異世界はナメられていた!
夏休み3日目。
第一期、第二機のダンジョンの配置も終え、普段通りに午後11時就寝、朝6時に起床した那蠍は、裸でベッドから這い出して大欠伸をかいた。
「ふわーぁ、おはよう、みんな」
『おはようございます、主様』
『おはよう、主』
『おはよう』
テーブルの上の人形用ベッドにいた角短、足高、羽斑が三者三様に挨拶して、那蠍の身体の定位置へ収まる。
『今日のご予定は?』
「いつものジョギングのあと、いつものところで朝ごはん。今日はダンジョンの成果と、あの医者の様子見かな? できたら異世界の街の様子の確認」
なんとこの那蠍。
運動はさっぱりのような見た目で、なかなか健康的だ。
歯を磨き顔を洗ったあと、那蠍はジョギングウェアに着て髪を雑にまとめ上げる。
軽くストレッチを行ない、ジョギングシューズを履いてマンションを後にした。
近くの公園までは軽く走る。
公園が見えてきたら、ややペースを上げる。
ここから、那蠍の胸は大地震だ。
ちなみに大地震のため、この時ばかりは胸を居所とする羽斑も、場所を移して那蠍の頭頂部に乗る。
(最近、ジョギングしてる私と同じくらいの男の子、増えたなぁ)
ジョギングブームなのだろうか? そんなことを考えているうちに公園に到着。
公園外周を数周してから、中に入ると遊具を利用して軽い運動。
今回、那蠍は、スマートウォッチでタイム計りながらとか、心拍数を測定しながらと、かなり真面目に運動を行なっている。
普段は日課だったが、今は強化された自分の手加減を探り、維持する目的だ。
『主、どうしてそんなに計測を?』
「ウェヒヒヒ……。忘れて学校で50メートル5秒とか、立ち幅飛び5メートルとかやったら大変だから」
羽斑から問われて、そう答える那蠍。
力のセーブのため、朝の運動と肉体の確認。
周囲から向けられる性的な目に反し、那蠍は切実かつ大真面目であった。
軽い運動と能力のセーブの確認を終えた那蠍は、帰宅してシャワー浴び、おとなしめの服に着替えて再び外出。
日差しがきつくなる前に、近くの老夫婦が営む喫茶店を訪れる。
「いらっしゃい、なこちゃん」
老婆が優しく出迎え、注文を訪ねずとも老紳士が「いつもの」料理を準備する。
しばらくして、那蠍の前に、カフェラテと大盛りサラダとゆで卵ひとつ、そして食パン半斤を使ったはちみつたっぷりのハニートーストが置かれた。
「ウェヒヒヒ。……いただきます」
いつも不気味な視線を彷徨わせ、上目遣いの薄ら笑いな彼女だが、この時ばかりは歳に見合った笑顔を見せる。
はちみつたっぷりのトーストを食べるその姿は、あまりに幸福そうで、老夫婦の若返る気持ちで見守っていた。
「いっぱい食べて大きくなるんだよ」
老夫婦は那蠍を大きく育てたいと思って、たくさん食べさせているが……残念!
ほぼ全てが胸に回っている。
那蠍の胸を育てた責任は、たぶんこの老夫婦に6割くらいある。よくやった。
この事実が公表されたならば、同級生男子や近所の男子たちは老夫婦を功労者と呼ぶことだろう。よくやった。
カロリー爆弾な朝食を終え、那蠍は自宅に帰ると早速、鏡を呼び出して異世界の様子を見た。
ムカデたちが後ろで外出着をかたずけている中、那蠍は椅子を出して座り、ゆっくりスワイプを繰り返す。
「そういえば……あの医者どうしてるかな?」
【診断】の魔法を組み上げ、少々の呪いをデメリットとして与えた医者を気にしつつ、鏡を操作していると、その医者の姿が映し出された。
「直接、能力を与えた相手には、鏡が繋がるみたいだね。ウェヒヒヒ。これで、いちいち探さなくても済む」
意外な便利機能を見つけ、那蠍は上機嫌で医者の様子を確認した。
ロングタップをすると、名前も表示された。
「あのお医者さん、ダイタムっていうのか。……ウェヒヒヒ。頑張ってる、頑張ってる」
診断の能力を授けた異世界の医者は、その能力で原因の寄生虫を見つけ出したようだ。
この寄生虫は体内で活動した結果、毒素を発生させ、腎臓に大きな負荷を与える。
むくみや腹の水溜まりが起き、毒素は体に蓄積する傾向がある。
ダイタムは生薬を使った虫下しの薬を調合に成功。
完成品を娘に飲ませて快方に向かっている様子だ。
街で罹患したした患者のため、薬の増産に勤しんでいる。
「ええっと、あれから20時間だから、あちらでは10日経過。それでこの成果なら……ウェヒヒヒ。大成功だね」
よかったよかった、と那蠍は救われた命を見て、素直に心から喜んだ。
「ウェヒヒヒ。ガラにもないことしちゃった。さて、じゃあ昨日のダンジョンは……っと」
最初に作ったダンジョンでも7、8日程度。後半や最後は3日くらいだ。
大きな変化はない。魔物となった動物もいないようだ。
しかし、影響をうけているらしい動物はいるようで、鏡を繋いでその動物を追跡できる。
「こっちは気長に待つか。じゃあ、今度は街に行こうかな? いや、拠点が先?」
異世界への行き来は気軽にできるが、いくつか制限がある。
まず鏡の縦横より大きな物は持ち込めない。
次に防疫機能が高すぎて、こちらの病原菌やウィルスを持っていけないし、逆もまた然り。
那蠍は一番、興味がある毒や菌をこちらに持ち込めず、歯痒い思いをしていた。
「ウェヒヒヒ。あちらで研究するところも必要だからね。拠点……なにかいい候補ないかな」
『主! ならば城!』
足高がここぞとばかりに主張してきた。
なるほど、それもいい。と那蠍は城を検索にかけた。
「…………ないなぁ」
廃城や古城はあったが、どれも直しがいる。
那蠍は超越者から力を拡張されているが、万能の力を与えられたわけではない。
ダンジョン化させたとしても、壊れた建物を住みやすく直すなどできない。
考えをあたらめる。
「こうしよう。まだまだダンジョンの数は足りない。あちこちコアを設置しながら、めぼしい物件を探そう」
昨日の夜までダンジョンの種であるコアを、数多く設置したが、大陸の大きさからすれば微々たるものである。
ダンジョンを設置するだけでも、こちらの時間で数日かかる想定をして、拠点探しを平行することにした。
「じゃあ、かたっぱしから行くよ!」
+ + + + + + + + +
ダンジョンコア設置と、拠点探しを開始して数時間。
その日の日本時間の昼すぎ、那蠍は「これは」という物件を発見した。
古城とどちらにしようか悩んだが、放棄された灯台を選んだ。
かなり古い灯台で、崖の上に立つ四角錐系の石組みの建築物だ。
500年ほど前に滅びた王朝が建造した灯台で、今は航路も廃れて使用されいない。
立地もよい。
三方が崖で、東からの道が一つだけ。
魔法や魔物がいない世界では、外敵の脅威に対処しやすいと那蠍は判断した。
あまりに長く放置されていたせいで、中には何も残っていない。わずかな鳥の巣の跡があるだけで、ゴミが溜まっているようなこともなかった。
そのかわり1階、2階は吹きっ晒しで、住めるような環境ではない。
ダンジョンコアには現状維持の効果もあり、
「少なくても倉庫くらいにはなる。……できればゴーレムみたいものが作れればいいんだけど」
貴重品を置くつもりはないが、地球から持ち込んだ荷物を壊されたり、盗まれたりする可能性がある。いくら人家や街道から離れていて、人が来る可能性が低いとしてもゼロではに。
よくある拠点防御用の自動人形なと欲しい。
「ま、アイデアはあるかまたあとで」
ひとまず目星をつけただけで、那蠍は一旦地球に帰還した。
軽く作ったパスタで昼食を終え、夏休みの宿題に手をつける。
この間、3体のしもべたちは、交互に散歩? へと出てかけていく。
本能的な理由や捕食目的もあるが、主君たる那蠍のため周囲の警戒も探索も兼ねている。
ある程度、宿題が進んだところで、ふと那蠍は思い出す。
「そういえば、あの医者、どうしたかな?」
キリがいいからと、那蠍は宿題の手を止めて、リビングにだしっぱなだった鏡を操作して医師ダイタムへとパスを繋げようと──
「……ん?」
鏡の反応が悪い。
医師ダイタムの様子を映し出そうとスワイプしようが、タップしようが、鏡は愚図るように映像が切り替わりそうになってすぐに他の映像を映し出す。
「な、なんだか性能の悪いタブレットみたい……。不具合?」
『主、右上になにか』
ローテーションで散歩? 散飛? どっちでもいい。とにかく外から戻ってきた足高が、鏡の右上端にある表示に気がついた。
背が低く、姿勢が悪く、鏡に顔を寄せて操作する那蠍では気が付かない高さだ。
「ん? なに?」
なんの記号だろうとタップしてみると、ウィンドウが中央に開いてログのようなメッセージが並んだ。
そのど真ん中のメッセージに、那蠍は我が目を疑う。
<ダイタム 状態 【死亡】>
医師ダイタムは、街の住人から私刑を受けて死亡していた。
「なんでぇっ!!」
普段、大声など滅多に出さない那蠍が、近所迷惑など顧みず、人生でもっとも大きな声で当惑の叫びを上げた。




