慣れした反応速度。
それでも。
「……シュティア、持ち場を離れないでください。私は――」
「大丈夫なわけないでしょ」
低い声。
さっきまでの軽さは、どこにもない。
「……あいつら、私のお姉ちゃんに触れようとした」
ゆっくりと、視線が外へ向く。
そこにあるのは敵影ではなく――排除対象。
「――許さない」
抱きしめる腕が、わずかに強くなる。
守るように。閉じ込めるように。
「……落ち着いてください。正面からでは勝てません」
レデアは冷静に言い、デブリマップを指差す。
「シュティア。射撃席へ。『牽引アンカー』を使います。私が船体を振ります。タイミング、合わせられますね?」
一拍。
そして――
「……ふふ」
笑った。
「やっぱりお姉ちゃん、最高」
ぱっと手を離し、何事もなかったかのように席へ戻る。
その切り替えの速さは、熟練のそれ。
だが理由はただ一つ。
――姉に求められたから。
「行きますよ。振り落とされないでくださいね」
旧式作業船が、咆哮するように加速した。




