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一晩街中の宿で寝泊まりをしてから、ジェマとジャスパー、シヴァリーは2人と1柱で騎士団詰め所を訪れた。少数精鋭。シヴァリーの作戦の内だ。ジャスパーが見えるかどうかは分からないけれど、どちらにしても心強い。
シヴァリーはやけに自信満々で騎士団詰め所の前に到着すると、門を叩いた。すると今日も出て来たあの男。相変わらずシヴァリーとジェマを見下すようにニヤニヤと見下ろす。
「また君たちか。汚らしい」
ふんっと鼻を鳴らした男に、シヴァリーはにこやかに懐から取り出した封書を突きつけた。フルール・ド・リスにコアラの紋。第2王子の紋が刻まれている。
「こ、これは……」
男は一瞬たじろいだ。けれどすぐに気を取り直してまた鼻を鳴らす。
「ど、どうせ偽造だろう。文書偽造で訴えてやる!」
強気に笑う男に、ジェマはドキドキと緊張する。一方でシヴァリーはやれやれと首を横に振る。その様子には余裕があって、ジェマは少し安心した。
「騎士団長なら見分けがつくと思いますよ」
「何? 俺では不十分だと言いたいのかっ」
男は憤慨して、大声を上げる。ジェマが肩が跳ねそうになるのを懸命に我慢している間にも、シヴァリーは堂々とした態度でにこやかに笑う。
「王族の勅命とあれば、騎士団長か王族に指名された者が対応することが義務付けられています。それくらいのこと、聡明な貴族様ならお分かりでしょう?」
シヴァリーは静かに微笑む。男はその煽りに顔を真っ赤にして口を開きかけたけれど、そこにカツカツと足音が響いてきた。
「ドレス第2小隊長。私は可愛い部下を王家反逆罪で突き出したくはありませんよ」
静かながら威圧感のある声。シヴァリーと男の間には静かな威圧感がある。ジェマはひゅっと息を飲む。ジャスパーはジェマの緊張をほぐそうとするかのように、蹄でジェマの頬をつんつんとつついてやる。ジェマはその優しさに安堵して小さく微笑む。
「グレン団長……」
ドレスと呼ばれた男は、悔しそうに唇を噛んだ。けれどグレンがギロリと睨みつけると、グッと黙り込む。満足気に微笑んだグレンは、ぽんっとドレスの肩に手を置いた。
「今日の訓練は私の代わりに指揮を頼むよ」
「分かりました!」
急に嬉しそうに胸を張ったドレスが走り去っていく。その背中をジェマは怪訝な目で見送った。その素直な表情にジャスパーは必死に笑いを堪える。
「さて、お2人はこちらへいらしていただけますか?」
「分かりました」
グレンはにこやかに微笑んで先導する。優しそうでありながらも緩まらない警戒。シヴァリーが気楽に無警戒を装ってついて行くのを見て、ジェマも緊張を営業スマイルで誤魔化して後について行く。
到着した騎士団長室で、シヴァリーとジェマは並んでソファに腰かける。その向かいに座ったグレンは、改めて背筋を伸ばした。
「私は騎士団コマス支部騎士団長、グレン・チェックです。改めまして、先ほどは部下が失礼をしました」
グレンが深々と頭を下げると、シヴァリーは謙遜したふりをして首を横に振る。
「いえいえ。こちらこそ急な訪問を失礼しました。私は騎士団ファスフォリア支部第8小隊長シヴァリー・ケリーです。そしてこちらが、道具師のジェマ・ファーニストさん」
ジェマは静かに一礼する。グレンは道具師と聞いて眉をピクッと動かした。けれど何も言わない。ジェマは内心ヒヤヒヤしなから微笑んだ。
「ところで、先ほどの封書の件ですが」
「はい、こちらに」
グレンはシヴァリーから受け取った第2王子の封書を見つめる。
「これは、確かに本物ですね。中身を見ても?」
「ええ、構いません。こういう、素直に中に入れていただけないときのためにと持たされたものですから」
シヴァリーはにこやかに煽る。その様子にグレンは眉間にシワを寄せたけれど、何も言わない。部下の不敬があった以上強く出ることができない。
グレンはじっくりと勅命に目を通すと、顔を上げてジェマを見据えた。
「この方が、今回の警護対象なのですか?」
「はい。この旅が終わり次第、第2王子への謁見も求められているほどの道具師ですよ」
「ふむ……」
グレンはジッと考え込む。傍から見れば、ただの駆け出しの道具師。安直に考えれば、第2王子のお気に入り程度の存在。技量よりも容姿が目当てだろうと予想されてもおかしくはない。もちろんそんなことはないけれど。
「承知しました。この街での滞在期間にはこのコマス支部に宿泊してください。お部屋には後でご案内しましょう。それから道具師ギルド長へも連絡を取って、あちらでもスムーズに出入りができるように手回しをしておきます」
「何から何までありがとうございます」
打って変わって恭しく頭を下げるシヴァリーに、グレンは肩を竦めた。第2王子の勅命の中に各地騎士団詰め所への宿泊と道具師ギルド長への謁見を阻害してはならないこと、と記載されている。グレンの提案は親切ではなく、命令に従っただけ。それを分かっていながらわざわざ恭しく振る舞うのは、ただの煽りだ。
「すぐにお部屋をご用意いたしますが、それまでの間はごゆっくりお休みください」
グレンはそう言いながらティーカップを差し出す。紅茶の香りが高く、紅茶に疎いジェマにも良い茶葉を使っていることが分かった。
香りを楽しみながら、ジェマはティーカップの中を覗き込む。そしてまたティーカップの外、中、と怪訝そうにじっくりと観察し始めた。