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10.二人だけの三連休

 二人でマンションへ行った日以来、久我は毎日短くても十分は僕の部屋へ来るようになっていた。

 来て、それまでに読んだ漫画の感想を熱弁していくのである。


「ルーディがトリルヤードに対して見せた攻撃、あれ考え出したの凄くないか?」

「うん、闇攻撃に対しても有効だったしね」

「そのときの心理戦がまためちゃくちゃ面白かった」

「力技じゃなくて、理屈のあるバトルって読み応えがあるよね……その『ハイディメンション』の元になった『シュレディンガーの血統』ってのも面白いよ」

「まじか。じゃあ次はそれだ」


 日々読了しては、マンションへ取りに行く。下校してすぐに行く場合もあれば、部活のある久我を待って、夕食を終えたあとに行くときもある。いつ勉強しているのかと、余計な心配をしてしまうほどのハマりようだった。

 あるとき帰宅すると、通学リュックを置く間もなく久我に引きずられて、いつもの通学用セダンに乗せられた。

 行き先は当然のことながらマンションだった。

 すでに勝手知ったるとなっている久我は、勝手に玄関を開けたばかりか、入るやなぜか電灯のスイッチを押した。

 すると驚くことに照明がついて、埃っぽかった部屋がキレイに掃除されている空間が目に飛び込んできた。


「どういうこと?」

「おまえの母さんにお願いして再契約してもらったんだ」

「本当に?」

「毎日隣の部屋がうるさくてたまりませんって。優斗くんが友人たちを招いているみたいで賑やか過ぎるんで、避難場所が欲しいんですって」

「嘘だあ」


 そんなの母が信じるはずはない。自宅に友人を招いたことなんて一度もないのだから。


「嘘だ」


 久我は、にやりと不敵な笑みを浮かべて、キッチンへと向かっていった。

 やっぱり嘘か、と思いつつなぜそんな嘘をつくのかはわからず首をひねっていると、久我は冷蔵庫の中からコーラのペットボトルを二本取り出して、そのうちの一本を僕に差し出した。


「普通に、俺らの避難所って言ったらそれ以上何も聞かれなかった。んで八神さんに頼んで掃除しておいてもらったってわけ」

「それも……嘘?」

「これはマジ。合鍵ももらった」


 コーラを持っていないほうの手をひらひらとさせた。指でつまんでいる先にはキーリングのついた鍵がある。

 これまで何人もの男が住んでいたこの部屋は、合鍵が何本もある。そのうちの一本かもしれない。


「今日は夕食も用意してもらってる。試験勉強するからって」


 言いながらコンロのほうへと消えていく久我を追った。すると鍋があり、久我が開けたその中には肉じゃがらしきものがあった。シンク脇にメモもある。それを久我がひょいと拾い上げた。


「炊飯器の炊飯ボタンを押してくだされば、お米が炊きあがります。冷蔵庫に副菜も入っております……もしかして持ってきたわけじゃなくて、八神さんがここでつくったのかな?」

「……いい匂い」

「もう食う?」

「お腹は減ってるけど」

「俺も。じゃあ用意するか」


 久我はにっこりと嬉しげな笑みを浮かべ、炊飯器のスイッチを押したのちに、火をつけて鍋を温め始めた。「皿は?」と聞かれて二人分を取り出し、副菜は任せると言われて請け負い、二人で夕食の準備をした。


「米はあと何分だろ」

「……あと20分」

「おかずが先に整ってしまったな」

「先に食べちゃう?」

「そうするか。……炊き上がったら卵かけご飯で食べる。父さんに見られたらアウトだけど、ここなら絶対バレないだろ」


 久我はいたずら坊主のように、にやりと笑った。

 義兄弟になってから、毎日新たな面を見る。どんどん知らない彼を知っていく。

 学校では相変わらずだけど、放課後の彼は生き生きとして見えて、品行方正な生徒会長の姿は演技なのではと思えるほど、僕の前ではなんというか、人間くさい。

 僕と変わらない、普通の男子高校生といった感じがする。


「……試験勉強するの?」

「しない」

「え? じゃあ夕食をつくってもらったのはどうして?」

「俺はしないけど、おまえがするからだ。三日間の勉強合宿」

「合宿? 三日間ここにいるの?」

「そう。おまえは勉強で、俺は読書」


 三日間久我とここで二人きり? まさかのことだ。これも冗談に違いない。

 

「……それも、嘘だよね?」

「嘘じゃない。部活もここから通うから明日の朝迎えが来る。八神さんにも一日に一、二回は来てもらうよう頼んであるし」

 

 驚くべきことに、久我は本気のようだった。

 食べ終えて後片付けをしたあと、久我は僕の部屋のソファに陣取り、まわりに漫画を積み上げて読み始めた。近くにはペットボトルのお茶とコップ、そして未開封の缶コーヒーも並べられている。

 八時半を過ぎた今、夜更かしの準備は万端だとばかりの様子を見せられては、帰ろうとは言いづらい。

 僕はどうしようと迷い、しかし試験があるのは事実だからと、勉強することに決めた。

 教科書やノートもリュックにはいっていたため、必要なものはすべて揃っている。

 帰っても結局は隣の部屋にいるわけで、どちらにいても変わりない、と考えた。

 ただ、勉強ははかどらないだろうとは思った。久我を背にしていては緊張するに違いないと。

 しかし実際は、ふと目を上げたときにだらけている姿を見られるわけにはいかないと奮起し、緊張感はむしろいい刺激となっで、思っていた以上にはかどる結果となった。

 

 そして、交代で風呂に入ったり、たまに話しかけられたりしつつ過ごしているうちに、あっという間に午前零時を越えていた。

 そろそろ就寝のことを考えなければならない頃合いだ。

 僕のベッドは八神さんによって整えられていた。久我が使うためなのだろうと、考えた。


「もうそろそろ寝るね。おやすみ」


 だから、リビングのソファで寝るために向かおうとした。すると、久我は漫画を手に「わかった」と行って先に部屋を出ていってしまった。


「俺はそもそも徹夜の覚悟で来てるんだから、寝る場所なんてどこでもいいんだ」

「徹夜? バスケ部のエースが身体を壊したりしたらどうするの?」

「だとしても、おまえの母さんのベッドなんて使えないだろ」

「うん、だから僕のを使いなよ」

「……じゃあおまえはどうするんだよ」

「僕のほうこそどこでもいいよ。小柄だし、リビングのソファでも十分だ」


 学校では口を利くなと言い、僕のまえでだけはぶっきらぼうな口調で話していても、久我は久我だった。

 親切で優しく、人に気を遣う。その性格は、素のものだったらしい。

 何度反論しても、頑として聞いてくれず、結局僕が折れることになってしまった。クローゼットからタオルケットと枕だけ引っ張り出してソファに用意し、その足元にはまた漫画を積み上げて、寝転がって再び読み始めていた。


「……俺はまだ起きてるから、おまえは早く寝ろ」

「本気で徹夜する気じゃないよね?」

「さすがに部活があるまえの日はしない」

「だったら寝たほうがよくない?」

「今いいとこなんだ」


 苛々とした声を聞いて、僕は思わず吹き出してしまった。


「……なんだよ」

「ごめん……久我くんがこんなにハマるとは思わなかったから」

「なんだよ……オタクだって言いたいのか? おまえだってオタクだろ? いや、おまえこそ、だ。俺は違う」


 また、久我は恥ずかしげな顔を見せた。部屋にスーパーマンのぬいぐるみがあったのを言い訳したときと同じように。

 なんでこんな表情を見せてくれるんだろう。

 学校では一度も見たことがない。おそらくだけど、学校での久我からはイメージできないから、今だけの姿のような気がしてしまう。


「うん。でも今や予備軍じゃない? 本棚にあるうちの三分の一くらいは読んだでしょ?」

「そんなに読んでない」

「そうかな? いつ勉強してるのってくらい読んでるじゃん」

「勉強なんて家でしないだろ普通。授業聞いてればやることなんてないし」

「え……」


 東大へ行ける人間は頭のつくりが違うらしい。

 唖然としていると、つんと澄ましていた久我が、途端に頬を緩ませた。


「嘘だよバカ。ちゃんとやってるに決まってるだろ。この三連休だけは特別に、漫画漬けになるってだけだ」


 久我はよく嘘をつくけど、ついてもすぐにバラす。そして、バラしながら顔を真っ赤にする。

 そんな久我も、他では見ない。くだけた口調も、バカだなんて言葉も、僕にだけのような気がする。僕だけが特別なんじゃないかって勘違いしてしまいそうになる。


「……じゃあ、僕は勉強で、久我くんは読書の合宿だね」

「そうだな」

「やっぱりハマってるじゃん」

「……ハマってるっていうか、おまえの描いたやつ以上に面白いのを探してるってほうが近い」

「えっ?」

「一番はおまえの描いたやつの続きを読みたいんだけど、読めないから、同じかそれ以上に面白いのを探して、半ばやけになってる」

「……そ……それも嘘、だよね?」


 それはさすがに冗談だ。

 最初は漫画というものを初めて読んだその衝撃があったのだと思う。だけど、今や超えるものを何作も読んでいるはずだ。

 あんな自分のためだけに描いた、そもそもが他人を楽しませようなんて考えていない代物が、面白いはずがない。

 僕自身は描いていて楽しいし、読んで満足できる。ただ、それは作者だからであって、拙く荒く不格好なものでしかないんだから。


「嘘じゃないって……だから、おまえが続きを描いてくれるのがベストなんだけど」

「続き……」

「勉強が大変だっていうなら……教えてやってもいいし」

「またそんな……嘘を……」

「……嘘じゃないって言ってんだろ。ただやるとしても明日だ。練習から帰ってきたあと。昼前に帰るから、昼ご飯を食べて午後だな。それまでは、わからないところまとめておけ。もう寝るから、照明消すぞ」

「えっ」

「寝るんだろ? 俺も寝る」

「う……」


 うん、と答えるまえに、久我は早業にも、タオルケットを被ってリモコンで照明を消してしまった。

 足元を照らすフットライトだけとなった廊下を通って、僕は部屋へと戻り、同じように布団を被った。

 薄闇の向こうに久我がいる。同じ屋根の下、壁を隔てたところにいるという状況はいつもと同じなのに、僕の心はまるで違っていた。

 放課後からずっと久我と二人だけで過ごした今日は、これまでに見た、さらに何倍もの新たな久我を見た気がした。

 眠ろうとしてもその姿が頭に浮かんできて、寝るに眠れなくなってしまった。

 久我は、眠れているのだろうか。

 漫画の夢を見ているのか、それとも久我のほうも今日のことを思い返したりしているだろうか。

 そんなはずがないのに、久我を思い出しながら、そんなことばかりを考えていた。

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