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まじまじとティーカップを見ているジェマにつられて、シヴァリーも同じように観察してみる。けれど特に気になることはなくて首を傾げた。
「ジェマさん、どうなさいましたか?」
長い沈黙に痺れを切らしたようにグレンが聞くと、ジェマはハッとして慌てて微笑んだ。
「いえ、ファスフォリアにはない形のティーカップだなと思いまして」
「そうなのですか? コマスではこの形が一般的なのですが」
ファスフォリアでよく見るティーカップといえば、薄い陶器に絵柄が描かれたもの。外側の底と内側の底の間も薄く、熱が逃げやすいような構造になっている。
一方でコマスのティーカップは厚い陶器に、模様ではなく全体的にべったりと色が塗られている。特に底が厚い。外から見た印象より、上げ底になっている分内容量が少ない。しかしそのおかげで熱が逃げにくく、長く風味を楽しむことができる仕組みになっている。
「面白いですね。この底の部分はどのような構造になっているのでしょうか?」
「聞いた話によると、中は空洞になっているそうですよ。紅茶を注ぐ前に底だけをお湯に浸けて空洞内の空気を温めて保温効果を持たせているとのことです」
「なるほど……」
底の空気を温めたくらいでは、そこまで長い時間の保温効果はない。ジェマはジッと考え込んだまま、1口紅茶を啜る。香り高く、爽やか。それでいて甘みもあって口当たりが柔らかい。
ジェマが考え込んでいる様子に、シヴァリーは小さく笑みを零す。シヴァリーにとって、ジェマの好奇心に満ち溢れた天真爛漫な笑顔の次に好きな表情だった。真剣で、一生懸命。楽しいだけでなく、誰かや未来を見据えている優しい瞳。守りたいと心から思った。
ハナナのような淡い想いではない。ただ兄が妹を案じるような、そんな気分。兄弟はいないけれど、小隊の騎士たちの身を案じるよりも心配で堪らなくなるような、家族の温かさに近い感情。
グレンは戸惑った様子でジェマを見ていたけれど、紅茶を半分ほど飲んでから立ち上がって机に向かった。サラサラと羽ペンで何かを書き込むと、書いたばかりの封書をシヴァリーに手渡した。
「道具師ギルドへ行ったらこれを受付で提示すると良いでしょう。ギルドマスターへの取次をしてもらえるはずです」
「ありがとうございます」
シヴァリーはそれを受け取って懐に仕舞う。ジッと考えていたジェマは、ギルドマスターという言葉にハッとしてシヴァリーに慌てたような顔を向ける。
「すっかり忘れていました。またラルドさんからお便りが届いているかもしれません。今日中に道具師ギルドに行きたいです」
シヴァリーは柔らかく頬んで頷く。
「分かった。紅茶を飲んだら向かおう。外で待機している隊員たちと合流したら部屋のことはユウに任せて、ハナナとカポックをつれて行く。この街のことに詳しいからな」
この街出身のカポックと、騎士になる前から貴族としての外交の関係でこの街を訪れることが多かったハナナ。2人がいれば迷子になることはまずあり得ない。
「分かりました。準備ができ次第行きましょう」
仲が良さそうな2人の様子を見ながら、グレンはどこか羨むような表情を浮かべる。その脳裏には、かつて存在した妹の姿。頭を振ってその幻影を追い払う。
ジェマとシヴァリーは紅茶を飲み干し、ジャスパーと共に騎士団長室を後にした。
街の外にいた騎士たちと合流して、用意された部屋に荷物を置く。荷解きとルームメイクは残る騎士たちに任せて、ジェマ、ジャスパー、ジェット、シヴァリー、ハナナ、カポックは道具師ギルドへと向かう。
冒険者ギルドは、こちらも細かい彫刻が施された石造りの建物。重たい木戸を開いて中に入ると、中の構造はどこの道具師ギルドとも変わらない様子。けれどここには受付がない。
代わりにカウンターに設置されているのは、なにやら不思議な魔道具。箱のような形で、やけに近代的な装置だ。
「コマスにはどんな商品も流れ込んでくる。こういう近代的な珍しいものも例外ではない」
カポックはそう言うと、使い方を説明し始めた。なんでも、冒険者ギルドにも同じものがあるらしく、騎士として冒険者ギルドを訪れたときに利用したとのこと。
ギルド証を翳すと、そこからデータが読み取られる。誰が操作しているのか確認すると、次は用件を入力。ギルドマスターに顔通しをしたい旨を入力すると、機能が停止した。
「……え?」
ジェマはきょとんとしてしまう。その様子に離れて見守っていたシヴァリーたちも首を傾げる。
「これは、どういうことだ?」
「いや、分からない」
カポックも眉間にシワを寄せる。誰も何も分からなくてしばらく魔道具をつついたり操作してみたりしたけれど、何も起こらない。するとそのとき、2階から男が駆け下りてきた。
「あ、いたいた! 君たちか! すまないね。こちらに情報が来たのだが、迎えようと思ったら膝をぶつけてお茶を零してしまってね」
やたらと響く声と、豪快な笑い方。力強さとオーラの強さを見ただけで、ジェマはこの人がギルドマスターだと確信した。