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 道具師ギルドを後にした一行は、騎士団詰め所には戻らずに近くの森へ向かった。



「詰め所は息まで詰まるからな」



 ニヤリと笑ったシヴァリーは、森の中の少し開けたところにドカッと腰を下ろす。カポックは周囲を警戒し、ハナナがレジャーシートを敷いてジェマに手を差し伸べた。



「ジェマさん、ジャスパーさん、ジェットさん。こちらにどうぞ」


「ありがとうございます」



 ジェマたちは有難くレジャーシートに座る。その間も警戒を緩めないカポックに、ハナナは悲し気な視線を向けた。けれどすぐに表情を取り繕うと、いつものように優しく微笑んだ。



「カポック、ありがとうございます」



 ハナナの穏やかな声に、カポックは黙って頷いて警戒を続ける。この街の危険を身をもって知っているがゆえに警戒を怠らないカポック。その気持ちを察し、何も言わないシヴァリーとハナナ。警戒しなくていい、そんな言葉はカポックには言えない。


 ハナナはカポックの背中を見つめる。ハナナ自身、騎士としても貴族としてもこの街の闇に触れてきた。けれど自分自身が奴隷に落とされたことはない。


 奴隷に落とされた人々と接し、その心のケアに尽力してきたとはいえど、その気持ちの全てを理解できるわけではない。凄惨さにどれだけ胸を痛めても、喉元過ぎれば熱さを忘れるのが人間だ。骨身に染みた感情でなければ、すぐに忘れ去る。


 シヴァリーはハナナの痛みを共有しきれない苦しさを映し出した表情に、小さく微笑む。滲み出るハナナの心優しさ。シヴァリーがハナナをこの部隊に勧誘する理由になったハナナらしさ。身を滅ぼしかねない危うさを内包したそこが、部下たちを惹きつける。



「ジェマ、そろそろ昼食とするか」



 ジャスパーの言葉にジェマが左肩に顔を向けると、ジャスパーは右肩を指さしている。ジェマがそちらを見ると、ジェットが空腹でぺしょっと肩に身を預け切っていた。ジェマはようやく、ひしひしと伝わって来る空腹の訴えに気が付いた。



「そうだね。ジャスパー、何かあるかな?」


「ああ。この間作って置いたやつを【次元袋】に入れてある。一応シヴァリーたちの分もあるが。そっちは昼食の用意はあるのか?」



 ジャスパーがシヴァリーに視線を向けると、シヴァリーは肩をすくめた。



「私たちは用意がありません。分けてもらっても良いですか?」


「仕方がない。分けてやろう」



 ジャスパーはそう言いながら、はたと手を止めた。



「どうする? ジェマと我用に作ったものと、ジェット用に作ったものがあるが」



 明らかに調理されているものと、魔物の生肉。シヴァリーの表情が流石に引き攣った。



「ジェマとジャスパーさんと一緒で良いですか?」


「ふんっ。そう言うと思ったな」



 ジャスパーは5人分の食事とジェット用の食事を取り出す。ジェットはジェマの肩からぴょんっと飛び降りて、食事の前でそわそわとうろちょろする。ジェマはその姿を見て微笑みながら手を合わせた。



「いただきます」


「ピッ!」



 ジェットは同調するように2本の足を上げて、すぐにガツガツと食べ始める。ジェマはそれを微笑ましく見守りながら、ジャスパーお手製のハーブで燻製された干し肉を挟んだサンドイッチを食べ始める。少しパサついたそれに、ジャスパーお手製の柑橘系のフルーツを使ったさっぱりしつつも甘じょっぱいソースがよく合う。



「このソースのおかげでパサつきが気になりませんね」


「ああ。それに、そもそもこの肉、普通の干し肉と違って中に旨味と柔らかさが閉じ込められて残されているのがまた素晴らしいな」



 褒めちぎるハナナとシヴァリーに、ジャスパーは誇らしげに胸を張る。



「ふんっ。悠久の時を生きているんだ。これくらいのことはできるさ」



 そう言いながらも照れたように鼻の下を掻く。その様子にジェマとシヴァリーが笑い、シヴァリーからこそっと様子を聞いたハナナもくすりと笑う。少し離れて警戒しているカポックの元に、ジェマがそっとサンドイッチを差し出した。



「カポックさんもどうぞ」



 カポックは一瞬躊躇って、けれど片手で食べられそうなサンドイッチを見て、静かに手を伸ばした。



「いただこう。ありがとうございます」


「いえ。警戒していただいてありがとうございます」



 ジェマは柔らかく微笑む。カポックは頷くと、再び視線を森の方へと向ける。



「それが俺の任務だからな」



 その淡々とした、どこか突き放すような物言いにジェマは安心感を覚えた。



「カポックさんがいてくれることが、凄く有難いです」



 仕事熱心なことは周りに付き合いづらさを感じさせるかもしれない。けれどその実直さは仲間や守るべき対象を救う力となる。


 ジェマは【次元袋】を漁って、小さなクッキーを取り出した。



「これも、どうぞ。シヴァリーさんたちには内緒ですよ」


「ふっ。ありがとうございます」



 カポックは小さく微笑んで、屈んでジェマからクッキーを受け取った。


 その姿を見つめていたシヴァリーたち。ジェマの声が聞こえていたけれど、何も言わずに2人の微笑ましい姿を見守っていた。


 その時、気を緩めたカポックの代わりに警戒を強めていたシヴァリーがチラリと森の奥に視線を向けた。そして静かに立ち上がった。





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