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野井琅世のコメディー短編置き場

陛下! 王子を投げないで下さい‼

作者: 野井琅世
掲載日:2026/05/02

本日、二本目です。


漢の高祖の劉邦の逸話をモデルに書いたコメディーです。

そのため、他の方とネタとして被っているかもしれません。

また、一種の歴史ネタですので、現代の倫理観にそぐわない内容があります。

ご注意ください。



「ソイヤァァァッ!」

「殿下ぁぁぁっ!」


 良く晴れた空の下、二人の男の声が響く。

 そして、その声と共に、馬車から一人の少年が投げ出された。

 投げ出された少年は、見事な受け身を取って地面を転がる。

 そして、何事も無かったかのように立ち上がった。


「何やってんすか? 何やってんすか⁉」


 馬車を停止させ、御者が叫ぶ。

 叫ぶ先は、もう一人の男。

 この男が、少年を馬車から投げ落とした犯人だった。


「うるさい! 早く馬車を出せ!」


 男も負けじと叫ぶ。

 投げ落とした少年を回収するつもりはない様だ。


「そんな訳にいかないでしょう⁉ 貴方の息子様ですよ⁉」


 どうやら、この男、自分の子供を投げ落としたらしい。

 正直、人間性を疑う話だ。


「敵軍に追いつかれたら、全員が死ぬんだ! それに、余が生き残らなければ、我が国は終わりだぞ!」

「国王以前に、親として大失格の事をやらかしておいて、何を言っているんですか⁉」


 御者が叫びながらも馬車から飛び降りる。

 そして、投げ出された少年の下へ走り出す。


「おい! 何をやっている! 早く馬車を出せ!」

「王子殿下を助けたら出しますよ!」

「乗せなくて良い! 乗せたら馬車が重くなるだろう!」

「そんな事しなくても、アンタの人間性がこの上なく軽いから大丈夫です!」

「国王に対して、何て言い草だ!」


 会話から分かってはいたが、この男、どうやら国王らしい。

 国王らしいのだが、国王らしい落ち着きとは無縁な有様だった。


「殿下! ご無事ですか!」

「慣れているから大丈夫だ」


 御者の言葉に、王子が冷静に返す。

 冷静なのは良いが、慣れているとはどういう事なのか?


「父上は、何事も、自分の命が優先だからな」


 ……そういう事らしい。

 どうやら、初犯ではなさそうだ。


 ……まあ、国王としては正しい判断なのかもしれないが、人としての倫理観は終わっている。


「早く出せ!」


 国王が叫ぶ。

 完全に慌てふためいている。

 そもそも、息子を投げ落とす様な真似をしなければ良かっただけの話である。

 そうすれば、今も馬車は走っていたはずだ。


「殿下! 乗ってください!」

「うむ。すまんな」


 慌てふためく国王を無視して、御者が王子を馬車に乗せる。

 そして、御者は振り返り、国王に釘を刺す。


「投げ落とさないでくださいよ」

「良いから、早く出せ!」


 国王の言葉に、御者が、馬車を走らせる。

 巧みな手綱(さば)きだった。

 すぐに馬車の速度が安定する。

 そんな状況の中、御者も王子も落ち着いた様子だが、国王だけが(しき)りに背後を気にしていた。


「おい! 砂塵(さじん)が見えるぞ! 追いつかれないか⁉」

「落ち着いてください! まだ、遠いです!」

「近付いてからでは遅い!」

「大丈夫です! 逃げ切って見せます!」


 御者が、馬車の速度を(わず)かに上げる。

 馬が潰れないギリギリの速度だろう。


「追いつかれる! 追いつかれるって!」

「大丈夫ですから、落ち着いてください!」


 国王と御者が怒鳴り合う様にして会話する。

 国王は、完全に取り乱していた。

 そんな国王を見て、王子は、何かを予感した様で、柔軟体操など始めている。

 そして……


「砂塵が迫ってる! 迫ってる! ……ソォォォイッ!」


 再び、国王が、王子を投げた。


「ソォォォイッ! じゃねぇぇぇっ!」


 御者が、馬車を急停車させる。

 そして、流れる様な動作で馬車から飛び降りた。


「何やってる⁉ 早く、馬車を出せ!」

「アンタが、殿下を投げるからでしょ!」


 叫びながら、御者が王子を助け起こす。

 王子は、柔軟体操が功を奏したのか、今回も無傷だった。


「国王の命令が聞けないのか⁉」

「国王って言っても、アンタ、元は、地元のゴロツキじゃないですか!」

「役人もやっていたわっ!」

「小役人でしょうがっ! それが、乱世のドサクサに紛れて国王になっただけでしょ!」


 言いながらも、御者は、王子を手早く馬車に乗せる。

 そして、自らも馬車に飛び乗り、再び手綱を手に取った。

 それに対し、国王も、再び王子を持ち上げる。


「また投げる気ですか⁉ いい加減にしてくださいよ!」


 そう。国王は、完全に王子を投げる態勢だった。

 ()りない男である。


「うるさい! 負け戦には犠牲がつきものだ!」

「アンタが負けたせいでしょ!」

「勝敗は兵家の常だ! グダグダ言うな!」

「アンタ、連戦連敗じゃないですか! 勝ってから言ってくださいよ!」


 連戦連敗らしい。

 この国王らしい戦績だ。


「最後には勝つから大丈夫だ!」

「どこから来るんですか⁉ その自信!」


 そう叫んだ後、御者は、その目に何かを悟った様な色を浮かべる。

 そう、それは、諦めの色だった。

 そして、馬車を走らせる事なく、国王の背後に回る。


「? 何をやっている?」

「ちょっと待ってください」


 そう言って、御者は、国王の両脇に手を突っ込んだ。

 そして、王子に言う。


「殿下。そっちを持ってもらえますか?」


 いつの間にか国王の手から逃れていた王子は、言われるがままに国王の足を持ち上げる。

 国王が、二人に持ち上げられる形となった。


「いきますよ」

「うむ」

「いや……、おい……」


 淡々とした二人に、国王は、困惑した様子だった。


「では……。一……、二の……」


 御者の声に合わせて、国王の身体が揺れる。

 そして……


「「セイヤァァァッ!」」


 その掛け声と共に国王の身体が投げ出される。

 国王が、為す術もなく地面を転がった。


「何やってんの⁉」


 起き上がりながら、国王が叫ぶ。

 まさか、自分が投げ捨てられるとは思っていなかった様子だ。

 そんな国王に対し、御者と王子は何の感情もない真顔を向ける。


「陛下……。貴方の雄姿は忘れません」


 御者が言う。

 完全に、国王を捨てて帰るつもりの台詞だった。


「父上……。貴方の後は、私が立派に継いで見せます」


 王子も、父親が死ぬ前提で話している。


「待て待て待て待てっ!」


 国王が叫ぶ。

 だが、無情にも、馬車は走り出す。

 割り切り方が半端ではない。

 馬車の二人は振り返りもしなかった。


「これからも私を支えてくれ」

「はい。陛下の犠牲を無駄にしない為にも、我々で天下を取りましょう」

「うむ。宜しく頼む」

「余が死んだ前提で話すなぁぁぁっ!」


 国王の叫びが聞こえる。

 よく見れば、とんでもない脚力で馬車を追走する国王の姿があった。


「……何時まで持つと思います?」

「父上の逃げ足の速さは神懸っている。多分、大丈夫だろう」


 御者の質問に、王子が淡々と答える。

 どうやら、本気で見捨てるつもりではないらしい。


「あれだけ負けておいて、一度も捕まってませんからね」


 そう言って、御者が笑う。

 だが、笑い事ではない。

 国王を放り出して逃げているのである。


「分かった! もう投げない! だから、待ってくれ!」


 国王は必死だ。

 敵に捕まったら処刑である。

 必死になるのも当然だった。


「人間性が軽くても、降りてもらうと、馬車が軽くなりますねぇ」

「そうだな」

「お願い! 待って! (ろく)を上げるから!」


 国王が御者の買収を試みる。

 だが、馬車は止まらない。

 国王を引き連れる形で走り続けていた。


「逃げ切れるか?」

「大丈夫です。任せてください」

「領地もあげちゃう!」


 太陽の下、馬車と国王は走り続ける。

 良く晴れた空は、命のかかったマラソンが行われているとは思えないほど長閑だった。

 小鳥の囀りが聞こえ、風が、三人を優しく撫でる。

 そんな中……


「お願いだから、待ってぇぇぇ!」


 国王の悲痛な叫びが、青空に吸い込まれていったのだった。




 その後、国王は無事に逃げ切り、後年、天下を統一して皇帝となった。

 王子は、第二代皇帝となり、御者も功臣として、ちゃっかり歴史に名を残す事になったのだった。


前書きに書いた通り、漢の高祖の劉邦の逸話をモデルにしています。

劉邦の逸話は、敵に追われる最中、馬車から息子と娘を投げ捨て、それを夏侯嬰が助けたという内容です。

したがって、国王のモデルは劉邦、御者のモデルは夏侯嬰です。


一応ですが、劉邦は投げ捨てられていませんw

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