世界は見捨てられている!
「わ、私が女神ですか? む、虫に囲まれてる私が? ウェヒヒヒ……あ、こんな姿ですみません」
突如現れた天使のような存在に女神と言われ、咄嗟に卑屈となる那蠍。
そしてすぐに自分が全裸であることを思い出し、あやまりながら近くのシーツを手に取って体に巻いた。
「……か、考えたら、レディの部屋に乱入してきた相手に、わ、私があやまる必要ないのでは?」
シーツで身体を隠し、冷静になった那蠍は真っ当な意見をぶつける。
「そうですね。もうしわけありません」
天使のような存在は、素直に頭を下げた。
相手の腹の中はともかく、話が通じる相手だと那蠍は安堵した。
しっかりとシーツを巻きつけ、乱入者に仲間の蟲たちと共に対峙して尋ねる。
「それで、あなたは?」
「超越者とでも申しましょうか? 名前はありません」
「超越者? ア、アートマンとか……、オーバーマインドとか?」
「そういう認識でよろしいかと」
普通ならば、頭のおかしい相手と一蹴するところだ。
しかし、那蠍も頭がおかし……いや、通常の人間ではないので一蹴にはできない。
(いつか、自分を超える存在が出てくるかと思ってたけど……。それにしたって、これはないでしょう)
那蠍は味方である蟲たちの様子を見る。
絶対的な従属存在の蟲たちが、那蠍を守るため超越者との間に立っていてくれている。だが、それだけだ。
いざとなれば那蠍のため、必死に戦ってくれるだろう。しかし今は超越者に圧倒されて動きを止めてしまっている。
緊張を解くように、努めて超越者は優しく語り掛ける。
「あなたにお願いがあります」
「なんでしょうか、ちょ、超越者さん」
「あなたの力を持って、ある異世界を転生、転移したチート能力者に取って、都合の良い世界に作り変えてください」
「ウェヒヒヒ……。わ、私の力はそんなふうにはできてませんよ」
呪うことはできても、世界を作り変えるなど不可能だ。
便利に蟲を使役していても、呪いとはそんなに便利なものではない。
「わかっています。これはお礼と報酬のお話にもなるのですが、目的達成のためにあなたの力も拡張し、強化することもお約束します」
「……力を与える代わりに、仕事をしろと?」
「端的にはそうなりますね。わたしはあくまでコーディネーター。ある強大な存在が、この世界でまあまあの知的生命体である人間を選び、異世界へ送り込むこと決定しました。わたしは異世界改造の担当ですが、人選とチートを与える担当もおります」
ある強大な存在。
神だろうか?
開示されないことに不安を感じるが、目の前の超越者と同様の存在が、その強大な存在に使われているという情報で得られたことで、ひとまず那蠍は満足する。
「チートを与える担当と違って、わたしの担当は負荷が多い。だからあなたに頼むことにしました。なにしろ異世界へ送り込まれる人間と同じ人種で、同じ時間を生き、価値観を共有しやすいという判断です。まあ……アウトソーシングですね」
「……」
対話を区切り、那蠍は思案する。
どう考えても面倒ごと。
大きな力を与えるが、大きなリソースは擦り付ける。
なるほど、超越者様はサボり方をよくご存知だ。
那蠍は感心しながら、もう一つの可能性を探る。
「もし、お、お断りしたら?」
「この地を去り、他の地球で協力者を募ります。ああ、その場合、あなたにはご迷惑料として、数日分の豪勢なディナーを振舞いいたしますよ」
超越者は多元世界を渡る能力があり、おそらく無限の時間もある。
貴重な情報だ。
断った場合のリターンはしょぼい。
「同意した場合の報酬は、さきほどの力の授与のほかには?」
「この地球をお好きにする権利」
「ウェヒヒヒ。お、大きくでましたね。そんな権利を譲渡することが、本当に可能なんですか?」
「この地球は太古において、我々の世界ではあらゆる権利が放棄された状態にあります。所有者はもとよりおりませんが、介入者は現在おりません」
「神は死んだ、ならぬ……神の不在?」
神をそれほど信じない那蠍でも、超越者の情報開示には幾ばくか狼狽えた。
「ええ。ですからあなたがこの世界の神になろうとも、他の超越者が関与しないことを保証いたします。私はいわば管財人であり、一時的な権利をゆうしております」
「この地球を好きにしろと言われても……特に私は現状に不満を持っていないのですが?」
「そうですか。それは残念です」
「ですが、異世界と力には興味があります」
断られると思ったのか、少し残念そうな表情を見せた超越者がパッと笑った。
「そうですか。できれば地球の権利も取得して欲しいところです。実際にお好きにするかどうかはさておき」
「ウェヒヒヒ。ま、まさか、権利を放棄したままでは、他の超越者が関与する可能性があると」
「はい」
短い返答を那蠍は、超越者からのお願いを聞き入れる他ないと確信した。
断った場合、超越者は去り、他の存在が権利を行使するか、誰かに与える可能性がある。
自分以外のどこかの誰かに、地球すべての生殺与奪の権利を与えるくらいならば、面倒ごとを背負うほうがマシであると那蠍は判断した。
「ウェヒヒヒ。つまり断った場合、無限のリスクがありますね」
だれも関与してこないかもしれない。
だが、それは一種の賭けである。
那蠍は考える。
(せめてダイスはこの手の中に。振るか振らないかは別にして、抑えておくのが最適)
「わかりました。お引き受けする前提で、もう少し条件を伺います」
「よかった。では条件と契約のすり合わせを行いましょう」
「待って」
乗り気になった超越者に、那蠍はぴしゃりと言いのけた。
超越者も出鼻を挫かれたという印象を抱いたのか、やや表情が硬い。
「どうされましたか?」
「服を着る」
シーツで身を守っていた那蠍は、そろそろ限界であった。
裸族とはいえ、人前……超越者前でこの姿は恥ずかしい。
「……失礼しました」
改めて超越者は頭を下げた。
+ + + + + + + + +
那蠍は部屋着に着替え、超越者と一時間ほどすり合わせたを行った。
結果──。
・異世界の改造
・管理、改造、提供される異世界の権利は、その星と星系。
・当該異世界は地球でいうところの中世ほどの文明。
・しかもあまりにリアルすぎ、面白味のない中世。
・ここに魔法や魔物、ダンジョンなど、ファンタジー要素を誕生させて育ませる。
・最終的に国民的RPGなどのゲーム世界か、正統ファンタジーのような世界に作り替える。
・小国入り乱れているので国家体制も(破綻のない程度に)単純化。
・市民の民度などの調整、最低限の教育。
・異邦人に理解ある国家元首や支配階級を、いくつかの国に据える。
ついで異世界との行き来は──
・異世界へのゲートは、自宅内のみ。ただし自由に開け閉め可能。
・異世界からの帰還は、無条件でいつでもどこでもコストなし。ただし帰還地点は必ず自宅。
その他、ゲートの行き来での病気やウィルスの浄化や、双方持ち込める荷物の制限などなど。
そして報酬を兼ねた力の付与は──。
・絶対必須な万能翻訳能力。
・過酷な異世界に耐えられ、その上で余裕ある肉体の強化。
・条件付きながら能動的で自在な肉体制御。
・呪いの力、特に制約や禁忌などの設定、付与、制御、強制するギアスの強化。
・人や動物、物など調べるスキャン能力。
すべて条件通りで裏がなければ問題ない。という契約にすり合わせて、那蠍は超越者のお願いを聞き入れた。
……これ、難しくないかな?
那蠍は改めて超越者の無茶振りに辟易とした。
もらえる力は強大だが、それを持ってしても簡単ではないと想像できる。
しかし、期限はないしある程度の失敗も許されている。
異世界が破綻しなければいいのだ。
……下手すれば、いやうまくやっても国家が3桁くらい吹き飛ぶかもしれないが。
しかも、魔物はともかく、魔法そのものをゼロから作らなくてはならない。
それも漫画やアニメ、ゲームで見られるような魔法を再現する必要がある。
あてはあるが、簡単ではない。
だが引き受けなければ、地球の権利というものがどこに与えられるかわからない。
地球のため私自信が生贄になってしまったと実感し、那蠍は思わず自嘲してしまった。
「ウェヒヒヒ……。で、では。将来、チート能力者……ゆ、勇者ですか? そのような者が、それらしく、それなりに快適で、苦労すれど成功を収め、満足できるような世界を目指して(私基準で)粉骨砕身いたします」
「お願いしたよ。よろしくね」
「はい。ところで」
席から離れ立ち上がる超越者を呼び止める。
「なんでしょう?」
「なぜ私が、この世界の女神なの?」
「この星は、|昆虫の惑星《planet of The insects》でしょう? ならばそれらを操れる唯一の存在。つまりあなたこそが女神」
何を当たり前のことを──。超越者の態度は、まさしくそれだった。
那蠍は聞いたことがある。
もしも先入観のない宇宙人が、この星へ不意に飛来し、現状をあまねく観察した場合。
この星は昆虫の惑星である結論つける可能性があると。
人類はこの地球で最も繁栄している種であると考え、支配者のごとく振舞っているが、それは主観に捉われた結論だ。
客観的に見る存在からすれば、地球の陸海空に広がり、環境に大きな影響を何億年にもわたって与え続け、多くの種と絶大な個体数を誇る昆虫こそが、地球でもっとも繁栄している存在だといえる。
だから人を好き勝手に支配する存在が神ではない。
昆虫を思うままにし、その忠誠を一身に受ける者が神だと超越者は言った。
(ああ、この超越者は本当に超越者で、この地球にろくな興味を抱いていない存在なんだ)
地球を俯瞰し、客観視し、生物をフラットな視線で捉え、思い入れもなく、興味はさほどない。
「では、改めて。よろしくお願いいたします」
「はい。承りました」
蟲の女王那蠍は、消え去る超越者に頭を下げるしかなかった。
条件すり合わせ等はもっと細かく書かないと穴があるですが、書いてはキリがないのでこのくらいで。




