大地は呪われてしまった! + ある未来の冒険者たち
今回は現在と未来の二部構成です。
異世界の医師に、診断の能力と疲労の呪いを与えた那蠍なこちは、ひとまず地球に帰還した。
体調や怪我、病の状態を視覚化データ化できる能力は、ゲームやアニメで見受けられる鑑定能力よりは劣るだろう。
そして疲労の呪い。これをマジックポイントの消費、と言い張れないこともない。多分……。
もしも将来、ステータスが実装されて、鑑定で確認されるとマジックポイントが存在してないのに、疲労度が30%増えてる……ということがバレてしまうだろう。
だが、ひとまず最初の実験は成功だ。
魔法の世界らしい魔法が、呪いの応用で完成した。
七色のラッカースプレーより、はるかに異世界らしい。
那蠍は満足そうに笑う。
「ウェヒヒヒ……。成功はしたし、偶然、人に出会うとかも別にそれはいいんだけど……。いきなり冤罪で罵倒とか、ウェヒヒヒ。ちょっとレベル高すぎる」
ちょっと変わった子である那蠍は、レベルが高いため罵倒でも興奮することができる。
しかし、今回ばかりは違うんだよな、という感想を持った。
『おつかれまさです、主様』
『これから。どうする?』
角短と羽斑が肩と胸から舞い上がり、文字通り羽を伸ばす。
待機させていたせいで、身体がなまっているのだろう。
部屋の中を飛び回るのを許可し、間違って飛び込まないように那蠍は異世界へ通じる鏡を消し去った。
時計を見ると、まだ午後2時にもなっていない。
午後1時半過ぎに異世界へ行って、あちらで数時間を過ごしたのにこの時間。
「だいたい超越者から聞いていた設定どおり。こちらの1時間があちらの12時間ですか…」
つまり、こちらで2時間過ごすと、あちらでは24時間1日に当たる。……なぜか1日24時間の異世界。まあ、ここがズレると難しいことになるので良かったと那蠍は飲み込む。
ただし一ヶ月は28日、一年は336日なので気をつけなくてはいけない。
あちらで丸一日過ごしても、地球では2時間しか経過していない計算だ。
これによって夏休みをフルに活用すれば、異世界時間で1年と5ケ月分ほど手間をかけ、改造することができる。
逆に言えば、2学期になり、半日学校で授業を受けると通学時間合わせ、手付けられないで4~5日くらい異世界は時間が経過してしまう。
那蠍はそれはそれで問題だと考えていたが、別にとあるアイデアが浮かぶ。
「ウェヒヒヒ。あっちで昼寝したり、宿題をすると時間を有効活用できますね」
狡い応用を思いつく那蠍。
彼女は面倒な仕事を任されているので、それくらいの役得はいいだろうと捉えていた。
超越者から貰った能力で、不老となっている那蠍は、異世界で無駄な時間を過ごしても問題はない。
ただし時間の浪費は、仕事失敗への一里塚。
一応、那蠍はこの時間のズレを、なるべく悪用しすぎないよう自戒する。
ひとまず、那蠍はシャワーを浴びることにした。
鏡のゲートを通過時、現地の汚れなどは除去されているが、自分の汗もあり気分的には日常的な方法で身体を洗いたかった。
シャワーを浴びて、時間を見るとまだ午後2時半。
もう一度、異世界に行く時間くらいはある。
「開け、クロバム」
あらためて出した異世界への鏡の前にたち、髪の毛を乾かしながら、ざっと次の候補地を探す。
「……あった」
さきほど訪れた国の近くで、人が近寄らない山の崖。
険しい山に囲まれて、簡単に辿り着くことはできない。迷い込む人もおそらくいないだろう。
そんな場所に目をつける。
「次はダンジョンつくりだ」
次の目的のため、那蠍はちゃんと服を着て準備を整えた。
+ + + + + + + + +
ダンジョン。
一口にそう言っても、多種多彩。
迷路や迷宮、地下墓地に自然洞窟。ゲームの上では森や複雑な地形の山の谷、廃墟の街などというオープンダンジョンもある。
果てはシティダンジョンというのもあるが、それはTRPGで街を舞台にする意味合いに近く完全に一般に想像される創作界のダンジョンを異なる。
さすがにこれを地球で実験するわけにはいかない。
『主、洞窟は危ない……』
普段、あまりしゃべらず自己主張しない羽斑が、珍しく発言してきた。
ニホンミツバチということもあり、他の蟲たちと違って慎重な性格で、那蠍を心配していることが感じられた。
「そういえば、リアルだと窒息やガス中毒があるね」
異世界も地球と同じく、現実的な法則に縛られている。
むやみに洞窟を改造しては、高難易度とは別系統で、ただただ危険なダンジョンとなる可能性がある。
小説や漫画、ゲームなどのダンジョンは、実際の洞窟と比べたら安全極まりない。
歩いて通れる道がほとんど。崩落の可能性はイベントや罠でもないとない。
何千年にも及ぶ嫌気性菌の活動で、洞窟内に二酸化炭素や硫化水素が満ちているとか、火山性のガス溜まりのある窪地などもない。
もしかしたらゲーム内では毒フロアという表現を使い、それらを表している可能性もある。しかし、それらは致命的なものではない。
「ま、まずは、安全なダンジョンを作れるかの確認」
那蠍は壁のような崖の前に立ち、低い山肌にある小さな洞窟に呪いの力を満たす。
異変はすぐに起こった。
山と大地は呪われ、その身が傷ついていく。
微振動を繰り返す山が静けさを取り戻すと、人が通るのが精一杯だった洞窟の入り口が広がり、深く長く複雑な形状へと変化していた。
「……うまくできたけど。これ、酸欠の解決はできないよね?」
『わたし、調べる……?』
「いや。やめて」
羽斑が偵察を申し出るが、那蠍はリスクを考えて投入を禁止する。
「魔物を作って住まわせる。そいつらが死んだら死んだで失敗。生きて生活できれば問題なし。環境を変えて住めるようになれば、手間が省ける」
魔物制作の実験と、ダンジョンが利用可能かの検査を計画。
──そうなると、次は魔物か。
そこらの住人に呪いをかけて、知能を下げ、醜悪な姿にしてしまうことは可能だが、それを那蠍は実行しようなどと思わない。
彼女は善人や聖者ではないが、極悪人でも外道でもない。
罪のない人をそんなふうな姿にするなどできない。
だからと言って、罪人相手なら罪悪感もなくできるというわけでもない。
酷薄な那蠍だが、最低限の倫理観は持ち合わせている。
「ぜ、ゼロから魔物を作る力もないし、人を魔物にするものなんだから……どこかで動物でも呪って、魔物のようにしてしまう?」
『生き物が魔物に?』
「そう。みんなとは違って、最初は牙や爪が伸びたり、体が大きくなったりとかそのくらいだろうけど、時間をかけて呪い熟成していき、魔物同士が殺し合うことで、淘汰と最適化が進むはず…………たぶん、ウェヒヒヒ」
那蠍は次善作として、ダンジョン内で弱った動物や死にかけた動物が、魔物へと変わる呪いをこのダンジョンにかけた。
これも生命への冒涜なのだが、そこまで気にするほど聖人ではない。
「ウェヒヒヒ。これでここをねぐらにする蝙蝠や、野生動物が魔物化する。そのうち、この洞窟なりの生態系ができる…………はず」
超越者の話によると、この世界の動植物の動物や植生は、地球とあまりかわらないという。
もしかしたら、地球のパラレルワールドなのかもしれない。
那蠍の住む地球の方が発展していて、しかも那蠍のような呪術を使う者いる。探せばちょっとした超能力や、魔法染みた力を扱える者がいる。
(私がいる地球の方が、よほどファンタジーなのでは?)
那蠍は気がついてしまった。
異世界を改造するより、元の世界から魔法などを輸入したほうがいい?
ただしそれでは元の世界に引っ張られることになる。
次善の策として、あくまで候補にしておこうと那蠍はアイデアを保留した。
しかし、この異世界。
科学が発展してないどころか、神も魔法も不在とは、不幸なのか幸運なのか?
超越者に目をつけられ、自分の地球の権利を他人に渡さないため、改造するような那蠍に乗り込まれたのは確実に不幸だろう。
「じゃあ、みんな。一旦帰って、この作業を繰り返すよ」
『はい』
この場の仕事を終えた那蠍は、しもべたちを引き連れて地球に帰る。
こうして異世界の大陸各地に、ダンジョンを配置し、そこに住む動植物を魔物化させる作業が始まった。
大陸南の前人未到の深い森。ここはオープンダンジョンとして生まれ変わった。
西の浜辺にある岩礁にある夜は水没する洞窟。ここは時間限定のダンジョンに生まれ変わる。
大陸中央の人家から離れた山。ここもオープンダンジョンとなった。
忘れ去られ森に飲まれかけた古代都市、太古の地下墓地を拡張、戦果で焼け落ちた200年前の城、かつて神殿であった遺跡……などなど。
9つほどダンジョン化してから、ふと那蠍は気がついた。
「あ。ダンジョンコア忘れてた」
発想が遅い。
『主様。ダンジョンコアとは?』
「うん。創作によくある要素。ダンジョンの奥深くや中央にあって、ダンジョンの機能を一手に担い、ダンジョン内に魔物を生み出したり、トラップの全機能を制御してたり……もちろんいろいろ設定があるけど、コアを手にいれるのがダンジョン攻略の目的だったり、破壊するのが目的だったり」
説明をしながら、そのゲームファンタジーらしさと利便性に気が付く。
なぜ先に思いつかなかったのかと、那蠍は改めて頭を抱えた。
「完全に失敗した……。ダンジョンそのものに呪いをかけるじゃなくて、宝石とか石に呪いをかけて、その周囲の動物が魔物化するとか、ダンジョン化していくという構成にすれば、時間も手間も私の負担も大きく減ったのに」
今までのやり方では、現地に行ってから膨大な呪いの力を使って、いっきに全体をダンジョン化させていた。
ダンジョンコアという核になる起点を用意する手段にすれば、現場に行かずどこかでこれを複数制作を行えなる。
そしてそれを持って行って、現地にセット。
あとはだんだんと呪いの力で、現地をダンジョンに作り変えていく。
「時間は相応にかかるけど、放置でいつか立派なダンジョンになる。現地で私が時間かけなくても、安全で快適なところでダンジョンコア作ればいい」
『なるほど。たしかに』
「あんまり大きくて力の強いコアを作ると、際限なく呪いが強まって、ダンジョンが広がりすぎたり魔物が強くなりすぎるから……そうだね。研究のため、どこかに拠点を作ってじっくりダンジョンコア……のようなものの試作品を作ろう」
こうして那蠍は予定を変更。
いままで作ったダンジョンは放棄しないが、ダンジョンコア形式に切り替えた。
以降は非常に効率的になり、ダンジョン形成が緩やかな弱いコアは、人が住む街にある程度は近い距離に設置することができた。
今は小さいが、将来はそこそこ危険になるダンジョンが街の近くに。
一気に拡大し、強力魔物がいる危険なダンジョンは、人里から離れた場所に。
まさにゲームファンタジー世界の構成。
呪いは時間をかけ、生物を魔物に、魔物を強力にしていくだろう。
「なかなかうまくいった。ウェヒヒヒ。さすが私。自画自賛」
『……』
先に主君が自画自賛してしまったため、3体のしもべは褒め称えるタイミングを逃してしまった。
+ + + + + + + + +
世界が大きく変わってから、幾星霜──。
険しい山の中腹のダンジョンに入ったベテラン冒険者たち四人の男女は、何十体目かわからない魔物を切り倒したあとの休憩中。
そしてリーダーは、ある異変に気がついた。
「なあ、どこにあるんだ? ダンジョンコア?」
隠し扉や複雑な仕掛けの先に隠されていたコアもあったが、そういったものは遺跡や古代都市など人工的な場所にある。
自然洞窟がダンジョンとなった場合は、だいたい奥にあるものである。
それがない。
最奥に到達し、行けるところは全部行った。
しかし、魔物は生まれ続けている。
ベテラン冒険者たちは少し疲労をしてるとはいえ、まだまだ戦い続けられるだろう。
だが、先が見えない状態で、心が折れかけていた。
撤退も視野に入っている。
リーダーの戦士がコアの所在に疑問の声を上げると、魔法使いの男があることを思い出した。
「そういえば聞いたことがある」
「知っているのか、デンデン!」
「うむ。太古の昔、この地に呪いを振りまいた邪神。それが最初期に作ったダンジョンは、コアなどというものはなく、ダンジョンそのもの全体を呪った結果だと聞いていたが……ぬう、まさか実在したとは!」
「そ、それじゃあ! このダンジョンを制覇できないのか?」
盗賊が目の色を変えて立ち上がる。
通常、ダンジョンコアを破壊すれば、機能が低下して、魔物を生み出す能力がなくなる。
コアの破片は、魔法行使の触媒や、薬や武器の制作の素材、
「いや、逆だ! 制覇する必要はない。このダンジョンそのものが、すべてが、コアの一部ということだ!」
「な、なんだってーーーーーっ!」
魔法使いの出した答えに、戦士、神官、盗賊は驚愕の声をあげた。
ダンジョンがコア。
どこを削ってもコアの破片。
「と、と、と、言うことは、どこを削って、どこを壊しても、それはコアの破片……すべて売れるってことか!」
「そういうことだ。もちろん無限ではないが…………」
すべてと言っても、壁や床、天井くらいで、それらを剥がして剥き出しになった部分は、さすがにただの岩か土だろう。
しかし、壁だけでどれほどか。
何層にもなるダンジョンが、すべてコアという高級な素材。
ごくりと唾を飲む。
この壁、この床、この天井がすべてダンジョンのコア。
一体、どれほどの価値があるというのか、想像すらできない。
「すげぇ……。ダンジョンコアの鉱山じゃねぇか」
「まあ、常に魔物が湧き続けるから、毎回戦闘を覚悟しないといけないけどね」
神官の冷静な意見に、冒険者たちは落ち着く。
魔物が次々と襲いかかってくるのに、のうのうとツルハシを振るっているわけにはいかない。
鉱山として利用するには、かなり強力なマンパワーいると想像できる。
採掘して運ぶ人足に、常時警戒する護衛。
それをバックアップする外の施設。
膨大な初期投資とイニシャルコスト。
維持管理のランニングコスト
冒険者ギルドの運営を外から眺めているだけの彼らでも、簡単ではないと想像できた。
「なあ……」
盗賊が、静かになったころを見計らって問いかける。
「俺たちでこのダンジョン、すべてをどうこうできると思うか?」
「無理だな」
盗賊の男の疑問に、リーダーは即答。
「しかし、しばらく多めのコアのかけらを集めたのち、報告しよう。それからでも相応の報酬がもらえるはずだ」
「報告? ギルドか? 国にか?」
リーダーのベターな案には誰も反対しなかった。
しかし、報告する相手とは?
「いや、違う。どれもない」
「じゃあ、どこに」
リーダーは口に出すべきか、悩んでいる。
言うも憚れる存在。
ある候補が脳裏に浮かび、神官が驚き立ち上がる。
「もしかして……、まさか!」
「そのまさかだ」
リーダーは決意したように、その名を口にした。
「あの魔女……、ナコチに」




