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先ほどのガマヌラよりは一回り小さい。けれどその酸は強力だ。少しでも触れてしまえばひとたまりもない。
ジェマはガマヌラに視線を向けることなく、必死にジェットとラルドの姿を探す。
「どこ、ジェット、ラルドさん……」
呼吸が浅く早くなる。ジェマは自分の身の危険なんて二の次で二人の姿を見つけようと躍起になる。ユウと共にガマヌラを警戒していたジャスパーは、ふと視界の端に映ったものに意識を向ける。倉庫の隅に広げられた闇。一部だけ、空間を切り取ったような跡。
「ジェマ! 落ち着け。二人は無事だ」
ジャスパーの言葉に、ジェマの動きが止まる。恐る恐る持ち上げられた瞳には恐怖が宿っていた。ジャスパーはガマヌラに視線を向けたまま、小さく笑う。
「うちのジェットは、ただでやられるような弱っちい子どもじゃないだろ?」
ジェマは、小さく頷く。けれどその瞳には未だ不安が滲んでいた。
「ジェット! 大丈夫ならジェマに伝えてやれ!」
ジャスパーが叫ぶと、ジェマの胸にじんわりと温かなものが広がる。
「へいき、かくれてる」
カタコトな言葉。ジェマは感じ慣れたその感覚にホッと息を漏らした。
「襲われたって、教えてくれても良かったのに」
「ラルドのことも守ろうって必死になってたんだろ。それに、ジェマが頑張っていたのも、伝わっているだろうからな」
契約魔獣と契約者の関係性は一蓮托生。互いの感覚や思考を共有しながら生きていく。それはつまり、お互いの思考回路が影響しやすく、似たような考えをすることが増えてくる。
「ジェマ、とにかくこっちに集中だ」
さっきよりも小さいとはいえ、人手の少なさは否めない。さらに、さっきの戦闘で薬を多く使用した。残りあと二2本。ユウとシヴァリーが持っている1本ずつで終わりだ。
「分かった。やる」
ジェマ【次元袋】に手を突っ込んで何かを探していたかと思うと、いきなりガマヌラに突っ込んでいく。ジャスパーが止める隙もないほど素早く突撃していったジェマに、ガマヌラはジェマの姿を視認することもできずにキョロキョロする。
ジャスパーはジェマの姿をジッと見つめる。ジェマの高速移動は、両足の裏に纏わせたウインドシールドのおかげだ。
「ゲロ?」
ジェマがようやく立ち止まったとき、ガマヌラは身体中をすっかり拘束されていた。酸に対しても、その糸は溶けることなくピンッと張り詰めている。
何より奇妙なのは、糸がガマヌラの切り取り線になっているかのように四肢と胴体の間や、内臓がある位置を避けて巻き付けられていることだ。
「ジェットが逃げられたなら、使えるでしょ?」
ジェマの手に握られていたのは、【マカロン】。丸みを帯びた楕円型の側面の間にジェットの糸が巻きつけられている。ジェマが【マカロン】をくいっと軽く引くだけで、ガマヌラは少し引き摺られる。
「強すぎるだろ」
ジャスパーは頭を抱えた。ジェマはその声ににっこりと笑うと、ジャスパーに視線を向けた。
「酸が周囲に飛び散らないように。対策お願い」
「まったく、精霊使いが荒いっての」
ジャスパーはぶつぶつと言いながらも蹄を構える。
「土壁」
ガマヌラの周囲が土壁で覆われる。残された隙間は、ジェマが持つ【マカロン】から伸びた糸が通る隙間だけ。
「ユウさん、離れていてくださいね」
目の前で起こっていることが把握できていないまま呆然としていたユウは、ぎこちなく頷いて後退る。ジェマはそれを確認すると、【マカロン】にジッと意識を集中させて魔力を流す。
ジェマの緑色の魔力が【マカロン】の糸をじわじわと伝播していく。流石に危険を察知したらしくガマヌラが暴れるけれど、所詮は土壁と糸に拘束された身。なんの脅しにもならなかった。
魔力が到達した瞬間、土壁が糸の周辺をくり抜かれたように口を開ける。そのまま進んでいった魔力は、最終的にはガマヌラの身体すら切り取ってしまった。
「ラルド!」
ちょうどそこに駆け込んできたシヴァリーとナンは、目の前の光景に目をぱちくりさせた。
「ど、どうしてジェマたちがここに?」
ベチョ、ゴトッ
そのべたつきのある音に、シヴァリーは土壁に向かって眉間に皺を寄せた。
「待て、その音、まさか」
シヴァリーの言葉には答えず、土壁の中に潜り込もうとしたジェマを手で制したジャスパーが上から中に入っていった。
「ユウ、報告を」
シヴァリーは鋭く声を落とす。ユウはハッとして、背筋を伸ばした。
「ジェットさんの身の危険を判断し、ジェマさんのウインドシールドに乗って到着しました。そして、その、ジェマさんが、一撃で倒してしまって。私も、何が何だか」
ユウが困惑した様子を見せると、シヴァリーは頷いて報告を終わらせる。そしてジェマの手に握られた【マカロン】を見つけると、深くため息を漏らした。
「ジェマ。それでガマヌラを巻き取って魔力を流して切り倒した、で、合ってるかな?」
ジェマは顔を上げる。その表情はどこか虚ろ。ジェマはその場にふらりと崩れるように倒れ込んでしまった。
「ジェマ!」
咄嗟にその身体を支えたシヴァリーは、困惑したようにジェマの頬に触れた。




