|那蠍《なこち》は陥落してしまった!
結果から言えば、ゴーレムを使った移動手段は成功だった。
何度か試し、一度地球へ戻り、夕食後に再び挑戦して成功した。
走破性の高いウッドゴーレムを制作し、乗り心地も悪いものでもないし、速度も満足いく物だった。
しかし那蠍は若干、落ち込んでいた。
「ウェヒヒヒ。……ま、まさか人生初のお姫様だっこが、ゴーレム相手なんて」
那蠍はウッドゴーレムの腕でお姫様だっこされて、抜けるような青空のした広い草原を移動していた。
守られるように抱かれて、快適な草原で疾走感を満喫。
実験で行ってみたが、座席をポン付けしたり、肩に乗るなどの方法は乗り心地が悪かった。
しかし、ウッドゴーレムの腕の中ならば、揺れを最大限吸収してもらえる。
揺れてもその揺れ心地こそが良い。
腕は木材なのでクッションこそ必要だったが、ウッドゴーレムによるお姫様だっこは快適そのものだった。
「くっ……。ちょっと……いや、かなり乗り心地がいいのが悔しい」
時速にして40キロメートル。
髪が風に乱れる以外は、まったく問題がない乗り心地。
こうしていると、変化もなく流れて去る異世界の光景も、なかなか良いものだと思ってしまう。
「だが、ゴーレムにお姫様だっこだッ!」
ゴーレムを構成する木材が、独特なリズムを立てて、ちょっとしたお囃子のように聞こえてしまう。
異世界の自然豊かな草原で、祭りのお囃子に聞こえてしまうリズムは気分をぶち壊す。
「…………ちょっとストップ」
那蠍が命令すると、緩やかに不快感を極力抑えて停止をしてくれるウッドゴーレム。
主人が転ばないようにと気遣う繊細な動きで、そっと那蠍を恭しく草原へと降ろし立たせた。
「く……。紳士的で、ちょっとグッとくるのが悔しい……。(∵)みたいな顔しやがって……」
頭部にあたる部分に、申し訳程度に開いた穴が、間抜けな顔に見えて仕方ない。
なのに優しく抱き上げて、気遣って走り、紳士的に降ろしてくれるのだ。
那蠍のあるのかないのか、あっても人としての形をしているのか分からない乙女心が擽られる。
那蠍は動悸を収めるため、ひとまず異世界の風景を眺めて深呼吸をし、落ち着くことにした。
草原はどっちを見ても、どこまでも続いている。
空と雲に繋がっていると、見間違えてしまうくらいだ。
「開放感……。実験場とかアジトとか言わずに、こっちに家を建てていいかも。……いや、テントでキャンプ?」
那蠍は人見知りではあるが、インドア派ではない。
むしろ外が好きなくらいである。
虫たちが好きなのだから、ある意味で当然である。
昆虫採集などの目的があれば、フィールドワーク等が苦にならない性格だ。
外出は誰かに出会ってしまう可能性が上がるため、できれば避けたいというだけで、誰もいない場所に出かけるならばストレスはほぼない。
誰もいそうにない場所を選び、異世界へちょくちょく出掛け、平然としている理由はこのあたりにもある。
「ウェヒヒヒ……。今度は異世界の海とかいいかも」
ごくごく一部の例外を除き、日本の海水浴場はどこも混雑する。
こちらの海ならば、那蠍一人で満喫できる海岸がどこかにあるだろう。
「じ、事故が怖いから、泳ぐのはやめたほうがいいけど……」
ライフセーバーや海上保安庁の船などあるわけがないので、溺れたり流されたりすれば終わりだ。
異世界の海で浅瀬チャプチャプをするぞー、と決意を決めた時、那蠍は視界の隅に何かを見つけた。
那蠍はメガネをかけていないが、ごく普通の視力である。
目を凝らしても何かわらかいので、望遠鏡を取り出す。
ゴルフなどで使われるレーザー距離計付きの望遠鏡だ。
「馬? ……人か」
安価な距離測定機では算出エラーが出てしまうくらい遠い遠い……、草原の遥か彼方を疾走する二つの影。
それを那蠍が判別できたかどうかのその瞬間。
片方の疾走する馬とその乗り手の影は、高い草むらの中に転がるように消えていった。
「…………落馬?」
見てしまったものは確認しておくべきか。
そう考えて望遠鏡を腰のポシェットにしまい、ウッドゴーレムで現場へと向かった。




