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奈落に落ちていった2人が這い上がって来てから、ジェマは慌てて謝った。エメドもレップもジェマからジャスパーの話を聞くと、大笑いした。
「そうかそうか。その精霊くんが父親代わりみたいなものなんだな」
「ごめんね、ジャスパーくん。ジェマちゃんに久しぶりに会えたことが嬉しくて、ついついふざけてしまったよ」
レップとエメドは頭を掻きながら、豪快に笑う。その姿にジャスパーはまだ2人を睨みつけていたけれど、小さくため息を漏らしてやれやれと首を横に振った。レップとエメドにはジャスパーの姿は見えない。
「ジェマさん、そろそろ向かいますか?」
「あっ! そうでしたね」
ハナナがそっと囁くと、ジェマはにっこりと微笑んで頷いた。エメドとは久しぶりの再会。また次にいつ会えるとも分からないからゆっくり話したい気持ちもある。けれど先に騎士団詰め所に行って到着の報告をしておく必要もある。
騎士団の内部はいつでもバチバチ。勝手に縄張りに入ってきた、なんて難癖をつけてくる部隊もある。特に第8小隊は平民や下級貴族の集まりだと知られている。高位貴族のプライドばかりがやたらと高い連中の集まりには格好の餌食。挨拶が遅いだけで何を言われるか分からない。
「それじゃあ、エメドさん、レップさん、またお会いしましょう」
「うん。私もしばらくはこの街にいるからね。何か困ったことがあれば、〈レップ商会〉を通して私に連絡をしてくれたら手を貸すよ」
「ありがとうございます!」
ジェマはエメドとレップと別れてシヴァリーたちと共に騎士団詰め所に向かった。道中には気を惹かれる店がたくさん。ジェマはそわそわしながら馬車で街を進んでいく。
「ジェマ、ここです」
シヴァリーに声を掛けられて馬車を下りると、何とも荘厳な造りの騎士団詰め所が建っていた。大きくて、装飾も凝っている。けれど鉱石の街オレゴスの建物も見てきたジェマにとっては、そちらの宝石を埋め込んだ建物の凄さが邪魔をしてパッと見ただけではそこまで感動できなかった。
けれどマジマジと見ると凄い。あまりにも細かい彫り物が施された石が積み上げられた造り。ジェマはその掘られ方を知ろうとじっくりと見つめる。
「ジェマ、悪いがそれは後にしてくれ?」
シヴァリーの呆れたような声にジェマはハッとする。そして照れたように笑いながらペコッと謝る。
「ごめんなさい。凄く素敵なものがあったものですから」
「そうだろう? 素敵だろう?」
そこに現れた騎士らしき男。青いマントには、自身の紋だろうか、見慣れない紋が金糸で縫い付けられていた。
「これはこれは。ソルト支部から連絡は受けているよ。ファスフォリアの貧乏人たちだろう?」
ニヤニヤと笑う男に、ジェマは湧き上がってくるものをぐっと抑え込む。どこからどう見ても良家の家柄だろうと分かる大柄さ。栄養状態も良さそう。ただ、見るからに筋肉量が少ない。むちむちと言うより、ぷにぷに。
シヴァリーも苛立ちをグッと飲み込みながらにこやかに微笑む。
「騎士団ファスフォリア支部第8小隊長シヴァリー・ケリーと申します。コマス支部騎士団長様にお会いしたいのですが」
「ふん。団長は忙しいんだ。お前たちごときの話を聞く暇なんてないさ。ほらほら。貧乏臭が移るだろう? さっさと消えたまえ」
どこまでも偉そうにふんぞり返った態度。シヴァリーは内心ため息を漏らしながら一礼して馬車に戻る。それに続くようにジェマたちと第8小隊の面々も続く。
一旦騎士団詰め所から離れて、街外れに向かう。その道中、誰よりも渋い顔で周囲を見回してたカポック。街外れの広場でシヴァリーに声をかけた。
「シヴァリー。俺はコマス支部の団長と一応顔見知りではあるんだが。コンタクトを取ってみるか?」
シヴァリーは一筋の光を見つけたかのような顔をしたけれど、ハナナは眉を顰めた。
「カポック。それは良くないと思いますよ。きっとまた、あの時のように……」
ハナナの不安げな表情に、シヴァリーはすぐに厳しい顔つきになる。
カポックは元々このコマスの奴隷身分出身だった。劣悪な環境での労働を強いられ、今の筋肉が浮き立つ身体つきからは想像がつかないほど細身な男だった。
当時カポックの主人だった男が行商のためにファスフォリアを訪れたとき、ハナナがその状況を知った。ハナナは有り金を全て叩いてその場でその男から奴隷たちを全員買い上げた。
ファスフォリアでは奴隷は禁止されている。ハナナは騎士団コマス支部団長を含むコマスの重役たちと少々争いながらも、全員にファスフォリアの定住権を与え、自由な生活と当面の衣食住の世話をすることにした。その時、カポックはハナナの役に立ちたいと思った。
奴隷時代に環境によって勝手に鍛えられた身体は騎士に向いていた。すぐに騎士団試験に合格して今がある。
この時のハナナとコマスの重役たちとの争い。そこでは奴隷から解放されようとしていた人々へ心無い言葉が投げつけられた。ハナナはその場は引き攣った笑顔で乗り切ったものの、思い出すだけでも腸が煮えくり返るような気分だった。
「カポックにまたあんな思いをさせるくらいなら……」
ハナナが珍しく感情を露にすると、シヴァリーがその肩をぽんっと叩いた。
「まあ、任せとけ」
シヴァリーは全員を安心させるような、というよりは不安にさせるような雰囲気でニィッと笑ってみせた。