強酸爬虫ガマヌラ
何の音かと驚いてジェマたちが店舗スペースに向かうと、入口の外でナンとユウが剣を構えて周囲を警戒していた。その足元には、クナイのようなものが突き刺さっていた。
「2人とも、何があった?」
シヴァリーが駆け寄ると、ナンはユウに視線をやる。頷いたユウは警戒は剣の柄に手を置いたまま、それでも背筋を伸ばした。
「たった今、ジェマさんの部屋へ向けてクナイを投げ込もうとした輩がいた。ナンさんがクナイを払い落とすと森の奥へ逃げ込んでいった。まだ近くにはいるはずだから、なるべく外には出ないようにした方が良いかもしれない」
「分かった。ナンとユウは引き続き外の警戒を頼む。ジェマは窓のない部屋へ行けるか?」
「それなら、物置があります」
「1度そこへ避難しよう。念のためラルドも来てくれ。人質に取られないとも限らない」
「ああ」
ジェマの案内で、大きいのに狭い物置の中にジェマとジャスパー、ジェット、シヴァリーとラルドが窮屈に収まる。明かりも窓もないそこは真っ暗で、下手に動くと何かに手足が当たる。
ジャスパーとジェットのサイズは手のひらサイズだから狭さを感じてはいない様子。ジェマもかなり小柄だから、平気な顔で物置に置かれた素材を漁り始める。けれど筋肉質なシヴァリーと、少し背が伸びたラルドは身動きが取りにくい様子だ。
「どうしてこんなに、見た目に反して狭いんだ」
思わずラルドが愚痴を零す。ジェマは手探りで見つけた材料を使って試作段階から作業が止まっている錬金魔石を使った灯りを作る。
「火よ、我が呼びかけに応え、具現化せよ」
周囲が灯りで照らされると、状況が見えてくる。物置と言われているだけあって、素材や失敗作が山のように積まれている。かろうじて足場があり、整理整頓されているのはジャスパーのおかげだ。
「ここには父と私の失敗作と、作業場に置いておくのは危険な素材だったり希少な素材だったりを保管しています。かなりな量になってしまって、どうしてもスペースが足りないんですよね」
ジェマが苦笑いする横で、ジャスパーはせっせと片付けて周囲のスペースを確保しようとする。ジェットはそれを見て、【次元袋】をシュルシュルと作ってジャスパーに渡した。
「ああ、助かる」
「ピピッ!」
2人が共同作業しながら物置を片付けていく間に、ジェマは棚板を使って道具を作っていく。在庫切れをしている状況では、少しでも商品を作っておきたかった。
黙々と作業をする姿を見ていたシヴァリーとラルドは、顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。そして入り口に注意しつつ、ジャスパーが片付けてくれた椅子らしきものに腰かける。
「うわ、凄いな。こんなクッション性のある椅子は初めてだ」
「このクッションが凄いみたいだな。もしかして、ここは宝の山なのか?」
ラルドの目がキラリと輝く。結局仕事ばかりしてしまう姿に、シヴァリーは苦笑いを浮かべた。
「まだ小さいってのに」
「仕方がないだろう? 働き詰めの親の背中を見てきたからな」
ラルドの言葉に、ジャスパーの手が一瞬止まる。懐かしい記憶だった。仕事ばかりのスレートと、その隣にちょこまかと駆け寄っていって抱き着くジェマ。危険な作業のとき以外は、大人しく、真剣な顔でスレートの手元を見つめるジェマ。スレートの横顔は、娘の楽しそうな様子を嬉しそうに見つめていた。
シヴァリーはどこか羨ましそうに小さく笑ってみせる。その姿にラルドが首を傾げると、シヴァリーはそっと剣の柄を撫でた。
「私は別に、親から剣の道を学んだわけではないからな。まあ、両親は普通の農家だったから当然ではあるんだが」
シヴァリーは昔を懐かしむように目を細めた。
「シヴァリーの実家は、農家だったか」
「ああ。だが、元々は騎士爵で、辺境に屋敷を構えて領地を守っていた」
ラルドは初めて聞く話に目を見開いた。その表情に、シヴァリーは苦笑いを浮かべた。
「知らなくて当然だ。騎士爵を持っていたのは私の曽祖父の代までだからな。私の曽祖父は、騎士爵領のような危険と隣り合わせな辺境を守るために必要な力を持たなかった」
ラルドは顎に手を当ててジッと考え込む。そして、ふと視線を上げた。
「もしかして、60年前の隣国との戦争か?」
「ああ。あのとき、戦場となったのは私の故郷に繋がる森だった。木々が焼かれる中、領民たちは必死に戦ったと聞いている。その戦火で領民の大半は命を落としたという」
歴史の教科書にも残る大戦。その森だけでなく、国境線はどこもかしこも熾烈な争いの舞台となってしまった。勝利を収めたマジフォリア王国だったが、いくつかの領地は隣国メタリスへ奪われる形となってしまった。
「曽祖父は領地を奪われたという不名誉から、爵位を剥奪され、処刑された。その時、私の祖父母も焼き殺されたと聞いている」
「じゃあ、生き残ったのは?」
「生き残った領民に保護され、苗字を失った赤子だけだ。それが私の父だった。父は農民の子として育ち、結婚するときに初めて真実を知らされた。名もなき小さな村の、ただの農民として」
シヴァリーは悔しそうに拳を握りしめる。それは爵位や領地を奪われたことに対する怒りではない。ただ家族と、家族と共に過ごすはずだった時間を奪われたことに対する怒りだった。
ラルドはその背中にそっと触れる。言葉なんて、見つからなかった。




