異世界はまだ呪われていない!
新連載です。
春の昼下がり、山間の寂しい村道。
古くは街道であったと思われる名残りがある。
改装されてはいるが、趣のある商店やかつて宿であっただろうという面影ある家並みの間を、黒い服を着た少女が一人で散策していた。
祖父の葬儀のため子供用礼服姿。5歳ほどの少女が、一人不用心に歩いている。
おおらかで安全な村落ということもあり、葬儀と振舞いに飽きたであろう少女が散策に出かけても、止めるものはいなかった。
後年、イノシシやクマの出没もあってその場合は止められただろうが、今この時はまだ安全であるという意識が村の大人たちにあった。
少女は履き慣れないローファーの靴で、知っているが見慣れない祖父の村を探検する。
村で一件だけの商店前を抜けると、アスファルトが途切れて石畳がでてくる。
慣れない靴なので、足元を見ながら歩いていた少女が石畳に気が付き顔を上げる。
石灯籠が並ぶその先に、古い神社があった。
迷わず少女はその鳥居をくぐり、色褪せた神社の境内に入った。
東京に住む少女にとって、神社は大きな敷地を持った立派なものかビルの片隅に残り小さいながらも手入れがされたイメージが強い。
古い神社を新鮮な気持ちで探検する。
目新しいものは無いのに、なにもかもが珍しい感覚。
朽ちた鈴紐など、東京ではお目にかかれない。
寂れた神社が、少女にとって逆に新鮮だった。
裏手に回ると、そこは箒と熊手で長年掃除され、加えて雨で削られた地面が広がっていた。
雨水の通り道は特に削られ、ごつごつした山石が露わになっている。
その山石の合間に黒い何かが見えた。
少女がそれを認識した瞬間、何か得体の知れない黒いモヤが吹き出す。
少女は首を傾げ、恐れずその黒いモヤが広がる一帯に踏み入れた。
山石に挟まれ、土の中から黒い壺が顔を覗かせていた。
数日前の雨で土が削られて姿を現したのだろう。
土で汚れる黒い壺に手を伸ばし、山石を払って取り出す。
黒い茶壷のようで、蓋がある。
少女は当然のようにそれを開けた。
この日この時、彼女はこの世界で唯一の呪い師となった。
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「あれぇ? ナコチじゃぁん。なにしてんの?」
「なこち? なに?」
「こいつの名前、ナコチ」
「なこち〜? ぎゃは、変な名前ぇ〜」
「この子ってさぁ。人とか呪ってそうだよねぇ」
東京タワー近く、午後3時の公園。
他人が聞いたら悪意しか聞こえない言葉が、外回りのサラリーマンの耳に入ってきた。
声のした方を見ると、中学生ながら派手めな三人の少女が、一人の小柄な少女を囲んでいた。
小柄な少女は──、なるほど。そう考えては悪いが、たしかに呪いそうな女の子だとサラリーマンは思ってしまった。
ぼさぼさの長い黒髪に、目元に隈のある大きな目。可愛らしい目なのに、大きく見開かれていて焦点があっていない。
無関係で少女に先入観のないサラリーマンでも、その目は不気味に思うほどである。
口は大きく薄ら笑い。猫背で下から派手めな少女たちを見上げ、大きな胸を庇うかのようだ。
通りすがりのサラリーマンは、嫌な場面を見ちゃったなぁと顔を顰めた。かといって、やめろというわけにはいかない。
中年の冴えないサラリーマンが、盛り上がっている中学生たちに声をかける方が社会的に眉をひそめる行為とうつるだろう。実情は違ったとしても、だ。
暴力や恐喝などにエスカレートするならば、止めに入ろうとサラリーマンは決意した。
が、それは杞憂であった。
「ウェヒヒヒ、そ、そうだね……。サ、サービスで先輩たちが嫌いなやつを呪ってあげましょうか?」
「ちょ……ガチ?」
「はぁ? キモ。ちょっとからかっただけじゃん」
「本気にしないでよね!」
悪意剥き出しだった派手目な少女たちが怯む。
小柄な少女が悪意を受け流し、冗談めかした反撃をしたせいで悪意は霧散した。
謝罪や発言を撤回ではなく「からかいだった」と弱気の訂正をすることによって、派手めの少女たちは完敗となった。
派手めな少女たちも自覚があったのだろう。
恐るように何度も振り返りながら、小柄な少女から逃げ去っていく。
サラリーマンは安心した。
彼女は強そうだ。いや強い。
悪意が陰にある言葉を受けても、跳ね返す強さとウィットさがある。
それはそれとして、あの笑い方……怖かったな。と、ひどい感想を抱きながら、サラリーマンはその場を立ち去っていく。
残された小柄な少女、束蛇 那蠍は胸に抱いていた髪と抑えていた胸を開放して小さく不気味に笑っていた。
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「ウェヒヒヒ……きゅ、急に話かけられてびっくりした」
周囲の人が聞き取れないくらい、か細い独り言。
しかしそれを聞いて、答える声があった。
『主様、やつら。処しましょうか?』
那蠍の長い髪を書き分け、左肩にアオメアブが姿を現した。輝くような緑の大きな複眼を持ったアブである。
そんなアオメアブが語り掛け、那蠍は当然のように答える。
「い、いいわよ、角短。の……呪いそうっていうか、実際ワタシ、呪うし」
アオメアブの名は角短。
角短と書いてソウタンと読み、「そーたん」と発して呼ぶ。決して、「つのみじか」とは読まない。
『呪うのですか? 主にあれほどの口を利ける豪胆ぶり。もったいない」
那蠍の長い髪を書き分け、右の耳裏から這い出してきたセグロアシナガバチが、悪意を持ってからかってきた少女たちを豪胆と評した。
「ウェヒ、ヒヒ……。大丈夫だよ、足高。あ、あの子たちを、呪ったりしないから」
セグロアシナガバチの名は足高。
足高と書いてアシコウと読み、「アシコ」と発して呼ぶ。決して、「あしだか」とは読まない。「あしたか」と読むのはもってのほかである。
『豪胆? 愚かなだけ……』
那蠍の大きな胸の谷間から小さなニホンミツバチが顔を出し、足高の少女たちに対する評価を言葉みじかに訂正する。
「そ、そうかもしれないね、羽斑」
ニホンミツバチの名は羽斑。
羽斑とかいてワマダラと読み、「マダラ」と略して呼ぶ。決して、「はねまだら」とは読まない。約束だ。
那蠍は7年前。
五歳の時、神社の裏手で古代に埋められた蟲毒の壺を拾った。
蟲毒とは、毒蛇やムカデや蜂、カエルといった生き物を密封した容器に入れ、互いに殺し合わせて勝ち残ったモノを呪術の素材にするというものである。
諸説あり、那蠍は蟲毒の正確な作法と使用法を知らない。
しかし彼女は太古の蟲毒で、勝ち残ったモノを使役する呪い師となっていた。
いざとなれば、蜂やムカデで人を苦しめて殺せる。
先輩たちが言うように、那蠍は本当に人を呪うことができる。
そういった常人にはない能力を持つゆえに、那蠍は面と向かって悪口を言われたり、からかわれたり、根も葉もないうわさや広がろうとも動じない。
力を持つ優越感が、彼女の鷹揚さに繋がっていた。
いつでも殺せるという歪んだ優越感だ。
だが、彼女にもコンプレックはある──。
「ウェヒヒヒ……。でもいきなり話かけられるのは、怖い。せ、先輩たち、眩しいから……」
見事に言い返したはずの那蠍だが、実際はいっぱいいっぱいであった。
彼女は自分が陰キャであることを自覚している。
会話は一方的になりがちで、いつも「はい」というのが精いっぱいだ。
さきほど公園で見事に切り返せたのは、たまたまである。ダイスロールでいえばクリティカル……、いや会話で致命的とか批判的とか危機的な意味ではなんなので……。大成功しただけで、いつもはあんな風に言い返すことなどできない。
『主様……』
『主よ……』
『主上……』
右耳、左肩、胸の谷間で、しもべである羽虫たちが言葉に詰まる。
《《彼女》》たちも、那蠍の性格をよく理解しており、下手な慰めは逆効果だとも知っている。
「ウェヒヒヒ。大丈夫だよ。わ、ワタシにはみんながいるし」
『主様……』
『主よ……』
『主上……』
しもべたちは、感激の声を漏らした。
同じ言葉だが、声の震え具合が違う。
なんとも人間染みた性格を得た蟲毒であった。
那蠍は都営大江戸線に乗り、人にぶつからないよう身を竦めながら電車に揺られる。
降車する人混みから一歩遅れて、麻布十番駅で降りた。
人と乗り合わせてしまうエレベーターを使わず、階段とエスカレーターを使って地上へ出る。
細い一方通行の道があちこちめぐり自動車では自由に走れない路地を進み、通行人と視線が合わないようにうつむき、低層マンションの自宅へと向かう。
稀に外交官ナンバーの車とすれ違い、人混みに怯えるような猫背で自宅のあるマンションへたどり着く。
低層ながら一階にはスーパーが入り、利便性が高い。
共用エレベーターに乗って、4階へ。
自宅は3LDKで、古い間取りとあって一室の面積はさほど広くない。
だが、荷物の少ない中学生の1人暮らしでは充分すぎる自宅だ。
帰宅し玄関を上がるなり、那蠍は制服を脱ぎ散らかし下着姿になってリビングのソファに身体を投げ出した
すぐに家具の隙間から人の腕ほどの大きさのあるムカデたちが這い出し、脱ぎ散らかされた制服をクローゼットにしまう。
那蠍はソファの上で、もぞもぞと靴下を脱ぎ棄てる。今度はテーブルの下から這い出た大蛇が、靴下を洗濯カゴへと放りこむ。
見る者がみたら、蟲毒とは? と疑問を浮かべる光景だ。
蟲たちが便利すぎて、呪いの素材とは思えない。
なお、このマンション。全面ペット禁止である。
ちなみに、このマンション。築年数のわりにゴキブリやネズミが少ない、ほとんどいないと好評である。なぜであろうか?
それはそれとして、カエルやクモは蚊やハエを捕食する。
蛇はネズミを。アブはカメムシなどさまざまな虫を。ゲジやクモはゴキブリを。
ところでこのマンションに、なぜゴキブリやネズミがいないのだろうか?
なんとも不思議である。
マンションの他の住人が、隠れて犬猫を飼えば、怯えて縮こまるという。
なぜだろうか? 不思議なことがあるものである。
きっと隠れて飼っているから、飼い主のうしろめたさが犬猫にも伝わるのだろう。知らんけど。
ついに那蠍は下着も脱ぎ捨て、小柄な中学生とは思えない胸もさらけ出し、ソファの上でだらりと四肢を投げ出した。
那蠍は裸族であった。
彼女は言う。これはズボラではなく、人の本来の姿だと。
角短は言う。人ならば服を着るべきだ。それはズボラだと。
「ウェヒヒヒ。うん、それは禅問答だね」
『主様……』
那蠍はうやむやにし、角短は説得を諦めた。
「明日から夏休みかぁ……。どうやって暇をつぶそうかなぁ」
中学生の少女らしい悩みを吐露し、裸のまま微睡みに身をまかせ、昼寝をしようと目を閉じた──。
次の瞬間、那蠍はおぞましい気配を感じて跳ね起き、床を蹴ってソファを盾に身をかがめる。
主の咄嗟の行動に驚いた蟲たちだったが、すぐに警戒するべき存在を感じ取り、リビング中央に各々が牙と針を向けた。
那蠍たちが見守るリビングの中央にそれは居た。
一言で表すならば天使。
蟲毒の毒虫たちに囲まれる那蠍を対極のように、輝かしい存在だ。
長くつややかな金色の髪。白い羽を背に、神々しく輝く中性的なソレ。
ソレは伏せていた長いまつげを上げて瞼を開き、警戒する那蠍に優しく語り掛けた。
「やあ、キミがこの世界の女神かい」
ちょっと思いついたの書いてみました。
蜂たちはモデル?元ネタがあります。




