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ハナナに渡された資料を、ジェマとジャスパーは必死に調べる。そして青っぽい光の正体を見つけ、それが目に害がある可能性があるという西方の遠い異国から届いた論文までは見つけることができた。もちろん外国語。読んだのはジャスパーだ。
「この光が原因で良いなら、ハナナさんに調達をお願いした材料さえ揃えば作れるはず」
「よし。それならすぐに今できる作業に取り掛かろうか」
ジャスパーが手伝う気満々な様子で言う。ジェットもやる気満々で2本の足を上げている。
「ありがとう。それじゃあ早速、ジェットには糸をたくさん用意して欲しいな。それから、ジャスパーは真水を沸かしてきてくれる? あとコンロがあったら借りてきて欲しい」
「分かった。すぐに用意しよう」
「ピピィッ!」
ジャスパーはキッチンへと急ぎ、ジェットはシュルシュルと糸を吐き出す。ジェマはジャスパーとジェットの協力的な姿勢に感謝しながら、他の作業に取り掛かる。
【次元袋】から取り出したのは、旅の途中で討伐した魔物たちの素材。中でも硬い外骨格が特徴的なインフェルナリスやハプテの足のような硬い素材、それから既にごちゃまぜになっていて素人目には何がどの動物や魔物のものか分からないような骨。
「ピィ?」
糸を吐き続けるジェットが不思議そうに見守る中、ジェマはそれを切ったり割ったり。ガコンガコンと大きな音を響かせながら作業を進める。
「お湯を持ってきたぞ!」
ジャスパーが大量のお湯を運び込んできた頃には、ジェマの前には骨や外骨格で作られた不格好な眼鏡のフレームのパーツが量産されていた。
「眼鏡を作るのか?」
「1つはそうするつもり。こっちは、ハナナさん、まだかな」
ジェマが外を気にするように窓を覗き込んだとき、慎重に〈ストライプ商会〉の紙袋を抱えたハナナが戻ってきた。
「遅くなりました。レップさんとエメドさんからたくさん仕入れてきましたよ!」
そう言いながらジェマに紙袋を渡す。中には大量のガラスが入っていた。
「ありがとうございます。それじゃあ、ジェット、糸をジャスパーが持って来てくれたお湯に入れて溶かそう」
「ピッ!」
ジェットはポーイッとお湯の中に糸を投げ込む。そしてジャスパーが浮遊魔法で鍋をコンロの上に設置すると、火をつける。
大きな鍋に見合った大きなヘラ。ジェマはそれを手に踏み台に乗ってぐるぐると鍋をかき混ぜる。
何度も何度も。丁寧に丁寧に。
しばらくすると、鍋の中身が真っ黒なドロドロとした液体に変化してくる。ハナナはそれを不思議そうに覗き込む。
「これは一体……」
「ジェットの糸をお湯に溶かしたことで、少し粘り気が出ているんです。糸自体の性質とこの粘り気を利用して、道具を完成させていきます」
ジェマは鍋をぐるぐるとかき混ぜながら、ふと思い出す。この旅が始まったばかりの頃に起きた、不思議な出来事。
アイロブラホワになりたくて、懸命に身体に塗料を塗っていた魔獣のアイロブラウノ。彼のために作った塗料は、調合の途中に魔力を注ぎ込んでしまったことで、永続的に塗料が取れなくなるという変化が起きた。
もしも今、ここに魔力を注ぎ込んだらどうなるのか。
一度興味が湧いたら試してみたくなるのがジェマだ。早速ジャスパーを振り返った。
「ジャスパー、小鍋はある?」
「ああ、あるぞ?」
ジェマは借りた小鍋に少量のジェットの糸を溶かしたお湯を移す。そしてそれをぐるぐるとかき混ぜながら魔力を流し込んでいく。
ジェマがやろうとしていることに気が付いたジャスパーは、一瞬止めるべきか悩んだ。ジェマの闇の魔力を用いたものが世間に出れば、ジェマが王家の出身だとバレてしまう。けれどここで止めてしまえば、きっとジャスパーがいない隙をついて実験するだろう。
それなら目の前でやってくれた方が、守ることができる。ジャスパーはジェマの手元をジッと見つめた。
緑色の光が液体に混ざり、次第に黒かった液体が仄かに光り出す。
「あっ、ダメ、皆離れて!」
ジェマは手元に感じた魔力の流れに、咄嗟に叫んで魔力を流し込むことを止めた。ジャスパーはその声に反射的にジェットを浮遊魔法で飛び退かせ、自分はジェマの肩に乗って手に魔力を溜め始める。ハナナはジェマを守るためにジェマのそばにいようとしたが、鍋の中に吸い込もうとする引力に足を踏ん張ることしかできない。
緑色の光は静かに瞬き、そして着実に周囲の空気を吸い上げていく。
ジェマは思い出した。アラクネ種の縄張りでアラクネ種の糸に魔力を流し込むとどうなるのかを調べて回った時のことを。
ダークアラクネの糸は、魔力を流し込むとブラックホールのように周囲の万物を吸い上げる。正確にはダークアラクネの糸の中が真空状態になってそこに空気を取り込もうとして強い力が働くという仕組みだ。
ジェットはエレメンタルアラクネという、巣を作らない特殊個体だ。糸もダークアラクネのものより頑丈で、切れにくい。そんな違いはあれど、闇属性の魔力をそこに流し込んだときに発生する現象は変わらない。
ジェマは【次元袋】から【魔力阻害ボックス】を取り出して小鍋に被せる。本来は魔力による魔道具への干渉を阻害するためのもの。けれど今回の場合でも魔力が外に溢れないようにすることができた。
ジェマはホッと息を吐きながら、この手の実験は慎重になって行わなければならないと改めて自覚。苦笑いを浮かべた。