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ギルド庁舎に向かう途中の一行。先頭を歩いていたシヴァリーが、何かを見つけて思わず足を止めた。
「ジェマ、あの人って」
シヴァリーがジェマのそばまで戻って、店舗の1つを指さす。そこには、見知った顔があった。
「エメドさん?」
〈エメラルド商会〉の代表にして、ジェマが商品の販売を任せているラルドのお父さん。スレートとも同郷の友人で、ジェマが生まれたころからずっとお世話になっている人だ。
ジェマは馬車から降りてエメドさんに近づく。厳しい顔つきで話し込んでいるようで、話しかけづらい。けれど、突然エメドさんがパッと視線をジェマに向けた。その瞬間、柔らかく破顔して、話を切り上げてジェマの方へやってきた。
「ジェマちゃん。久しぶりだね」
相変わらず恰幅の良い身体で、ジェマを包み込むように抱き締める。その温かさはジェマにとっては父親代わりの温もり。どこか故郷に帰ってきたような安心感を覚えた。
「お久しぶりです。お仕事ですか?」
「うん。お仕事と、ついでに娘の顔を見にきたんだよ」
エメドは柔らかに微笑む。そして隣に立っていた男を軽く手招く。近づいてきた男は、エメドより一層恰幅が良い。ジェマの3倍はありそうな巨体に、ジェマは思わず1歩後退る。
「ははっ。怖がらなくて良いさ。彼はね、このコマスで1番の商人なんだよ」
「レップ・ストライプだ。〈ストライプ商会〉の代表をしている」
「ジェマ・ファーニストです。ファスフォリアで〈チェリッシュ〉というお店の店主をしています」
ジェマの自己紹介に、レップは巨体に似合わない高い声で笑う。ジェマが戸惑っていると、レップは軽く咳払いをしてジェマを見下ろした。
「いやいや、すまないね。まさか、こんなに小さなお嬢さんが店主さんだとは思わなくて。それに、騎士団なんて連れて歩いて。どれほどの腕かと思ったが。ファーニストというと、あのスレートの娘さんだね?」
レップは見定めるようにジェマを上から下まで観察する。ジェマが居心地悪く感じていると、威嚇するようにジェットが2本の脚を上げる。
「おやおや。怖がられているかな。すまないね。職業柄こういう癖があってね」
レップはケタケタと笑う。悪代官のようで、優しそうにも見える。不思議な、掴みどころのない人物のように見えた。
「安心して良い。レップは私の義理の家族だからね」
「義理の家族、ですか?」
「ああ。私の2番目の娘がレップのところの跡継ぎと結婚していてね。親子揃って商売っ気は強いが、その分相手をよく見ていて優しい人たちだと思うよ」
エメドが屈託なく笑う。その表情にジェマは安堵した。エメドの言葉ならば信じられると思った。何より、娘を嫁がせるほどの信頼というのは大きかった。それが政略的なものだったとしても。
「ところで、ジェマちゃん。この子はなんだい?」
エメドがジェットを指さす。ジェットは警戒しながらも、ジェマが心を許している相手なので、そわそわとどうするべきか悩むようにジェマの肩を足でつついている。
「この子はジェットです。アラクネ種の幼体で、私の契約魔獣です」
「契約魔獣か。それがアラクネ種というのは驚きだね。普通は移動補助のために契約することが多いのに」
エメドはじっくりと、優しい目つきでジェットを見つめる。ジェットは人見知りよろしくジェマの首の後ろに身を隠した。
「あらま。怖がられちゃったかな。そう言えば、ジェマちゃんが最近アラクネ種の糸を使った商品を作っているとラルドから聞いているよ。その糸を提供しているのは、この子なのかな?」
「ジェットがくれる糸だったり、狩りをしたり、色々です。糸の種類によって使い道も変わりますし」
「まあ、それはそうだね。でも、1種類でも提供してくれる存在がそばにいるというのは便利なのかな?」
エメドの商売っ気のある言葉に、ジェマは少し頬を膨らませた。
「便利とか、そういうのはあまり考えていないです。ジェットが嫌なことはさせたくないですし。ただ、ジャスパーと同じように、私の家族だから大切なんです」
ジェマの言葉に、エメドは一瞬驚いたように目を見開いて、すぐに肩をすくめた。
「そうだよね。ジェマちゃんにとっては、大切な家族か。気を悪くさせてしまったならごめんね。ついつい、嫌な大人の一面が出てしまうよ」
2人のやりとりを静かに見ていたレップは、豪快に笑いながら拍手をした。
「良いね。その歳で、その威勢。商売人としてはまだまだ幼いが、素質はあるな」
レップはじっくりとジェマを見つめると、にやりと笑った。
「先行投資として、うちの息子と結婚させたいものだな」
その言葉にジェマが首を傾げる。正直、結婚なんてまだまだ先の話。想像もできない次元の話だった。
ジェットは憤慨したようにジタバタして、ジャスパーは静かに蹄に魔力を集める。ハナナも思わず剣の柄に手を置いた。
「こらこら。ダメだよ。うちの息子と結婚させたいんだから」
エメドまでそんなことを言うものだから、ジャスパーはぷちっとキレた。
「奈落」
エメドとレップは、突然下がり始めた地面に乗って、地下まで落ちていった。