束蛇那蠍は呪えない! ☆
束蛇那蠍は、憎しみで人を殺せるが、世界は傍若無人に人を殺す。
「街の者たちに報復するつもりはありませんよ、ナコチ様」
殺され吸血鬼にされ遙か遠方に飛ばされても、ダイタムはとても穏やかだった。
娘のクライロウネも、父親の意志に従った……というか、父親が殺されたところを見ておらず、地下室で震えていただけの彼女からすれば、怒り恨みつらみは薄いのだろう。
使用人という立場のカルハントは、親子の判断を尊重した。
那蠍はダイタム親子を古城へ残し、地球へと一先ず帰る。
そしてタワーマンションの最上階近くの一室で、地上を見下ろしながら思い起こす。
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束蛇家は古くからの名士であり、一族の多くが資産家である。
那蠍が五歳の時、宗家を守る祖父が死去。その遺産は遺言の通り一族に分けられた。
そのうちのひとりが、那蠍の父であった。
もともと事業に成功していた那蠍の父は、これらの遺産に手をつけず管理のみ行った。
そして遺産を受け取ったもうひとり。那蠍の父の弟、束蛇人吉は、度し難い人物であった。
まともに管理しない会社を持ち、それでありながら会社経営を名乗り、羽振りの良い生活を見せつけいた。
その活動的で印象的な様子は、テレビ受けをしてコメンテーターの真似事までしていた。
会社の実情は、火の車の経営者でありながら。
弟という立場で人吉は何度も那蠍の父に助けられたというのに、最後に金の無心を断られた時は逆恨みをする。
なんなら、今まで助けてくれたのにいきなりなんだという考えすらあったのだろう。
幼かった那蠍でも、漏れて聞こえる人吉の怒号でその人格を推しはかることができるほどだった。
そんなある日、那蠍の両親が死んだ。
人吉が未成年後見人となった。
那蠍が受け取るべき遺産は、人吉が管理することとなった。
言うまでもなく、あからさまに人吉は遺産を狙っていた。
もちろん那蠍も、人吉による両親殺害を疑った。
『主様。下知を!』
『下郎に裁きを!』
『殺す』
すでに絶対的な忠誠を持っていた3体のしもべは、すぐさま報復を申し出る。
「……待って。ちょうどいい」
いきり立つ角短たちを、那蠍は押し留めた。
なぜと問う3体に、那蠍は不気味に笑って答える。
「ウェヒヒヒ。ちょうどいい……ちょうどいいの。ど、どうやって苦しめてやろう? どうやって殺してやろう? どんな呪いがいいだろう? ウェヒヒヒ、ウェヒ、ウェヒヒ……。こんなにも呪って苦しめ殺してもいい存在が、私の前に現れるなんて思わなかった」
この様子を見て、3体のしもべはもう何も言わなかった。
思った通り、いや思った以上に、那蠍は報復に乗り気だった。しもべたちもこれ以上言う必要はないと思ったのだろう。
だが、那蠍が牙を研ぐ間に、犯人人吉の周囲と世間は大きく動いていた。
9つの子供が疑い少し調べれば、杜撰な犯行がバレるほどなのだ。
警察は捜査を開始し、証拠固めに動く。
マスコミが嗅ぎつけて、人吉と犠牲者である那蠍の両親を深掘りして報道する。
同情より大きな悪意がSNSでは巻き起こり、獲物を見つけたかのように群がり蠢く。
なまじテレビに出演し、成功者面して世間を舐めたような発言を繰り返していた人吉は、格好の的だった。
マスコミどころか、インフルエンサーや迷惑系配信者までが、人吉の生活にまで忍び寄り、人々の好奇心を満たすため、稼ぎのネタにするため押し寄せる。
そのうねりは強大で、那蠍でもどうしようもなかった。
そして事件はあっさりと収束した。
叔父の人吉とその妻が首を吊ったのだ。
那蠍は、何もしていない。
勝手に人の両親を殺し、勝手に騒がれて、勝手に絶望し、勝手に首を吊った。
事実を知った時、那蠍は負けたと思った。
人を呪って殺せる那蠍より先に、世間が彼らを追い詰めて殺した。
マスコミが連日押しかけ、人吉たちに親しい友人たちは見捨て、近隣住民や野次馬の視線、そしてネットを開けばあることないことに罵詈雑言。
普通の人たちが、なんの力も持たない人たちが、那蠍の足元にも及ばない者たちが、寄ってたかって呪い殺したも同然だった。
那蠍が持っていた圧倒的な優越感が……揺らぐ。
「なんで? 私が……私が殺せたのに? もっと……もっとうまく、苦しめて、もっとひどい死に様を……、呪って祟って怨みと憎しみで殺せたのに」
人吉夫婦自殺の一報を警察から聞いた那蠍は、呪い力を暴露するようなことを口走ってしまった。
もちろん、警察は呪いなど信じてはいないので、可哀想な遺児がカワイソウなことを口をついて出ただけだと判断する。
「こんなことくらいで死ぬなら、殺すな……。弱虫のくせに、人を殺すな!」
泣きじゃくる那蠍を、女性警察官が不憫に思って抱きしめる。
抱きしめて慰めてくれる。それ以上のことはしてくれない。
憎しみで人を殺せる那蠍は、まだ誰も殺していない。
いつでも殺せるという優越感から、まだ一歩も踏み出していない。
なのに、誰も殺さぬ、殺していないという顔して、人々と世界は、もっと多くの人を殺している。
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「そうだ。家具とか異世界に送ったから、処分したってことにして連絡しておかないと。ウェヒヒヒ。知らないで来たらびっくりする」
急に那蠍は現実へと戻った。
この心変わりは、彼女が会得した精神防衛の一種である。
自分でいくつかの家具を処分した、というショートメッセージをハウスキーパーへ送った。
これで後日、清掃に来たハウスキーパーが、家具や日用品が無くなっているのに気が付いて泥棒か何かと勘違いすることはないだろう。
タワーマンションを後にし、那蠍は麻布の自宅へ向かう。
麻布のマンション自室は、改めて未成年後見人となった親戚から借り受けているものだ。
よくあるマンション投資で部屋を買い、貸し付けるタイプの部屋である。
そのうちの一つを、那蠍は借り受けているのだ。
自殺した人吉から、急遽受け継ぐ形で未成年後見人となっている親戚の男性は、那蠍のことを煙たがっている。
表面上は優しく接してくれるが、見捨てては世間体が悪いからという理由からだ。
しかし、それでも人吉などと比べたらはるかに人格者である。
ひた隠す拒絶という悪感情はあれど悪意はなく、世間体を気にしておとなしい。なんとも普通でくだらない人物だ。
那蠍がダイタム親子を、別の自宅に招いた理由は、普段利用している自宅を秘匿する意味もあった。
クライロウネのことを可愛い可愛いと言いながら、その実、心を開くどころか遠ざけようとも考えている。
電車から降りて地上へ出ると、雨が降っていた。
スマホで天気を調べると、すぐに止むようだ。
濡れるのはイヤなので、近くのカフェ店で時間を潰すことにした。
那蠍と同様に、カフェで時間を潰している人たちが多くいた。
カフェラテを頼み、席を確保すると、近くの席から興味を引く雑談が聞こえてくる。
この街には似つかわしくない少し派手で、多めのピアスにタトゥーとイカつい格好の少年二人だ。
興奮気味に会話をしている。
「埼玉、いますごいらしいぜ」
「聞いた聞いた、剛腕ってやつらがイケてるんだって?」
剛腕。
那蠍が、呪いとともに力を与えた三人がいるグループだ。
運ばれてきたカフェラテに口をつけながら、聞き耳を立てる。
「東京から手を伸ばしてたのも追い返したし、調子にノってた外国人グループも大人しくなったそうだ」
「そこまでかよ、やるなぁ」
どうやら半グレグループを追い返し、地元を不良外国人の若いグループから取り返したようだ。
闇の玉と、プロレスラー程度のパワーと、ラッカー噴射でよくやると那蠍は感心した。そして近いうちに、様子を見に行こうと決意する。
雨が止み、長居していた客たちも順次、帰宅していく。
那蠍も一休み後、会計を済ませて自宅へと歩き出した。
「ただいまー」
いつものように、脱ぎ散らかした服は、ムカデや蛇たちが片付けてくれる。
いつものように全裸で、那蠍はソファに身を投げ出した。
『主様……』
角短が心配そうに声をかける。
これを聞いた那蠍は、億劫な体を起こして立ち上がる。
「ん……平気だよ。ちょっと疲れただけ」
そう言って、異世界へ続く鏡を開いた。
「さあ、各地においたダンジョンコアはどうなったかなぁ?」
思い立って自動化させた仕事の結果を検索する。
ざっと流し見してみると、いくかのダンジョンで魔物のような存在が誕生し始めていた。
「大型化したネズミと蝙蝠、再生能力が高くなった大蛇、牙とツノが異常発達したイノシシやシカ。ふむ、順調だね」
数はまだ少ないが、いちおう魔物と呼べるものがいた。
「で、でも、別に魔物でわけではないんだよね」
『そうなのですか? 主様』
「あくまで呪いで姿の変わった動物。だから、これを現地の人たちに魔物と思わせないといけない」
角短の疑問に答えたことで、那蠍はさらなる問題点に気がついた。
呪いの産物とはいえ、巨大化したり、牙やツノが発達すれば魔物というわけではない。似たような別の種と思われる可能性だってある。
「こ、これらを魔物って呼ぶように、広めないと」
那蠍は魔物の周知計画を練る。
あえて人に目撃させたり、襲撃してわざと逃す。
ただの大きい新しい生き物と思われる前に、「あれは伝説にあった魔物だ」と広める。
異世界の文明レベルであれば、勝手に魔物と思い込むこともあるだろうが、できれば確実性をとりたい。
結果的に時間節約にもなるからだ。
軍による討伐隊が組まれる恐れもあるが、それはそれで脅威を知らしめるいい機会にもなる。
「よし、これでいこう」
那蠍は次の方針が決まったと、気を取り直した。
食事と入浴を済ませ、いい気分でベッドに体を投げ出し、微睡に身をまかせ…………ふと気がついた。
眠気が吹き飛び、カッと目を見開き那蠍は呟く。
「あれは伝説の魔物だ、って叫ぶ役を……私がやるの?」
人前で注目を浴びる演技。
那蠍にとって、もっとも苦手な行為が、作戦に組み込まれていることに気がついた。
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少しだけ未来──。
異世界の、とある大国の、とある街。
広い森に隣接し、林業と木工が盛んで、それなりに大きな街である。
普段は木工職人と木こりが和やかに暮らしている街だが、今日は喧騒に包まれていた。
「ちくしょう! なんなんだよ、あのシカはよ!」
頭と腕に大怪我を負った猟師が、弓を失くした状態で村へと駆け込んできた。
害獣減らしのため、街に雇われている猟師だ。
「あああ、あれ、あれは……ひえ、そのあの……」
ひとりの少女が、それを見てなにか言おうとしているが、村の衆はそれどころではない。
血相を変えて猟師のもとに集まる勢いに、気圧されているようだ。
街の人たちも、なにか言おうとしてる少女を血に怯えて動けないでいる子だと思い、誰もが気にしていない。
「とにかく手当だ!」
「宿に薬売りが来てるはずだ! 買ってこい! いや呼んでこい!」
「あの、その、私、くすり……、いえすみません。あ、ですから、彼を襲ったのは……」
「邪魔だ、嬢ちゃん!」
ついに少女は邪魔扱いされて、騒動の中心から追い出されてしまった。
「あの、しょの……それ、あの……伝説の、魔物が……ついに、現れて、あ……す、すいません」
この世界に魔物が現れた。という宣告は、ついぞ那蠍の口から成されることはなかった。
遅刻を確信
のあれ




