吸血鬼はつかれてしまった!
吸血鬼は医者。
いせかい の ほうそく が壊れかけ始めている。
どうしてナコチ様は困っておられるのだろう。と、もてなすダイタムも尋ねていいのか困っている様子だ。
「そろそろクライロウネも戻ってくると思うので」
1人で遊びに出ているようだが、ダイタムは心配している様子はない。
「ひとりで? ま、まあ人間どころかクマと殴り合ったって、負けはしませんが……ウェヒヒヒ」
吸血鬼の力は、見た目の肉体と関係がない。体重を乗せた分だけ、殴ったり蹴ったりの威力が上がるなど誤差の範疇に収まってしまう。
むしろウエイトが少ないクライロウネの方が、ダイタムより動きが速く的が小さく、厄介な存在になるかもしれない。
「ええ。怪我の心配より、服を汚して帰ってくるほうが困りますよ」
ダイタムもやはり心配はしていない様子だ。
「ウェヒヒヒ……。今度は服とか持ってきますよ」
「助かります」
「なので、クライロウネちゃんのサイズを調べないと……ウェヒヒヒ」
「……え、ええ」
スプリング付きテープメジャーを出したり引っ込めたりする那蠍に、ダイタムは若干の警戒を見せる。
「ただいま、ダッド! あ、ナコチ様!」
クライロウネは那蠍を見つけると、迷いなく飛びついてきた。
「ウェヒヒヒ。こんばんは」
「ナコチ様! チョコ! チョコ! ナコチ様、チョコ! ナコチョコ!」
「那蠍ョコ新発売みたいになってる」
クライロウネの目的は那蠍ではなく、チョコである。
「こら、いかんぞ。クライロウネ」
わがままを言うダイタムを回収し、解放された那蠍はお菓子を手渡した。
「それでナコチ様。よろしかったら、滞在されていきませんか? おとといナコチ様が滞在できるようにお部屋をおつくりいたしました」
「それはいいですね。ウェヒヒヒ。とはいえ、残念ですが夜が明けると、私もいったん帰らないといけないので……あまり滞在の意味がありませんね」
すぐではないが、日が昇る時刻が近づいている。
昼になれば、ダイタムとクライロウネは日が当たらない部屋で就寝しなくてはならない。
吸血鬼は人間と違って、夜を明かすならぬ昼を使い果たすことは難しい。
日光への耐性のなさももとより、力の低下が相対的に激しすぎるからだ。
せっかくの吸血鬼の能力が下がっては、夜の活動に制限がかかってしまう。
「ナコチ様! じゃあそれまで遊びましょう。お友達ができたの! 紹介するね!」
お菓子を食べて満足したクライロウネが、そういって部屋を飛び出していった。
「ほうほう……。ウェヒヒヒ、と、友達……」
那蠍の返事を聞く前に、クライロウネはチョコを片手に部屋を飛び出して行った。
「娘は申し訳ない。どうかお付き合いします」
「え、あ、ウェヒヒヒ。はい」
ダイタムに頭を下げられ、那蠍は逃げ出せなくなった。
正直言うと、那蠍はクライロウネの紹介とは言え、あまり友達を紹介されたくなかった。
友達の友達と会うというのは、あまり共感を得られないだろうが、とてもストレスがかかる。
紹介されたんだから、友達になればいいじゃん。というのは、ある程度は人付き合いできる人の言い分である。
まして、那蠍はまだクライロウネと友達と言えるか怪しい。
クライロウネは恩人として好意を持っているだろうが、なかよし友達という段階に達していない。と、那蠍は思っている。
そんな人からの友達紹介とか辛い……。
那蠍は逃げることもできず、どんな人を連れてくるのかと戦々恐々だった。
クライロウネと同じくらいの子供だろうか?
大人かもしれない。
まさか、ロリコンのおじさんを連れてくるのでは!
「ね、NTR反対!」
「え? ど、どうされましたか? ナコチ様」
不安にかられた那蠍の妄想が捗り叫ぶと、ダイタムが心配そうに様子をうかがってくる。
と、その時、クライロウネが戻ってきた。
「ナコチ様! お友達、いっぱい来たよ!」
「いっぱい!」
大勢に来られては困る、と那蠍は身構えたが、クライロウネが連れてきた友達たちは白く半透明でふわふわと浮いていた。
顔の形がうっすらわかるくらいで、足はなく、クライロウネの周囲を守るように飛び回っている。
「お友達とは……その方たちですか……」
「そうなの。お友達が欲しいなあって思ってたら、みんなが集まってくれたの!」
「よ、よかった。人じゃなかった……。いや、それゴーストじゃないですか!」
元気よくツッコミを入れている那蠍。
幽霊の類いは怖くない。
人がいっぱい来る方が怖い。
幽霊と知って急に回復する那蠍を見て、ダイタムは安心したように説明した。
「ここは古戦場だったこともあり、戦死者が葬られた穴があったようで、そこでクライロウネの友達になってくれたそうです」
「さ、さらっと説明してますが、娘さんが憑りつかれているという発想はないので?」
「ああ、たしかに最初こそそれを心配しましたが……」
ダイタムがちらりとクライロウネを見る。
つられて那蠍も見てみると、ゴーストたちはクライロウネを守るように周囲を旋回している。
それに意思は感じられない。
「……ウェヒヒヒ。完全にクライロウネの支配下というわけですか」
亡霊たちは自我を失っている。
那蠍は状況を理解した。
「ウェヒヒヒ……。たぶんですが、私がここにダンジョンコアを置いたせい」
「ダンジョンコアですか?」
説明していなかったな、と那蠍は改めてダンジョンコアについて簡単に説明した。
「なるほど。それで遺体が魔物化……埋められていたので、幽霊となって地上に出てきていたというわけですね」
「そう。そ、それに死んでからずいぶん時間が経ってるし、意志も記憶もない。もちろん魂もないから、クライロウネの思うまま……いわば、残留思念を使ったお人形遊び」
説明を受け、さすがのダイタムも顔を顰めた。
娘は無邪気に死者を冒涜しているのでは? そう考えたのだが……。
「安心して。重ねて言うけど、魂も意志も記憶もない。つまりエネルギーだけ。パンを焼いて出てきた煙みたいなもの。煙はパンじゃないし、食べることもできない。それと同じこと」
「そうですか……。ナコチ様がそうおっしゃるのであれば、そうであるのでしょう」
那蠍のフォローは納得できたが、ダイタムは心情として抵抗があるようだ。
「ねえ、ナコチ様! でも私はみんなとお話できるよ」
「それはクライロウネちゃんの才能かと」
那蠍はちょっとだけウソをついた。
クライロウネの呼びかけに対し、クライロウネが無意識に会話の反応を想像して、それを読み取ったエコーが届いているだけだろう。
クライロウネが「遊ぼう」と話しかければ、クライロウネが遊びたいから遊ぶと返事してくれるという期待を読み取り、そのまま「遊ぶ」と返事をするだけだ。
そこに意志はなく、クライロウネに都合よいだけの存在。それがこのゴーストたちの正体だ。
真実はともかくと、那蠍はクライロウネを褒めることにした。
「クライロウネちゃん、すごい。幽霊が発生したのはダンジョンコアのせいだけど、その子たちに仮初とはいえ存在の蓋然性を高めた」
友達が欲しいと思っていただけで、そのように振舞う幽霊を確定化させた。
限りなくゼロと呼んでいい何かに、わずかな存在の片鱗を与える力。
ダンジョンコアの活動と、クライロウネの願望と才能に、この古城と古戦場という背景が加わり、ゴーストが具現化した。
「ウェヒヒヒ。クライロウネちゃん、お友達いっぱいでよかったね」
那蠍はクライロウネの頭を撫でながら、たっぷり褒めた。
吸血鬼が医師となるという想定外があったが、クライロウネが吸血鬼らしい死霊使いとなったので、那蠍は満足した。
なおこの間、ガスガスとゴーストが那蠍にぶつかっているのだが、物理的に作用しないため、クライロウネも那蠍も気にしていない。
離れて見ているダイタムは、なんの影響もないとはいえ亡霊の体当たりを受けながらも動じない那蠍を見て、さすがナコチ様などと感心している。
「コワ……」
お茶の追加を持ってきてこの光景を目撃したカルハントが、最も常識的な反応をしていた。
なお、彼も骸骨なので、この怖い光景を構成する一つであることを付け加えておく。




