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私こそ大悪役《ラスボス》にふさわしい! ~魔王も魔物もいない、魔法もスキルもステータスもない異世界を、ぼっちが1人でビルドアップ~  作者: 大恵


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17/22

族長の娘は婚約してしまった!

 那蠍(なこち)が異世界で、ウッドゴーレム制作にあれこれと取り組んでいたころ。

 そこからかなりの距離を隔てながらも、まだまだ草原が続く平原の地図にも書いてないどこか──。

 草原の民たちの大きな居住用テントが集まる集落、その中心で、ハイギルーという娘が族長のいるテントへと飛び込んだ。


「父上! 馬たちをネリスへ、すべて差し出すおつもりか!」


 草原の民であるハイギルーは、騎馬民族の末裔であり、族長の長女でもあった。

 テントの中央に座る族長。

 本来ならば家族や客人と回し飲みするはずの馬乳酒を、一人こくこくと呑んでいた族長は、娘の剣幕を受けて気怠そうに酒椀を置いた。


「すべての馬を差し出すとは言っていないぞ、ハイギルーよ」


「同じことです! 質のいい馬だけでなく、今後、繁殖した馬を半分も差し出せば、全部と同じことです!」


「すべてではない。半分だ」

「すべてと同然です! そう約束されたのでしょう?」


 草原の民は、現在ネリス王国の支配を受けている。

 かつては自由の民であったが、十年ほど前から馬の供給をネリス王国から求められた。

 以来、良質な馬を生産し育て上げる草原の民は、王国から圧力と懐柔を繰り返された末に支配下に組み込まれてしまった。


 そのネリス王国との協議に向かった各部族の草原の民の族長たちは、定住する土地との引き換えに、三年ごとに馬を税として納める条件を飲まされた。

 

 ハイギルーは教育こそ受けていない草原の民だが、それでも父親が欺瞞を語っていることに気が付く。

 簡単な算数だ。


 牝馬が生涯に産める馬の数は、どんなに多くて十頭。

 無事育つとなれば七割を切る。

 それもベストな条件であり、なおかつ仔馬は母馬と生活していく過程が大切である。

 軍隊ですら、牝馬が仔馬を産んだならば、軍隊行動にその仔馬を連れていくことすらある。


 今後生まれる馬を半分も税で収めれば、多く見積もって一頭の牝馬につき三頭ほどしか、残らない。

 多く、てだ。

 

 つまりちょっとでも馬の繁殖が減るなり、死亡率が上がれば、すぐに総頭数が減っていく。

 そしてうまく繁殖がいったとしても、ほぼ頭打ちだ。

 常に牝馬が妊娠、出産、子育てを繰り返している前提で、上の計算になるのだから当然である。


 馬は家族であり、一族であり、財産であるという草原の民からすれば、これ以上の繁栄はないという条件を飲まされたも同然だ。

 少なくともハイギルーには、そう受け止められる。

 彼女がそのことを問い詰めると、族長である父親は伏し目がちに答える。


「決して、悪い条件ではないのだ。馬は繁殖で増やせなくても、野生馬を確保する権利はなくなっていない」


あちら(ネリス王国)が野生馬を捕まえる権利までも、飲まされたでしょうっ!」


「それは今までと変わっておらん。むしろお互いの権利が明文化されて、乱獲も防がれ、密猟は罰せられる」


 ただしく運用されれば、草原の民もネリス王国も野生馬捕獲頭数は今までと変わらない。

 密猟が減るかどうかは未知数だが、約束が守られるならば乱獲はない。

 ハイギルーが言い返せないのを見て、族長は話を続ける。


「それにな、我々は交易を許されるし、街への出入りで税は取られん。しかも飼い葉の買い上げはよい条件だ。馬を引き渡す代わりに貰う土地も、街から遠いだけで悪い場所でもない……」


「それは飼い殺しというのです!」


 常に放浪する草原の民が、定住させられるだけでも業腹だというのに、足枷をつけられ今後は走れないようにされる未来がハイギルーには見えた。

 もちろん、見返り条件が永続し、本当であれば未来は安泰であろう。


 草原の民ではなく、ネリスの一市民としてだが。


「私はこんな扱いを部族の者たちに強いるため、嫁入りを覚悟したのではないのですよ!」


 広大な牧草地と放牧地を、草原の部族たちで管理する条件のため、ハイギルーはネリス王国の王族へ嫁ぐことが決まっていた。

 むしろ決めたのは彼女だ。

 この決意は草原の部族たちにとって英断と受け取られ、どうじに生贄という認識でもあった。


「だというのに、父上はなぜそんな税と条件を飲まれたのですか?」


「これはあちらからすれば相当の譲歩なのだ」


 族長の話は嘘ではない。

 ネリス王国側の考えでは、これは破格の好条件なのだ。

 馬を税として納めるのは、草原の民にとって確かに重い税である。

 しかし、ネリス側からすると共有地とはいえ広大な土地の安堵と、農業を行う土地を分け、なおかつ限度はあるとはいえ交易による利益と、飼い葉の販売は、儲かりすぎなければほぼ無税とは破格も破格。


 ただ、草原の民の価値観と合致しないうえに、ハイギルーがどうしても飲めない条件であるだけだ。


「……老いましたのですね、父上」


 老いた族長だからこそ、交渉相手の立場を理解できて柔軟だった。

 若いハイギルーだからこそ、交渉相手を理解できず頑なだった。


 頑ななハイギルーだが、他部族の族長を交えた交渉の結果なので、自分どころか父親の判断でこれを覆すことは不可能だということは理解していた。


 ──自分の嫁入りを反故にする以外は。


 しかしそれは、すべての盤面返しに等しい。

 交渉の初手として、ハイギルーの嫁入りの件を受けたのだ。

 ここからひっくり返しては、交渉が拗れるどころかよくて打ち切り、最悪は懲罰の軍勢が派遣される恐れがある。


 ハイギルーはすべてを捨てて逃げることもできない。

 

「……失礼します」


 ハイギルーは一瞬よぎった選択肢を振り払うように踵を返し、族長のテントであり自宅でもあるその場から立ち去った。


 部族のテント群から駆け出し、愛馬を待たせている外周部へと向かう。

 そこでは部族の者たちが持つ数十頭の馬たちが、あたり一体に広がる青々とした昼の食事を喰んでいた。


 そのうちの一頭の白馬が、ハイギルーに気がついて軽やかな歩法を披露しつつ駆け寄ってきた。

 ハイギルーは自分の愛馬に、そっと手をかけて額を当てる。


「セダム……」


 愛馬の名前を呼ぶと、セダムは頬を主人であるハイギルーへと押し付けてきた。

 しばらくそうしているうちに、ハイギルーは考えを纏める……つもりが、堂々巡りを繰り返す。


「こんなことなら、最初から飛び出して……いや、それでは条件が悪くなるだけだ。我が部族だけでも、草原の先の山麓へ……。いや、あそこは狼の巣……。我が部族だけでは駆除どころか、追い払うのも…………。そもそも今更、こんなことを考えても…………。ああ、私はいったいなんのために……」


「これはこれは、未来の花嫁よ! どうされましたかな?」


 自分の選択を後悔していたところに、無粋な声が降りかかった。

 顔を上げると、いつの間にか馬に鉄の鎧を着せた集団が近づいてきていた。

 草原には不釣り合いな鎧の音が騒々しいのに、よほど思考が深かったのか、まったくハイギルーは接近に気が付かなかった。


 声をかけてきたのは、集団の先頭に位置する男だ。

 彼だけは馬に鎧をつけさせていない。

 

 馬に鎧を着用させているのは、護衛の騎士たちだけである。


「おお、いつにもまして美しいですなぁ」


「ダフォーア殿……」


 集団を率いる先頭の男は、ハイギルーの婚約者、ダフォーア・ナイリス・ネリス王子。

 ネリス王国の第四王子である。

 鋭いというより、ほぼ開いていないように見える目は、いつも何を見ているのかわからない。

 事実、「いつにもまして美しい」と言いながら、そのわずかに見える瞳はハイギルーを見ていなかった。


「なんのごようで? 父ならそちらに……」


「いやいや、婚約者とその愛馬の様子を見にきたのだ。交渉も上々で終わったからね」


 戦利品を見にきたのか、とハイギルーは心中で唾棄した。

 もっとも戦わずして敗北した身なので、屈辱はあれど反抗心はもはやない。


 せめてもう一度──。


「ダフォーア殿。セダムを見にきたというのならば、どうですか? 神の樹まで、遠乗りでも」


 ハイギルーは愛馬に飛び乗り、ダフォーアを速駆けに誘った。

 ダフォーアの細い目が見開き、瞳が輝く。


「カルマジナイの樹のある場所ですな。よろしいでしょうっ!」


 草原の民が神と崇める草原の大木。そこを目指そうということは勝負の持ちかけである。

 ダフォーアはハイギルーの意図も知らず、無邪気に喜んでいる。

 そこへ護衛の騎士たちが声をかけた。


「い、いけません! 殿下!」


 馬の性質と装備上、速駆けについていけない護衛たちは、ダフォーアに自重を求めた。


「はははっ! いくら鉄の時代とはいえ、馬に重しをつけるからだぞ、お前たち! では、いくぞっ!」


 部下の振る舞いに皮肉を残し、ダフォーアは自分の馬の腹を蹴った。

 ハイギルーはダフォーアを好んではいなかったが、馬に鎧を仕立てず、昨今の重装騎兵を嫌っているところは好感が持てた。


 草原の競争に、合図などない。

 騎手と馬の息があった瞬間が、駆け出す合図である。


 号砲どころか、馬の嗎も、騎手の掛け声もなく、族長の娘ハイギルーとダフォーア王子の競争が始まった。


 ──せめて、乗馬の技術だけでも打ち負かす!


 ハイギルーの精一杯の反抗が始まった。


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