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ジェマが驚いている間に、ハナナは部屋を出ていった。そしてすぐに戻ってくると、その手には大量の資料が持たれていた。
「これは我が国と隣国メタリスで発刊されている光に関する資料です。ちょうど別件で第2王子から預かっていた資料なので、よろしければお貸しします」
「ありがとうございます!」
ジェマは救われたような笑顔を見せる。そして資料に手を伸ばそうとした。けれどハナナがその手を掴んだ。
「ただし、条件があります」
ハナナらしくないどこか重たい声に、ジェマは一瞬目を丸くした。ジャスパーは疑わし気にハナナを見つめ、ジェマの肩の上で腕を組む。その様子をちらりと見ながらも、ジェマはすぐに真剣な様子で頷く。ハナナはジェマの答えに安堵したように、いつもの柔らかな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、ジェマさん。条件というのは、ジェマさんの調査で分かった事実を私にも共有して欲しいのです」
「それは、どうしてですか?」
肩の上で腕を組みながら鼻息を荒くするジャスパーを宥めながら、ジェマが訝し気に問う。ハナナは少し悩んで、小さく息を吐いた。
「ジェマさんになら、全てお話しても良いでしょう。こちらを設置してもよろしいですか?」
ハナナが【次元袋】から取り出したのは、【シークレットテント】だった。〈チェリッシュ〉でも応接間として使用している隠蔽効果のあるテーブルセット付きのテントだ。
「分かりました、この中で話しましょう」
【シークレットテント】の中には、ハナナとジェマ、ジャスパー、ジェット。ジェマはスレートが開発したものとは違う、中から外が見えない仕様の【シークレットテント】に不安を感じながらもハナナに集中しようとする。
「私は、ジェマさんにもお伝えしている通り、騎士団ファスフォリア支部第8小隊の副隊長です。そして、バイオレット男爵家の次男でもあります」
「はい、そうですね」
今更何を言い出すのかと、ジェマは緊張して背筋を伸ばす。ハナナも緊張しているのは同じなようで、机の下で手を握りしめた。
「バイオレット家は、代々商業や貿易を生業に細々と商売をしています。それとは別の顔として知力を武器に、奴隷の解放や収入が少ない農家への生活補助など王家へ議題を提示することをあるような、文官としての役割も持つ家なんです」
貴族のことには全く詳しくないジェマは、必死に頭を働かせて理解しようとする。庶民である上に、街暮らしではない。貴族の情報なんて、料理屋で聞く程度の名前くらいしか知らなかった。
「さらにその裏では、情報屋としての仕事もしています。主には王家からの依頼を受け、平時には通常の依頼もこなします」
「それはつまり、暗殺者ギルドにも登録をしているということですか?」
「はい、そういうことになりますね」
ハナナは微笑むが、その瞳には不安が宿っていた。ジェマに打ち明けようと思った理由は1つではない。その理由のどれもの先にあるのは、ジェマに嫌われたくないというただ一個人としての強い願いだった。
ジェマは、俯いてジッと考え込んでいた。いつものハナナを見ているからこそ、すぐには理解ができない。暗殺者ギルドに登録している人特有の気配も、心の闇も感じない。ジェマにとっては、いつも優しい博識な頼れるお兄さんだった。
「あ、の。ハナナさんは、暗殺、とか、しますか?」
ジェマがようやく顔を上げて、揺れる瞳でハナナを見つめる。ハナナは答えようとして、唇が震える。
「ありますよ。騎士として正面から戦うのではなく、影からひっそりと、卑怯な手口で」
ハナナの言葉の投げやりな様子に、ジェマは目を見開いた。ハナナは目を伏せて、ジェマの言葉を待った。
「暗殺者として、当然のことだと思います」
ハナナはパッと顔を上げた。肯定されるなんて、思っていなかった。
「怖いとか、思わないんですか?」
「私は道具師ですから。道具師という仕事は、暗殺者ギルドの方々の武器を作ることもお仕事の内です。それに、暗殺者に襲われたことはありますからね。あれくらいの殺気をぶつけられなければ、怖いと思わなくなってきました」
ジェマは自分自身に呆れたように、肩をすくめてみせる。その姿に、ハナナはホッと安堵の息を漏らした。心の中で、ジェマに話しておきたかったいくつかの理由に付随していた不安が弾けて消えていく。
「ありがとうございます、ジェマ」
「いえ。もしもハナナさんが新しい武器とか面白い武器が必要になったら言ってくださいね。作りますから」
ジェマの前向きな様子に、ハナナは柔らかく微笑んだ。
「そうですね。お願いしましょう。それで、今回の件についてです」
ようやく本題。ハナナは書類を一部取り出した。ジェマはそれを受け取ってパラパラと捲る。
「第2王子から隣国の人口指数が減少している原因を突き止めるようにと依頼を受けました。私はその原因を突き止めるために資料を集めた結果、モニターから出る光に原因があるところまでは行ったのですが、それ以上は掴めなくて」
「なるほど」
正直暗殺者に技術力以外の力を貸すことは気が進まない。戦争に巻き込まれる可能性もあるから。けれどジェマは、ハナナに手を差し出した。
「分かりました。調査の結果はお伝えします」
「ありがとうございます」
「いえ、その代わり、こちらの作業も手伝ってくださいね?」
ジェマはにっこりと微笑むと、手元の紙にサラサラと何かを記してハナナに手渡した。