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ラルドとジェットを倉庫に隠して、ジェマたちは外に飛び出した。
「向こうだ」
ジャスパーの感覚を頼りに進んでいくと、家の近くの洞窟から陰気な気配が漂っていた。
「あそこを塒にしているのか?」
「いえ、ここは湿気が多いのでしばらくの滞在には向いていますが、寝泊まりには不向きです。この先により広く、奥に湿地を持つ洞窟があるので、恐らく本来の塒はそこでしょう」
ガマヌラが塒を離れるときの行動原理。ジェマはすぐに暗記している魔物の情報を脳内でかき集める。
「時期も考えると、恐らく繁殖期でしょう。メスが塒で繁殖の準備をしている間、オスは獲物の捕獲や周囲の外敵を倒すことが役割となります。より攻撃的になっている時期と考えてください」
繁殖の邪魔をすることは、生態系を守るためには良くないことだ。けれど、ガマヌラが繁殖すると、大変な事態が起こる。
「ガマヌラの大繁殖といえば、ガマヌラが周囲の外敵を一掃することによって他のアヌラ種も大繁殖することになるんでしたよね?」
ナンが問うと、ジェマは厳しい顔つきで頷いた。
「はい、そして大繁殖したアヌラ種たちを捕食して、ガマヌラは森を破壊、街へ食糧を求めて下りていきます」
ガマヌラの繁殖を止めることができる魔物は少ない。あの強酸に堪えるように身体を変えるくらいなら、もっと他の魔物を捕食する方が効率は上がる。もちろん競争相手がいないことからあえてガマヌラを狙う者もいるが。
「ガマヌラはアヌラ種最大だ。その重さでは飛び跳ねることのできないだろうと油断すると、跳ぶために鍛えられた脚力で跳び上がられて踏み潰される。圧縮されながら溶かされる感覚は、きっと不思議だろうな」
ジャスパーはそう言いながら、思わずじゅるりと涎を飲む。
「何より、その鍛え抜かれた筋肉が美味い」
シヴァリーはジャスパーの言葉に苦笑いを浮かべることしかできなかった。魔物であるガマヌラとは違い、精霊は物理攻撃も受けない上に、魔力が自分より低い魔法をものともしない。
「ジェマ、やるぞ」
「うん!」
洞窟の入り口に立つと、中にジェマが小さなウインドシールドをゆっくりと飛ばす。ゆっくりならば、ガマヌラを倒すような一撃になることはない。
ガマヌラに向かって飛んでいったウインドールドは、ぽよんっと何かに当たって跳ね返ってきた。その時間を見ていたジェマは、近づいてくる地響きに慌てて洞窟の入り口から離れる。
「やっぱりこの時期のガマヌラは気が立ってるね」
「言ってる場合か。ほら、来るぞ」
ジャスパーは蹄を翳す。
「奈落」
洞窟の入り口の地面にぽっかりと穴が空く。けれどガマヌラはそれをいとも簡単に飛び越えて洞窟の外に出て来た。
「シヴァリーさんたちは散開。ジャスパーは上空、私は正面」
「了解!」
ナンとユウは左右に散開。シヴァリーはなるべくジェマに近い位置の茂みに身を顰める。何かあったとき、ジェマを守るために。シヴァリーも上空に飛び上り、いつでも魔法を使うことができるように蹄に魔力を集中させる。
「ゲロロッ」
ガマヌラがひと鳴きすると、地面が揺れるような衝撃が来る。ジェマは地面に足を踏ん張って、背中に冷や汗を滲ませる。ガマヌラの視線は、ジェマに向いた。
「風よ、我が呼びかけに応え、具現化せよ」
ジェマの詠唱と同時にガマヌラが口から体液を放つ。ウインドシールドはジェマを酸から守る。風は酸に触れても溶けることはない。ジェマはにやりと笑って【マジックリング】を構える。
「水よ、我が呼びかけに応え、具現化せよ」
ジェマが円を描くように水球を作り、ガマヌラの口を目掛けて放つ。水の中をも自在に移動するガマヌラであっても、水中で呼吸はできない。
「ゲロロ」
けれどガマヌラは高く跳ねて水球を避ける。
「土壁!」
上昇してくるガマヌラに、ジャスパーは咄嗟に魔法を放つ。ジャスパーの足元に現れた土壁。ガマヌラは見事にゴツンッと頭をぶつけて地面に急降下する。
「火よ、我が呼びかけに応え、具現化せよ」
ジェマは背中に隠し持っていた【マジックステッキ】で炎の輪を作り、落下してきたガマヌラを火炎の中心に押し留める。
「シヴァリーさん!」
「ああ、行くぞ!」
シヴァリーの掛け声に合わせて、散らばっていたナンとユウも茂みから飛び出してくる。そして手に持っていた薬瓶をガマヌラの足元に叩きつける。
「ゲロロロロ!」
ガマヌラは咆哮のように苦しさを抱えて鳴き、口から酸を吐き散らす。
「風よ、我が呼びかけに応え、具現化せよ!」
ジェマは即座に【マジックペンダント】に魔力を流す。けれどいくつかの酸弾がウインドシールドが展開される前に四方八方に散らばった。ジャスパーとナン、ユウは即座にガマヌラから離れる。
「ジェマ!」
シヴァリーは全員を守るためにガマヌラの正面で詠唱を終えたジェマを抱きかかえて大木の裏に逃げる。
ジェマとシヴァリーが隠れた瞬間、大木に酸弾が当たり、ベッタリと張り付く。そのまましゅわしゅわと音を立てて大木は溶かされ、中心を失ってドスンと倒れた。
そのまましゅわしゅわと溶け続ける大木を見つめ、ジェマとシヴァリーは酸っぱい唾液を飲み込んだ。




