行き先は那蠍の胸先三寸、さくら色。
「すげぇ! スゲェっスよ! 姉御!」
「姉御言うな」
痩せた男が、自分の電動スクーターを頭上に持ちあげ、その力に酔いしれていた。
それはともかく、那蠍は姉御呼びを拒否する。
「これはすごい! こいつは便利だぞぉ。ありがとうございます! 姐さん!」
脚が生えた真っ黒な球の中から、太った男が感謝の言葉を上げる。
「姐さん言うな」
那蠍は姐さん呼びを拒否する。
太った男はこの真っ黒な球体の中にいて、その姿は見えない。ひざ下こそ見えてるが、暗い夜では隠れて移動するに最適な状態だ。
なんやかんやあって、ひれ伏した三人は那蠍から力を授かった。
これらは厳密には呪いであり、制約やデメリットがある。
痩せた男。コージには怪力の能力。
怪力といっても常識的な範囲であり、せいぜい鍛え上げたプロレスラー程度である。
これを魔法とするならば、一種のバフ。力のステータスを上げる魔法として利用できるだろう。
もちろん制約はある。
一日に3回。時間は10分。合わせて30分。
デメリットもある。
能力を使用すると、プロレスラー並みに食べなければならないという燃費の悪さだ。
能力が微妙であるため、デメリットも制約も控えめである。
太った男。マルオには闇の能力。
彼の目を起点とし、半径約1メートルが闇に包まれるというものだ。
ライトで照らしても闇は消えず、しかもマルオは視界を保ち、闇の中から外が見える。
目の高さから1メートルなので、ひざから下が見えてしまうのは大きな欠点だ。
しかし、屈んで歩く。もしくは身をかがめてじっとしていれば、夜や薄暗がりで隠れることができるだろう。
制約は直射日光下では使用できない。
つまり屋内か日陰か夜のみ使用でき、直射日光に当たると霧散してしまう。
デメリットは使用した翌日は、本人の両目が日光に弱くなり、日中屋外では濃い色合いのサングラスをしていないと眩しくてまともに視界を確保できない。
あと頭上1メートル近くがデッドスペースである。これは制約でもデメリットでもないが、いかんともしがたく、ムズかゆい問題だ。
あと、この二人、能力が逆ではないだろか?
太ってる方がパワーあれば、異常さが目立たないし、闇の効果範囲に仲間を招き入れた場合、痩せている方がスペース的に快適である。
(まあそれぞれの願望が、能力に出たのかな?)
那蠍はそういうふうに解釈した。
きっと痩せているコージは、パワーが欲しかった。
太っているマルオは、体型を隠したかった。
こんなあたりだろう。
さて、一番の問題は──。
「ひゃはははははー、すげ、すげー! これサイコーっですよ! 姉貴!」
「姉貴言うな」
のっぽの男アオトは、両手の指から七色の塗料を吹き出しながら、あちこちに落書きアートを産み出していた。
なんだあれ。
那蠍は規格外で予想外なアオトの能力に、どうしたものかと目を逸らす。
「これ、最高! スプレー缶要らず! 色も混ぜられるし、噴射の強弱も思いのまま」
那蠍の気も知らず、アオトはご機嫌だ。
あれは魔法と、いや呪いというのだろうか?
確かに染色とかそういった魔法がある世界観もある。
だが、必要性、重要性は低い。
能力バトル物で、あれを目潰しやらなんやら工夫して戦う系なら面白いとは思うが。
那蠍は、首をひねる。
(うーん。異世界で普及させる魔法の実験だったけど、大成功とはいえないかな?)
那蠍は、超越者から力を拡張してもらう前から、いろいろな呪いを行使することができた。
彼女の扱う呪いには「なにかができる代わりに、何かを失う」などの応用がある。
これを利用して、たとえば「炎を打ち出す代わりに、宝石を失う」(消耗品を媒介にして炎を打ち出す呪い)とか、「水を生み出す代わりに、髪の毛が抜ける」(身体の何かを引き換えに、水を生み出す呪い)など魔法を装うことができる。
さらにこれを応用して、RPGみたいに「攻撃魔法を打ち出すと、MPが減る」という呪いが作れると考えていた。
異世界にもこの世界にもMPなどというモノはない。
那蠍はMPの代わりに、精神や正気がすり減る呪いで、魔法のようなシステムを作り上げるつもりだった。
その実験の結果がこれだ。
闇の球を作り出す力と、ちょっとした力の増強。そして指からラッカースプレー噴射。
制約などは、目が光に弱くなると、大量カロリーの消費と、気力の消費で意識レベルが下がるだ。
唯一、MPが減ったように見えるという条件に合う成功は、スプレー噴射のみ。
どうして闇の球や、筋力強化にその制約がつかなかったのか?
大喜びする三人に対して、那蠍としては、満足の行かない結果であった。
「ウェヒヒヒ。まあ実験1回目だし、上出来かな? ……じゃ、じゃあ、それで好きにして。あとでまた会いにくるから」
「はい! 大姐御!」
「ウェヒヒヒ、やめて……」
三人はそれはもう綺麗に同調して、那蠍を大姐御とハモリ呼んだ。
正体を隠し、神秘性を出すため名乗らなかったことも悪いのだが、これはないと那蠍は肩を落とす。
心酔してくれるのはいいが、呼び方を変えてもらいたい那蠍であった。
+ + + + + + + + +
「き、帰宅のこと考えてなかった……」
夏休み二日目。
午前5時過ぎの始発に乗って帰宅した那蠍は、自分の計画の甘さを自嘲した。
深夜の活動する地元民に合わせたら、都心へ帰るための交通機関がない。
そんな単純な失敗である。
力を与えた(呪った)三人と別れ、那蠍は慣れない地方都市を2時間ほど彷徨い、始発に乗ってやっと帰宅できた。
いつものように、だらしなく服を脱ぎ捨てて、ろくにベッドメイクもされていないマットレスの上に全裸で飛び込んだ。
『主様。おそれながら』
「なあに?」
主君が眠りに着く前に、大切な虫の1体たちが気になる点について尋ねてきた。
『なぜ、あの男たちを脅すときに? 我々を利用されなかったのですか?』
「ウェヒヒヒ。き、きみたちを出すと、本当に怯えて逃げ出すだろうし、もしかしたら気を失っちゃうだろうからね」
不気味で、神秘的なくらいがちょうどいい。
巨大化させた蜂やアブ、腕のほどの太さで、体長1メートルはあるムカデや、顔より大きい大量のクモなどが現れたら、本気の恐怖で相手の気が狂う可能性だってある。
そういう精神力が強い人間は、仲間やライバルには好ましいが、実験体ではいらない。
あまりに現実離れして、それでいて現実的な肉体的被害が想像できる存在は、やりすぎと判断した結果だ。
『たしかに』
『そのように、貧弱な人間など主には必要ないかと』
角短は確かにとうなずき、足高は辛口の意見を言う。言葉の少ない羽斑は黙っているが、納得している様子でお尻を振っている。
「じゃ、お、お昼になったら起こして」
『承りました』
ムカデや蛇にタオルケットをかけてもらい、那蠍はそのまま眠りについた。
+ + + + + + + + +
「那蠍、復活の日」
わけのわからないことをいいながら、起こされる前に起きた那蠍は、ベッドの上で仁王立ちして両手を高く上げた。
ふわふわベッドの上で、かつ全裸ということもあり、いろいろ揺れて、いろいろ丸出しである。
『おはようございます、主様』
『おはよう、主』
『おそうございます、主上』
しもべの三体が三者三様に、起きた主君に挨拶をする。
お昼に落ちたてのコーヒーが出来ているように、時間を見てムカデがスイッチを入れておいたコーヒーメーカーからサーバーを取る。
豆を引いたりなど準備はできないが、時間を見てスイッチを入れるくらいはできる。
奇妙なアレクサである。草でなくムシだ。
アレムシ、テレビつけて!
濃いコーヒーでばっちり目を醒ました那蠍は、全裸のままプロテインバーや栄養調整ブロックを貪り食い、次なる実験に移る。
物が溢れる寝室や書斎と違い、広く家具と荷物の少ないリビングへ移動し、那蠍は大きな胸をバウンドさせるほどのオーバーアクションで両手を振り上げた。
「ひらけ、胡麻!」
定番にやたらと変な捻りを入れた合言葉を唱えると、那蠍の前に高さ2メートルほどの鏡が忽然と現れた。
床上3センチメートルに浮遊し、鏡でありながら全裸の那蠍を写していない。
ゴツゴツとした岩が転がる荒涼とした見慣れない風景を投影していた。
「ウェヒヒヒ。これが異世界の光景ですか? あ、あまり感慨深さがありませんね」
特にどこ、と指定しなかったからもあるが、どうやら何もない異世界の荒野に転移門が繋がったようである。
「さあ……なにかお試しで行けるところか、面白い場所はないかなぁ〜」
タブレットを操作するように、鏡面に触れてスワイプすると、荒野から砂浜へと光景が変わる。
指先で触れたまま、ゆっくり左右に動かすと、視点が回転する。
砂浜は大自然あふれる森を背にしていて、人家や興味を引く光景がなかった。
あらためてスワイプすると、今度は火山地帯となった。
暑い日本の夏から、暑い火山地帯とかげんなりするので即スワイプ。
今度は島だ。ぐるりと見渡すと全面海。あまり広くない。
次だ、とスワイプしようとしたとき、鏡に顔を近づけていたため、胸の先が鏡に触れて誤作動した。
胸のピンク色の部分で操作された鏡は、異世界の繁華街を映し出す。
ごみごみして汚く、それでいて活気がある街角。
そこでは露出の激しい女たちが、訪れた男たちに声をかけている場所だった。
「ウェヒヒヒ……。き、気にはなりますが、最初に訪れるところじゃない」
興味がないわけではないが、そっち方面の経験がまったくない那蠍は、溢れないように胸を抱いてまたスワイプする。
次に写しだされた光景は、深い森。下草がなく、薄暗い奥地のようだ。
「ゆ、ゆっくり選べるのはいいけど……。もうちょっと操作性とかなんとかしたいですね。ラ、ランチャーとか、カタログ表示とか」
安全なところと意識してスワイプしているためか、望ましい場所に繋がらないようである。
ひとまず指を鏡から離し、天井を見上げて思案する。
「で、できれば異世界らしいところか、人のいるところ……ウェヒヒヒ。人とか生物がいるところはリスクがあるかな? 人がいないけど、異世界を調べられるような場所……」
『廃村とか……』
あまりしゃべらない羽斑が、言葉短かに提案をする。
「ウェヒヒヒ! それだ! 頭いい!」
胸の上に乗る羽斑を指先で撫でながら、鏡をスワイプ。
鏡には、朽ち果てた村が写しだされた。
屋根はところどころ落ち、小さな窓枠ははまっているが、ドアは外れかかっている家屋。
完全に倒壊している家はなく、道も広場も膝丈の草に覆われていて、最近人が通ったようなあともない。
いかにも人がいなくなって数年、といった廃村だ。
家が形を残しており、残留物を見られる。
異世界の生活など、調べることができるだろう。
画面をロングタップすると、廃村についての基本情報が表示される。なんとも便利な機能で、那蠍は超越者様万歳と心の中で答えた。
文字が読めない蟲のしもべたちとの情報共有のため、口に出して基本情報を読む。
「えーと、なになに? ……いきなり村の名前が発音できない! ええっと、アズなんとか村」
きっとあちらの世界にいけば、万能翻訳で発音できなくても相手に伝わるのだろう。
続けて情報を読む。
「人口ゼロ。世帯数ゼロ。住建造物21棟。公共建造物1棟。725日前に、流行り病。びょ、病原体による影響で、村の人口の半分が死亡。捨てられ廃村」
あと面積や近隣の村や町までの距離情報。
「ウェヒヒヒ。こ、ここは最高だ」
『主様?』
興奮して紅潮する那蠍を見て、角短が少々狼狽えた。
「い、異世界の病原菌! ウィルス! きっと寄生虫だっている! ウェヒヒヒ。ほとんどリアル中世の面白くないと思ってたけど……そうだ、異世界には未知の病気がある! 病原体の宿主たる小動物に、毒を持ったいろいろな蟲。ウェヒヒヒ! 新しい呪いのアイデアの宝庫! こ、この村は私が第一歩を踏み出すのに相応しい場所だね」
那蠍は喜び勇んで、異世界への第一歩を踏んだ!
──そして即、戻ってきた。
全裸だった。
「ウェヒヒヒ。ぜ、全裸で異世界フライング転移即時撤退という人類史に残る汚点を、うっかり実績開放してしまった……」
さすがに汚点と思う那蠍であった。




