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森へ向かって歩いていくシヴァリーに気が付いたカポックも、すぐに気持ちを切り替えて集中する。その顔色が変わったとき、食事を終えたジェットがぴょんっとジェマの肩に飛び乗って2本の足を挙げた。
「ピィッ! ピィッ!」
ジェットの警告に、ジェマとジャスパーも構える。ハナナだけはいつものような余裕を保ったまま、手元の書物をパラパラと目にも止まらぬ速さで捲る。
シヴァリーとカポックが足を止め、剣を抜く。その切先が向かった先、森の少し奥まったところにある茂みがガサガサと揺れ、ひょこっと何かが顔を覗かせた。
スクロファドメスティクスに似ている顔。特徴的な鼻についつい視線が向く。けれどスクロファドメスティクスに近しい黒豚型の精霊であるジャスパーと比べると、その顔つきの醜悪さが目に付く。
立ち上がると茂みから飛び出した巨体が露わになる。まだ距離があるというのに姿がよく見える。その巨体からは魔力が滲み出て、緑色の靄が掛かっているようにも見える。その顔、口から頬に突き刺さらん勢いで生えている牙が特徴的だ。
「オーク種ですか」
「あの大きさは恐らくオーク種序列二位のハイランドオークでしょうね。この辺りは基本的にオーク種かゴブリン種、スライム種以外の発生は報告されていませんから。その中の上位種が出てくるだけで街は大騒ぎでしょう」
「なるほど。最上位種のオークキングほどではないでしょうが……素材も高く売れそうですね」
ハナナの解説に、ジェマは喜び勇んで【マジックペンダント】と【マジックリング】を構える。それに同調するようにジャスパーが蹄を構えつつ魔力を集め、ジェットがシューシューと糸を作る準備をする。
「ジェマ、流石にハイランドオークは……」
シヴァリーが口籠もるものの、ジェマは自信満々に構え続ける。
「大丈夫です! ハイランドオークについての知識もありますから」
ジェマは初めて相手取るレアな存在にワクワクしていた。けれどシヴァリーとカポックの表情は晴れない。これまでどれだけジェマの強さを見てきたとはいえ、グランドオークは冒険者の中で上から2番目のランクである金ランク以上のパーティーの討伐が推奨されている。
ジェマは冒険者ではなく、一介の道具師。いくら強いとはいえど、単騎で突入することは望ましくない。これまでジェマが戦ってきた相手とは格が違う。
「ジェマさん、それでも気をつけてくださいね。知識だけでは戦えない相手がいること、それはジェマさんも理解しているでしょうから」
ハナナはそう言ってシヴァリーとカポックから庇うようにジェマに微笑みかける。そこにあるのは信頼。世の中にはどうにもならないこともある。けれど信じてみなければ始まらないこともある。
シヴァリーとハナナ、カポックはそれぞれの答えを己の中に見出していた。警護対象としてジェマを守らなければならない責任と、友人としてジェマの成長を願う想い、身を案じる想い。その狭間で、選ぶ答えは全員違う。
シヴァリーは隊長としても友人としても、ジェマの身を案じる。ハナナはジェマの実力を信じ、成長を願う。カポックは騎士としての責任を持って、ジェマを守ることを誓う。
どの答えも間違いではない。どれも正解で、どれも完全ではない。
きっとこの場での正解は、ジェマの瞳の輝きを失わせないこと。
シヴァリーは小さくため息を漏らした。
「無理はするなよ。ジェマの身は私たちが必ず守る」
シヴァリーの鋭い瞳がジェマを貫く。ジェマはその視線に微笑んで頷いた。
「大丈夫です。必ず素材を採取します!」
ジェマの言葉に同調するようにジャスパーとジェットも頷くと、シヴァリーは苦笑いをしながらジェットの頭をつつくように撫でた。
「おい、シヴァリー……」
カポックは眉間にシワを寄せてシヴァリーを見る。その不満をそのまま表情に表したような顔にシヴァリーは小さく微笑んだ。
「大丈夫だ。私たちが守るのだろう?」
「それはそうだが……前にいられるのと後ろにいられるのとでは違うだろう?」
「戦力が増えたと思おう。それにジェマが傷つくようなら黙っていないのがついているからな」
シヴァリーが自信ありげにジェマの肩を見る。その視線の先、ジャスパーとジェットはもうやる気満々だ。カポックはジェットを見て少し躊躇って、けれどシヴァリーに視線を戻して頷いた。
「分かった。シヴァリーの決定に従おう」
「ああ。頼りにしているぞ」
カポックの肩にシヴァリーが手を置いたとき、ドスンドスンと地響きを鳴らしてハイランドオークがジェマたちの方へと近づいてくる。それぞれ、再び構えの姿勢を取る。
「さあ、やりましょうか。私は後方支援に回ります」
書物をパラパラしていたハナナが、弓矢を構える。
「了解。私とジェマで前衛、カポックは私たちの援護を頼む」
「了解」
4人と1匹と1柱。剣、弓矢、魔道具、魔法。多様な攻撃が大きすぎる動く的に向かっていく。
「ジャスパー、お願い!」
「奈落」
ジェマの声に合わせて先制して魔法を発動したのはジャスパー。地面が窪み、ハイランドオークの巨体が地面に沈み込む。
「泥沼」
ジャスパーの立て続けの攻撃で身動きが取れなくなったハイランドオーク。そこにジェマとシヴァリーが飛び掛かっていく。