墓守スレイ
〈エメラルド商会〉に到着すると、ちょうど騎士団詰め所からユウとナンが合流した。2人は旅の疲れを感じさせないほど凛々しい。シヴァリーはナンの後頭部にちょこんと跳ねている寝癖を見つけてちょんちょんと引っ張る。
「直しておけよ」
ナンは顔を赤くして頷くと、片手で寝癖を抑える。その様子を見てケラケラと笑っていたユウも、頬に線が入っている。ジェマは申し訳なさそうに肩を竦めた。
「お疲れのところ、ごめんなさい」
「いやいや! ジェマさんのためですから!」
ユウは慌てて首を横に振る。ナンもその言葉に頷くと、シヴァリーは苦笑いを浮かべた。
「隊長は一睡もできてないってのにな」
「隊長は、まあ、化け物なので」
「3徹くらいなら大丈夫でしょう」
ユウとナンの言葉にシヴァリーはわざとらしくガックシと肩を落とす。
「隊長への扱いが雑過ぎるな」
そうは言いながらも、誰よりも元気そうな姿で笑う。
「立ち話してないで、入ったらどうだ?」
そこに顔を出したラルドは、シヴァリー達に呆れたような目を向ける。そしてすぐにレップさんに恭しく頭を下げた。
「いらっしゃいませ。どうぞ、中へ」
「ああ、失礼するよ」
レップとエメドが中へ入ると、ラルドはしれっとジェマの隣に立つ。ジャスパーはふんっと鼻を鳴らし、ジェットはジェマの頭によじ登って首をくるくると回す。
「おかえり」
「はい! ただいま戻りました!」
ジェマが無邪気に答えると、ラルドは小さく笑って頷く。そしてジェマの頭を撫でようと手を伸ばす。けれどそこは既にジェットが占領している。
「まったく。本当に仲が良いな」
「ふふ、そうでしょう?」
ラルドのどこか落ち込んだ様子には気が付かず、ジェマは素直に褒められたことを喜んで照れたように笑う。
ラルドは小さくため息を漏らしてジェマを店内に案内する。ジェマの目は、すぐに自分の商品が並ぶ場所に向けられる。度々商品を転送していたとはいえ、すっかりガラガラになってしまっている。ラルドはその視線に気が付くと、ジェマの肩にぽんっと手を置いた。
「急がなくて良い。〈チェリッシュ〉の在庫の補充が先だ。こっちは後で良いから。新装開店で店の方に客を集めるためにも、こっちの在庫は切れているくらいがちょうど良い」
ジェマの身体を気遣いつつも経営のことも考えているラルドらしい心配の仕方。ジャスパーはジェマの肩に触れているラルドの手の上におならでもしてやろうかという気持ちを飲み込んでふんっと鼻を鳴らした。
「ラルド、ジェマさんたちと一緒に〈チェリッシュ〉に行って来たらどうだい? レップの話し相手には私がなろう」
「はは、代わり映えはしないが、まあ良いだろう。若い者たちの時間を邪魔しては悪いしな」
大人たちの言葉に頷いて、ラルドはジェマやシヴァリー達と共に店を出る。一行は森へと入って行く。
「はあ、安心する」
ジェマは思わずホッと息を吐いた。生まれ育った森の空気はひんやりとしていて、けれどどこか安心感のあるぬくもりがある。
「スレートに旅の報告をしないとな」
「そうだね。それに、スレイのメンテナンスもしてあげないと」
「ピピィ!」
久しぶりの帰宅に、ジェマ、ジャスパー、ジェットの気持ちが浮つく。木々の間から見えて来た我が家。壊れたところがすっかり補修され、けれど元の姿に戻ったわけではない。
「なんだか、メルヘンになった?」
ジェマは不思議そうに首を傾げる。するとラルドはにやりと笑って胸を張った。
「ケラススを店舗部分の床材と敷居に使ってみたんだ。耐久性もあるし、家自体から華やかな香りがして面白いだろう? それに、店名とも似合っている。もちろん、作業部屋には使っていないから安心してくれ」
作業をするときにはできる限り無臭な環境が好ましい。けれど確かに、店舗スペースが華やぐ香りに包まれているのは気持ち良い。ジェマは早速店舗スペースに入ってみた。
「本当に、良い香り」
無邪気に笑うジェマに、ジャスパーはやれやれと、どこか嬉しそうに首を振る。その様子にシヴァリーは小さく笑う。そしてラルドに視線を向けた。
「ケラススは大陸内に自生していないだろう?」
「ああ。でも俺の新しい取引先がケラススの産地にあってな。出荷先から急にキャンセルが出て困っているというから、こちらで引き取ると申し出たんだ」
「それで? 得られたものは?」
「ないさ。大赤字だ」
ラルドは肩を竦めてみせる。けれど柔らかく穏やかにジェマを見つめている。
「あの笑顔はプライスレスだな」
「まあ良いんだ。これで貸しを作ったからな。取引先はこちらの要望を受け入れざるを得なくなる。あの大陸にはこちらの大陸の商人たちがこぞって喉から手が出るほど欲しがるものがたくさんある。それを優先的に得ることができる経路を確保できただけでも大きいさ」
ラルドの瞳が未来を見据える。その姿にシヴァリーは苦笑いを浮かべた。
「まったく。やけに大人びたやつばっかりだな」
「そういうものだろ、商売人なんてさ」
そのとき、コツンと窓に何かが当たる音がした。騎士たちが咄嗟に剣の柄に手を置いて振り返る。窓の外には、何か黒い影が揺れていた。




