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長く感じられた忙しい1日が終わり、店仕舞いをしているとシヴァリーがやってきた。
「護衛の交代で来たんだが。ナンからハナナのお兄さんが来たって聞いてな。何の話だった?」
シヴァリーがジェマを見下ろすと、ジェマはほくほくとした表情で笑う。
「【次元財布】の特注依頼でした! お財布に対するこだわりの強い方で、普段持ち歩いている麻の財布にも、自分で縫物をしてポケットを付けてみたり、飾りをつけてみたりしているそうです!」
普通の客としての姿に、シヴァリーは苦笑いを浮かべた。そして小さくため息を漏らす。
「あの人らしいな。でも、きっとそれだけじゃなかったんじゃないですか?」
今度はジャスパーに視線が向けられる。ジャスパーは真剣な面持ちで頷いた。
「ああ、王家からの手紙を渡された」
「……絶対そっちが本命の用件でしょう」
「……そのはずだが、本人の熱量も【次元財布】に向けられるものの方が凄まじかったぞ。他の客たちが引くほど熱心に構造について語り合っていたからな」
シヴァリーとジャスパーは揃いも揃ってため息を漏らす。ジェマといい、ラルドといい、ハビエルといい。やけに変わり者ばかりだ。
「それで? 手紙は読んだのですか?」
「まだだ。恐らく、貰った本人がその存在を忘れていたからな」
ジャスパーがジェマを見ると、ジェマは懸命に【次元袋】を漁っていた。
「えーっと、これ、じゃなくて……あった! これです!」
ジェマは手紙を見せる。フルール・ド・リスにコアラの紋章。
「第2王子の紋、ですね」
シヴァリーの言葉に、ジャスパーはため息を漏らす。嫌な予感ほど、良く当たる。
ジェマが早速封筒を開けようとする手を、シヴァリーが止める。ジェマが不思議そうに見上げると、シヴァリーはそっと手紙をジェマの手から取り上げた。
「開封の際に発動する魔法を仕込まれている可能性があります。念のため、私が」
「ああ、頼む」
シヴァリーがそっと封筒を開く。その瞬間、魔力で作られた緑色の矢が飛び出す。シヴァリーがそれを避ける前に、矢は方向を変えてジェマに向かう。ジェマはそれを正面から見つめる。
「ジェマ!」
ジャスパーが咄嗟に土壁を築こうとしたが、それより先にジェマがその矢に触れた。
「ジェマ!」
ジャスパーとシヴァリーが驚愕して目を見開くものの、ジェマはなんともない様子で立っている。しばらくぼーっとしていたジェマ。ハッとすると、矢に触れた手をジッと見つめた。
「ジェマ、大丈夫か? 変なところはないか?」
シヴァリーが不安げに問うと、ジェマはへらりと笑ってみせる。
「平気です。むしろ、なんか元気になった気がします」
「何か分からないのに、触るやつがあるか!」
ジャスパーがピシャリと叱ると、ジェマは肩をすくませる。けれど唇を尖らせて拗ねたように言う。
「だって、大丈夫な気がしたんだもん」
「なんだそれ」
「ジャスパーも感じることない? 自分に元気をくれる魔力というか、近しい魔力というか」
ジャスパーは何も言い返せなかった。確かに、ジャスパーが生死を彷徨うようなとき、身を削ってまで助けに来てくれる土属性の精霊たちがジャスパーに注ぐ魔力は温かく優しい。その緑色の光だけはやけに柔らかく見える。
「でも、似たような魔力を感じたことなんて今までなかっただろう? 安全だと言い切るには危険すぎる」
「大丈夫だよ。ジェットの魔力に似ている気がしたし」
「それは、ジェットの魔力は契約者であるジェマの影響を受けているからであってだな」
くどくどと説教をしようとするジャスパーの肩に、シヴァリーがぽんっと手を置いた。
「まあ、ジェマさんにだけ伝わる何かがあったのかもしれませんから。それに、あの制御は、確実に対象者へ魔力を飛ばす力です。避けることは難しいでしょう」
魔物や精霊、だけが使うことができる高等テクニックだ。ジェマは思わず目を輝かせる。
「人間でもこんなに器用に魔法をコントロールできる方がいるのですか?」
「魔法が使えるのは、王家だけだろう? その中でも、第2王子は王子でありながら魔法が大好きな変わり者で、毎日練習をしているような人だからね」
「なるほど。やっぱり何事も練習あるのみ、ですね」
ジェマは興味津々な様子で頷く。ヒュプノスと謁見したことがあるシヴァリーは、悲しいほどによく似た兄妹だと思った。けれど違うのは、愛されて育ったか、愛されずに育ったか。その1つの違いは、人間を人間らしくするかどうかに関わってくる。
「それで、内容は?」
ジャスパーが急かすように聞くと、シヴァリーは手紙を開いた。
「拝啓、ジェマ・ファーニスト殿。この度は突然の手紙で驚かせただろう。すまない。無駄話は苦手なうえ、端的に伝える。今度私が暮らす別荘に来て欲しい。君の道具について、それから魔力、魔法について話がしたい。もちろん君の家族も歓迎しよう。ヒュプノス・マジフォリア」
シヴァリーが読み上げてジェマの顔を見る。案の定目をキラキラと輝かせているジェマに、シヴァリーとジャスパーは揃ってため息を吐いた。
「2人とも、仲良しだね」
見当はずれなジェマの言葉にまた呆れつつも、ジェマが乗り気ならば、止めることは難しかった。
「よくツボを押さえた手紙だな」
ジャスパーが皮肉めいた言葉を口にすると、シヴァリーは肩をすくめた。
「あまり知られてはいませんが、人心掌握に長けた方なのです」
ジャスパーは期待に胸を膨らませるジェマを見つめながら、ただただ不安を込めたため息を吐くことしかできなかった。




