ヤツらは消えてしまった!
日中の予定を変更した那蠍は、電車に乗って三馬鹿トリオの住む街へと向かった。
「この暑いのに、余計な手間を……」
電車に揺られつつ、那蠍の小さな口から文句が自然と溢れる。
幸い那蠍は夏休みなので時間はある。
しかし彼女にとってこの暑さの中、苦手な他人に会いに行くという行為はかなりのストレスだ。
東京のターミナル駅から各駅停車で40分強。
地方都市の駅で降りた那蠍は、さっそく呪いをかけた三人組を探すことにした。
彼女に失せ物探しや人探しといったサーチとか探索とか、そういった便利な能力はない。
しかし限定的に呪いのかかった場所や、那蠍本人が呪いをかけた相手を探す能力はある。
だいたいの方向と距離がわかるので、相手がこの街で普通に生活しているかぎりは探し出せる。
かつては商店街だったが、今はマンション街に変わってしまった特に面白みのない通りを東へ進む。
駅から15分ほど歩いた商店街跡地の一角。
真新しいマンションに囲まれて、取り残された店舗の大型ウィンドウに「にこにこたんぽぽ・地域活性交流会」と書かれたなんとも可愛らしい施設の前で那蠍は立ち止まった。
空き店舗をそのままにしておくのはなんだからと、地域の交流の場所とか観光案内とか雑談所とか一帯の子供達の作品を飾る場所とか、そんな感じの雰囲気の場所だった。
「え? にこ、にこたんぽ…………ぽ? こ、ここ?」
呪われた元不良少年に似つかわしくない場から、彼らの気配が感じられた。
おどおどと内部を覗き込むと、あの三人の不良少年たちがいた。
アジア系外国人らしい少女からお茶を受け取りながら、地図を広げて70歳くらいのお爺さんと何か相談している。
那蠍はちょっとだけ、元店舗の玄関ドアを押し開ける。
「…………この廃工場からあいつらいなくなったみたいなんすけど、持ち込まれた荷物とかゴミがいっぱい残ってるんすよ」
「勝手に入ったのか?」
「あ、すんません……。壁の落書き消そうとして、中見たら様子がおかしかったもんで」
「まああの工場の元社長は知り合いじゃ。施設で寝込んでおるが話はできるし、一報だけはいれておくわい」
なにやらかなり真面目な話をしているようである。
先の事情からマウントの取れる三人相手だけならともかく、見知らぬ老人と外国人の少女がいては気後れしてしまう。
ひとまず逃げよう……出直そうと玄関ドアを閉めようとしたその時。
「あ、大姐御!」
太ったマルオが那蠍に気がついた。
「来てくれたんすか!」
「よくここがわかりましたね!」
「ウェヒ、あ、待っ……ウェヒヒヒ、ども」
フットワークの軽いコージが、素早く駆け寄りドアを開けて那蠍を招き入れる。
逃げるタイミングを失った那蠍は、引っ張られたドアに振り回されるようにして室内に入ってしまう。
見知らぬ老人と少女相手に、那蠍は上目遣いで形も様にならない挨拶をした。
「おお、君がアオトくんたちがいうオオアネゴさんか」
「うひ、いえ……その、大姐御、違…………はい。あ、あ、ありがと」
那蠍はさっそくと差し出されて麦茶の紙コップを少女から受け取り、否定も肯定も半端なまま答えた。
どうも老人は大姐御を、苗字か何かと思っているようだ。
大姉子とか書く苗字だろうか?
偽名として使う分はいいだろうと、那蠍は判断した。
「聞いたよ、オオアネゴさん。君が彼らに落書きの消し方を教えたんだって?」
「……ん?」
老人の話に首を捻る那蠍。
横ではアオトたちが話を合わせてと、目で訴えてくる。
「あ、ああ……。いろいろ教えたり、ウェヒヒヒ。しましたけど……」
「そうかそうか! いやー、できればわしらにも教えてほしいもんなんじゃが」
「いえ、その……それは……ダメ、いや。ダメじゃないけど…………」
那蠍が会話できる相手は、格下相手くらいだ。それでもイマイチ会話が成り立たない時がある。
事務的な会話などもできるが、これはお店でのやりとりや教師との会話のようなレベルだ。
今回のように、親しく話しかけてくる見知らぬ相手は苦手である。
「そうか、うむ。ほら、こっちのお菓子もどうだ?」
「はい、あり……ありが、とう」
老人も那蠍みたいな子供には慣れているのだろう。
無理に話さなくてもいいと言う代わりに、茶菓子を勧めてきた。
ボロが出たり気まずい雰囲気になる前に、アオトが老人と那蠍の間に入る。
「宇須野さん。ちょっと大姐御に見てもらいたいとこあるんすけど、いいっすか?」
「うん。そうか。じゃあお嬢ちゃん。またな」
アオトに用事があるからと、那蠍の手を引く。
宇須野という老人も納得してくれたが、持っていけと白くて甘い煎餅の袋を突き出してきた。
「え、いらな……」
「いただいていきますね!」
余計な拒否をしようとした那蠍を遮り、マルオが煎餅の袋を受け取った。
+ + + + + + + + +
那蠍はマルオの運転する車の後部座席に乗り、市内を中心から北部へと移動していた。
軽自動車の割にイカつい顔をした黒い車体に、真新しい初心者マークが眩しい。
「すいません、大姐御。無理に連れ出して」
助手席のアオトが振り返りながら頭を下げてくる。
「まあ、いいけど。ここなら話も聞けるし」
老人宇須野の雑談攻撃から救われたわけだし、いいやと那蠍は連れ出されたことは不問にした。
「ウェヒヒヒ。テレビで見たけど……キミたち、いったいなのがあったの?」
「ああ、落書きっすか? あれ、アオトがスプレーだけじゃなくて、色を落とせる薬品も噴射できるようになって」
隣の後部座席に座るコージが、説明を始めた。
なお運転席のマルオは運転に必死なようで、前傾姿勢で会話に参加できていない。怖い。
「なにそれ、知らない」
那蠍は本当にわからなかった。
「い、色が落とせる? 落書きが消せるの?」
「うーん。なんていうか、ちょっと失敗したときに消したいっていう気持ちで重ね塗りしようとしたら、こう……ラッカーが落とせたんですよ」
能力を使ったアオトもよくわかっていないようである。
那蠍も明確に「こういう呪い」と定めたわけでなく、本人に依存した効果が発露する形となっている。
「わ、わからない…………。なんでそんな便利なことに」
「大姐御もわからないんですか」
アオトに才能があったというより、あまりに相性がよかったと言うべきだろう。
「そ、それでなんて三人揃って更生してるわけ?」
「それはテレビで言ったのが全部で、こう……どう言ったらいいか、ほんと、もうなんかもう落書きできないって感じですね」
アオトの説明を聞くと、消す能力に気がついた後に敵対グループの落書きを消していたら、あの老人宇須野にコンビニ弁当やらジュースやお菓子を貰ったという。
ようするに勘違いから起こった出来事なのだが、落書きをする地域の人とまともな交流を持ってしまったことが原因らしい。
知らない相手の財産には、平気で落書きできてしまう想像力の欠如。
ちょっとでも関係を持ったことで、やっと自分の行動が他人へ不利益を与えてしまうという気づき。
今までも家の壁の持ち主がいることや、消す人がいることはわかっていたのだろう。
でも顔も名前も知らない相手がどうなろうと知ったことではない、いや「よくわからない」幼稚さ。
それが彼らから消えた。
結果、彼らは無軌道かつ反社会的な社会性から脱却し、かろうじてまともな社会性を獲得した。
那蠍はそんな感じかな? と勝手に解釈した。
「まあ、事情はわかった。ウェヒヒヒ。ま、いいんじゃない?」
「大姐御にそう言ってもらえてよかったです」
彼らは那蠍からすれば実験体である。
別に彼らが大暴れしてもよかったし、破滅してもよかったし、更生しようがかまわない。
なんだか落書きを消すNPO団体を作る話まで出てきているらしいが、那蠍が関知することではない。
「それはともかく、このあたりから他の反社会的なグループとか、不良外国人を追い出した……って噂は?」
「あ、それなんすけどね……」
アオトは渋い顔して唸る。
「まったく何もしてないってわけじゃないすよ。落書き消したら揉めるわけだし、ちょっとはやってやったんすよ」
コージが細い腕で力こぶを作って見せる。
格闘経験はあるようでないそうだが、それでも見た目に反したパワーは素人集団相手に無双できたと言う。
「でもね、幹部とか顔役の3、4人を倒したくらいで、あいつらのグループ崩壊するわけないんすよ」
「ウェヒヒヒ…………え? 崩壊したの?」
「勝手に崩壊したっていうか、いなくなったっていうか」
コージも渋い顔をしている。
なにがあったのか、まったく把握できておらず、彼らも不気味に思っている様子だ。
「まあ、見てもらったほうがいいかなと。そろそろ……あそこです」
川沿いを北上して街外れ。アオトが指し示す方向に、葦が茂る空き地に囲まれた工場跡地があった。
「あそこを根城にしてたグループが、3日前からいないんです」
軽自動車を工場近くの空き地に止め、やっと話せるようになったマルオが説明する。
「あの廃工場にいないってだけじゃなくて、街中とかでも誰も見かけなくなったとか、住んでたアパートでもいないとか、ちょっと普通じゃないんですよね」
「ウェヒヒヒ。と、なると根城を変えたとかでもない?」
「そうっすね。それならそれで一気に引越しなら目立つはずですし……。この街から出て行ったならいいんすけど」
コージが希望的観測を述べるが、そんな簡単な話ではないと那蠍ですら気が付く。
これは異常事態かもしれない。
「警察は?」
「どうなんすかね? うちらは連絡してないっすけど、近所の人は……連絡とか相談してるかなぁ? こんなこと」
「ウェヒヒヒ。怖い人たちがいなくなったら、住人はよかったなで終わる。ふ、不法占拠してたやつらがいなくなったなら、警察は事件が収まったと解釈して仕事が増えなくてよかったとなる……かな?」
「あー、確かにそうですね」
「言われてみれば」
「ガチでアイツらどこにいったんすかね?」
那蠍の言語化された推測は、三人を納得させた。
しかし、敵対グループの動向は全く分からない。
不思議だ、なんでだろう、を繰り返しつつコージは廃工場の錆びた門扉に手をかけた。
その時、工場内から声があがった。
「おい! てめぇら! ナニしてやがる!」
「オメーらか!」
ガラの悪そうな男たち数人が工場内から姿を現し、門扉に手をかけたコージたちを威嚇し始めた。
「ウェヒヒヒ。いたよ?」
「いや、あれー?」
「朝には誰もいなかったのに」
「なんだー、みんな戻ってきたんすね。良かった、良かった」
那蠍は男たちを指差し、三人は敵対グループが戻ってきて良かったなどとハズれたことを言い出した。
「お、おう」
これには脅しをかけてきたグループも、毒気を一瞬抜かれた……が。
「待てこら! テメーらだろ? ここのヤツラをどこにやった!?」
すぐに気を取り直した男たちは、那蠍たちに向かって聞き逃せない言葉を投げかけた。
つまり、工場を根城にしていたグループの一部が消えてしまい、この男たちは探しているところなのだろう。
「あ、やっぱり誰もいないみたいっすね、大姉御」
「良かった良かった、やっぱりアイツらいなくなってたんだな。大姉御に、それを見せたかったんですよ」
「いや、よくねぇだろ……。いや、いいのか?」
ややボケているコージとマルオに、どうツッコんでいいのか悩んでいるアオト。
「ウェヒヒヒ。なにこれ? コント?」
怒りの形相を浮かべた男たちが迫るのに、四人はなんとも呑気だった──。




