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道具師ギルドのギルドマスターに先導されて、ギルドマスター室へ案内される。ドアが開くと、確かに部屋中にお茶の香りが満ちていた。机の上は雑に拭き取られ、少し水の跡が残されている。
「いや、急いでいたものだからね、すまないすまない。そこのソファに座ってくれたまえ」
そう言いながら、ギルドマスター自らお茶を注ぐ。ジェマたちの前に湯呑みを並べると、向かいのソファに腰かけた。
「ああ、そういえばバタバタしていて自己紹介もまだだったね。俺はこの道具師ギルドのギルドマスター、アイレット・レースだ。ジェマ・ファーニストさんとその契約精霊、契約魔獣のことは先ほど情報登録をしてもらったから分かっているんだが……」
アイレットの視線がシヴァリーたちに向けられる。訝しむような、警戒するような。一般に騎士に向けられる視線。シヴァリーは特に気にする様子も見せずに微笑んだ。
「騎士団ファスフォリア支部第8小隊長シヴァリー・ケリーです。こちらは部下のハナナ・バイオレット、シェフレラ・エイトです。第2王子の勅命でジェマの警護をしています」
「王命か……」
アイレットは深く考え込む。そしてその視線が手元のモニターに向かう。珍しい近代的なモニター。そこには受付で登録された道具師情報が登録されている。
「ジェマさんはまだ駆け出しの道具師だよね。それにしては開発登録している道具が多いところは珍しいけれど、それ以外にこれといって突出している情報はない。彼女が護衛されている理由は、秘匿なのかな?」
アイレットが探るような視線をシヴァリーに向けると、シヴァリーはにこやかに微笑んだ。
「はい、秘匿です。その情報が洩れることでジェマに危害が加わる可能性がありますので。ただ、ジェマに何かあれば第2王子が持ち得る力の全てで報復をするつもりであることだけは伝えても大丈夫とのことです」
シヴァリーの言葉にアイレットの表情が引き攣る。柔らかな空気の中に確かに存在している権力による威圧。アイレットは深く考え込む間もなく、頷くしかなかった。
普段のシヴァリーならばこんな手段は取らない。けれどこの街では必要なことだった。優しさだけでは商売は成り立たない。商売が精神性に根付いたこの街では力こそ全て。弱い部分を見せればその隙を突かれて巻き上げられる。正々堂々を謳った商売も、結局は力には折れざるを得ない。
ジェマは心苦しく思いながらもただ微笑む。余裕のある態度を崩さないことは経営者に必要な態度。コマスでは特に。正しい選択をし続けなければ、先行している勢力に叩きのめされて失墜する。この街で商売をするわけではなくても、この街で生まれた噂は国中の商売人に広まる。そして力ある者の言葉が正しいものになる。
「分かった。深くは聞かない。それで、今日の用件は何かな?」
「ファスフォリアの〈エメラルド商会〉からお手紙が届いていないかと思いまして」
「ちょっと確認するから待っていてくれ」
アイレットは立ち上がると、部屋の隅にある鍵付きの棚を確認する。そして2通の手紙を手に戻ってきた。
「ジェマさん宛のものは2通届いていたよ。1通は〈エメラルド商会〉で、もう1通はオレゴスの〈タンジェリン〉からだ」
タンジェリンといえば、スレートの両親であるターコイズとアイオライトが経営している店だ。ジェマは祖父母からの手紙に思わず目を輝かせた。
まずは〈エメラルド商会〉からの手紙。またしても商品が売り切れた旨と商品の追加納品の依頼。そして最後に、旅の無事を願う言葉が連ねられていた。予定よりも長引いている旅程。ラルドも心配していることが伝わってきて、ジェマの心が温かくなった。
「手持ちの商品を〈エメラルド商会〉へ転送したいのですが、よろしいでしょうか?」
「いや、転送は高コストだからね……」
アイレットが渋ると、シヴァリーは懐から封書を取り出した。ジェマへの協力要請が記載された第2王子の王命とグレン騎士団長の署名。アイレットは2つの大きな力を前に肩を落とした。
「分かった。協力しよう」
ジェマは心が痛んだが笑顔を維持する。他の街でのように信頼を獲得するような方法はコマスでは向いていない。歴史を重んじるような街でジェマに勝算はない。街中に店がないなら余計に難しい。旅を少しでも遅らせたいシヴァリーとジャスパーでも許容できないほど膨大な時間が必要になってしまうこの街の風潮。
新人潰しとも言われることがあるその風潮を相手取るためには、ジェマには足りないものが多すぎる。今はただ、持ち得る力に頼るだけしかできない。
アイレットに案内されて、この道中で制作した商品をファスフォリアの〈エメラルド商会〉に転送する。ジェマは内心自分で転送させた方が楽な上に心も痛まなかったと考えてしまう。けれどそこまで手順を簡略化してしまうと、今後この街で何かをしたいと考えたときに不利益を被る。
飛ばしても許されること、許されないこと、飛ばさざるを得ないこと。その判断に苦しむ。ジェマは小さくため息を漏らした。