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ジェマは咄嗟に【マジックペンダント】と【マジックリング】を構える。シヴァリーも剣を抜き、ジャスパーは手に魔力を溜める。ジェットはすっかり怯えて、ジェマの背中にぴったりとへばりついた。
「ジェット、何がいたんだ?」
武器を持たないラルドも、外を注視する。
「ピピィ」
「……分からん」
ラルドが肩をすくめると、ジェットの意識を受け取ったジェマは引き攣ったように口角を上げた。
「ここからそう遠くないところに巨大なアヌラの気配があるそうです」
「アヌラか……なるほど、アラクネの天敵ってわけだ」
アヌラは主に湿地帯に生息し、昆虫を好んで捕食する。水かきが付いた四本の足と長い舌が特徴的で、ぷにぷにと柔らかい皮や膨らませられる腹もアヌラ特有のもの。
「巨大となると、ガマヌラか?」
「その可能性が高いでしょう。吐き出す体液は強酸で、触れたものを溶かしてしまいます」
ジェマの言葉にシヴァリーは頬を引き攣らせて剣を鞘に戻す。
「家ごと破壊する厄介者じゃなかったか?」
「ええ。歩くだけで周囲を酸で溶かしていく厄介者でもあります。折角のリフォームを台無しにされる前に討伐しないと危険です」
「しかも、剣は使えないときた」
アヌラの体液では魔法攻撃か毒攻撃しか通用しない。剣や弓などは、触れた瞬間に溶かされてしまってまともなダメージが入らない。さらに剣のような近接武器で挑めば、怒ったガマアヌラにペッと体液を吐かれて強制退場させられる。
「ここはジェマに任せるしかないか」
「はい、私とジャスパーが中心で戦います。その間に、シヴァリーさんたちにはこれを、あれ、どこ?」
ジェマはガサゴソしながらあれでもない、これでもない、と倉庫を漁る。ジャスパーが遠い目をしながら眺めていると、ようやくジェマは1つの木箱を見つけ出した。
「ありました、ありました。これ、少し古い失敗作ではあるのですが、ガマヌラには効果てきめんなはずです!」
ジェマが開けた木箱の中には、八本の薬瓶が入っていた。古い失敗した薬ほど怖いものはない。シヴァリーとラルドは思わず1歩後退った。
「これは、どういうものなんだ?」
それでも好奇心は抑えきれないラルドが聞くと、ジェマはにっこりと笑った。
「すごーく苦くて臭い風邪薬です。材料はこの近くに生えている薬草をあれやこれやと混ぜているのですが、その薬草というのがとっても強いアルカリ性でして。同調合しても体内に入れると風邪が治る代わりに体調を崩す代物です」
「実際、スレートはジェマが作ったそれを飲んで死にかけてな。死屍累々な状態のまま薬を自作していたな」
ジェマは照れたように頭を掻く。シヴァリーとラルドはおぞましい話を聞いてしまったとばかりに身体を震わせる。そんな2人の様子にジェマは頬を膨らませた。
「まだ道具師になる前で、しかも父が風邪で伏せ込んでいるのが心配で。そんな状況で薬草採取に行ったら薬草を間違えてしまったんですよ」
「ああ。最高級の薬草を大量に採取してきてな。強すぎるもの同士が噛み合って最強のアルカリ毒が完成した」
「こうしてすっかりお蔵入りってわけです」
ジェマはそう言いながら、木箱をシヴァリーに渡す。
「これを遠くからガマヌラに投げてください。瓶はガラス製なので、ガマヌラの足元の地面や頭上の木、そばの岩などに当てれば割れるはずです」
「分かった。できる限り足止めする」
「それから、ラルドさんはジェットのことをお願いします。ジェットは今回の討伐に参加させることはできませんから」
ジェマがジェットを自分の背中から引き離そうとすると、ジェットは激しく抵抗して脚をジタバタさせる。そのうちに、長い脚がこんがらがって丸くなると、ジェマは思わずにやつきながらラルドに手渡した。
「ガマヌラの大好物はアラクネです。どうか、この子を守ってください」
「念のため、ラルドにもこの薬を2本渡しておくか。それと、これ」
シヴァリーは薬瓶を2本渡してから、首にかけていたホイッスルを外して渡した。第2王子の紋章入りのホイッスル。第8小隊の誰もが持つもので、このホイッスルを聞けばすぐにそこに隊員が集まる。
騎士団の各部隊がそれぞれの音のホイッスルを持つが、これはその中でも特別な部隊に王家から贈られるものだ。
「おい、これ」
「第2王子も起き出す可能性があるが、まあ、気にするな。万が一のことが起きる方が、私にとっては耐えられない」
第2王子に誰よりも来て欲しくないのはシヴァリーだ。ジェマの身を守るために、第2王子の目的が分かるまでは会わせるわけにいかない。
けれど第2王子は、きっとジェマの命を奪うことはしない。ガマヌラは、ジェットを狙い、一緒にいるラルドをも狙う。それは生きるため、その命を食らうため。生死を賭けた戦いに身を置き続けたシヴァリーの直感が、ホイッスルを渡すべきだと警鐘を鳴らしていた。
「おい、シヴァリー」
「これが最善だと、直感しています」
ジャスパーの戸惑いと怒気を含んだ声にも、シヴァリーは怯まずに答える。2人の様子を不思議そうに見ていたジェマは、ニコリと笑う。
「ジャスパー、命を守るための対応は、シヴァリーさんに従おう」
ジェマの信頼に応えるようにシヴァリーは頷き、ジャスパーも渋々引き下がった。




